辛い別れの時は、望んでいなくても誰にも訪れます。そんな時、悲しみをほんの少し和らげてくれる力が植物にはあります。今回は、ドイツ出身のエルフリーデ・フジ=ツェルナーさんに、エルフリーデさんが経験した別れの時間に癒やしをくれた植物と、ドイツでの弔いについてお話しいただきました。
目次
悲しみの渦中で支えてくれる花の力
今回は、とてもパーソナルなストーリーをお話ししたいと思います。
このストーリーを読んで、もしかしたら、以前お話ししたスノードロップにまつわるエピソードを思い出す人もいるかもしれません。この花は、母との思い出の中で特別な意味を持っています。彼女が人生で最後に手にした花は、スノードロップでした。母はスノードロップが大好きでしたし、最期の時を迎える3月に、ちょうど花開いていたのです。
愛する人との別れはいつでも悲しいものですが、母を見送る日にふさわしい花を選ぶことは、悲しみを乗り越える大きな助けとなりました。そして、先日訪れた父との別れの時にも、植物の持つ力が悲しみを乗り越える助けとなってくれました。
今回は、別れの時にそっと寄り添ってくれる花々と、日本とは異なるドイツの墓地のスタイルについてお話ししたいと思います。
ドイツの墓地のスタイル
まず、ドイツでのお墓について少しご紹介しましょう。
ドイツでは伝統的に、お墓は一人だけが入るものですが、家族のためのものもあります。また、日本とは異なり、ドイツでは遺体を火葬ではなく土葬にすることも可能なので、誰もが死後にどちらにするかを選択することができます。
そのため、お墓は時にとても大きなものになります。そんな墓石に囲まれた中を行く道は、大抵砂利敷き。墓地によっては石やタイルなどで舗装されていることもあります。また、地域によっては、そこに眠る人々の名が大きな石に刻まれているようなスタンダードな墓石の代わりに、金属の十字架や木の十字架がお墓を示すこともあります。
他にも多様な墓地がありますが、ここでは私の家族が眠るお墓についてお話ししましょう。
土のお墓
私の住む地域では、お墓は上に墓石を置くのではなく、土に覆われています。お墓に使用するのは、特別に配合された「お墓専用土」。黒々として美しい見た目をしています。この土は、ホームセンターや花屋などで、袋単位で購入することができます。
埋葬の際には、この土で墓地の地面を2~4cmほどの厚さに覆い、美しい見た目になるようにカバーします。お墓にはそこに眠る人のために植物を選んで植えるため、その下には一般的なガーデニング用の培養土を入れて、植物が健全に生育できるようにしておきます。
墓地に欠かせないボウルとランタン
ドイツの墓地には普通、「聖水」を入れた小さなボウルが備え付けられています。お墓を訪れる際には、その聖水を墓地の上にかけるのです。
もう一つ欠かせないのが墓地用の特別なランタンで、カバーの中に、専用の赤や白のろうそくを入れて使います。このようなランタンは、一般的に蓋の閉まるつくりになっています。そうでないと、風や雨によって火が消えてしまうからです。ろうそくが燃え尽きるまでの時間はサイズによって異なりますが、一般に24時間かそれ以上。夕方に墓地を訪れると、次第に暗くなる中、ランタンの中に輝くろうそくの光が、美しく幻想的な印象を作り出します。
この2つ以外については、お墓のスタイルや、葬儀を取り仕切る人、または葬られる人の好みによって変わってきます。最近では、白っぽい小さな天使たちを飾ったり、ヤナギの枝など長く持つ素材で作られた大きなハートを飾ったりすることも増えています。一方で、造花をお墓の飾りに使うことはほとんどありません。それでは、花の少ない時期には何を飾ればよいのでしょうか。
お別れの日に飾る花
墓地やお葬式の場に飾られる植物は、季節によって変わってきます。今回は、特に寒い季節、冬に飾る花についてお話ししたいと思います。
父が世を去ったのは、2019年12月のこと。ドイツの12月というと、外にはほとんど花は咲いていません。お別れの花は、季節や、その年々の気候の傾向によっても変わってきます。今年の冬は、この地域には珍しく、とても暖かくて湿った、雪の少ない冬でした。気候変動の影響もあるのかもしれません。2018年の同じ時期には、故郷とその周辺の町は、深い雪に覆われていました。それでもやはり、この時期に咲く花を見つけるのは難しいものです。
葬儀の日に飾るメインのアレンジメントは、大きなリースのようなしっかりした土台に、いくつかの種類の生花が飾られたものでした。このアレンジメントは、リースホルダーのような特別な棚に飾られることになります。リースを飾る大きなリボンの両端は長く垂れ下がり、一方には「In memory」や「In Love」などといったメッセージが、もう一方にはリースをオーダーした人の名前が記されます。
哀悼の意を表すには、リースの他に、アレンジメントを注文するという方法もあります。これらは、大きなプラスチックのコンテナに入れられます。アレンジメントと呼ばれるものには、一般的に次の2つがあります。
切り花を使ったアレンジメントの場合、ドライフラワーを中心に、モチノキやマツ、隙間を埋めるのに使うモミの枝などといった常緑樹と、少しの生花で作られます。このようなアレンジによく使われる花はクリサンセマムやナデシコなどで、日本とよく似ていますね。
もちろん、もっとも一般的な花はバラです。バラだけをたっぷり使って作ったり、幅広い花色から選んだり、注文した人の好みに合わせて、さまざまな印象のアレンジに仕立てられます。人気の高い色は赤、白、アイボリー、ソフトピンク、黄色などです。
もう一つのタイプのアレンジメントは、屋外で育つ鉢植えの植物を組み合わせた、鉢植えのアレンジメント。一般に大きな丸いコンテナに複数入れて飾ります。このようなアレンジメントなら、あとで墓地に植え直すこともできます。よく使われる植物は、サトウキビ、マツ、小型のコニファー、小さなモチノキ、カルーナ、そして冬にはよくクリスマスローズが使われます。白いクリスマスローズとスキミアは、多くの人に好まれる定番の組み合わせです。
このようなアレンジメントの難点は、時にとても重くなるということ。土が入った鉢植えが複数あると、動かすのはとても大変。大きな鉢であれば、ほとんど動かすことができません。また、冬には寒さや霜により、時に冷え込みが厳しい一晩だけで、花々が枯れてしまうこともあります。
一方で、寒さは美しい景色をもたらしてくれるものでもあります。凍えるように寒く、太陽が輝く晴れた日の朝、霜が降りると、花々の上に氷の結晶が輝きます。その姿は、素晴らしく美しく、言葉では表現できないほど。しかし、これは寒さによって保たれる一瞬の美で、気温が上がると一転して汚らしい様子になってしまいます。
父への想いを込めた特別なアレンジメント
このように、フラワーショップに注文して、リースやアレンジメントを作ってもらうというのが一般的ですが、私はお店に何かアレンジを頼むということはしたくありませんでした。父をよく知る者として、父の好きな花を知らないフローリストが作るものには、決して満足できないだろうということが分かっていたからです。
父は、木や森が好きでした。昔、小さな森を持っていた頃、父は時々私を連れてその森へ行くことがありました。特にクリスマスの前には、クリスマスツリーを手に入れるために必ず行ったものです。
木を切る作業をするときは、決まって冬。この時期は地面が凍りつき、木々の中から1本を選んで伐採しても、土をそれほど傷めずに済むからです。この森を思い出すと、いつでもたくさんの幸せな記憶が鮮明に蘇ってきます。
そのようなことから、父へのユニークで特別な別れの挨拶には、大きな木を使いたいと思いました。直径25~30cmほどの木を、葬儀の中心にしようと考えたのです。それも、どんな木でもいいというわけではなく、父の好きだったものでなければなりません。オークかブナ、もしくはモミの木…。
幸運にも、父方の叔父がまだ森を一つ借りていました。叔父に電話して森へ行き、木々の中を車を走らせて、樹齢40年ほどの見事なダグラスファー(ベイマツ)を手に入れることができました。しばらく乾燥させるために何年か前に切り倒された木で、真っ直ぐに伸びた長い幹を持ち、叔父が5cmほどの厚さに切り出してくれた板は、まるで平たいプレートのよう。いくつか切り出してもらった中から、もっとも美しい樹皮を持つものを選びました。
その香りは、なんと素晴らしいものだったでしょう! 香りが、私の涙をひととき乾かし、疲れ切っていた心身をほんの少しリラックスさせてくれました。私はすぐに、これこそが最も私の父にふさわしいものだと確信しました。ダグラスファーの香りは、少しヒノキにも似ています。清涼感のある香りで、嗅ぐだけで森林浴をしたかのよう。このダグラスファーは、父の骨壺が置かれる場所として、そして後に教会から墓地へと移す際に運ぶ台として、葬儀の際には中心的な存在となりました。
森からは、このダグラスファーのプレートだけでなく、コケや地衣類に覆われた枝、ブナの葉に、まだ葉のついているカシやモミの枝などといった他の植物や素材もいただくことにしました。
森から集めたこれらとともに、我が家の庭に育つ花や緑を使い、ダグラスファーのプレートに載せた骨壺の周りを飾るリースも作ることにしました。このリースを形作るすべての植物には意味が込められています。例えば、野バラのローズヒップ、よく手入れされたツゲ、イトスギ、イチイなど。どれも父が最期まで愛し、いつも囲まれてきた植物たちです。
一人だけでは気力も時間も十分ではなかったので、葬儀の準備には、父の親しい友であった人の手を借りることにしました。彼女は60年来の父の友達で、長年に渡ってフローリストの仕事をしてきた人です。経験豊かな彼女の手により、私が森と庭で集めた素材は美しいリースに生まれ変わりました。
枝を切って小さな形を作ったり、準備の手伝いをしたりといった娘のアリサの辛抱強い協力にも助けられ、リースともう一つのアレンジメントは素晴らしいものになりました。私たちが父に向けた最後のアレンジメントにはたくさんの愛が込められ、父が愛したものに囲まれて、また少し彼を近くに感じさせてくれました。
これを執筆している今、ドイツでは寒く暗い冬の日が続いています。それでも、やがて花々が一斉に咲き始め、陽光が溢れる春がやってくるでしょう。
父のダグラスファーと母のスノードロップが、天国で共に安らかに眠っていることを願っています。
Credit
写真(*)&ストーリー/Elfriede Fuji-Zellner
ガーデナー。南ドイツ、バイエルン出身。幼い頃から豊かな自然や動物に囲まれて育つ。プロのガーデナーを志してドイツで“Technician in Horticulture(園芸技術者)”の学位を取得。ベルギー、スイス、アメリカ、日本など、各国で経験を積む。日本原産の植物や日本庭園の魅力に惹かれて20年以上前に日本に移り住み、現在は神奈川県にて暮らしている。ガーデニングや植物、自然を通じたコミュニケーションが大好きで、子供向けにガーデニングワークショップやスクールガーデンサークルなどで活動中。
Photo(*以外)/Friedrich Strauss/Stockfood, Stockfood
取材/3and garden
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