オールドローズの雰囲気をまとい、四季咲き性を備えたバラが1960年代に誕生しました。それは、いまや多くの人を虜にしているブランドバラの一つ「イングリッシュローズ」。英国で生まれたイングリッシュローズの中から、各品種の名の由来について、ローズアドバイザーの田中敏夫さんに解説していただきます。
目次
『じゃじゃ馬ならし』と‘フェア・ビアンカ’
数あるイングリッシュローズの品種の中でも、ここでご紹介するのは、シェイクスピアの戯曲や詩にちなんだ品種です。
前回の記事は、史劇と悲劇にちなんだ品種をご紹介しました。今回は、喜劇にちなんだ品種の話です。
喜劇『じゃじゃ馬ならし(The Taming of the Shrew)』
「キャタリーナ、パドヴァの裕福な紳士バプティスタの長女。きかん気でおこりん坊、キーキー大声でののしり散らす…パドヴァの街ではもっぱら『じゃじゃ馬キャタリーナ』と呼ばれていた…」(『シェイクスピア物語』から)
ドタバタが続いた後、3人の紳士たちと、キャタリーナ、ビアンカ、金持ちの未亡人との結婚が決まりました。
第5幕、第2場、紳士たちは、誰の新妻が夫により従順か言い争いの末、賭けをし、それぞれ妻を呼び出します。
ところが、現れたのは、すっかり飼いならされたキャタリーナひとり。
「なにをお望みなの、ご主人さま。どんなご用なのでしょう?/What is your will, sir, that you send for me?」
夫たちに再度うながされ、ようやく現れたビアンカと未亡人。皆の前でキャタリーナは、妻は常に夫に従うべきだと長広舌をふるい、終幕となります。今日的な視点では、この結末に不快感を抱かれる方も多いかもしれません。

浅いオープン・カップ型の花が房咲きとなります。中心部に緑目をつくることがあります。濃いピンクに染まっていたつぼみは、開花すると白になります。センター部分に淡いピンクが出たり、わずかにクリーム色に染まることもあります。
デビッド・オースチンの農場では”ミルラ”の香りと記述していますが、ちょっと違うように感じます。蜂蜜のような甘く強い香り。
深い色調の半照り葉、花の重さを支えきれず、うつむき加減となることが多い細い枝ぶり、小さめのシュラブです。
1982年に公表されました。交配親は不明です。
劇中ではペトルーキオはキャタリーナのことをケートと呼んでいました。「がみがみケート(Shrew Kate)」という品種があると楽しいだろうなと思っていますが、どうでしょうか?
『ヴェローナの二紳士』と‘ルーセッタ’
喜劇『ヴェローナの二紳士』は、ヴェローナからミラノへやってきた2人の紳士と恋人たちをめぐって、恋のさや当て、友への裏切り、それらの赦しなど、目まぐるしく場面が展開し、ドタバタが繰り広げられます。
誠実な紳士ヴァレンタイン、その友人でハンサムだがずる賢いところもあるプロテュース、その恋人ジュリア、ミラノ大公の娘で美貌のシルヴィアなどが主な登場人物です。
しかし、彼ら4人にちなんだERはありません。
ルーセッタはヒロインの一人、ジュリアの侍女です。
第1幕、第2場。ジュリアと侍女ルーセッタは、言い寄ってくる紳士たちの品定めをします。ルーセッタは、名前のあがった紳士たちの欠点をあげつらってさんざんけなしますが、
ジュリア「やさしいプロテュースについてはどう思う?/ What think’st thou of the gentle Proteus?」
ルーセッタ「ああ神さま!…/Lord, Lord!…」
プロテュースの名を聞いたとたんに、ルーセッタは急変します。
ルーセッタ「…あの方は、最高です!/… I think him best.」
ジュリアはなぜ?と尋ねます。
「なぜって、私には女の理由しかありません。そう思うから、そうなんです!/ I have no other, but a woman’s reason.」
とのぼせたように褒めちぎります。

花はダブル、浅いカップ型です。ピーチ・ピンクの花弁の中心部がアプリコットに色づく花色。香りは強くありませんが、爽やか。
1983年に育種・公表されました。交配親は不明です。
『ヴェローナの二紳士』のせりふと‘ヒーロー’と‘リアンダー’
『ヴェローナの二紳士』、第1幕、第1場。
二紳士であるヴァレンタインとプロテュースは、ギリシャ神話「ヒーローとリアンダーの物語」のことを話題にします。悲しい恋の物語です。
シェイクスピアと同時代でライバルであったクリストファー・マーローは『ヒーローとリアンダー/Hero and Leander』という詩を書きかけていましたが、パブでの言い争いの末、刺殺されてしまい、詩は未完のままになってしまいました。
マーローは過激思想をかまわずに吹聴しまくっていたため、政府筋によって謀殺されたという説がもっぱらですが、彼らが生きた時代、この悲劇『ヒーローとリアンダー』は、とてもポピュラーだったと思われます。
ERには、ヒーロー(Hero)とリアンダー(Leander)という品種があります。
オースチン氏は『ヴェローナの二紳士』でのせりふに触発され、ギリシャ神話にちなんで命名したのではないでしょうか。

浅いオープン・カップ型の花。開花時にミディアム・ピンクの花色は、熟成すると色を失って淡いピンクへ移ります。イエローの雄しべがフォーカルポイントです。
強い香り。幅広で丸みを帯びた、深い色合いの半照り葉、中型の立ち性のシュラブとなります。
ピンクのER‘ザ・プライオレス(The Prioress)’と、交配用で無名の実生種との交配から育種され、1982年に公表されました。

大輪、カップ型、ロゼッタ咲きの花が伸びた新枝の先端に、数輪ほどの”連れ”咲きとなります。花色はアプリコット、中心部は華やかなオレンジに染まることが多い色合いです。
フルーティな強い香りがします。
深い色合いのつや消し葉、立ち性、太く硬い枝ぶりの比較的大型のシュラブとなります。
1982年、公表されました。アプリコットのER‘チャールズ・オースチン(Charles Austin)’を交配親の一つとしたと公表されていますが、他の交配親は明らかにされていません。
ギリシャ神話として伝えられた悲劇『ヒーローとリアンダー(ヘロとレアンドロス)』は次のようなものです。
へレスポントス海峡(今のダーダネルス海峡)に面する街セストスで愛の女神アフロディティ(ヴィーナス)を祭る神殿の巫女であったヒーロー(ヘロ)は、ある祭典の日、海峡を挟んだ対岸の町、アビュドスからやってきた青年、リアンダー(レアンドロス)と出会い、恋に落ちました。
神殿の塔に住むヒーローは毎夜、明かりを灯し、リアンダーはその明かりを目印にして海峡を泳ぎ渡ってきて、2人は逢瀬を重ねました。
しかし、ある夜嵐となってしまい、吹きつのる風はヒーローが灯す明かりを吹き消し、海は荒れ、そのため泳いでいたリアンダーは目標を失い、溺れ死んでしまいました。海岸で息絶えたリアンダーを見つけたヒーローは絶望のあまり、塔に駆け上って恋人の後を追って身投げしてしまいました。

『ヴェニスの商人』と‘ワイズ・ポーシア’
次は、おなじみの『ヴェニスの商人』からです。
貿易商人アントーニオは航海中の船荷を担保に強欲な高利貸しシャイロックから借金をします。友バサーニオの求めがあったからです。担保はアントーニオの肉1ポンド(約450g)。バサーニオの恋人がポーシアです。

浅いカップ型の花が房咲きになります。花色は、カーマイン・レッド、モーブ(藤色)を含んだ色合いです。強く香ります。株は、小型のブッシュ。
クリムゾンのER‘ザ・ナイト(The Knight)’とレッド・ブレンドのER‘グランストンベリー(Glastonbury)’との交配により育種され、1982年に公表されました。
『ヴェニスの商人』と‘プリティー・ジェシカ(Pretty Jessica)’
全財産を載せた船が沈没したという知らせが舞い込み、アントーニオは借金の返済が不能となってしまいます。シャイロックは証文通り、アントーニオの肉1ポンドを差し出すよう執拗に迫ります。
ポーシアはアントーニオを救うため、ローマの若い法学者に変装して審判に臨みます。
第4幕、第1場。法廷にシャイロックが登場。
「約束を果たしてもらえないのなら、証文通りの罰則を科してもらいたい/To have the due and forfeit of my bond.」
若い法学者(ポーシア)は契約の正当性を認めます。小躍りして喜ぶシャイロック。しかし、法学者は次のように宣告します。
「しばし待て、告げることがある/Tarry a little. There is something else.
証文には血は一滴も与えることにはなっていない/This bond doth give thee here no jot of blood.
“肉1ポンド”とだけある/The words expressly are “a pound of flesh.”
証文通り、肉1ポンドだけ受け取るがよい/Take then thy bond, take thou thy pound of flesh,
しかし、その際、血は一滴も流してはならない/But in the cutting it, if thou dost shed.」
シャイロックの娘ジェシカは非情な父親の行為に心を痛めるやさしい娘です。彼女にちなんだERがあります。

深いカップ型または壺型の花を次々と咲かせます。花色はピンクで、中心部に近づくにつれ色が深まります。花は、蜂蜜のように甘く香ります。
中型の立ち性のシュラブになります。トゲが少なく、扱いやすい枝ぶりです。
ER‘ワイフ・オブ・バース(Wife of Bath)’を交配親の一つとして育種され、1983年に公表されました。花粉親の情報は公表されていません。
『テンペスト』と‘アドマイヤード・ミランダ’
次は『テンペスト(The Tempest)』です。作品名は“嵐”を意味するので、『嵐』と翻案されることもあるようです。喜劇の一つとされていますが、面白おかしい筋立てではありません。そんなことから、シェイクスピアの喜劇を“喜劇”と“ロマンス”の2つに分けることも多くなってきています。この『テンペスト』は“ロマンス”に分けられる一つです。
そこへ、嵐のために航路を見失った一隻の船が島へ漂着します。船にはプロスペローの憎悪の標的である現ミラノ大公らが乗っていました。
ミランダは復讐の鬼と化した父、プロスペローに寄り添うようにして暮らす心優しい娘です。そして、漂流者の一人、ファーディナンドと相愛の仲になります。

丸弁咲きの花形。白に軽くピンクをのせたような淡いピンクの花色。花弁の縁に鋸刃のような刻みが入り、また、縁取りするように濃いめにピンクが出たりと微妙な変化が出る花色です。花は、フルーティで強い香りです。
深い色合いのつや消し葉、細いけれど硬めの枝ぶり、横張り性の強い小型のシュラブとなります。
現在ではあまり流通していないER‘ザ・フライアー(The Friar)’を交配親の一つとして育種されたといわれています。
『テンペスト』と‘プロスペロー’
第3幕、第1場。ファーディナンドは心優しいミランダの言葉に感激し、
「名前に似つかわしい、やさしい人だ!/Adimir’d Miranda.」
と叫びます(”miranda”はラテン語。英語の”admire”と同じ意味)。
この台詞に触発されて命名されたものと思われます。
心やさしいミランダの父親、復讐の鬼と化したプロスペローにちなんだ品種もあります。

大輪、花弁が密集するダリアのような丸弁咲き。
パープル・シェイドのカーマイン・レッドまたは深いクリムゾン。怨念に燃えるプロスペローの心に、とても似つかわしい花色だと思います。花は、甘く強い香り。
深い色合いの大きな照り葉、HTのような高性のブッシュとなります。
ダーク・レッドのER‘ザ・ナイト(The Knight)’とダーク・レッドのHT ‘シャトウ・ド・クロ・ヴーニョ(Château de Clos Vougeot)’の交配により育種され、1982年に公表されました。
『ソネット集』と‘ザ・ダーク・レディ’
シェイクスピアは『ソネット集(Shakespeare’s sonnets)』と呼ばれる詩集も残しています。第127番から第154番に登場するミステリアスな女性、”Dark Lady”にちなんで命名されたERがあります。

カップ型、ロゼッタ咲きとなる花形。花色はダーク・レッド、ディープ・ピンクの色合いとなることも。花には強い香りがあります。
大きめで明るい色合いのつや消し葉。枝は細いけれど硬め、横張り性の小型のシュラブとなります。
鮮やかなピンクのER‘メアリー・ローズ’と、ダーク・レッドのER‘プロスペロ-’との交配により育種され、1991年に公表されました。
ソネット第127番
「昔は黒は美しいとは見なされていなかった/In the old age black was not counted fair,
仮にそうだったにせよ、美と呼ばれることなどなかった/Or if it were, it bore not beauty’s name; 」
…
「だから、わたしの恋人は大ガラスのような黒髪をなびかせ/Therefore my mistress’ brows are raven black,
両の目を据え嘆いているようだ/Her eyes so suited, and they mourners seem
美しく生まれなかった者が美しいとされ/At such who, not born fair, no beauty lack,
間違った思い込みから創造物をけなしてしまうのだと/Slandering creation with a false esteem:
それでもその悲しみが山と積み重なるので/Yet so they mourn, becoming of their woe,
だれもが皆、美とはそうあるべきだと言い張ることになってしまう/That every tongue says beauty should look so.」
劇作家で詩人、ウィリアム・シェイクスピアという名のバラ
ERには“ウィリアム・シェイクスピア”と名づけられた品種もあります。

浅いカップ型、ロゼッタ咲きまたはクォーター咲きの花形となります。
花色はクリムゾン。中心部にボタン目ができることも。ダマスク系の強い香り。細いけれど硬めの枝ぶり、中型、横張りする性質の強いシュラブとなります。
1987年に、クリムゾンのER‘ザ・スクワイア(The Squire)’とピンクのER‘メアリー・ローズ(Mary Rose)’との交配により育種されました。しかし、病害などの弱点があったためか、新たにダーク・レッドの‘ザ・ダーク・レディ(The Dark Lady)’などを交配親にして、2000年に同名、改良品種として発売されました。したがって、“ウィリアム・シェイクスピア”と“シェイクスピア2000”は非常に似通っていますが、系統的にはまったく別のもの、”他人の空似”です。
父はジョン、母はメアリー。 ジョンは手袋などの皮なめし職と羊毛などの取り引きで、そこそこの生計を立てていたようです。当時、市内のヘンリー・ストリートに2軒続きの家を持っていましたが、 この家は今日、シェイクスピアの生家として保存・展示されています。
生家の他、生涯を終えた邸宅跡であるニュー・プレイス、洗礼を受け、また死後埋葬された聖三位一体教会、シェイクスピアの作品を上演しているロイヤル・シェイクスピア・シアターなどに加え、郊外には シェイクスピアの妻であった、アン・ハサウェイの生家や、美しい城砦として知られるウォーリック・キャッスル(Warwick Castle)も近在するため 、多くの観光客が訪れています。
シェイクスピアは、1582年、18歳のとき、7~8歳年長のアン・ハサウェイと、”できちゃった”結婚しました。娘一人、双子の息子をもうけています。
1585年以降7年間、若い時代のシェイクスピアが何を生業として家族を養育していた(していなかった?)のかは不明です。
しかし、1592年にはロンドンにおいて俳優兼劇作家として名が知られるようになっていました。シェイクスピア研究家がこの”失われた7年間”を明らかにしようと研究を続けています。旅役者の一座に身を投じたとか、遊び仲間と盗みを働いて故郷にいられなくなったとの説もありますが、いずれも推測の域を出ないようです。
ロンドンにおけるシェイクスピアは、一部の同業者に”成り上がりのカラス”と酷評されることもありましたが、上演された劇は次々に成功を収め 、また人付きあいにも気配りをする円満な性格が幸いしたのか、故郷ストラトフォード・アポン・エイヴォンで没するまで、世間一般の受けもよく財も築き上げ、金銭上は恵まれた人生を歩みました。
1616年、誕生日と同日の4月23日に没。享年53歳でした。シェイクスピアの遺体を埋葬したと伝えられている墓石は、聖三位一体教会の祭壇前、シェイクスピア像近くにあり、次のように銘が刻まれています。
どうかよき友よ/Good Frend for Jesus sake forbeare
ここに眠る土くれを掘り起こすのはやめてくれ/To digg the dust encloased heare
この墓石に手をつけざる者に恵みあれ/Blese be ye man yt spares thes stones
このなきがらを動かすものに呪いあれ/And curst be he yt moves my bones.
次の記事も併せてご一読いただけたらと思います。
●「ウィリアム・シェイクスピア」【松本路子のバラの名前・出会いの物語】
Credit

文/田中敏夫
グリーン・ショップ・音ノ葉、ローズ・アドバイザー。
28年間の企業勤務を経て、50歳でバラを主体とした庭づくりに役立ちたいという思いから2001年、バラ苗通販ショップ「グリーンバレー」を創業し、9年間の運営。2010年春より、「グリーン・ショップ・音ノ葉」のローズ・アドバイザーとなり、バラ苗管理を行いながら、バラの楽しみ方や手入れ法、トラブル対策などを店頭でアドバイスする。
写真/田中敏夫、今井秀治
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