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アート・ディレクターの「花あしらい」【写真家・松本路子の花写真レポート】

アート・ディレクターの「花あしらい」【写真家・松本路子の花写真レポート】

ある日、インスタグラムで目にした写真に「作者がその空気感を愛おしんでいる」と感じた。この花あしらいを写すのは、アート・ディレクターの辛嶋陽子さん。庭の花を摘み、器を決め、美しい角度を探す。美しい写真の背景には、何があるのか……。写真家でエッセイストの松本路子さんによる花写真のレポートをお届けします。

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「花あしらい」の写真

菊地勝さん制作の花器にスノードロップ
陶芸の師、菊地勝さん制作の花器に、スノードロップを活けて。

ある日、インスタグラムで、素敵に花をアレンジした写真を見つけた。作者は辛嶋陽子さん。偶然にも私の著書『ヨーロッパ バラの名前をめぐる旅』のブックデザインを担当した、アート・ディレクターだった。

ベロニカの一輪挿し
とんがりと呼んで楽しんでいるリナリア(リナリア・プルプレア)の花を薬瓶に一輪挿して。

器に活けられた花や葉が凛として、空間構成に無駄がない。それでいて作者がその空気感を愛おしんでいる様が感じられ、そこには緩やかな風が吹いていた。生活者の視点とアート・ディレクターの感性が程よく調和しているのだ。こうした「花あしらい」の写真が生まれた背景を知りたくて、辛嶋さんに話を聞いた。

マンションの庭から

アスパラガスの花
アスパラが金平糖のような可愛い花をつけた。赤い実がなるのが楽しみ。

辛嶋さんが都内世田谷区にある現在の住まいに暮らし始めたのは13年前のこと。マンション1階の部屋は窓が広く、何よりもベランダを含めると75㎡近い庭があり、それが気に入って移り住んだ。

夏の庭
夏の庭風景。奥にある木がシラカシで、手前に金柑やブルーベリーが見える。

窓から見える景色をグリーンにしたくて、塀沿いに常緑のシラカシ、ソヨゴ、トネリコなどの木を植えることから庭づくりが始まった。花壇ではハーブや野菜、チューリップを育て、‘ピエール・ドゥ・ロンサール’などのバラや、5、6種類の紫陽花を植えた。

アーチのバラ‘ピエール・ドゥ・ロンサール’
今年5月、ベランダ沿いのアーチに咲くバラ‘ピエール・ドゥ・ロンサール’。家の中からも庭からも楽しめる。

ガーデニングの経験がなかったこともあり、やがて若い女性のガーデナーに植栽や手入れを任せるようになった。彼女の手で、ツリージャーマンダー、斑入りヒメトベラ、マホニア・コンフューサ、ブルーベリー、ラン類など珍しい植物も増えていった。

花を摘む

‘ピエール・ドゥ・ロンサール’のアレンジ
お盆の上でリズミカルに咲く‘ピエール・ドゥ・ロンサール’。

2児の母として、アート・ディレクターとして、仕事に忙しく、ほとんど向き合えなかった庭。それが新型コロナウイルスの影響で、毎朝庭でお茶を飲む時間が生まれた。春の庭は心地よく、目に留まった花を摘んで、自作の陶器などに活け、部屋のそこかしこに置いて写真を撮り始めた。

アジサイのアレンジ
自作の花器に濃紺色の紫陽花を活け、好きなオブジェを配して。

花器を選ぶ

小手毬の投げ入れ
菊地勝さんの花器に小手毬を投げ入れ。耳付きの花器は一目惚れしたもの。

辛嶋さんが陶芸を始めたのは22年ほど前で、5年前まで続けていた。写真に登場するのは、彼女の陶芸の師で、現在、山梨・小淵沢に窯を持つ菊地勝さんの器。そして15個ほどある自作の花器。そのほか深皿、急須、片口など、なんでも思いつくままに花をあしらう。

白桔梗のアレンジ
白桔梗が咲いたので、自作の鉢に活ける。まわりに雑草のつるを組み合わせて。ハート形の葉っぱが可愛い。

自ら作陶した器は、ほとんどが白か黒で、形も直線的で図形に近い。

「花を活けた時や料理を乗せた時を思い描いて作っているので、あまり主張がない」と語るが、余分な部分をそぎ落とした器は端正で、さりげない存在感を放っている。そうした陶器に加え、ヴィンテージの薬瓶やグラスなども登場。コーディネートの発想は自由で無限、何とでも組み合わせられる、という。

ヴィンテージの薬瓶のアレンジ
薬品合成を仕事にしていた義叔父が工場を閉めるときに譲り受けたヴィンテージの薬瓶に、バラの二番花を配して。

写真を撮る

ドクダミの花のアレンジ
大人になってから好きになった、シンプルでモダンなドクダミの花。熊谷守一のドクダミの絵にも惹かれている。

撮影にはすべてスマートフォンを使用。窓辺の白壁や部屋のブルーの壁を背景に、光の具合を見ながら、花の雰囲気に合う場所を決める。室内には美術書や、好きで集めた雑貨、オブジェなどが飾られているので、それらを花器に配することも。

庭の花のアレンジ
庭の草花を集めて自作の器に。

画面を見ながら余白を意識し、いらないものを省いたり、重なり具合を調整。花や物のカタチが美しく見える角度を選んでいく。撮影用の絵コンテを描く要領だ。この間5分から10分。長くても20分。こうした作業が直感的にできるのは、アート・ディレクターとして、何度となく写真の撮影に立ち会ってきたからだ、という。

蘭のアレンジ
自作のスクエアな花器に蘭の葉の曲線が似合うと、直感的に投げ入れる。

友人たちとのグループライン

アジサイのアレンジ
まだ淡い色の紫陽花を自作の花器に。ミュージアムショップで求めたオブジェを添えて。

写真は美術大学時代の友人6人のグループラインで披露し始め、やがて花の写真を撮って送るのが楽しい日課になった。それは4月初めから100日間、毎日続いた。海外に住む友人もおり、コロナ禍のもと、花の写真はどんなにか彼らの心を和まし、勇気づけたことだろう。

葉っぱのアレンジ
花が無い時は、形の可愛い葉を飾る。蕗の葉っぱがモノトーンの自作花器によく似合った。

夏になると庭に咲く花が少なくなり、ラインの写真は不定期に。その間、友人たちに勧められ、インスタグラムに今までの写真を選んで載せ始めた。

アート・ディレクターとして長年養ってきた「眼」が生み出す「花あしらい」。心地よい写真空間からの風に誘われて、私も花を1輪、活けてみたいと思うのだ。

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