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バラのアンティークカップでお茶の時間【写真家・松本路子のルーフバルコニー便り】

バラのアンティークカップでお茶の時間【写真家・松本路子のルーフバルコニー便り】

マンションのバルコニーもガーデニングを一年中楽しめる屋外空間です。都会のマンションの最上階、25㎡のバルコニーがある住まいに移って2020年で28年。自らバラで埋め尽くされる場所へと変えたのは、写真家の松本路子さん。「開花や果物の収穫の瞬間のときめき、苦も楽も彩りとなる折々の庭仕事」を綴る松本さんのガーデン・ストーリー。今回は、お茶の時間に必須のアンティークカップと骨董修行のお話。

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ミルクティーで乾杯

ブース社のシリコンチャイナ フロラドーラ
イギリス、ブース社のシリコンチャイナ。フロラドーラという模様で、19世紀末から20世紀初頭にかけてつくられたカップ&ソーサーとケーキ皿。

我が家のバルコニーでは毎年、バラの花の最盛期に友人たちを招いて「バラの宴」と称する花見の会を催している。そこで「バラとシャンパンの日々」と豪語しているが、じつはアルコールはほんの少ししか味わえない、下戸である。

普段は午後のバルコニーでのお茶の時間を何よりの楽しみにしている。その時活躍するのがアンティークのティーカップ。撮影で海外を訪れるたびに、各地の骨董市で少しずつ買い揃えたものだ。特にイギリスには長期滞在することが多く、足しげく骨董市や骨董店に通った。

骨董修行

ブース社のフロラドーラ模様
ブース社のフロラドーラ模様。ブース社は1868年に創設されたが、ロイヤルドルトン社に吸収され、現在はロイヤルドルトンからこの模様の製品が出されている。

ロンドンで長期滞在が可能だったのは、親しいイギリス人の邸宅に居候することができたから。ルドゥーテの絵の話の折にも少し触れたフランシス家は、ニューヨークで知り合ったアーティストのクレアのご両親の家で、20代に初めて訪れて以来、ゲストルームを自由に使用させてもらっていた。長い時は3カ月ほど滞在している。短い時でも仕事が終わったところでホテルをチェックアウトして、数日をそこで過ごした。

メイソンズ社の皿
イギリス、メイソンズ社の直径7cmほどの手描き模様の皿。メイソンズが19世紀初頭にパテントを取ったアイアンストーンチャイナでつくられている。

フランシス家に滞在中、フランシス夫人にたくさんのことを伝授された。特に骨董に関しては私の師匠ともいえる存在だ。夫人は趣味で収集しているのだが、骨董市で掘り出し物を見つけ、それを磨き上げて別の市で売りに出すなど、素人の域を超えた目利きだった。彼女の自慢はジャンク市で見つけた絵をオークション会社のクリスティーズに持ち込んで、それが後に美術館に収められたことだ。

ティーバックトレイ
(左)ベルギーの骨董市で見つけた、フランス・ルモージュのレイノー社のティーバッグトレイ。(右)イギリスで求めたバックスタンプなしのティーバッグトレイ。いずれもティーポットの形が可愛い。

早起きは苦手だが、骨董市が立つ日は夫人とともにまだ暗い朝方に家を出る。私が集めているのは、ティーカップや皿、銀製品、ガラスの器など、骨董といっても暮らしの中で使用するものばかりだ。それでも100年以上経ったものは少なく、ひたすら歩いて探す。

アイアンストーンのオーバル皿
メイソンズ社のパテント・アイアンストーンによりつくられたヴィクトリア時代の手描き模様のオーバル皿。長辺が20cm、短辺が13cmと小ぶりのもの。

夫人からは陶磁器や銀器に刻まれたマークの読み取り方や、材質・形によって変わる年代など、骨董の見分け方を教えられた。厳しい師匠だったが、20年近く経った頃、私のコレクションをほめてくれた。「免許皆伝!」と笑って。ガラクタが詰まった段ボール箱から探し出した飾り皿が、19世紀の珍しいもので、それを1ポンドで手に入れた日のことだった。

ティーカップ色模様

バラ模様のカップ&ソーサー
製造元、年代不明のROSEAというバラ模様のカップ&ソーサー。

バラの栽培に夢中になってから、カップや皿の花模様が気になり始めた。モダンな食器では花柄はちょっと気恥ずかしくて避けるのに、古いものは気にならない。自然な色合いや手描きの模様が落ち着いた表情を見せているからだろうか。

アンティークのカップ&ソーサー
イギリスの20世紀初頭のカップ&ソーサー。

骨董市では食器がセットで売られていることが少ないので、ティーカップも1客ずつ求めていく。その分多彩なデザインが楽しめ、家の客人が自分の好みの器を選ぶこともできる。何年か後に同じ模様の器が見つかり、ペアになったりすることもある。

アンティークのカップ
イギリス、19世紀中頃の手描き模様の磁器。陶器と磁器の風合いを併せ持つ。カップの外側は白一色で、磁器の肌合いを見せている。

コレクションの中で貴重なものは、イギリスの初期の磁器であるカップ&ソーサー。陶器に近い質感を持ち、重量感が手に伝わる。長い間探して2客しか手に入れることができなかったレアものである。ある時、同じ模様のものを見つけて喜んで求めたが、精巧に作られたレプリカだった。

アンティークのカップ
イギリス、19世紀中頃の手描き模様の磁器。カップの中は白一色で、磁器の肌合いを見せている。

18~19世紀前半の陶磁器には製造元の窯印(バックスタンプ)がないことがほとんどで、素地の材質や絵付けの具合で判断しなければならないのに、同じ模様と似た風合いに飛びついたのが失敗のもとだった。

磁器とティータイムの歴史

ヴィクトリア時代の皿
ヴィクトリア朝時代の直径21cmの皿。バックスタンプはないが、陶器と磁器の風合いを併せ持つ土の質感から時代を判断できる。4枚だけ揃っていた。

私が集めたカップや皿はヴィクトリア女王が統治していたヴィクトリア朝(1837~1901)の時代のものが多い。イギリスの黄金期で、産業革命後、帝国が最も栄え、陶磁器や銀器もたくさん作られた時期だ。

17世紀に中国から磁器が到来した頃、ヨーロッパでは磁器作りに必要なカオリン(磁土)を採掘できなかった。18世紀になって磁器が作られ始めてからヨーロッパ各地に窯が誕生している。イギリスでは1751年にウースター社(現在のロイヤルウースター)、1759年にウェッジウッド社が創設された。

アンティーク
フランス、パリの骨董市で見つけた直径22cmの初期の磁器皿。中央が朝顔で、周囲をバラが囲む模様に惹かれて求めた。ペアで揃っていた。

さらに土にボーンアッシュ(牛の骨粉)を混ぜたボーンチャイナが作られ、より薄く透光性のある磁器が登場。スポード社が1799年に最初に製品化している。イギリスでは1730年頃から、ティーガーデンという庭園で、散策しながらティーハウスでお茶を楽しむという習慣が生まれた。そのティータイムを愛し、広めたのがヴィクトリア女王であった。

ウェッジウッドの廃番品

ウェッジウッドのチャーンウッド

アンティークのティーカップでお茶を味わってはいるが、時間を経るごとにその貴重性が増し、特別な会にのみ登場するようになった。代わりに普段使いしているのが、ウェッジウッドのチャーンウッドという模様の食器。チャーンウッドは、イギリス中東部レスターシャーにある森の名前だという。以前ニューヨークの友人宅で見て以来魅了され、集めるようになった。

ウェッジウッドのチャーンウッドのティーアイテム
ウェッジウッドのチャーンウッド模様のティーカップ、シュガーボール、クリーマー、ティーカップ&ソーサー。一つずつ集めたもの。

製造されたのは1951年から1987年までで、すでにこの模様は廃番になっている。新しい製品は手に入らないので、これもまたヴィンテージものを探すのだが、比較的手に入れやすいので、我が家ではティーポット、シュガーボール、クリーマー、ティーカップ6客が揃っている。

ウェッジウッドのチャーンウッドのティーカップ

ウェッジウッドの古い食器には裏面に壺のマークが押されていて、その色によって製造年代が異なる。茶色の壺は1878~1902年、緑色は1902~1962年、黒色は1962~1997年。それ以降はW印のバックスタンプが付けられている。

ウェッジウッドのチャーンウッドのティーポット

骨董市で気に入ったものを見つけると、台の上に置かれた拡大鏡で陶磁器のバックスタンプや、銀器の刻印を覗くようにしている。面白いのは、こちらが分かっても分からなくても、そうしているだけで売り手の言い値が半分くらいになることだ。最初は観光客用、そしてコレクター用の値段に変わるのだろう。ルーペを携帯していれば、さらに効果は絶大である。そうしたやり取りも骨董市の醍醐味だ。

冬の花見のティータイム

イギリス、フランス、ドイツと各地のティーカップに加え、紅茶葉のコレクションも試みている。朝食時の定番はトワイニングのレディグレイだが、ティータイムは、その時々の気分で銘柄と味を選ぶ。

ティーバッグ

と、この原稿を書いている最中に偶然にも紅茶のセットが届いた。友人の紹介で最近知り合った御仁からの到来物だ。初めて知るイギリスの銘柄。ティーバッグのパッケージと箱がオリエンタルで美しい。この冬のバルコニーにはまだバラの花が少しだけ残っている。休眠期の作業に入る前に、暖かい陽ざしの午後、厚着をしてミルクティーを味わいながら、今シーズン最後の花見というのも一興かも知れない。

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