バラの中でも、柔らかなつるを伸ばして小さめの花が多数咲く一季咲きの「ランブラー」。その中でもウィクラーナ(テリハノイバラ)系のランブラーには、今も愛されている品種が多数あります。これらの華やかな品種群の中から14種の各特徴と誕生秘話などをローズアドバイザーの田中敏夫さんに解説していただきます。

Print Friendly, PDF & Email

ランブラーが次々生まれた1899〜1910年

前回の記事では、ウィクラーナ・ランブラーのはじまりを告げる美しい2品種、‘メイ・クィーン’と‘ウィリアム・C・イーガン’について解説しました。今回はこの2品種を追いかけるように公表された品種をご紹介します。どれも、今日でも広く植栽されている美しい品種です。

ガーデニア(Gardenia)- 1899年

バラ‘ガーデニア’
‘ガーデニア’ Photo/田中敏夫

花色は白または淡いイエロー、わずかに霞がかかったかのようにピンクがのることもあります。花心は濃い色合となり、イエローのしべとコントラストが優雅です。

1899年、アメリカのM. H. ホバースにより、ロサ・ウィクラーナと、ライト・イエローのティー・ローズ、‘ペルル・デ・ジャルダン(Perle des Jardins)’の交配により生み出されました。

作出者であるマイケル・H・ホヴァース( Michael H. Horváth:1868-1945)は、ハンガリー生まれ。森林管理と農業について職業訓練を受けたのち、首都ブタペストで園芸作業に従事しました。さらに、オーストリーのウィーン、ベルギー、オランダおよびイギリスのロンドンで経験を重ねた後、移民としてアメリカへ渡りました。

ニューヨークの園芸会社ピッチャー&マンダ社に雇用されてからは育種などの園芸業務に加え、クリーブランドの市街および公園整備計画などにもたずさわりました。

早い時期からバラの育種に注力していたようですが、1909年にはオハイオ州メントールに自身の育種圃場を開場しました。

1945年に死去するまでに、40を超える品種を育種・公表しました。

デビュタント(Débutante)- 1900年

バラ‘デビュタント’
‘デビュタント’ Photo/今井秀治

花色はライト・ピンク、花弁の外縁部分は退色してさらに淡い色合いとなるため、房全体にグラデーションのような効果が生じます。

1900年、アメリカのマイケル・H・ウォルシュ(Michael H. Walsh:1848-1922)により育種・公表されました。

ロサ ・ウィクラーナと明るいピンクのHP、‘バロネ・アドルフ・ド・ロトシルト(Baronne Adolphe de Rothschild)’との交配により育種されました。美しい花色は‘バロネ・アドルフ・ド・ロトシルト’から受け継いだのだろうと思いますが、グラハム・トーマスは「ドロシー・パーキンスに似ているが、より美しく、さらによい色合いだ……」(”Graham Stuart Thomas Rose Book”, 1994)と賞賛しています。

マイケル・H・ウォルシュは、イギリス、ウェールズの生まれです。12歳のころには園芸の訓練を受け始めガーデナーとしての経験を重ねた後、1875年に移民としてアメリカへ渡りました。1900年ころ、マサチューセッツ州ジョゼフ・S・フェイ氏所有の庭園ウッヅ・ホール(Woods Hall)のガーデナーとなりました。3ヘクタール(約12,000㎡)におよぶ広大な庭園には数千のバラが植栽されていました。

ウォルシュもまた、1922年に死去するまでに、40を超える新品種を育種・公表しました。

品種名となった「デビュタント」とは、”初めて社交界へデビューする少女”のことです。素敵な命名ですね。

デビュタント
デビュタント Photo/[CC BY 2.0 via. Wikipedia Commons]

アルベリック・バルビエール(Alberic Barbier)- 1900年

バラ ‘アルベリック・バルビエール’
‘アルベリック・バルビエール’ Photo/田中敏夫

花色はクリーミィ・ホワイトまたはライト・イエロー。開花後、周辺部が白く退色しますが、ルーズに開いた花姿と花色とが醸し出す雰囲気がいかにも優雅です。これが多くの人に愛されている理由ではないでしょうか。

1900年、フランスのバルビエール兄弟(Barbier Freres & Compagnie)により育種・公表されました。ロサ ・ウィクラーナと、イエローのティー・ローズ、‘シルレイ・イベール(Shirley Hibberd)’の交配により育種され、兄弟の父アルベリックに捧げられました。

兄のアルバート・バルビエール(Albert Barbier:1845-1931)はフランス、オルレアン郊外のオリヴ(Olivet)で園芸にたずさわっていました。

1894年には、弟のユジーン(Eugene)とともに園芸農場バルビエール兄弟社(Barbier Feres & Compagnie)を設立しました。主な生産品は果樹だったようですが、バラの新品種の栽培にも力を注いでいました。最盛期には従事者300名、敷地面積170ヘクタール(1,700,000㎡:東京ドーム36個分)におよぶ大農場の経営者であり、1896年から1919年にかけては、オリヴの市長も務めた地域の有力者でした。農場はアルバートの死去後、親族などにより維持されていましたが、1972年に閉鎖されました。

育種・公表したバラはなんと、800種を超えたと記録されています。

ポール・トランソン(Paul Transon)- 1900年

バラ ‘ポール・トランソン’
‘ポール・トランソン’ Photo/今井秀治

サーモン・ピンクまたはアプリコット。ピンク単色に近くなったり、また、オレンジの色合いが濃く出るなど、花色には変化があります。

中型のランブラーとなります。後述する‘フランソワ・ジュランヴィル’は大型すぎてちょっと困るといったときに有力な代替品種候補となるのが、この‘ポール・トランソン’かと思います。

バルビエール兄弟により育種・公表されました。ロサ ・ウィクラーナとアプリコット・オレンジのノワゼット、‘リデアル(L’Idéal)’との交配により生み出されました。

品種名となったポール・トランソン(Paul-Emery-Michel Transon)は、オルレアンの農場主でバルビエール兄弟と親密な関係にあり、協業したこともあります。

ドロシー・パーキンス(Dorothy Perkins)- 1901年

‘ドロシー・パーキンス’
‘ドロシー・パーキンス’ Photo/田中敏夫

小輪、丸弁咲きの花がいっせいに開き、絢爛たる房咲きとなります。花色はミディアム・ピンク。小さな丸い照り葉、株は大型、柔らかな枝ぶり、優雅にアーチングするランブラーとなります。

ロサ・ウィクラーナとピンクのHP、‘マダム・ガブリエエル・ルイゼ(Mme. Gabriel Luizet)’との交配により育種されました。育種者はヴァン・フリート、1901年、アメリカの大手園芸植物販売会社、ジャクソン&パーキンス(J&P)社により公表されました。

ドロシーは、J&P初代経営者ジョージ・パーキンスの孫娘の名です。

特に、イギリスのガーデン愛好家にこよなく愛され、ある時期はイングリッシュガーデンを飾る花の代名詞ようになりました。おそらく、世界で最も愛されているランブラーです。

アメリカン・ピラー(American Pillar)- 1902年

バラ ‘アメリカン・ピラー’
‘アメリカン・ピラー’ Photo/田中敏夫

小輪、シングル、平咲きの花が房咲きとなります。

鮮やかなストロング・ピンクとなる花色。中心部は白く色抜けします。中心部のしべのイエロー、花弁のピンク、ホワイトの3色が重なって、花全体がにぎやかな色合いとなります。

株は、大型のランブラーとなります。非常に強健で、多少日陰でも花を咲かせます。

これも、ヴァン・フリートにより育種され、1902年に公表されました。

この品種はロサ・ウィクラーナと、アメリカの草地などに自生していることからプレーリー(草原)ローズと呼ばれることもある、原種ロサ・セティゲラ(R. setigera)との交配により生み出された原種交配種です。

名前から想像する通り米国で育種されたのですが、フランスに渡ってから多くの人に愛され、それがきっかけとなって米国でも見直されて広く流通するようになったと言われています。ジヴェルニーの自宅・アトリエに美しい庭をつくったことでもよく知られている印象派の巨匠モネは、この品種をこよなく愛し、自ら苗木を育成して友人たちへ贈ったと伝えられています。

ジュルブ・ローズ(Gerbe Rose)- 1904年

バラ ‘ジュルブ・ローズ
‘ジュルブ・ローズ’ Photo/田中敏夫

大輪、20弁前後、少し乱れがちな、丸弁咲きの花形。

明るいピンクの花色となる花色。成熟するにしたがい、花弁の外縁が淡い色合いへと退色することから、花色全体にトーンの変化が生じる精妙な色合となります。

ほとんどトゲ無しの立ち性の枝ぶり、大型のランブラーです。

1904年、フランスのフォーク(Fauque & Fils)により育種・公表されました。ロサ ・ウィクラーナと明るいピンクのHP、‘バロネ・アドルフ・ド・ロトシルト(Baronne Adolphe de Rothschild)’との交配により育種されたと言われています。じつはこの組み合わせは、米国のウォルシュが育種した‘デビュタント’と同じです。

「この長咲きする”美種”は、すべてのバラの中でも、最も美しく、最も甘く香る品種の一つだ…」(Quest Ritson, Charles, “Climbing Roses of the World”, Charles Quest-Ritson, 2003)とまで賞賛されています。

整った花形と、すがすがしい印象の花色は、交配親の一つである、‘バロネ・アドルフ・ド・ロトシルト’から受け継いでいると思います。花色と深い緑の葉色とのコントラストが涼やかな印象を与えてくれます。

「ジュルブ・ローズ」とは、”バラの花束”という意です。

ハイアワサ(Hiawatha)- 1904年

バラ  ‘ハイアワサ’
‘ハイアワサ’ Photo/[CC BY-SA 4.0 via. Wikipedia Commons]
小輪、シングル、平咲きの花が春、枝を覆いつくすように房咲きとなります。

深いピンクの花弁、中心部は白く色抜けします。

1904年、‘デビュタント’の育種者でもあるウォルシュにより育種・公表されました。

じつはこの品種はノイバラ系の赤花のランブラーである’クリムゾン・ランブラー(Crimson Rambler)’と、シングルの赤花を咲かせるクライマー、‘ポールズ・カーマイン・ピラー(Paul’s Carmine Pillar)’との交配により生み出されましたので、ウィクラーナ・ランブラーではなく、ムルティフローラ(ノイバラ)系のランブラーです。ただ、次にお話しする‘ミネハハ’とカップルでお話ししたほうがいいと思いますので、ここへ挙げました。

命名は、アメリカの詩人ロングフェローがアメリカ原住民の間に伝わる英雄譚をもとに著した『ハイアワサの歌』にちなんだものです。

名となった「ハイアワサ」は、16世紀に実在した人物ですが、言語も生活基盤も異なる部族間の平和と協調を説き、伝説化、神格化された人物です。

ロングフェローはこの民族譚をもとにスペリオル湖南岸を舞台に設定して叙事詩を著しました。詩は、ハイアワサ(”川を作る者”の意)の生誕、成長、冒険を平明な言葉で綴ってゆきます。1855年に発刊されるとベストセラーとなりました。

ミネハハ(Minnehaha)- 1904年

バラ ‘ミネハハ’
‘ミネハハ’ Photo/今井秀治

小輪、丸弁咲きの花が、寄り集うように房咲きとなります。花色は均一に染まりあがるライト・ピンク。

1904年、‘ハイアワサ’とともにウォルシュにより公表されました。

ロサ ・ウィクラーナとピンクのHP、‘ポール・ネイロン(Paul Neyron)’との交配により生み出されたと記録されています。

名となった「ミネハハ」とは、上述のロングフェローの叙事詩『ハイアワサの歌』の中で、ハイアワサの美しい妻として讃えられる女性です。

叙事詩の終盤近く、飢餓ゆえに衰弱し死にゆくミネハハと、これを嘆き哀しむハイアワサのくだりは、とりわけ美しい場面として後に絵画や音楽の題材にもなりました。

‘The Death of Minnehaha by William de Leftwich Dodge
‘The Death of Minnehaha by William de Leftwich Dodge, 1892’ [Public Domain via. Wikipedia Commons])
ミネハハとは本来は「滝、あるいは急流」という意味とのことですが、詩の中で、ロングフェロー自身が、「笑う水(Laughing Water)」と表現していることから、”笑う水”という意味だという理解が一般化しています。

フランソワ・ジュランヴィル(François Juranville)- 1906年

バラ‘フランソワ・ジュランヴィル’
‘フランソワ・ジュランヴィル’ Photo/今井秀治

大輪、オープン・カップ型の花が絢爛たる房咲きとなります。

花色は、イエローをベースにサーモン・ピンクが乗ったミディアム・サーモン・ピンク。華やかであると同時に暖かみを感じさせてくれます。

一輪一輪は軽く香る程度ですが、大株に育った暁には、目眩を覚えるほどの香りに包まれます。

ロサ・ウィクラーナとピンクとイエローがまちまちに出る珍しい花色のチャイナ・ローズ、‘マダム・ローレット・メッシミー(Mme. Laurette Messimy)’との交配により育種されました。この品種も1906年、バルビエール兄弟の農場から公表されたものです。

ランブラーは数多い品種が育種・公表されていますが、柳の枝のようにしなだれて咲くという姿は珍しいものです。この‘フランソワ・ジュランヴィル’はその数少ない品種の一つです。パーゴラなどから滝のようにしだれる満開の花を眺めるのは、忘れがたいものがあります。

半日陰にもよく耐え、耐寒性、耐病性にもすぐれた”完璧”なランブラーです。

アレクザンドル・ジロ(Alexandre Girault)- 1907年

バラ‘アレクザンドル・ジロ’
‘アレクザンドル・ジロ’ Photo/田中敏夫

中輪、開花すると花弁が大きく開き平咲きとなることが多い花形。花心に小さな花弁が密集してボタン芽ができることもあります。

花色はストロング・ピンクとなることが多いのですが、時にクリムゾンに近い花色となったり、また、花芯が色抜けして、オレンジ・イエローが出たりと、色変化が非常に大きいことが知られています。

大株となるランブラーです。シュートを盛んに出すため、ピラー仕立てには不適。

バルビエール兄弟により1907年、育種・公表されました。

ロサ・ウィクラーナとピンクのティー・ローズ、‘パパ・ゴンティエ(Papa Gontier)’の交配により育種されました。

パリ郊外のバラ園「ロザリー・デライ」のフェンスを覆い尽くしているランブラーとして知られています。

エクセルサ(Excelsa)- 1909年

バラ‘エクセルサ’
‘エクセルサ’ Photo/田中敏夫

小輪、ポンポン咲きの花が競い合うような房咲きとなります。

花色はミディアム・レッドとして登録されていますが、実際にはディープ・ピンクとするのがいいと感じています。

非常に柔らかな枝ぶり、樹高350〜500cmに及ぶランブラーとなります。

ロサ・ウィクラーナと日本からヨーロッパへ渡った赤花のノイバラ系ランブラーである‘クリムゾン・ランブラー(Crimson Rambler)’との交配により生み出されたと言われています。1909年、ウォルシュが公表しました。

‘レッド・ドロシー・パーキンス’という別名の通り、花色を除けば、‘ドロシー・パーキンス’とよく似た性質を示しますが、‘ドロシー・パーキンス’の枝変わりの品種ではありません。

ポール・ノエル(Paul Noël)- 1910年

バラ ‘ポール・ノエル’
‘ポール・ノエル’ Photo/今井秀治

大輪、小さな花弁が花芯にひしめき合うように密集する丸弁の花形。3〜5輪の小ぶりな房咲きとなります。

開花時は、暖かみを感じさせる、ミディアム・サーモン・ピンクの花色、成熟すると、明るいピンクへと変化します。

誘引しないと、地を這って伸びていくような、非常に柔らかな枝ぶり。たおやかにアーチングする枝ぶりをクラスの特徴とするウィクラーナ・ランブラーですが、その中にあって、‘フランソワ・ジュランヴィル’とともに、最も柔らかな枝ぶりになると言ってよい品種です。この2品種が、ウィクラーナ・ランブラーの頂点にあると言ってもいいのではないかと常々感じています。

1910年、フランスのR・タン(Remi Tanne)により育種・公表されました。ロサ・ウィクラーナとオレンジ・ピンクのティー・ローズ、‘ムッシュ・ティリエ(Mons. Tillier)’との交配により育種されたと記録されています。

弱いながらも返り咲きする性質があり、そのことからウィクラーナ・ランブラーではなく、ラージ・フラワード・クライマーにクラス分けされることもあります。

ドクター・ウォルター・ヴァン・フリート(Dr. Walter Van Fleet)- 1910年

バラ‘ドクター・ウォルター・ヴァン・フリート’
‘ドクター・ウォルター・ヴァン・フリート’ Photo/田中敏夫

大輪、丸弁咲きまたはオープン・カップ形の花が伸びた枝先に房咲きとなって咲きます。シルバー・シェイドの明るいピンク。

大きなトゲが目につく、ほどほどの硬さの、まっすぐに伸びる枝ぶり。大型のクライマー(ランブラー)です。

1910年、ヴァン・フリートにより育種されました。

種親は無名種(ロサ・ウィクラーナとピンクのチャイナ・ローズ、‘サフラノ’との交配によるもの)。花粉親は、‘スヴェニール・デュ・プレジダン・カルノ(Souv. du Président Carnot)’。

公表当時は「デイブレーク(Daybreak:”夜明け”)」と呼ばれていましたが、偉大な育種家、ヴァン・フリート本人の名を冠するように変わりました(ヴァン・フリート本人はこの変更にあまり乗り気ではなかったようですが)。

暑さ寒さに強く、耐病性もあり、半日陰にもよく耐える強健種です。

返り咲きするクライマーの元品種となった‘ニュー・ドーン’は、この‘ドクター・ウォルター・ヴァン・フリート’からの枝変わり種です。

アメリカにおいて育種者権利の保護を目的として制定された法令、品種保護法の第一号の登録種が’ニュー・ドーン(“新しい夜明け”)’でした。花色、樹形、強健さなどは元品種のままで、春から秋にかけて返り咲きする優れた品種です。

Credit

文/田中敏夫
グリーン・ショップ・音ノ葉、ローズアドバイザー。
28年間の企業勤務を経て、バラを主体とした庭づくりに役立ちたいという思いから、2001年、50歳でバラ苗通販ショップ「グリーンバレー」を創業し、9年間運営。2010年春からは「グリーン・ショップ・音ノ葉」のローズアドバイザーとなり、バラ苗管理を行いながら、バラの楽しみ方や手入れ法、トラブル対策などを店頭でアドバイスする。

写真/田中敏夫、今井秀治 

Print Friendly, PDF & Email