花盛りのドイツから届いた「笑顔咲く花々のエピソード」
あちらこちらでバラの花が咲くドイツの初夏。暮らしを彩る花々は、姿や香りももちろん素晴らしいですが、人々との関わりの中で生まれる物語も魅力です。ドイツ在住のガーデナー、エルフリーデ・フジ=ツェルナーさんが、日々の暮らしの中で出合う、バラをはじめとする花々のエピソードをお届けします。
目次
暮らしとつながるバラのエピソード
6月、ドイツではいたるところでバラが花開きます。ほとんどすべての庭に、バラが植えられているといってもいいほどです。人々にとって身近な存在であるバラですが、ただ美しく、香りが素晴らしいだけではありません。その背後には、素敵なストーリーが隠されていることも多いのです。
たとえば、親しい友人から聞いた話もその一つ。彼女は美しいつるバラを育てているのですが、そのバラのことを、とても大切な存在だと、こんな風に言っていました。
「このバラはもともと母のガーデンにあったもので、14年前に母が亡くなった時、掘り出して、自分のガーデンに植え替えたの。樹齢20年ほどになるけれど、今までたくさんの花を咲かせて、母と過ごした楽しい時間を思い出させてくれるのよ」。
今回は、ドイツの人々に愛されるバラをはじめ、暮らしの中の植物にまつわる、ちょっとしたエピソードの数々をご紹介したいと思います。
ローカルなガーデンセンターで
ドイツでは、日常的に、小さな花を添えたちょっとしたギフトを贈ります。最近では、インテリア用の鉢植えの植物や、ガーデンに植える宿根草やバラを贈ることも一般的。基本的には、園芸店に並んでいるようなプラスチックのポットに入っただけの植物をペーパーでラッピングしたり、小さなリボンを付けただけのカジュアルなプレゼントです。こんなちょっとした贈り物を準備するには、地元のガーデンセンターが一番です。
この春、私は近隣の村にあるガーデンセンターでスタッフをしていました。とてもローカルでありながら、その反面、ヨーロッパ限定ですが国際的なその空間で働くのは、とても楽しい経験でした。ガーデンセンターで扱う花の多くは、東欧の個人所有のナーセリーで生産されたもの。それ以外では、オランダやデンマークなどの大きな花の卸売業者が扱うものも並びます。店頭の花が国際的なだけでなく、働いているスタッフも、ポーランドやハンガリーなど、その時々によっていろいろな国の人がいます。小さな村にも、ヨーロッパ中から花が運ばれてくるガーデンセンターがあるのです。
そこに買い物に来るお客さまもさまざま。ラフロードやクロスカントリー用のクアッドという四輪車で乗り付けて、ガールフレンドにランの花を買っていくティーンエイジャーがいるかと思えば、次のお客さまは車いすで温室をゆっくりと見て回ります。ほとんどの人は車で買いに来るため、時に、トランクに鍵を閉じ込めてしまって、スペアキーを持ってきてもらわなければ帰れないなんてハプニングが発生することも。また、年配の女性が、方言なのか、まったく違う植物名を使うため、話を聞いてもどの植物なのかさっぱりイメージが湧かないこともありました。仕方ないので、温室内を一通り案内したところ、彼女が指さしたのはマリーゴールドの一種。本当に、分からないものですね。
そんな中で、何度もガーデンセンターを訪れてくれた人がいます。彼女が私と話すたびに口にしていたのが、何か新しいバラを買いたい、ということ。彼女はバラが大好きで、ガーデンセンターに来るたびに買ってしまうのです。残念ながら、私たちの働くガーデンセンターにはあまり多くの品種がありませんでしたが、彼女は毎回どうやってか新たなお気に入りのバラを見つけては、いつもそのバラ苗を手に、幸せそうな笑顔で帰っていきました。
メディアの中のエピソード
ところで、2週間ほど前、なぜかこのガーデンセンターでコモンラベンダーのブームが起きました。じつにたくさんのお客さまがコモンラベンダーを手に入れようとしていたのです! 仕事が終わってから、新聞でラベンダーには他の植物をアブラムシから守る効果があるかもしれないという記事を見つけ、納得がいきました。テレビや新聞などのマスメディアは、人々の購買意欲に大きく影響するのです。たとえば、もしお客さまが特定の植物の名前をあげて尋ねてくることが、週に何度か、時に一日のうちに何度かあったなら、まず間違いなくマスメディアで取り上げられた証拠。ちなみに、今回のラベンダーブームの中では、友人の一人もいくつかラベンダーの苗を買ってくれました。アブラムシへの実際の効果はいかほどであったかを、ぜひいつか聞いてみたいと思います。
さて、そんなマスメディアの話題を一つ。最近、地元の新聞でバラに関する特集記事が掲載されました。ほぼ半面を占めたその記事の中には、長いフェンスに絡む満開の白バラの写真も掲載されていました。可愛らしい素敵な話だったので、ここでご紹介したいと思います。
記事のタイトルは「18 meter of a Rose Fence (18mのバラのフェンス)」。
この記事で紹介されたバラの生け垣は、私の故郷の村の近くで、友人の家の近所にあります。このバラのために、近隣でもちょっと有名な家なんだとか。タイトルの長い生け垣を作るのは、じつはたった1本の白いランブラーローズ。ほんの数年前、この家に暮らすご夫婦が、小さなランブラーローズの苗をガーデンのフェンスの際に植えました。このバラは驚くほどの勢いで成長し、現在では、なんと18mのフェンスを1本でカバーしているのです!
このように、ランブラーローズの中には、とても長く伸びるものもありますので、植える際にはご注意くださいね。
記事で紹介された庭では、フェンスに絡ませていましたが、ランブラーローズは大きなプランターやベランダで栽培したり、トレリスに絡ませて目隠しを作ったりするのにぴったりです。ドイツでは、東京近辺に比べると気温は低いので、ちゃんと手入れをしてやれば、より長く緑の美しい葉を楽しむこともできます。
庭主自身が反映されるガーデン
ガーデンは、庭主によって、一つひとつ異なるユニークな場所になります。
たとえば、私の通う地元の歯科医院。そこを訪れる時は、その病院の素敵な庭を見ることができるのが大きな喜びです。すべての要素がすっきりと配置され、手入れが行き届いた庭で、先日訪れたときは、ちょうど満開のバラが咲き誇っていました。庭として見ても素晴らしいのですが、なんといっても職業を表す大きな白い歯のオブジェがガーデンに置いてあるのが私のお気に入り。その人ならではの庭を見るのは、とても楽しいものです。歯の治療は好きではありませんが、こんなガーデンを通ってスタイリッシュな待合室に行くのなら、歯科医院に通うのも楽しくなりそう。ちなみに、この先生のプライベートガーデンも、とてもユニークなんです。一方、奥さんのほうは、アジサイの栽培や、一般的な「上品でエレガントなガーデニング」のほうがお好きなよう。その違いを見るのも面白いものです。
バラのナーセリーと見本園
さて、バラを手に入れるうえで重要なのは、地元のガーデンセンターで、あなたの暮らす土地や気候に合った品種を手に入れること。これが、楽しいガーデンライフやベランダガーデンをスタートさせる一番の方法です。地元で評判のよいナーセリーに行ってみることができれば、もっといいですね。
私もここ数週間、ずっとナーセリーに行きたいと思っていて、つい先日、ようやく訪れる時間を作ることができました。私の暮らす地域の中では有名で、規模も大きいナーセリーなのですが、家からは30km以上離れているため、なかなか気軽には行くことができません。
さて、そのナーセリーは、豊富な種類のバラを取り揃えているのですが、私が見たかったのは、ナーセリーにある見本園。苗場の端に沿ってつくられたガーデンは、バラだけでなく、背の高い木やたくさんの宿根草を組み合わせて植栽されていました。アイアン製などのトレリスがいくつも並び、ガーデンの小径は土のままの場所もあれば、バークチップで覆ったエリアもあり、とてもナチュラルな雰囲気のガーデンでした。この見本園のすぐ裏には、オーナーのプライベートハウスと美しい庭があり、広大な苗場のエリアへと続いています。
よく整理されたガーデンは、リラックスできる空間になっていましたし、何か知りたいことや探しているものがあれば、プロのガーデナーさんたちが親身になって対応してくれます。今回は、庭に迎えるバラについて相談。バラの中には、強い雨が降ると花首を下げてしまうものがあります。そのようなタイプは花を切り取らないとカビて汚くなってしまうので、私はこうした手のかかるバラは避けるようにしています。気持ちのよいガーデンの中、木々や低木が植栽された花壇の横にある長い通路を歩きながら彼らの話を聞いて、最終的に庭に迎える2本のバラを決めることができました。選んだバラは、1本はグラウンドカバー、もう1本はもう少し背の高くなるタイプ。どちらも赤いバラですが、ニュアンスの異なる花を咲かせます。
最近、私の庭の近くでは、野生のシカが行き来しています。一度、ベリー類がシカの食害にあったことがあり、メドウガーデンの花の新芽も食べられてしまったので、今度はバラのつぼみも被害にあわないかと心配しています。せっかく手に入れた新しいバラですが、植える前に、何とか動物たちが庭に入らないようにする解決策を見つけなければいけませんね。
ヒルデスハイムの1,000年のバラ
ドイツには、一つ有名なバラがあるので、最後にこのバラの話をしたいと思います。
そのバラは、中世の面影を残すヒルデスハイムという町にあり、「ヒルデスハイムの1,000年のバラ」と呼ばれています。ロサ・カニナの仲間だと考えられているこのバラは、伝説によると、9世紀にこの場所で見つかったとされています。隣には大きな大聖堂が建てられていて、バラはその大聖堂の壁の一部を覆っていました。
バラは町の人々に愛されていましたが、第二次世界大戦中の1945年、ヒルデスハイムの町への空襲によって、大聖堂もバラも焼け、さらには崩れた建物のがれきに埋まってしまいました。
しかし、その悲劇から2カ月後、生き残ったバラの根元から25本もの新しいシュートが伸びたのです。その日から、「ヒルデスハイムの1,000年のバラ」は、より一層人々に称賛され、生命のシンボルとなりました。現在では、再び長く枝を伸ばして大聖堂を覆う、美しい姿を見ることができます。
ですから、バラや球根、宿根草、木々、どんな種類の植物でも、生きては枯れる生命のシンボルとして愛しましょう。植物たちは、私たちを元気づけ、力を与えてくれます。
中でもバラは、その品種やサイズ、花色、樹形の多様さ、そして思いを込めて与えられた名前、どれを取ってみても私たちの暮らしと深く結びついた特別な花です。その美しさとともに、それぞれの花と共にあるエピソードも大切にしていきたいものですね。
Credit
ストーリー&写真(*)/Elfriede Fuji-Zellner
ガーデナー。南ドイツ、バイエルン出身。幼い頃から豊かな自然や動物に囲まれて育つ。プロのガーデナーを志してドイツで“Technician in Horticulture(園芸技術者)”の学位を取得。ベルギー、スイス、アメリカ、日本など、各国で経験を積む。日本原産の植物や日本庭園の魅力に惹かれて20年以上前に日本に移り住み、現在は神奈川県にて暮らしている。ガーデニングや植物、自然を通じたコミュニケーションが大好きで、子供向けにガーデニングワークショップやスクールガーデンサークルなどで活動中。
Photo/Friedrich Strauss/Stockfood
取材/3and garden
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