大好きな手芸の世界観を、バラの育種に取り入れて新しいバラを生み出す河本麻記子さん。河本さんが育種するバラは、庭で咲いているときだけでなく、アレンジで飾ったときの可愛らしさや、咲き初めから満開までの姿の変化など、たくさんの楽しみがあるのが魅力。バラへの思いと育種の舞台裏をお伺いしました。

「私、小学生の時から手芸好きなんです。最初は刺繍。学校から帰ると針と布を持ち出して、よくチクチク一人で没頭していました」。
そう話すのは、河本麻記子さん。岐阜県の「河本バラ園」でバラの育種と育苗の仕事をしています。
2016年に初めて発表したバラは、‘クロッシェ’。クロッシェとはフランス語でかぎ針編みのことで、このバラはかぎ針編みで作ったレースの「クロッシェレース」をイメージして名付けられました。淡くグリーンを帯びた蕾がゆるみ始めると、内側からとめどなくあふれるようにピンクの花びらが現れ、ひらひらと波打つ花弁が幾重にも重なる様子は、まさにレース編みのよう。大人になってからもずっと大好きな手芸の世界を、バラに表現した麻記子さんのバラは、「ローズ・ドゥ・メルスリー(手芸屋さんのバラ)」シリーズとしてスタートしたばかりです。

淡いピンクのバラが‘クロッシェ’。ほのかに緑を帯びた蕾から、ピンクの花びらが現れるのが不思議。コロンと丸い形から、ゆっくりロゼット形に平たく開いていきます。色や表情を変えながら咲き進み、毎日新しい発見をくれます。爽やかで甘い香りも魅力。コンパクトなので鉢植えで楽しむのに向いています。樹高70〜100cm。四季咲き。


麻記子さんが編んだクロッシェやクロスステッチを施したコースター。つくっては人にあげてしまうので、手元にはあまり残っていないと話します。
「つくるのが好きなんです。レース編みでも刺繍でも、指先を動かしている時は自分だけの時間。ちょっとでも時間があると、手芸箱を開いてしまいます」。


黒地に白い糸で、バラの刺繍を製作中。繊細なクロスステッチの図案で、でき上がりはレースっぽい雰囲気になる予定です。少しずつ集めているというレースのコレクションは、何に使うかはまだ決まっていませんが、今はただ見てうっとりしていると笑います。

左は「ローズ・ドゥ・メルスリー」シリーズの‘モチーフ’。ラベンダーピンクの花の中央に、黄金のシベが輝く可愛らしい花です。‘クロッシェ’と同時に発表された麻記子さんのデビュー作。夏の暑さにもめげずに、繰り返しよく咲いてくれます。河本さんが生み出すバラは、庭で咲いている時はもちろん、アレンジメントにした時の合わせやすさなどにも配慮されており、他の草花との相性が良いのも魅力です。
右は麻記子さんがつくったモチーフ編みのお花。
「一つでも可愛いんですが、繋げて何かになるかなって、考え中なんです」。

バラの育種は、母親となるバラの雌しべに花粉をつけ、結実したローズヒップ(バラの実)からタネを取り出し、播くことから始まります。ある程度親の性質を見込んで授粉を行いますが、そのまま親の性質を受け継ぐとは限らず、タネを播いてみないことにはどんな花が咲くのかは誰にも分かりません。
「親のバラが両親ともにピンクでも、黄色のバラが生まれたり、赤と黄色の親から紫のバラが生まれたり、予想不可能です。だって、同じローズヒップから取り出したタネを播いて、全く異なる3色のバラが生まれることもあるんですから(上の写真)」。
最初に咲いたバージンフラワーと、2年目に咲いた花とでまったく咲き方が変わることも頻繁にあるといいます。その中から、美しく優秀に育つであろうバラを選抜するのが育種家の重要な仕事です。麻記子さんが毎年冬に播くバラのタネは2万粒。つまり2万の花の中からこれはという花を選び出します。
「それでもスターになる子は、2万の花の中でも一瞬にして目を止まらせる美しさを持っています。それを見つけた時の体が震えるような喜びが、育種という仕事の醍醐味です」。
その後、およそ4〜10年かけて耐病性や四季咲き性などの性質が見極められ、初めて一輪のバラがこの世にデビューします。つまりそれは、十数万の花の中の一輪。私たちが目にすることのできるバラはすべて、奇跡の花だといえるかもしれません。

自身のバラの育種に加え、麻記子さんはナーセリーの仕事として海外品種の選抜のために海外にも足を運びます。
「一週間以上家をあけることもあるんですが、いつも準備が大変。双子の子どもたちの一週間分の学校の準備をして、不在の間に滞らないように事務仕事を片づけて。自分の旅行準備をするのはいつも一番最後のギリギリ(笑)」。
そんな忙しい時にも、麻記子さんは時間を見つけて手芸を楽しみます。レースやカラフルな糸を見ているだけで、幸せな気持ちになれると話します。
「女性って、日々の中に小さな幸せを見つけるのが上手だと思うんです。テーブルにさりげなく飾ってある花とか、窓辺のカーテンが風で揺れるとかいうことに、あ、キレイって思ってその発見にちょっと幸せを感じる、みたいな。そういうバラを私はつくりたいんです。日々の中で幸せを育てていくような、人の心を捉えるバラを」。

左は「ローズ・ドゥ・メルスリー」のパンフレット。右は麻記子さんが育種したバラと、自身の庭で咲いた花を集めてアレンジして編集部に持ってきてくれたバスケット。一輪でももちろん、アレンジにも合わせやすいのが「ローズ・ドゥ・メルスリー」の魅力。育種だけでなく、バラの楽しみ方も合わせて提案していきたいと話します。
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