バラに冠せられた名前の由来や、人物との出会いの物語を紐解く楽しみは、豊かで濃密な時間をもたらしてくれるものです。自身も自宅のバルコニーでバラを育てる写真家、松本路子さんによるバラと人をつなぐフォトエッセイ。今回焦点を当てるのは、イギリスのナーセリー、デビッド・オースチン・ロージズで作出されたバラ‘ブラザー・カドフィール’。名前の由来などを、その美しい咲き姿とともにご紹介します。

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‘ブラザー・カドフィール’登場

バラ‘ブラザー・カドフィール’
我が家のバルコニーのフェンスに咲く、半つる性のバラ‘ブラザー・カドフィール’。

鮮やかな濃いバラ色で、大輪の花をいくつも咲かせ、我が家のバルコニーでもひときわ目を引く‘ブラザー・カドフィール(Brother Cadfael)’。

このバラと出合ったのは20年ほど前、毎年開催されていたイベント「国際バラとガーデニングショウ」の会場だった。バラ友達に誘われて出かけたのだが、当時イングリッシュローズが実際に咲いているのを目にする機会が少なかったので、それを見るのが楽しみだった。いくつか気に入った花の名前をメモして、秋に裸苗を取り寄せた。その中の1株が‘ブラザー・カドフィール’だった。

修道士カドフェル

バラ‘ブラザー・カドフィール’
ディープカップのロゼット咲きの花は、イングリッシュ・ローズの中でも最大級の大きさを誇る。

バラの宴に我が家を訪れる客たちは、一様にこの花の名前を尋ねた。‘ブラザー・カドフィール’だと告げると、一人が「それは推理小説の主人公の名前ではないか」と言う。カドフェルという修道士がさまざまな事件を解決してゆく物語と聞いて、にわかには信じられなかった。修道士の名前を冠するには色っぽすぎる花に思えた。

半信半疑で話を聞いていたところ、修道士カドフェル・シリーズのファンだという編集者の友人が現れた。作者はエリス・ピーターズという女性で、全20巻出版されているという。その友人が送ってくれた数冊をさっそく紐解くと、その世界にどっぷりはまってしまった。

ブラザー(修道士)カドフェルは豊富な人生経験を経たのちに修道院に入り、若いカップルの恋の手助けをするなど、なかなか魅力的な人物に描かれている。12世紀のイギリスの僧院が舞台で、そこの薬草園を任されたカドフェルが、草木や花を事件解決の糸口にするのも興味深い。バラとの繋がりを探っていくと、薬草園にバラ園が含まれていることが分かる。当時バラは観賞用としてではなく、ほとんどが薬用目的で栽培されていた。

バラと推理小説

修道士カドフェル
修道士カドフェルのシリーズは、社会思想社の現代教養文庫から出版されていたが、出版社が倒産後、光文社文庫に引き継がれている。

シリーズ第13巻にバラがモチーフの『対価はバラ一輪』(The Rose Rent)があり、書店でこの一冊を見つけた時、バラの名前の由来が分かるのではと、手に取った。

物語は資産家の女性が夫を亡くし、思い出の家を修道院に寄贈するところから始まる。その時の条件が、年に一度、家の庭に咲く白バラの「最高の一輪」を彼女に届けるというもの。

ある日、白バラの木が斧で切り倒され、木の根元に若い修道士の死体が横たわっていた。殺人事件を解決するカドフェル。それはバラを巡る恋の物語でもあって、奇跡的に守られたバラ一輪が女性に手渡された時、「開きかけた花びらはほのかな赤みをおびた真珠色に変わった」(大出健訳)と、心ときめくラストシーンを迎えている。

物語の作者

イギリス、シュロップシャー州にあるシュルーズベリー
イギリス、シュロップシャー州にあるシュルーズベリーの風景。sosn-a/shutterstock.com

エリス・ピーターズ(Ellis Peters, 1913-1995)は、本名イーディス・バージター。本名で歴史小説家としてスタートし、ピーターズ名で推理小説を書き始めた。修道士カドフェル・シリーズは、1977年に始まり、作者の死で未完になった21巻まで続いている。

シュルーズベリー修道院
小説の舞台となったシュルーズベリー修道院。物語はテレビドラマとして映像化もされたので、多くのファンが訪れている。Caron Badkin/shutterstock.com

イギリス中西部のシュロップシャー州に生まれ、終生をその地で過ごした。物語の舞台となったベネディクト修道会のシュルーズベリー修道院もシュロップシャー州にあり、いわば彼女のホームグラウンドといえる。

バラ‘ブラザー・カドフィール’

バラ‘ブラザー・カドフィール’
直立性のバラで、枝をまっすぐに伸ばすので、狭い場所での栽培に向いている。花は1輪だけでもその存在感は絶大。

‘ブラザー・カドフィール’はデビッド・オースチン作出で、1990年にチェルシー・フラワーショーでお披露目された。樹高1.5~3mほどの直立性のバラで、ディープカップの大輪の花を咲かせる。春の花径は10~13cmで、秋はやや小ぶりの花になるが、よく返り咲く。

デビッド・オースチンのナーセリーは、シュロップシャーとアルブライトンの州境にあり、エリス・ピーターズとはいわばご近所同士。彼女の家の庭にも‘ブラザー・カドフィール’が咲き、晩年その花を見るのを楽しみにしていた。

苗の売り上げの10%が小説の舞台となったシュルーズベリー修道院の修復基金に充てられるという。

バラ‘ブラザー・カドフィール’
10号鉢に仕立てた木で、たくさんの花を付ける我が家の‘ブラザー・カドフィール’5月の開花風景。

小説の作者や主人公がバラを愛する人物であることは分かった。だが、ひときわ妖艶なバラ‘ブラザー・カドフィール’が、骨太の修道士カドフェルであることの不思議は、いまだ霧の中だ。バラは謎を秘めたまま、毎年華やかな姿で、咲き誇っている。

Information

Shrewsbury Abbey(シュルーズベリー修道院)

住所:25 Abbey Foregate,Shrewsbury,Shropshire,England SY2 6BS

電話:+44 7401 260508

https://shrewsburyabbey.com/

アクセス:ロンドン、ユーストン駅から都市間鉄道にて、クルー経由、約3時間。シュルーズベリ―駅下車、徒歩15分

Credit

写真&文/松本路子
写真家・エッセイスト。世界各地のアーティストの肖像を中心とする写真集『Portraits 女性アーティストの肖像』などのほか、『晴れたらバラ日和』『ヨーロッパ バラの名前をめぐる旅』『日本のバラ』『東京 桜100花』などのフォト&エッセイ集を出版。バルコニーでの庭仕事のほか、各地の庭巡りを楽しんでいる。2018-20年現在は、造形作家ニキ・ド・サンファルのアートフィルムを監督・制作中。
noteでWebマガジン始めました。https://note.com/mmatsumoto0128

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