森への散歩を日課にしている二方満里子さん。きっかけは、軽い脳梗塞の後遺症による左足に痺れ。その痺れが少しでも軽くなるように、そして普通に歩けている現在の状態をずっと維持できるようにと、森への散歩を始めました。すると、庭に咲く草花とは異なる野生の植物に興味津々に。今回はカナダへの旅の途中で楽しむ植物散歩です。

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リンゴ

カナダ
Stan Jones/Shutterstock.com

2019年の晩秋、私はカナダの「ケロウナ」という町に到着した。ケロウナで開催される、フィギュアスケートのグランプリシリーズの一つ、「スケートカナダ」を観戦するためである。

はるばると成田からバンクーバーで乗り換え、ケロウナまでやって来たのは、ちょっとした訳があった。それは、3月に行われたフィギュアスケート埼玉ワールド大会、男子フリープログラムを見終わった直後に、体調を崩して入院し、エキシビションを見逃してしまった自分へのリベンジだったのだ。

飛行機での長い旅程をためらう気持ちもあった。が、しかし、

「大丈夫、お母さん。もし、何かあったらカナダへ骨を拾いに行ってあげるよ。ついでに、観光してくるから、保険にはしっかり入っておいてね」

という娘の言葉に気が軽くなったのだ。

リンゴ
cabania/Shutterstock.com

ケロウナ空港は、小さなみやげ物店が2つと、ドーナツやハンバーガーなどが食べられるカフェがある小規模な空港だった。飛行機の中より少しましなものが食べたかったが無理そうだ。「じゃあ、ホテルへ行こうか」と、連れと話しながら空港の観光案内所に向かった。

観光案内所では、年配の女性がいて、私たちのまずい英語を愛想よく聞いてくれ、置いてあったガイドブックも「どうぞ!」と勧めてくれた。そして、行こうとした私たちに、笑顔で2つのリンゴをさし出した。

それは、浅みどりに絵の具の赤でひとはけサッと彩られた小振りのリンゴだった。ピカピカと光っていて、ケロウナにやって来る観光客をせいいっぱい歓迎するようだった。

案内係の女性に感謝してタクシー乗り場に行くと秋の光が私たちにふりそそいだ。カナダの秋は、意外に暖かかった。

知恵の実
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リンゴは、旧約聖書のアダムとイブの物語に登場する果実である。神の創りたもうた最初の人間であるアダムとイブは、エデンの園という楽園で、働くことなく楽しく暮らしていた。この楽園には、決して食べてはいけない「知恵の木の実」があり、それがリンゴであった。誘惑に負けたアダムは、ついにリンゴを食べてしまい、2人は楽園を追われる。

「決して食べてはいけない。」などと言われれば、食べてしまうのが人間である。神様も罪深い。それだけリンゴが、魅力的な果実であるということだ。

「リンゴが赤くなれば、医者が青くなる」ということわざもあるくらい、リンゴは栄養たっぷりな果実だ。体はもちろん、心にもその栄養は届く。

私の夫は山形の出身で、実家ではリンゴを栽培していた。小さい頃、真っ赤なリンゴを枕元に置いて寝るのが習慣だった。そして朝、目覚めてリンゴを見た時、「これは、ぼくが寝ている間に、誰かがぼくにプレゼントしてくれたものだ。誰かがぼくを見守っていてくれるんだ。」と思い込もうとしていたという。

両親の不和に悩んでいた小さな子どもだった夫は、こうして自分の心を守ったと、しみじみ語った。

リンゴの花

それから、50代になって長野に畑を借りた時、夫はリンゴの木を植えた。5月初めに、リンゴの淡いピンク色のつぼみがふくらみ、やがて満開になる様子は、夢のように美しかった。

花が散った後、リンゴは小さな実をつけた。日ごとに暖かくなっていく陽光と心地よい風に守られて、実はゆっくりゆっくり大きくなっていった。リンゴの実の成長は、小さな子どもが考え込んだり、また急に走り出したりする、愛らしいしぐさを思い起こさせるものだった。

そんな風景を見守るうちに、「幸せは、丸い形をしている」という想いが、自然と私のなかに湧き上がってきた。柿を見ても、桃を見ても想わなかった。リンゴが教えてくれたことだった。

案内係の女性にもらったリンゴは、その晩寝る前にいただいた。サクッとした歯ごたえの後に広がる甘さと酸っぱさの調和が、おいしかった。古風なリンゴの味わいだった。

羽生結弦選手

羽生結弦選手
写真は2014年のオリンピック時。Iurii Osadchi/Shutterstock.com

羽生結弦選手といえば、冬期オリンピック2連覇のフィギュアスケート選手として、よく知られた存在である。

私が初めて実際に、羽生選手の姿を見たのは、2017年のフィンランドワールド大会の公式練習の場だった。黒い練習着に身を包んだ羽生選手は、すらりとしているが、意外に大きく、強く、たくましく、そしてしなやか、だった。細く儚く美しいという、フィギュアスケート好きの友達から聞かされていた、羽生選手のイメージとは、ずいぶん違っていた。その姿は、かつて見た名古屋城に展示されていた日本刀を思い起こさせるものだった。強く反った刀身に現れる波紋はドキドキする美しさがある。羽生選手の美しさは、まさに日本刀にも比肩できるほどの強く鋭いものだった。

ケロウナの公式練習に現れた羽生選手は、リラックスした様子で、自在にリンクの上を滑り、ジャンプを跳び、優雅に四方に挨拶してから、引き上げて行った。練習終わりに見せる、クールダウンという、ゆったり体をしならせる動きは、格別美しかった。ピョンチャンオリンピック以降の時間が、羽生選手にゆとりと成熟をもたらしているのが感じられた。

公式練習の時間は、30分あまり。ショートプログラム2分半、フリープログラム4分の試合の時間より、はるかに長い。この時間ずっと好きな選手を見られるのは、至福のひととき。観戦に来たものの特権である。

羽生結弦選手
abozzi tonello/Shutterstock.com

ファンファーレが鳴ると、試合が始まる。ちょっと競馬に似ている。6分間練習で、リンクに入った選手が紹介される様子は、ゲートインした馬を想像させる。選手はキラキラしたきれいなペガサス。翼を持つ奔馬だ。

私の注目は、羽生選手のショートプログラム「オトナル 秋によせて」。

衣装は、明るい水色のグラデーションが、柔らかくななめにひだをたたむ上衣と黒いズボン。上衣には輝く無数のライトストーンが縫い付けられている。それは、晩秋の朝、舞い降りた霜の結晶が、陽をうけてきらめいているさまを思わせる。

羽生選手は、リンクの中央で、始まりのポーズをとる。右手を体の横に差し出し、顔も差し出した手の方を向く。低いピアノの音で演技が始まる。最初は、アルバムのページをめくるしぐさ。このプログラムは、ノスタルジックな音楽にのせて、家族の思い出アルバムを紐解く、というイメージで構成されている。

4回転2つを含む、3つの華麗なジャンプ。水のしたたりを思わせるピアノの音に合わせたスピン。最後の見せ場はステップシークエンス。リンクの端で溜めをつくると、両手を前に差し出し、リンクの中央に向かって、走り出していく。「さあ、僕についておいで!」と言わんばかりに、野山を縦横に駆け巡るような、ステップシークエンス。羽生選手の滑りとともに、疲れも恐れも知らない、万能感に満ちた幸せな子ども時代が立ち現れる。観客も、その空気に呼応して、歓声を挙げ、拍手する。リンク全体が一つになる瞬間。

プログラムは、羽生選手がアルバムを閉じて、顔を未来に向けるポーズで終わる。そこへ、花とぬいぐるみのプーが、雨のように降り注ぐ。

試合は、羽生選手の優勝をはじめとして、日本から出場した田中刑事選手、紀平梨花選手がそれぞれ3位、2位を獲得し、表彰台に立った。

日本人選手は、もちろん、全選手が力を出し尽くした。すべての試合がくっきりと鮮やかな色彩を持っていた。

日本から試合を見に行った人、カナダの人、その他の国から来た人、観客達は、選手が繰り出す信じられないような演技の数々に、惜しみない拍手を贈った。選手との一体感が感じられる特別な時間。人生の中で、このような瞬間を味合わせてくれた選手たちに、心からの感謝を捧げたいと思う。

街路樹・黄葉する木々

カナダでの植物散歩
Stan Jones/Shutterstock.com

「スケートカナダ」が開催された町、「ケロウナ」は、カナダの東に位置する大都市バンクーバーから飛行機で1時間弱の静かな町。オカナガン湖に沿って広がる風光明媚な町は、カナダの人々が晩年を過ごしたいと願う、理想の郷だそうだ。

ホテル前の歩道の外側は、2mくらいの幅のよく手入れされた芝生のグリーンベルト。そこに、さまざまな種類の街路樹が植えられている。

カナダの国旗にあるカエデ、プラタナス、マロニエ、巨大なトウヒ、名前がわからないが金色の羽のような繊細な葉がしだれている木など。常緑樹のトウヒ以外は、見事に紅葉、黄葉していた。

マロニエ

マロニエ(日本ではトチノキ、英語圏ではコンカーというそうだ)は、栗の実そっくりの実を芝生に落としていた。イガがないので栗ではないと分かったが、しかし、本当に美味しそうにつやつやと光っていた。残念ながら、マロニエの実は、何度も水にさらさなければ食べられない。日本では橡餅(とちもち)として食べている所もあるようだが、私はまだ食べたことがない。

マロニエの葉は黄葉しているが、まだ緑色の葉も多く残っていた。それらの葉の間から午後の太陽がさして、マロニエは街路樹の王者のような威厳をまとっていた。

トウヒ

見上げれば、首が痛くなるほどの高木のトウヒ。日本では東北の高山でしか見られない木だ。薄茶色の細長い松ぼっくりのような実を芝生の上に落としていた。

サイカチ類の黄葉

タクシーで住宅街を通った時、金色の羽のような形をした葉がしだれている木が、道路の両側に植えられているところがあった。そこはまるで金色の雨が降り注いでいるよう。日本に帰ってから調べてみると、どうやらサイカチの類であることが分かった。周りに建てられている平屋建ての小さな家々は、それぞれの窓が可愛く飾られ、晩年を慈しみ暮らす人々の様子がうかがえた。タクシーを降りて、ゆっくり歩きたい気分になった。

ブドウ
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幸運にも、そこを散歩してきた知人の話を聞くことができた。それによると、もう人が住まなくなってしまった家の庭に、ブドウの木があったそうだ。主のいなくなった庭で、ブドウはたわわに実っていた。「こんなに大きなブドウの房があったのよ」と知人は、両手の指で大きくブドウの形を描いた。

ケロウナは、美味しいブドウの産地で、ワイナリーもたくさんある。しかし、ほとんどのワインは、カナダで消費され、外国に輸出されることはないそうである。

雑草はどこ?

カナダの雑草
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さて、カナダの旅で見たかったものの一つが、雑草である。カナダの雑草にはどんなものがあるのか。好奇心いっぱいで、あちこち目を凝らしたが、見つからなかった。

オカナガン湖に向かう道の両側は、よく手入れされた芝生が広がっていたが、秋だったせいか、雑草らしき植物は生えていなかった。芝生の上には、赤や黄色の落ち葉がちらばり、鴨と思われる水鳥のフンがころがっているばかりであった。

ホテルの植え込みの中には、バラ、菊、アルケミラモリス、ラベンダーなどがあった。そして、なぜかススキがあった。ススキの原産地は東南アジアである。風になびく白い穂が愛されて、園芸種として取り入られたのであろうか。

でも、繁殖力も強いので、街路樹のグリーンベルトがススキだらけになる恐れがある。北米から園芸種としてやってきたセイタカアワダチソウが、あっという間に日本の河原に進出したことを思い出すべきである。河原に進出したセイタカアワダチソウは、それまで河原に自生していたススキを追い払うまでになってしまったのだ。

カナダでは、ススキがセイタカアワダチソウを駆逐するかもしれない。ここケロウナの町では、セイタカアワダチソウの姿を見なかった。

カナダの秋
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昼間は暖かく穏やかな天気だが、夜はぐっと気温が下がるカナダ。この天候が、鮮やか紅葉、黄葉を生みだす。スケート会場も、オカナガン湖畔も、街路樹も、黄金色だった。この風景とともに、「秋によせて」の演技の記憶は、私の心に深く刻まれ、残っていくだろう。

Credit

写真&文/二方満里子(ふたかたまりこ)
早稲田大学文学部国文科卒業。CM制作会社勤務、専業主婦を経て、現在は日本語学校教師。主に東南アジアや中国からの語学研修生に日本語を教えている。趣味はガーデニング、植物観察、フィギュアスケート観戦。

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