埼玉県川越市は、今や国内外から年間780万人が訪れる一大観光地──。蔵造りの町並みが続き、江戸時代さながらの情緒が漂う市中心部の一番街は、連日たくさんの人でにぎわっています。一方、市の南部には総面積約200万㎡の広大な森があります。林床に四季折々の植物が生い茂り、樹上では野鳥たちが鳴き交わす大きな森。かつての武蔵野の面影を残すこの森をこよなく愛し、散歩を日課とする二方満里子さん。遠くへ出かけなくても、身近な自然の中には心躍る発見がいっぱいあるようです。

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スプリング・エフェメラルの消失

武蔵野の森

自宅から森へは、徒歩10分あまり。マスクをして帽子をかぶり、手袋もして精一杯のウイルス対策を考えた服装で歩く。向こうから、同じような格好の犬を散歩させる人がやって来る。ソーシャル・ディスタンスをとるために、路の反対側に移る。森に入ってちょっと一息。すっかり葉影が濃くなり、ひんやりした空気が心地いい。

ムラサキケマン

ムラサキケマンは、ほぼ花の時期は終わり、細いさや状の種子をつけている。昨年は花にばかり関心があった。今年は、花後の様子にも注意を向けられる余裕が出てきた。さやの中には小さい黒い種子がある。もうすぐ熟して、パチンとはじけ、種子は飛んでいく。この種子はアリの好物で、巣まで運んでいくそうだ。こうやってムラサキケマンは、自分の陣地を広げていく。もうすぐ、地上部は枯れて、地下に団子状の塊茎を残して、来年の春まで眠りにつく。長いグッドバイ。来年また、会えるだろうか。

オドリコソウ

オドリコソウ

いつも行かない路を通ると、思いがけない出合いがある。オドリコソウを見つけたのもそんな時。紫蘇の葉そっくりの葉の下に、淡紅色のふっくらした花が、茎をぐるりととりかこんでいた。それは、確かに、笠をかぶった少女の踊り子たちが、輪を作って、一心に手踊りをしている様を彷彿させる。

こんな身近なところに咲いているなんて!

以前読んだ「秩父路の野草」によると、筆者の鶴田知也は、奥秩父の険しい渓谷を下っていって、ようやく、オドリコソウの群落に出合えたそうである。

私の場合は、道端の木の下に、先ず、シャガの剣のような葉が群れていたのを見つけた。シャガの花は咲いていないか? 足を踏み入れて、視線をめぐらすと、ひっそりとオドリコソウの一群が立ち並んでいた。

草丈は50cm以上。下から10cm間隔で花が咲き上がっていく。上部の丸いつぼみたちは、下に咲くお姉さんたちの舞い踊る唄のさんざめきを、ドキドキしながら待っている。次に舞うのは私たちだと。そんな様を想像すると、なんとも楽しい。

オドリコソウは、日本全国に分布し、野山や野原、半日陰になる道路に群生しているようだ。が、私は初めて出会った。絶滅危惧種ではないが、私にとって珍しく、貴重な花。「ここに咲いていたよ」と人に言いたいような、秘密にしておきたいような花である。

ムラサキ

どうしても、名前がわからない花がある。

森の中でも樹木がなく、よく陽が差し、あまり落ち葉も積もっていない一角に、その花は咲いている。葉は、菊の葉のような切れ込みがある、柔らかい若緑。絨毯のように広がっている葉の上に、薄紫の小さな花が、たくさん咲いている。

花の大きさは、1cm余り。まるで小さなトンボが、無数に止まっているように見える。距が突き出ているので、トンボみたいなのだ。

ゴマノハグサ科の植物かと思い、調べたが該当者なし。距があるから、オダマキ属も調べたが、ヒットせず。今時、新種であるはずもない。

はて、なんという名前だろうか。

じっと見ていると、風に揺れて、今にも飛んでいきそう。

この花の名前は、初夏のエフェメラルと、仮に名付けておこう。

帰化植物 〜 野や森に逸れて

ハナニラ

ハナニラは、水色の可愛い星型の花に惹かれて、球根を購入し、庭に植えたことがある。しかし、いつの間にか消えてしまった。それが、森の中でムラサキケマンと一緒に、春を謳歌していたとは。

ハナニラの原産地は、アルゼンチン。日本には、明治時代に観賞用の園芸植物として導入された。逸出して帰化している(ウィキペディアより)。

ハナニラは、ネギ亜科、ハナニラ属。野菜のニラのような匂いがあることから、この名前がある。あんまりいい名前ではないが、仕方ない。別名の「ベツレヘムの星」のほうが、ずっとロマンチックである。

今でも球根は販売されているので、再度購入して植え付けたいと思う。しかし、狭いうちの庭より、森の中のほうが居心地はよいだろう。また、逃げ出されても、文句は言えない。

こんなふうに、海外から園芸用に導入されたけれど、庭から逸出し、日本全国に蔓延繁殖して、今では雑草のような存在になっている植物は、結構ある。ヒメジョオンやハルジオンも、元々は観賞用として導入された植物。

早春に空色の小さな花をたくさんつけるオオイヌノフグリも、かつては園芸植物だった。1920年頃、「ベロニカ」という名前で、種子がカタログ販売されていたそうだ(『秩父路の野草』より)。

ツルニチニチソウ
Alrandir/Shutterstock.com

3つに枝分かれした樹の周りを取り囲んでいるのは、ツルニチニチソウ。

青紫色の花が涼しげに咲いている。うちにあるのは斑入りで、花付きはあまりよくない。ツルニチニチソウは、ヨーロッパ原産で、常緑のつる性多年草。茎が地面や石垣などを這い、節から根を出し、広がって増える。この性質のため、グラウンドカバーに利用されている。

この森では、今のところ、ここ1カ所しか植生が見られない。ツルニチニチソウは、耐寒性、耐陰性が大変強い、ということなので、これから増え広がっていく可能性は、おおいにありそうだ。

現在の森のグラウンドカバー植物の第1位は、キヅタ。地面に広がるだけでは飽き足らず、樹をはい登って、幹を緑に覆っている。繁殖力には目を見張るが、森を散歩する側としては、キヅタの暗い緑ばかりでは、ちょっと単調。だから、そこに、ツルニチニチソウの柔らかく明るい緑の葉と、青紫の花が加わったら、嬉しい。

頑張れ! ツルニチニチソウ。

スノーフレーク

スノーフレークには、名前が3つある。

スノーフレーク、スズランスイセン、オオマツユキソウ。

水仙のような葉を持ち、スズランのようなベル型の小さな白い花をうつむいて咲かせるので、スズランスイセン(鈴蘭水仙)とも呼ばれる。また、花に緑の斑点があり、マツユキソウの花に似ていることから、オオマツユキソウ(大待雪草)の和名もある。

しかし、オオマツユキソウは、その名前のとおり、マツユキソウより大型である。咲く時期も、マツユキソウのほうがずっと早い。

マツユキソウは、英名スノードロップ。春浅いイギリスの林の下に、雪の下から顔をのぞかせ咲く。スノードロップの群れ咲く写真を見て、ため息をついたものだ。ああ、見てみたいと。

わたしのこの願いは、半ばかなえられた。春も盛りをすぎる頃の、わが武蔵野の森の片隅には、スノーフレーク(オオマツユキソウ)がゆったり茂り、白い花を木漏れ日にゆらめかせていた。

暖かな薫風に身をまかせている、緑の長いスカートをはいた少女、といったおもむきのスノーフレーク。数年前に見た、森の入り口で、恋人を待つ少女を描いたロシアの風景画が、思い起こされた。

スノーフレークは、ヨーロッパ中南部の原産で、日本では、農家の広い庭先に見事な群生をみかける。また、街路樹の下のグリーンベルトに、のびのび育っている姿を見ることがある。

スノーフレークは、狭い庭にふさわしくないようだ。

オオアマナ

オオアマナの花は、とにかくよく咲く。よく陽の当たる林辺はもちろん、少し暗い林床にもびっしりと花をつける。混じりけなしの明るい純白なので、林床から光を放つようだ。

オオアマナも、ハナニラと同じく英名で「ベツレヘムの星」と呼ばれている。ハナニラと同じく、星型の花形をしているからだろう。が、ニラ亜科ではなく、 ツルボ亜科、オオアマナ属である。ハナニラが1本の茎に1つの花をつけるのに対して、オオアマナは茎が枝分かれして、5、6つの花をつける。だから、よく目立つ。夜空に輝く「ベツレヘムの星」は、オオアマナのほうがふさわしい。

オオアマナは、ヨーロッパからアジア南西部が原産地。明治末期の渡来し、その旺盛な繁殖力と丈夫な性質から、今や野生化している。(ウィキペディアより)

オオアマナに名前が似ている「アマナ」という、日本と朝鮮、中国東北部に分布している植物がある。アマナは、ユリ科アマナ属なので、オオアマナとは、あまり共通点がない。

花も、アマナはチューリップのような花形。おまけに、アマナの球根は食用になるのに、オオアマナのほうは、毒性がある。全然、性質や外見が似ていないのに、似ているのは名前だけという不思議。

そして、日本原産と言っていいアマナの生息地は、環境の変化によって、だんだん狭くなり、見られる場所は少なくなってきている。私も、まだアマナは、見たことがない。

オオアマナとアマナは、現在、対照的な生息状況にある。オオアマナは、帰化植物で日本で繁殖し、アマナは、日本原産で生息数が減少している。別に、オオアマナがアマナを駆逐しているわけではない。アマナの減少は、ひとえに人間の責任である。

オオアマナの白く輝く群落を前に、なんだかため息が出てきた。

カジイチゴ

カジイチゴ

去年見つけた草イチゴは、今年も白い花をつけていたが、数はめっきり少なかった。草イチゴの上に、低木が覆いかぶさって、成長を妨げていたようだ。

今年も草イチゴのジャムは無理そうと、がっかりしたが、代わりに木イチゴを見つけた。立派な木イチゴが3本もあって、白い花を咲かせていた。

葉の様子から、どうやら、カジイチゴらしい。

カジイチゴ

それから、3週間後、花はすっかり散って、緑色の実を少しずつふくらませている。カジイチゴなら、オレンジ色の実をつけるはず。

6月頃には、食べられるようになりそうだ。そうしたら、3、4粒もらってこよう。木イチゴをパンに乗せて、砂糖をふりかけ、トーストすれば、即席木イチゴジャムのできあがり。

楽しみ、楽しみ。

Credit

写真&文/二方満里子(ふたかたまりこ)
早稲田大学文学部国文科卒業。CM制作会社勤務、専業主婦を経て、現在は日本語学校教師。主に東南アジアや中国からの語学研修生に日本語を教えている。趣味はガーデニング、植物観察、フィギュアスケート観戦。

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