埼玉県川越市は、いまや国内外から年間780万人が訪れる一大観光地──。蔵造りの町並みが続き、江戸時代さながらの情緒が漂う市中心部の一番街は、連日たくさんの人でにぎわっています。一方、市の南部には総面積約200万平方メートルの広大な森があります。林床に四季折々の植物が生い茂り、樹上では野鳥たちが鳴き交わす大きな森。かつての武蔵野の面影を残すこの森をこよなく愛し、散歩を日課とする二方満里子さんに、秋の森の様子をレポートしていただきました。

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秋の始まり

武蔵野の秋

9月は季節の替わり目。雨が降り続いて肌寒いほどの日もあれば、台風が去って35℃を超える暑さがぶり返す日もある。勤務している日本語学校の生徒が「先生、日本はいつから秋になるんですか?」と、うんざりしたような顔をして聞いてくることがある。そんなある朝、決然として秋はやってきた。空の色、光の粒子のきらめき、くっきりと角度を持って落ちる影、さわやかな乾いた空気、何もかもが透明な明るさを帯びている。「今日からが日本の秋だよ」と確信を持って生徒たちに言える日だ。

青ドングリ

青ドングリ

森に入ると、樹上から、草むらから、虫たちの様々な声が聞こえてくる。セミの「ミーン、ミーン」や「オーシーツクツク」に混じって「ジージージー」と長く鳴く声。そして時折、高く澄んだ「リーン、リーン」……。

シンフォニーというほど壮大ではなく、あたかもバロック音楽の静かな器楽曲のような心地よい響きである。

虫たちの声に呼応したかのように、土から顔を出すキノコ。直径8cmあまりの白いキノコが、3本かたまって出現しているのを見つけて写真を撮った。

すると、地面にはまだ緑色の小さいドングリが、無数に散らばっているのに気づいた。台風で吹き飛ばされたのだろうか。小枝と一緒に落ちているものもある。樹上にあれば秋の陽を浴びてふくふくと太り、やがて晩秋に地に落ちて、次の春、芽を出したはずのドングリ。

今、地上に落ちた緑色のドングリたちは、来春、芽を出して次の世代に命をつなぐことができるだろうか。小さな可憐なドングリの運命を思うと、切ないような気分になってしまう。

キノコ、キノコ、キノコ

キノコ

いや、ドングリは決して無駄には死なないだろう。

というのも、ドングリの傍らには、キノコがすっくと立って出番を待っているからだ。可愛らしいこの森の妖精たちは、固いドングリの皮を分解し、大地に還すという役割を持っている。彼らは森の中で倒れた樹木も同様に分解する。そして分解されて土に還った成分は、明日の森を育てる栄養分になっていく。キノコはいわば森の「お掃除屋さん」、兼「肥料会社」なのだ。

そんなことを知ったのは、じつはつい最近のことだ。

キノコのことは前から気になっていた。森を散歩していると、白いキノコや茶色いキノコ、真っ赤なキノコ、鮮やかにピカピカと光っている黄色いキノコなど、大小さまざまなキノコが否応なく目に入ってくる。とくに梅雨の最盛期には、樹々の下の林床に点々と生えているたくさんのキノコを遠くからでも見つけることができたくらいだった。

で、驚いたのは、そのあまりの数の多さだった。

けれども、その森の妖精たちがいったい何という名前のキノコなのか、食べられるキノコなのか、毒キノコなのか? 悲しいかな、さっぱり見当がつかない。というわけで、急いでキノコ図鑑を開き、「キノコの森での役割」を知ったのだ。

けれども残念なのは、自分が見たキノコと図鑑に掲載されている写真を一致させるのが、きわめて難しいことだ。なので、名前は依然として分からない。おそらく、キノコに詳しい人と一緒に森を歩いて、一つ一つ教えてもらうしかないのだろう。

根も葉もない植物

マヤラン

落ち葉とキノコのそばに咲いている不思議な花──。

それを発見したのは、本当に偶然だった。キノコの写真を撮ろうとしてしゃがんだ時、その花が目に飛び込んできたのだ。

15cmほど伸びた茎の先に、ラン科独特の3つの花弁と花唇を持つ花。花弁は白の中に赤紫色が筆で一掃きされ、花唇はさらに鮮やかな赤紫で彩られている。つややかな花容に、はっと息を飲んだ。

けれども、何か奇妙な雰囲気を漂わせている。その花には、緑色の葉がないのだ。

よく見ると、5、6本茎を伸ばして花をつけているのだけれど、落ち葉の枯れ色に紛れて、なかなか気づくことができない。こんな花は図鑑でも見たことがない。

けれども、たぶんラン科の花だろう、エビネかもしれないと思い、森から帰った後、インターネットで「エビネ」の項目で検索してみた。でも、ヒットしない。そこで次に「梅雨の森、野生ラン」で検索すると、今度はヒットした。

「マヤラン」という名前の花だった。

神戸の摩耶山(まやさん)で発見されたので「マヤラン」と命名されたのだという。貴重な絶滅危惧種でもあるらしい。

さらに、葉がない上に、根もない(!)ということもわかった。

「根も葉もない噂」というのは、実体のない風評という意味だけれど、マヤランは決して「幻」ではない。ちゃんと実体があるのだ。

マヤラン

それにしても、根がないのにどうやって生育し、花を咲かせているのか?

なんと、地面の下に地下茎を張り巡らしていて、花の時期だけ地上に花茎を伸ばし、花を咲かせるという仕組みなのだという。

葉がないので、当然、光合成の能力はない。栄養分は地下茎の中にいる菌類からもらっている。つまり、キノコの仲間であるロウタケ属、イボタケ属、ベニタケ属、シロキクラゲ属といった菌。マヤランはそうした菌類から栄養をもらって生きている「完全菌従属植物」なのだ。

まさに自然界における絶妙の共生関係──。

ただただ驚くほかはないけれど、実はそこにはもう一つ秘密がある。マヤランに養分を与えている菌類は、ある特定の樹木や植物の根としか共生できないのだ。

つまり、森の樹々とキノコとマヤランは、見事な一つの連関を形成しながら生きている。その連関のどこかが欠ければ、マヤランは咲かない。緑色の葉もなく、根もないこの不思議な植物は。その森の環境が健やかであるかないかを示す指標となる植物でもあるのだ。

マヤラン

どうやら、マヤランは夏と秋の2回、花を咲かせるらしい。

それを知ってからは、7月に咲いていた場所を森への散歩のたびに見回るのが9月に入ってからの日課になった。けれど、どういうわけか、なかなか見つからない。

今年はもうダメかもしれないと思い始めた9月20日、ようやく1本のマヤランを見つけた。15cmほどの花茎につぼみが3つ。3日もすれば、花は開くだろう。今年もあと3カ月あまり。何だか、いいことが待っていそうな気がする。

森の恵みでハロウィンのリースづくり

ハロウィンのリース

台風の後の森で拾ったドングリ、松ぼっくり、吹きちぎれた小枝などを材料にして、ハロウィンのリースを作ることにした。

リース台とおもちゃのカボチャは100円ショップで買ったもの。

いつもハロウィンパーティーを楽しみにしている孫娘の部屋のドアに飾りつけてみようと思う。

秋のリース
秋のリース
羽生弓弦選手の「オトナル 秋に寄せて」というプログラムに合わせて額縁を森の材料で飾ってみた。

Credit

二方満里子(ふたかたまりこ)
早稲田大学文学部国文科卒業。CM制作会社勤務、専業主婦を得て、現在は日本語学校教師。主に東南アジアや中国からの語学研修生に日本語を教えている。趣味はガーデニング、植物観察、フィギュアスケート観戦。

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