山々が「見渡す限り一面紫色」──野生のラベンダーの宝庫だった南仏プロヴァンス地方には、毎年、そんな奇跡のような光景が広がっていました。その野生のラベンダーが香水と化粧品の歴史を大きく変えたのです。

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ハンガリー王妃の水

 

ラベンダーで女子力をアップさせた人として有名なのは、14世紀のハンガリーの王妃エルジェーベトです。彼女はローズマリーの花、ラベンダーの花、タイムの花、ハッカ、マージョラムなどのハーブ類の蒸留酒を愛飲し、顔につけて化粧水としても利用していました。そのおかげで高齢になっても20代のような美しさを保ち、70歳のとき、親子ほども年の離れた隣国の若い王子に求婚されて結婚したといわれています。

もっとも、この話は史実と合わない点が多く、どうやら蒸留酒を売り出した人物が商品のイメージアップを図るために考えた作り話らしいのですが…。ともあれ、エルジェーベトにのみ使用が許されていたという蒸留酒「ハンガリー王妃の水」は、歴史上、世界最古の香水とされています。

野生のラベンダー

香水や化粧品を使えるのは、かつてはエルジェーベトのような特権階級の人たちだけでしたが、19世紀になると裕福な市民たちも王侯貴族と同じように香水や化粧品を使い始めます。そのため原料となる芳香植物のエッセンシャルオイル(花精油)の需要が急拡大。野生のラベンダーが豊富に自生していた南仏プロヴァンス地方の高原地帯では、夏になって花穂が色づき始めると農民たちが一家総出で刈り集めるようになりました。

20世紀に入るとラベンダーの畑での栽培が始まりますが、野生種の刈り集めはその後も盛んに行われ、1980年代まで続きました。最盛期には、熟練した男性だと一日に600㎏もの花穂を刈り取ることができたといいますから、南仏プロヴァンス地方はまさに野生のラベンダーの宝庫だったのです。

さすがに現在は、山々が「見渡す限り一面紫色」という風景は見られなくなっています。しかし、夏にプロヴァンス地方を旅していると、峠道などで可憐に咲いている野生のラベンダーに今でも出合うことがあります。

ラベンダー・ウォーターを使ってみよう

刈り取られたラベンダーは、蒸留装置にぎっしりと詰め込まれ、そこに高温・高圧の水蒸気を通して芳香成分の抽出が行われます。抽出される量はきわめて少なく、100キログラムの花穂から得られるエッセンシャルオイルは600〜900グラム。オイルは最初は水との混合体ですが、静かに放置しておくと琥珀色のオイルと、ほのかにラベンダーの香りがする水に分離します。

この「ラベンダー・ウォーター」は市販されています。湯上がりなどに、素肌にシュッとスプレーしてみましょう。しっとりとした保湿効果が得られますし、ラベンダーの香りが安らかな眠りへと誘ってくれるはず。もしかしたら、甘い素敵な夢も見られるかもしれません。

Credit

文/岡崎英生

ラベンダー栽培史研究家。ラベンダーの原産地の一つ、フランス・プロヴァンス地方や北海道富良野地方のラベンダーの栽培史を研究。日本のラベンダー栽培の第一人者、富田忠雄氏に取材した『富良野ラベンダー物語』(遊人工房刊)や訳書『ラベンダーとラバンジン』(クリスティアヌ・ムニエ著、フレググランスジャーナル社)など、ラベンダーに関する著書を執筆。自らも長野の庭でラベンダーを栽培し、暮らしの中で活用している。

Photo/ 1)freya-photographer/ 2)prochasson frederic/ 3)belushi/mythja/ Shutterstock.com

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