古くからある春一季咲きのダマスク。そのグループの中でも、秋にも開花する例外的なバラ「オータム・ダマスク」から長い時間をかけて育種された「ダマスク・パーペチュアル」の品種群について、ローズアドバイザーの田中敏夫さんに解説していただきます。今井秀治カメラマンによる‘ダッチェス・オブ・ポートランド’や‘ヨランド・ダラゴン’など、美しい写真とともにお楽しみください。
目次
返り咲きするダマスク&ダマスク・パーペチュアルの誕生
ダマスクは春一季咲き、非常に古くからあるバラの品種群です。
ところが、ダマスクの中に、オータム・ダマスクと呼ばれる、春のみならず秋咲きするものがありました。18世紀に中国やインドからチャイナローズやティーローズがもたらされるまで、ヨーロッパではバラのほとんどは一季咲きだったのですが、このオータム・ダマスクと白花を咲かせるランブラー、ムスクローズのみが、秋にも開花する例外的なバラでした。
この返り咲きするオータム・ダマスクをもとに、長い時間をかけて、いくつかの返り咲きするダマスク品種が育種されました。それらが、「ダマスク・パーペチュアル(perpetual:‘返り咲き’)」と呼ばれる品種群です。
ダマスク・パーペチュアルの多くは、香り高いピンクの大輪花を咲かせ、明るいつや消し葉、そして大小取り混ぜた鋭いトゲ、つぼみを覆う長い萼片など、ダマスクの性質を色濃く受け継いでいます。
オータム・ダマスク(Autumn Damask/Quatre Saison) – ずっとずっと昔から

これがオータム・ダマスク。名前の通り、秋にも咲くダマスクです。見た目は一季咲きのダマスクと変わりません。
由来は非常に古く、紀元前、ローマ帝国が隆盛を誇った時期には、ローマ市民によって香水代わりに利用されていたようです。ロサ・ダマスケナ・ビフェラ(R. damascena bifera:“2回咲きダマスク”)とも、また、フランスではカトル・セゾン(Quatre Saison:“四季咲きバラ”)、英語圏ではフォーシーズンズ(Four Seasons)と呼ばれることもあります。
そして、サマー(“一季咲き”)・ダマスクとオータム・ダマスクは、ゲノム解析の結果、まったく同じものだと判明したことは、『ダマスクローズ~アロマオイルの素』で解説しました。
オータム・ダマスクには白花品種、クアトロ・セゾン・ブランシェ(Quatre saisons blanche)もあります。これはピンク花のオータム・ダマスクから色変わりした品種で、わずかに淡くピンクが出ることもあります。ホワイト・フォー・シーズンズと呼ばれることもあるようですが、なぜか、ホワイト・オータム・ダマスクとは呼ばれません。語呂が悪いからでしょうか。
「ダマスク・パーペチュアル(返り咲きするダマスク)」というクラス呼称は、現在一般的になりましたが、じつはこのクラスは長い間、「ポートランド」と呼ばれていました。‘ダッチェス・オブ・ポートランド’という赤花品種があり、その品種がクラスの始まりとされていた時代が長く続いたためです。
ダッチェス・オブ・ポートランド(Duchess of Portland) – 1770年

花色は赤。色変化も大きく、深いピンクになることもしばしば。
小ぶりなブッシュとなるなど、ガリカとダマスクの中間的な性質を示します。花はうなだれることなく端正に開きますが、茂る葉に埋もれてしまうこともあります。この特徴は、この品種をもとにして育種されたバラにもしばしば見られることになり、ダマスク・パーペチュアルの特徴の一つとなりました。
この品種は、イングランドのポートランド公爵夫人が保有していました。返り咲きする特徴に目を止めたフランスの園芸家、デュポンが譲り受け、‘ダッチェス・オブ・ポートランド(Duchess of Portland)’と名付けました。1785年の頃といわれています(”Classic Roses”, Peter Beales, 1997)。
多くの研究者がさらに文献を調べ、1770年にはこの品種と思われるものが記載されていることが分かりました。
‘オータム・ダマスク’のように返り咲きし、また、花色や花形がガリカ・オフィキナーリスとも類似していることから、当初は両品種の交配によって育種されたとする説が有力でした。しかし、現在ではクリムゾン色のチャイナローズの影響があるのではないかなど、研究家の間でも定説を疑問視する向きがあります。
ポートランド公爵夫人(Margaret Cavendish Bentinck:1715-1785)は、オクスフォード・モーティマー伯爵家に生まれた貴族令嬢です。伯爵家の一人娘であったこと、また、やはり高貴な一族の出身で広大な所領を有していた母からも莫大な遺産を受け継いだことから、当時もっとも富裕な貴族の一人でした。
蒐集は美術品にとどまらず、すべての新奇なもの、昆虫、動物、植物にまでわたり、館には動物園と植物園が併設されていました。この館は貴族のみならず、多くの芸術家や学者が訪れるなどして、学術・文化交流のサロンとなりました。しかし、膨大なコレクションは彼女の死後、多くは散逸してしまったといいます。
ダマスク・パーペチュアルのクラス名は、この‘ダッチェス・オブ・ポートランド’を始まりとみなしてポートランドと呼ばれ、それが長い間続きました。しかし、現在は、オータム・ダマスクをクラスの始まりと考え、ダマスク・パーペチュアルと呼ばれるように変わりました。
さて、17世紀から18世紀にかけては、チャイナローズやティーローズが中国やインド経由でヨーロッパにもたらされ、バラの品種改良が飛躍的に発展した時代でした。
同時代には、ジャン・ラッフェイ(Jean Laffay)が中心となって、赤、ピンク、白の大輪花を繰り返し咲かせる、ハイブリッド・パーペチュアル(HP)が華々しく登場していました。HPについては、『ハイブリッド・パーペチュアル~最後のオールドローズ』で詳しくご紹介しています。
ダマスク・パーペチュアルとHPを育てたことのある方は、両者の特徴が似通っていることにお気づきだろうと思います。そのため、これから解説する大輪、返り咲きのバラは、ダマスク・パーペチュアルとされたり、HPとされたり、所在が定まらないことが多くなってしまい、現在でもその混乱は続いています。
次にご紹介する‘ロズ・デュ・ロワ’も、そんなバラの一つ。美しい赤バラですが、名前も変遷し、クラスもダマスク・パーペチュアルとされたり、HPとされたり、位置が安定していません。
ロズ・デュ・ロワ(Rose du Roi) – 1812年

開花し始めはダーク・レッド。熟成すると次第に色濃く染まり、クリムゾンへと変化します。
強いダマスク系の香り。若枝には小さなトゲが密生して、まるでモス・ローズのようですが、次第に剥落してトゲが目立たなくなります。樹高90〜120㎝のこぢんまりとまとまるブッシュとなります。
育種者、育種年、またクラス分けについてもいくつかの説がありますが、ドイツの研究家クルスマンの解説が一番興味深いものです。
「王立庭園の責任者であったルリオ伯爵(Comte Lelieur de Ville-sur-Arce)はバラ育種に熱心であった(作業自体は庭園丁であったスシェ(Souchet)に任されていた)。
パリ・ルクサンブール庭園丁であったデュポンのもとには‘ダッチェス・オブ・ポートランド’があり、おそらくそれとガリカのアポシカリー・ローズ(ロサ・オフィキナーリスのこと)とを交配して生み出したのがこの品種だった。
はじめこの品種は伯爵にちなみ、ロズ・ルリオ(Rose Lelieur)と命名された(1812年頃)が、ナポレオンが失脚して王制が復活し王位に就いたルイ18世にちなんで、ロズ・デュ・ロワ(Rose du Roi:“王のバラ”)と改名された。
ところが、ナポレオンがエルバ島からフランス本土へ帰還して(“ナポレオンの百日天下”)皇帝に復位すると、今度はロズ・ドレプルー(Rose-de l’Empereur:“皇帝のバラ”)と再度改名された。
しかし、ワーテルローの戦いで敗れたナポレオンがセント・ヘレナ島に流刑になった後は、元に戻ってロズ・デュ・ロワと呼ばれるようになった。庭園丁スシェが市場へ提供するようになったのは、1815年になってからだった」(”The Complete Book of Roses”, Gerd Krüssmann, 1981)
育種の経緯から、この品種は通常ダマスク・パーペチュアルにクラス分けされますが、ピーター・ビールズやグラハム・トーマスは、HPの最も初期の品種だと解説しています(”Classic Roses”, Peter Bealse,1997, “Graham Stuart Thomas Rose Book”, 1994)。
“Rose du Roi”は、「バラの王様」ではなく、「王のバラ」、王の所有物という意味になります。「庭園責任者ルリオ伯爵」→「ルイ18世」→「復位した皇帝ナポレオン」→「復位したルイ18世」と変遷する品種名には、当時の激動する政治状況が映し出されています。
‘ロズ・デュ・ロワ’のパープルの色変わり種だとして、‘ロズ・デュ・ロワ・ア・フルール・プルプレ(Rose du Roi à Fleurs Pourpres)’という品種も流通しています。
ロズ・デュ・ロワ・ア・フルール・プルプレ(Rose du Roi à Fleurs Pourpres) – 1819年

‘ロズ・デュ・ロワ’も深い赤ですが、このフルール・プルプレ(“パープル花”)は名前の通り、さらに深い色合いとなります。
1819年にはすでに出回っていたと記録されている古い由来の品種ですが、育成者は不明です。
‘ロズ・デュ・ロワ’の枝変わり種だと、長い間いわれてきましたが、花形に違いがあることなどから、今日では、疑問を呈する研究者のほうが多くなっているようです。
そのため、この品種のクラス分けについても、ダマスク・パーペチュアルとされたり、ガリカとされることもあるなど、所在の定まらない品種です。
ヨランド・ダラゴン(Yolande d’Aragon) – 1843年

花径10〜14cm、オールドローズとしては例外的な大輪、壺型の花形。ライラック・ピンクの花色は中心部が色濃く染まる、じつに美しい品種です。ダマスク系の強い香り。
大きな丸みのある明るい緑葉、硬めの枝ぶり、樹高120〜180cmの直立性のシュラブとなります。豪華な大輪花、しかし、花は明るい緑葉の中へ埋もれることもあり、透き通るような緑葉と深みのある花色とのコントラストから、豪華でありながら、爽やかさを同時に感じさせる、不思議な印象を受ける品種です。
1843年、フランスのJ.P ヴィベール(Jean-Pierre Vibert)が育種・公表しました。当時存在していたほとんどすべてのクラスの品種を数多く育種し、”最も偉大な育種家”と称賛されるヴィベールですが、返り咲きするダマスク・パーペチュアルにも注目していました。
1830年、ヴィベールが発行したカタログに、園芸家でバラの育種も行っていたプレヴォ氏(Nicolas-Joseph Prevost)が育種した‘ロズ・ド・トリアノン(Rose de Trianon)’を載せています。‘ロズ・ド・トリアノン’は返り咲きするダマスク、すなわちダマスク・パーペチュアルの初期の品種であったとされています。残念ながら、この品種はすでに失われてしまい、今日、見ることはできません。
ヴィベールの‘ヨランド・ダラゴン’の交配には‘ロズ・ド・トリアノン’が用いられたのではないかと見られています。したがって、この品種はダマスク・パーペチュアルに属するものとして間違いないでしょう。
ヨランド(ジョランドとも)・ダラゴン(Yolande d’Aragon:1384-1442)は、フランスのアンジュ(Anjou:現在のMaine et Loire地方)の領主であったルイ2世夫人でした。ナポリ及びシシリーの支配権をめぐる争いに明け暮れた夫を助けて功があり、夫の死後は義理の息子が巻き込まれた政争の中で、一族の利益を守るために適切な指針を与えるなど、気丈な女性として知られています。美しく、賢く、女の身体に男の心を持っていると称えられた女性です。
インディゴ(Indigo) – 1845年以前

大輪、丸弁咲き。花色はパープル、またはパープルの色合いが濃いクリムゾンとなります。
強い、ダマスク系の香り。明るく、ほんの少し縮み込んだようなつや消し葉、小さなトゲが密集した、細いけれど、しっかりした枝ぶりのシュラブとなります。
1845年頃、フランスのラッフェイ(Jean Laffay)が育種・公表しました。交配親は不明です。ときに、非常に深いヴァイオレットの凄みのある花色となることがあります。
ラッフェイはHPの生みの親として知られています。この由来不明の品種も、ダマスク・パーペチュアルとされたりHPとされたり、帰属がままなりません。濃い葉色、滑らかな茎の表皮や枝ぶりなどからはHPとしたほうがいいのではないかと感じています。
インディゴは古代から使用されていた染料です。 命名の由来は、この”インディゴ(インド藍)”にあるものと思われます。
アルチュール・ド・サンサール(Arthur de Sansal) – 1855年

丸弁咲きとなることが多く、また、花心に緑目が出ることもあります。
開き始めはクリムゾン、次第に青みが加わり、熟成すると深いパープルの花色となります。広い、明るい緑葉、細めですが硬めの枝ぶりのシュラブとなります。
フランスのスピオン・コシェ(Scipion Cochet)により育種・公表されたというのが通説です。
ミディアム・レッドのHP、‘ジェアン・ド・バタイユ(Géant des Batailles:“戦闘の巨人”)’の実生から生じたといわれています。由来からいえば、HPにクラス分けされるべきかと思いますし、実際にそうしている研究者もいますが、明るい葉色、トゲの付きぐあい、萼片の形などから、ダマスク・パーペチュアルにクラス分けされることが多い品種です。確かに形態からはダマスク・パーペチュアルのほうが納得のいく位置づけのように思います。
‘デスプレ・フルール・ジョンヌ’の育種で名高い、デスプレの義理の息子で、熱心なロザリアンであった、アルチュール・ド・サンサールに捧げられた品種です(“The Old Rose Advisor”, Brent C. Dickerson, 1992)。
マルブレ(Marbrée) – 1858年

花色はレッド・ブレンドとして登録されていますが、深みのある、同時に混じり気のないピンクとなることが多いように思います。また、花弁に白い斑が入ることが多く、絶妙な色合いとなります。品種名マルブレは“大理石のような斑模様”(フランス語)のことですので、そのものズバリです。
1858年、フランスのロベール・エ・モロー(Robert et Moreau)により育種・公表されました。交配親は不明です。
バラについての味わい深い記述で名高い、バラ研究家、ヘーゼル・レ・ルジュテル(Hazel Le Rougetel)は著作『ヘリテージ・オブ・ローゼズ(Heritage of Roses), 1988』の中で、
「…これはコント・ド・シャンボールと判明しました。そして、小さな庭で、この品種を育てようとする誰にでも、もう2株のポートランド(ダマスク・パーペチュアル)、明るく澄んだピンクのジャック・カルティエと深いピンクに斑の入るマルブレを薦めることにしています…」
と記しています。ダマスク・パーペチュアルの中でも、とりわけ美しい3品種を並べて観賞するのは、さぞ楽しいことかと思います。
さて、このクラスの中で最も人気がある品種は‘コント・ド・シャンボール’と‘ジャック・カルティエ’でしょう。しかし、2品種とも取り違え、クラス分けに疑問が生じるなど、揺れ動いています。それは次回で詳しくお話ししたいと思います。
Credit
文/田中敏夫
グリーン・ショップ・音ノ葉、ローズ・アドバイザー。
28年間の企業勤務を経て、2001年、50歳でバラを主体とした庭づくりに役立ちたい思いから、バラ苗通販ショップ「グリーンバレー」を創業し、9年間運営。2010年春より、「グリーン・ショップ・音ノ葉」のローズ・アドバイザーとなり、バラ苗管理を行いながら、バラの楽しみ方や手入れ法、トラブル対策などを店頭でアドバイスする。
写真/田中敏夫、今井秀治
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