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森への散歩 森のジャム・武蔵野の森の愉しい小道8

森への散歩 森のジャム・武蔵野の森の愉しい小道8

埼玉県川越市は、今や国内外から年間780万人が訪れる一大観光地──。蔵造りの町並みが続き、江戸時代さながらの情緒が漂う市中心部の一番街は、連日たくさんの人でにぎわっています。一方、市の南部には総面積約200万㎡の広大な森があります。林床に四季折々の植物が生い茂り、樹上では野鳥たちが鳴き交わす大きな森。かつての武蔵野の面影を残すこの森をこよなく愛し、散歩を日課とする二方満里子さん。遠くへ出かけなくても、身近な自然の中には心躍る発見がいっぱいあるようです。

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イチゴの話

野イチゴ
Picmin/ Shutterstock.com

「6月の満月を『ストロベリームーン』というんだって」

孫のこの言葉に促されて、私は夜空を見上げた。まだ月は出ていない。なぜそんなロマンチックな言い方をするのか、調べてみることにした。

ネイティブアメリカンの言葉だった。

彼らは6月頃に実る野いちごを採取する習慣を持っている。それで、6月の満月をストロベリームーンというのだ。

私がよく散歩に出かける森でも、いろいろな野いちごをよく見かける。

そこで今回は、まず武蔵野の面影を色濃く残す森の恵みの話。

自家製イチゴジャム

カジイチゴの花を見かけてから1カ月あまり。いつ実るかと楽しみに待っていたが、ある日ついにオレンジ色の実を点々と付けているのを発見した。

つやつやした粒々が透き通っている1cmほどの実。

「食べて!」と言っているみたい。

さっそくいただいて、家に持ち帰った。途中で見つけた、草イチゴの赤い実と一緒に。

さて、このカジイチゴ。どうやって食べようか?

しばし思案したが、最初の計画通り、パンの上にのせ、砂糖をふりかけてトーストすることにした。イチゴの上にほんの少しレモン汁もふりかけてみた。 カジイチゴを木から取るときに手についた果汁が、とても甘かったからだ。

待つこと、数分。

カジイチゴをのせたトーストを、泡立てた生クリームと一緒に食べた。口の中でイチゴの種子が弾けるのを楽しみながら、森の恵みをしみじみ味わった。

ごちそうさま!

カジイチゴさん、また、来年も会いましょう。

ナワシロイチゴ
cai xuefeng/Shutterstock.com

また別の日。

草イチゴと葉の形は同じだが、色はもっと鮮やかな若緑の低木が、イヌムギの間から姿をのぞかせているのに気づいた。

丈は60cmくらい。細い茎にはとげがある。バラ科の植物らしいが、花をつけていないので分からない。もし白い花をつけたら、ノイバラ。それとも、私がまだ知らないイチゴ属の木だろうか。

そんな風にいろいろ想像していたら、やがてその木が濃いピンク色の小さい花をつけた。5片の薄茶色の萼の上に、ちょこんと乗るピンクの花。花びらは開かず、堅く閉じた中心部から、雌しべ(?)が飛び出している。星形の萼といい、小さいながらも鮮やかな濃いピンク色といい、なかなか存在感のある花だ。

家に帰って調べてみた。

ナワシロイチゴだった。

バラ科、キイチゴ属、ナワシロイチゴ。日本、朝鮮半島、中国に分布する雑草的な落葉低木。稲作農家が田植えの準備として苗代をつくる頃に赤い実が熟すため、ナワシロイチゴという名前がついたそうだ。

花びらを閉じているのは、中に雄しべをくるんで雌しべに花粉をつけないようにしているため。つまり、自家受粉を避けるためである。他の株から昆虫が花粉を運んで来て、雌しべがめでたく受粉すれば、花びらが開き雄しべが顔を出すらしい。何という巧妙な仕組みなのだろう。

植物は、その生存戦略に応じて、さまざまな受粉システムを持つ。自家受粉を避けるものもいれば、自家受粉を積極的に行うものもある。自家受粉は遺伝的な多様性という点では不利益だが、手っ取り早く種子を作るためには有効な手段である。一年草の雑草には自家受粉を行う花が多いといわれている。

さて、ナワシロイチゴはどういう方向に向かう途中なのだろうか?

花は、これからも雄しべを包んで花粉を隠しているのだろうか?

ヘビイチゴ

森の入り口のよく日の当たる場所に、つるを伸ばす草。春にカタバミに似た黄色い花を咲かせ、やがて真っ赤な小さな可愛い実をつける。これもイチゴだが、食べられないのでヘビイチゴという名前がついた。

バラ科、キジムシロ属、ヘビイチゴ。

あんまり可愛らしいので、ちょっとかじってみた。もちろん、毒ではないと確かめた上で。

不味かった! 全然味がなかった。

やはり、ヘビイチゴ。食べるものではないと納得した。

キイチゴ

曇りがちの日が多い6月の中で、珍しく気持ちよく晴れた日。空を見上げながら森に入って行くと、あった。オレンジ色の木イチゴの実が! 風に揺れる枝先に5つ、6つ。木漏れ日を浴びて輝いている。

この木イチゴは樹高2m以上。葉がカジイチゴとも、モミジイチゴとも違う。低い位置に実っていたのを探して、口に放り込む。

ほどよく甘酸っぱくてジューシーで、おいしい。品種名は分からないけれど、多分木イチゴの一種に違いない。

とにかく、食べちゃった。

まあ、たぶん大丈夫だろう。

映画「野いちご」

イチゴが好きな人は多いと思う。

あのつやつやした真っ赤な色、いい香り、口の中で種が弾ける独特な食感。

世にイチゴ好きが多いのは、あの甘酸っぱさが青春の味を思わせるからかもしれない。

若い頃映画が大好きだった私は、スウェーデンの巨匠イングマール・ベルイマン監督の「野いちご」を見た。

この映画は、主人公である老教授が名誉博士号を授与されることになり、授与式場に向かうまでの一日を、回想と夢をまじえて描いた作品。その中に、森の中で野イチゴを摘む印象的なシーンがある。

草の上に腰を下ろし、言葉を交わす2人。

一人は老教授。もう一人はふわりとドレスの裾を草の上に広げ、小さな籠に野いちごを摘んで入れる若く美しい女性。教授の若き日の恋人である。

このシーンでは、教授は老人の姿、恋人は若いままの姿で現れる。2人が結ばれなかった理由が暗示される、重要な場面である。

しかし、私が興味を抱いたのは、その切ない物語ではなかった。

女性が野イチゴを摘む指先と、草むらにふんわりと裾を広げた長いスカート。ああ、何て優雅で美しいのだろう!

そのシーンが「野いちご」のタイトルと共に深く私の脳裏に刻み込まれ、野イチゴは私にとって特別な果物、特別な植物になったのだ。

現実の日本で草むらに座って野イチゴを摘む、なんてことはあり得ない。野生のイチゴの生育状況が違うからである。

ベルイマン監督の出身地スウェーデンをはじめ、北欧はベリー類の宝庫。いろいろな種類のベリーのジャムが安い値段で輸出されている。

フィンランドには、フィギュアスケート観戦のために訪れたことがある。でも、あのときは3月。草むらに野イチゴが実っているはずはなかったし、花も花屋にしかなかった。

いつの日にか、春の北欧を訪れ、映画「野いちご」で見たような草原に座ってベリーを摘みたいものだと、ひそかに願っている。

セリバヒエンソウ

セリバヒエンソウ

新聞の書評欄に『美しき小さな雑草の花図鑑』(山と渓谷社)が紹介されていた。雑草好きの私は、さっそく注文した。

届いたのは、縦横16cmの正方形の本。黒い表紙に和菓子のように可愛いカラフルな花が大小プリントされている。絵本のように楽しいデザインだ。

パラパラとページをめくっていくと、紫色のとんぼのような花が載っていた。

名前は「セリバヒエンソウ」。以前、調べても調べても、名前がどうしても分からなかった花の名前は、セリバヒエンソウだったのだ。ようやく2年越しの疑問が解けた。

セリバヒエンソウは、キンポウゲ科、ヒエンソウ(デルフィニウム)属。漢字では、芹葉飛燕草と書く。飛んでいたのは「とんぼ」ではなく、「つばめ」だったのだ。中国からベトナムなど東アジアに自生し、明治時代に中国から渡来したのだという。

名前が分からなかった頃、私は勝手に「初夏のエフェメラル」と呼んでいたが、楚々とした中国美人と分かって納得した。ただし、芹のような葉には毒があるので、口にしてはいけない。

ホタルブクロ

ホタルブクロ

ホタルブクロは、オニユリが咲く森の入り口付近に生えている。他でも見かけるが、ここが一番数が多い。

そして梅雨入りが話題にのぼる頃、小さなちょうちんのような花を次々にふくらませていく。色は薄い桃色から濃い赤紫色まであるが、白は目にしたことがない。

ホタルブクロの名前は、子供たちがこの花の中に蛍を入れて遊んだことに由来する。ホタルブクロが咲くのは、ちょうど蛍が出現する時期。花の大きさと蛍の大きさがピッタリ合う。

かつて、どこの田んぼや小川でも蛍が飛び交っていた頃、子供たちは本当にそんな遊びをしたのだろうか?

都会育ちの私は、夜店で買った蛍しか見たことがない。山形県出身の夫に聞いてみた。すると、まだごく幼い頃、父親が蛍を捕まえてきて蚊帳に放してくれたことがあったそうだ。淡い光が点滅するのを見ながら眠りについた。しかし、翌朝目を覚ますと蛍はもう光らなくなっていた。「悲しかったよ」と夫は言った。

儚くも幻想的な光景。

薄暗い草むらの中にあって、花の重みでうなだれて咲くホタルブクロ。それは、確かに蛍の命を宿しているかのように、ふっくらと優しい光を放っている。

キンシバイ

キンシバイ

林辺に1本だけキンシバイ(金糸梅)がある。高さは80cmほどの低木で、枝はゆるかに枝垂れている。その枝先に輝くような濃い金色の5片の花を咲かせている。

中国原産で、江戸時代の1760年に渡来したといわれ、古くから観賞用として栽培されてきた。だからこの林辺にあるのは、どこかの庭から種子が偶然飛んで来て、大きくなったものに違いないだろう。

梅雨時に目立つ黄色い花として、ビヨウヤナギがある。ビヨウヤナギのほうが、おしべが長くかつ上を向いて咲くの対し、キンシバイは下垂して咲き、花びらが丸く開き切らない。丸い花の中に、花粉を食べるのに夢中のミツバチが何匹もいた。

じつは、初めて見る花だが、気に入った!

家の日陰の庭でも育つだろうか? 五月闇(梅雨時の暗闇)を明るく照らしてくれる花として、1本欲しいなあ。この木が種子をつけたら、もらってきて育ててみたい。

コオニユリ

コオニユリ

昨年、オニユリを見つけて以来、林辺にその姿を見つけては夏本番の開花を楽しみにしていた。

しかし、梅雨入りも待たずに開花してしまった一群があった!

花は鮮やかなオレンジ色。くるりと反り返った花弁。濃い紫色の斑点。オニユリそっくりな花形だが、少し小さい。草丈も60cmあまりと、オニユリよりかなり低い。そしてなにより違うのは、ムカゴがないことである。

コオニユリだ。

調べてみると、オニユリの近縁種と記載されている(「みんなの花図鑑」より)。

コオニユリのほうが、より自然度が高い山地の草原に生育するという。それがここ武蔵野の森のような人里近いところにあるのだから、珍しいのではないだろうか?

コオニユリは冷涼な気候を好むので、オニユリに先がけて真夏になる前に開花したのだろうか?

そして、なぜオニユリはムカゴを持ち、コオニユリはムカゴを持っていないのか?

考えると、疑問が次々に浮かんで来るが、答えてくれそうな人は周囲にはいない。

 

だから、まずはじっくり観察。

花のことは、花に聞くしかない。

Credit

写真&文/二方満里子(ふたかたまりこ)
早稲田大学文学部国文科卒業。CM制作会社勤務、専業主婦を経て、現在は日本語学校教師。主に東南アジアや中国からの語学研修生に日本語を教えている。趣味はガーデニング、植物観察、フィギュアスケート観戦。

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