バラに冠せられた名前の由来や、人物との出会いの物語を紐解く楽しみは、豊かで濃密な時間をもたらしてくれるものです。自身も自宅のバルコニーでバラを育てる写真家、松本路子さんによる、バラと人をつなぐフォトエッセイ。今回は、ブルー系のバラの中でも丈夫に育つ、ドイツで作出された木立ち性品種の‘ノヴァーリス’。名の由来となった詩人、ノヴァーリスの人物像とともにご紹介します。

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‘ノヴァーリス’登場

バラ‘ノヴァーリス’
今年5月、我が家のバルコニーで満開の‘ノヴァーリス’。

バラ‘ノヴァーリス’が我が家にやってきたのは、6年ほど前のこと。それまで青色がかったバラで、花弁の多いクラシカルな花は少なかったので、バラ園のカタログで写真を見て、すぐさま裸苗を取り寄せた。

名前にブルーがつく青色系統のバラは耐病性に弱く、いささか敬遠していたが、‘ノヴァーリス’は丈夫だという。確かに枝を大きく伸ばして、たくさんの花を付け、我が家のバルコニーでもひときわ華やかな存在となった。

バラ‘ノヴァーリス’
房咲きで一面に花を付ける我が家の‘ノヴァーリス’。

バラの宴に訪れた友人たちの何人かがノヴァーリスと聞き、「ああ、『青い花』の作者ね」と、私にバラの名前の由来を教えてくれた。

詩人、ノヴァーリス

ノヴァーリス
ノヴァーリスの肖像。29歳で夭折し、作家としての人生はわずか4年であった。Nicku/shutterstock.com

ノヴァーリス(Novalis, 1772-1801)は18世紀ドイツ初期ロマン派を代表する詩人、小説家。ドイツ中央部に広がるチューリンゲンの森の東側に位置する、オーバーヴィーダーシュテット(現ザクセン=アルハルト州)に生まれた。本名フリードリッヒ・フォン・ハルデンベルク。その出自は12世紀まで辿ることができる貴族だという。

ノヴァーリス著作集
『花粉』が収められている岩波文庫のノヴァーリス著作集。

最初に発表した著作、断想集『花粉』から、ノヴァーリスというペンネームを用い始めた。遠い祖先に「デ・ノヴァーリ」という人物がいて、その名前にちなんだという。ラテン語で「新しい耕地を拓く人」を意味し、ノヴァーリス自身、友人への書簡で「まったくそぐわない名前ではない」と述べている。「新しい文学を拓く」という気概を感じさせる命名だった。『花粉』という題名についても、断想によって文学的思考の種子を播き、それが読み手に伝わり新たな果実を生み出す、という思考の連鎖を暗喩している。

私にとって興味深いのは、ノヴァーリスが詩や小説、さらに哲学的な命題においても、象徴としてしばしば植物を用いていることだ。

「植物は大地がじかに話しかけてくれる言葉」であり、「花は無限の生命のあふれるばかりの豊かさ、将来の大きな力、この世の終末の壮麗さ、万物の黄金の未来」(岩波文庫『青い花』 青山隆夫訳)と、作品の中で主人公に語らせている。

小説『青い花』

ノヴァーリス著『青い花』
ノヴァーリス著『青い花』日本語版の表紙、(左)岩波文庫、(右)ちくま文庫。

ノヴァーリスの代表作とされる『青い花』は、1802年に発表された。原題は『ハインリヒ・フォン・オフターディンゲン』と主人公の名前になっている。未完の小説ながら、ドイツロマン派の代表作で、のちに続く文学者に大きな影響を与えた作品とされる。

20歳の青年ハインリヒは夢に現れた青い花を求めて旅に出る。その旅の途中に出会った人々が提示する経験談や啓示に導かれ、青年は自己に目覚め、一人の詩人として成長してゆく。夢の中の青い花はまた、花弁の奥に女性の顔を浮かび上がらせた。それは旅の終わりに出会う女性の面影でもあり、愛を求めるさすらい旅の様相も呈している。

詩の言葉で語られる「無限なるもの=永遠」を求める主人公の物語は、夢と現実の境界を行き来し、時として読者を翻弄する。だが、永遠への憧憬、自然への洞察、神秘的な愛、それらが知への好奇心を刺激し、ある種の心地よさをもたらしてくれる。

ノヴァーリスの城

ノヴァーリス記念館
ノヴァーリス記念館などが一般公開されているノヴァーリスの生家。Photo:Hejkal, CC BY-SA 3.0 DE, via Wikimedia Commons

ノヴァーリスが生まれ、13歳までを過ごしたオーバーヴィーダーシュテットの城は、かの地に現存している。所有者が何度も替わり、1988年には建物解体の危機に瀕した。だが近隣の住民たちの尽力で城は維持され、翌年には建物の1階にノヴァーリス記念館が開設された。

現在は「ノヴァーリス記念館」のほか「国際ノヴァーリス協会」「初期ロマン主義研究センター」「ノヴァーリス財団」と、4つのノヴァーリス関連の団体が入り、ノヴァーリスの先祖ゆかりの品の展示室や図書6,000冊を有する図書館が一般に公開されている。

バラ‘ノヴァーリス’
生家の庭にも咲くバラ‘ノヴァーリス’

城の敷地内にはノヴァーリスの父親が1770年に家族の結婚式のために植えた菩提樹の並木を復元した散策路(当時の木が5本だけ残っていた)や公園があり、公園の中のブルーガーデンではさまざまな青色の花が咲き乱れる。城のテラスの周りにはノヴァーリスの小説の中に登場するメルヘンにちなみ、おとぎ話に関連したバラ16種、500本が植えられている。また城に近い庭ではバラ‘ノヴァーリス’が燦然と輝き咲くのが見られる。

バラ‘ノヴァーリス’

‘ノヴァーリス’は2010年にドイツの育種家コルデスのナーサリーで作出された。コルデスではその花色を「濃いラベンダー色」と称している。先端が尖った独特の花弁を持ち、10cm近くの大輪の房咲きとなる。樹形は直立性で、樹高は1~1.5m。春、秋ともによく返り咲き、我が家では11月の今も、たくさんのつぼみを付けている。

バラ‘ノヴァーリス’

現在あるブルー系のバラの中では最も丈夫で育てやすいとされる。ティーの香りが爽やかで、29歳の若さでこの世を去った詩人ノヴァーリスの、肖像画の中の端正な面差しを重ねると、このバラがいっそう魅力的に思われる。

Information

Novalis Museum Schloss Oberwiederstedt

住所:Schafergasse 6  06456 Amstein OT Wiederstedt Garmany

電話:+49 (0)3476-85-27-20

Fax:+49 (0)3476-85-27-27

E-Mail:schloss-oberwiederstedt@t-online.de

HP:www.novalis-gesellschaft.de

開館:火~日曜日 10:00〜16:00

入場料:大人5ユーロ、子ども(6〜14歳) 3ユーロ

*2020 年11月1日~11月末まで新型コロナウィルスの影響で休館

Credit

写真&文/松本路子
写真家・エッセイスト。世界各地のアーティストの肖像を中心とする写真集『Portraits 女性アーティストの肖像』などのほか、『晴れたらバラ日和』『ヨーロッパ バラの名前をめぐる旅』『日本のバラ』『東京 桜100花』などのフォト&エッセイ集を出版。バルコニーでの庭仕事のほか、各地の庭巡りを楽しんでいる。2018-20年現在は、造形作家ニキ・ド・サンファルのアートフィルムを監督・制作中。
(noteでWebマガジン始めました。https://note.com/mmatsumoto0128 )

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