バラに冠せられた名前の由来や、人物との出会いの物語を紐解く楽しみは、豊かで濃密な時間をもたらしてくれるものです。自身も自宅のバルコニーでバラを育てる写真家、松本路子さんによるバラと人をつなぐフォトエッセイ。今回は、モダンデザインの父と呼ばれたウィリアム・モリスの故郷、イギリスとその名を冠したバラをご紹介します。

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リバティ・ロンドンから

リバティ・ロンドン
チューダー様式の伝統的な建物が特徴の老舗デパート、リバティ・ロンドン。グレート・マルボロ・ストリートに面した正面入り口。faithie/Shutterstock.com

ロンドンに滞在すると、リージェント・ストリートにあるリバティ・ロンドンに立ち寄ることが多い。チューダー様式のクラシカルな建物の3階(日本の4階)にあるファブリック・コーナーがお目当てだ。そこにはリバティプリントが無数に並んでいて、布好きにはたまらない空間になっている。

図案アイアンシ
1902年にデザインされた、アールヌーヴォ―の代表的な図案アイアンシ。

リバティプリントの中では、アールヌーヴォ―模様のアイアンシ(Ianthe)が私のお気に入りで、自宅のベッドカバーやクッションをこの布で揃えたほどだ。ウィリアム・モリスの「ストロベリー・シーフ」(いちご泥棒)に初めて出会ったのもこの場所で、当時はあまり知られていなかったので、そのデザインの斬新さに驚かされた。

書籍『ウィリアム・モリスの庭』

イングリッシュローズの‘ウィリアム・モリス’
イングリッシュローズの‘ウィリアム・モリス’。

ウィリアム・モリス(William Morris 1834-1896) は19世紀イギリスの詩人・思想家・デザイナー。産業革命によって失われつつあった手仕事の重要性を説き、生活と芸術の調和を目指したアーツ・アンド・クラフツ運動を提唱したことでも知られている。

モリスのデザインした壁紙や布には、しばしばバラが登場する。自宅のバルコニーでバラを育てるようになると、バラをモチーフとしたモリスのテキスタイルが気になってきた。

『ウィリアム・モリスの庭』

そんな折、友人のエッセイスト、鶴田静さんから、彼女が翻訳した『ウィリアム・モリスの庭』(東洋書林刊)という本が送られてきた。副題に「デザインされた自然への愛」とある。モリスが自然や植物を愛したことは彼のデザインした意匠から推し量れるが、庭園のデザインに並々ならぬ熱意と深い造詣があったことを3人の著者が丁寧に考察している。

イングリッシュ・ガーデンの理念

私が特に興味を持ったのは、8項目にわたる庭園デザインの原則ともいうべきもの。

  • 「家と庭を統一する。(庭は建物の衣服)」
  • 「樹木、生垣あるいは自然に見える垣根で庭を囲む」
  • 「地域の独自性を保つ」
  • 「素朴な花を植える」
  • 「流行を避ける」
  • 「現存する木を残して調和させる」
  • 「庭を生産的にする。(果樹園や菜園のある庭)」
  • 「レクレーションとリラックスの場所を含める」

こうしたモリスの見解が、現在のイングリッシュ・ガーデン造園の基礎となっている、という。イングリッシュガーデンが一般化したのは、造園家のウィリアム・ロビンソンや庭園デザイナーのガートルード・ジェキルの力が大きいとされている。ロビンソンは『イギリスの花の庭』を著し、雑誌『ザ・ガーデン』『図解ガーデニング』を創刊・編集した人物。ジェキルは『イギリスの庭園のための薔薇』『森と庭』など、多くの著書で庭づくりの魅力とその方法を説いている。

ウィリアム・モリスの庭
ウィルアム・モリスが愛した庭に咲く草花。

2人はともに、モリスの庭に対する理念を庭づくりにおいて実践し、その普及に努めた。特にジェキルは、モリスと出会ったのをきっかけに、刺繍や銀工芸、テキスタイルなどの装飾芸術を始め、さらにアーツ・アンド・クラフツ運動の延長としてガーデニングの道に進んだ、いわばモリスの弟子ともいえる女性だ。モリスの庭に思いを馳せる、それはイギリスのナチュラルガーデンの源流をたどることでもあった。

コッツウォルズへの旅

アーリントン・ロウ
14世紀の建物が連なるバイブリーのアーリントン・ロウ。

コッツウォルズはロンドンから西に200kmほど行ったところにある丘陵地帯で、田園の中に瀟洒な村々が点在する。なかでもモリスが「イギリスで一番美しい村」と讃えたのがバイブリー。歩いても3、4時間で一周できる小さな村に、私は数日間滞在して、付近の庭園を巡った。

バイブリーのスワンホテル
バイブリーの中心部、コルン川沿いにあるスワンホテル(The Swan Hotel)。

最初に訪れたのが、バイブリーから車で30分ほど行った、レッチレイドという村にあるケルムスコット・マナー。ここはモリスが1871年に友人の画家ロセッティとともに借り、25年間にわたり妻と2人の娘と休日を過ごした家だ。

ケルムスコット・マナー
ケルムスコット・マナーの前庭に残る、モリスが思索した東屋。

16世紀に建てられたコッツウォルズ特産のライムストーンの石壁と切妻屋根のたたずまい。そしてそれに付随する庭はモリスにとって理想的ともいえる住まいで、「荘園主の館」を意味する「マナー」という名を授けている。

ケルムスコット・マナーにて

ケルムスコット・マナー

その敷地に入ってすぐに、建物へのアプローチの美しさに息を飲んだ。玄関ポーチに向かって石畳が敷かれ、その両側にはスタンダード仕立てのバラの木が並んでいる。訪れたのが6月だったので、花の最盛期。石壁には淡いピンクのつるバラが枝を伸ばしていた。建物の奥にまわると、そこには草花にあふれたナチュラルガーデンがあり、石垣やバーゴラにもバラが設えてあった。

ケルムスコット・マナーのつるバラ
ウィリアム・モリスが愛したケルムスコット・マナーの、壁を飾るつるバラ。

モリスはこの庭のキッチンガーデンで収穫した野菜や果物を食し、草花を採取して染色の材料とした。彼のテキスタイルのデザインの図案の多くは、この家の庭、そしてコッツウォルズの田園からインスピレーションを得ている。

いちご泥棒の切手
「いちご泥棒」をモチーフにしたイギリスの切手。gorGolovniov/Shutterstock.com

ケルムスコット・マナーの庭には野生のヘビイチゴが生え、また苺の栽培もされていた。そこにしばしばツグミが顏を出し、苺をついばむ。モリスは怒る庭師にツグミを追い払わないように伝えたという。苺は鳥たちに食べられたが、そこから彼の代表作ともなった「いちご泥棒」が生まれた。

地上の楽園

ケルムスコット・マナー
玄関アプローチに咲くスタンダード仕立てのバラ。

モリスは小説『ユートピア便り』の著書の口絵に、ケルムスコット・マナーの建物とバラが並んだ前庭の挿画を盛り込んでいる。彼にとってそこは草花や鳥の鳴き声に満ちた地上の楽園であった。

ケルムスコット・マナー
ケルムスコット・マナーの裏庭に面した建物。

そしてモリスによって永遠の命を与えられた生きものたちの意匠が、今も私たちの日常に自然の息吹をもたらしてくれる。

バラ‘ウィリアム・モリス’

ロサ・カニナ
マナーの生け垣に咲くロサ・カニナ。

モリスはじつにさまざまな植物を図案化している。『ウィリアム・モリスの庭』という本の後半は、植物の写真とそのデザインを対比させていて、じつに興味深い。モリスが最も愛したのはバラで、最初にデザインした壁紙「トレリス」には、ヨーロッパの原種バラ、ロサ・カニナを描いている。

バラ‘ウィリアム・モリス’
我が家のバルコニーに咲く‘ウィリアム・モリス’。

そうしたモリスに捧げられたのが、1998年にデビッド・オースチンによって作出されたバラ‘ウィリアム・モリス’。ソフトなアプリコットピンクで、多弁のロゼット咲きの花は、華やかさと楚々とした風情を併せ持つ。樹高は2.5mほどになり、小型のつるバラとして仕立てることが可能だ。四季咲きで、繰り返しよく返り咲く。

バラ‘ウィリアム・モリス’が我が家にやってきたのは、モリスの庭の本を読んでしばらくたった頃だった。またしてもバラに導かれて、モリスの家と庭「地上の楽園」にたどり着いたのだった。

Information

Liberty London

住所:210-220 Regent St. London W1B 5AH U.K.

電話:+44(0)20 3893 3062

HP: http://www.liberty.co.uk

アクセス:地下鉄 オックスフォード・サーカス(Oxford Circus)またはピカデリー・サーカス(Piccadilly Circus)下車、徒歩3分

*2020年6月現在休業中 (順次ご確認ください)

Kelmscott Manor

住所:Kelmscott Lechlade GL7 3HJ U.K.

電話:+44(0)1367 252 486

HP: http://kelmscottmanor.org.uk

アクセス:ロンドンのパディントン(Paddington)駅から英国鉄道で約1時間、スウィンドン(Swindon)駅下車、タクシーで約30分。

*保全と修復のため2021年5月まで休館中(2020年夏一部開館。順次ご確認ください)

Credit

写真&文/松本路子
写真家・エッセイスト。世界各地のアーティストの肖像を中心とする写真集『Portraits 女性アーティストの肖像』などのほか、『晴れたらバラ日和』『ヨーロッパ バラの名前をめぐる旅』『日本のバラ』『東京 桜100花』などのフォト&エッセイ集を出版。バルコニーでの庭仕事のほか、各地の庭巡りを楽しんでいる。2018-20年現在は、造形作家ニキ・ド・サンファルのアートフィルムを監督・制作中。

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