蜂はどこに消えた!? のどかな山里の小さな「事件」

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花や野菜を育てていると、お天気の変化や季節の移り変わりにとても敏感になります。時には、自然界の小さな異変に気づくことも。舞台は長野県松本市郊外の山里。そこでは、いま、いったい何が起きているのでしょう?
目次
初心者にもおすすめのベリー、丈夫で育てやすいレッドカラント

レッドカラントという植物をご存知だろうか? 和名はフサスグリ。同じスグリ属のグーズベリーは枝に鋭いトゲがあるが、レッドカラントにはトゲがない。だから、収穫作業はこちらのほうが各段に楽。
10年ほど前、私は郷里の生家の庭にあったレッドカラントを長野県松本市郊外の四賀坊主山クラインガルテンに移植し、毎年、真っ赤な実をたくさん収穫してはジャムや果実酒をつくって楽しんできた。

ちなみに、クラインガルテンとはドイツ語で「小さな庭」という意味。90年代初頭から全国各地で開設されるようになった滞在型市民農園のことで、その先駆けが四賀坊主山クラインガルテン。私は96年の入園し、以来24年、約30坪の農園で花づくりや野菜づくりをしてきた。

レッドカラントに話を戻すと、今クラインガルテンの私の庭にあるのは樹高1m70cmほど。細い枝が何本もある大きな茂みになっていて、そこに毎年6月、小さな白い花が咲く。
そして7月になると、まるでルビーのような丸くて赤い液果が実るのだけれど、3〜5mmくらいのその真っ赤な実が房状に垂れ下がっている様子は、何度見ても思わず声をあげたくなるほど美しい。
レッドカラントが実らない……なぜ?
ところが、今年はそのレッドカラントにほとんど実がならなかった。花は例年通り、にぎやかに咲いたのに、どうやら受粉が行われなかったようなのだ。
こんなことは、これまで一度もなかった。なぜ今年だけ、受粉が行われなかったのだろうか?

原因はおそらく、蜂が非常に少なかったからだろうと思う。
クラインガルテンの庭には、いつもの年だとミツバチやマルハナバチ、クマバチといった花蜂類がたくさんやってくる。これらの蜂は花粉や花の蜜を幼虫の餌にしているので、それを集めるために花から花へと飛び回り、その行動の結果として受粉を助けてくれる。
けれども、思い返してみると、今年は春先から花蜂をあまり見かけなかったような気がする。6月の末、ラベンダーが咲き始めると必ずやってきていたミツバチが今年は来なかったし、その他の蜂類、アシナガバチやスズメバチもまったくといっていいほど見かけなかった。
消えた蜂たち

蜂はどこに消えたのか?
いったい、なぜ消えたのか?
思い当たることが、一つある。
四賀地区は標高600m前後の山里にある小盆地。長野県内でも有数の松茸の名産地で、周囲の山々はその松茸を育む赤松の林で覆われている。ところが、数年前から松食い虫による被害が目立つようになり、名産の松茸を何とか守らなければということで浮上したのが、ヘリコプターによる農薬の散布計画。地区内には生態系を壊すとして強硬な反対論もあったようだが、結局は実施された。散布当日は、幼い子どもを持つ若いお母さんたちに地区外への一時避難が呼びかけられるなど、ちょっとした騒動だった。
けれども、皮肉なことに農薬散布はあまり効果がなかったらしい。無残に立ち枯れて茶色になった赤松林の面積は、今も急速に広がり続けている。

四賀地区には、坊主山のほかにクラインガルテンがもう一つある。地区のシンボルとなっている虚空蔵山(約1,100m)の南斜面に開設された緑ケ丘クラインガルテン。この緑ケ丘の利用者の中にはソバ打ち名人が何人かいて、自分たちで打ったソバを味わうソバ会を定期的に開いて楽しんでいる。会場は緑ケ丘のクラブハウス。時にはここで名人たちを先生にしたソバ打ち教室も開かれる。会員は今や30人以上になり、なかなかの盛り上がりらしい。
しかし、ある会員はこんな嘆きを口にする。
「最近はソバ粉の収穫量がめっきり減っちゃってね。今ではソバ粉を買ってきて、ソバ会を開いているんだよ」
緑ケ丘のソバ会は農家から約10アールの畑を借りて、自分たちでソバを栽培してきた。10年前はその畑から20〜30kgのソバ粉が収穫できた。けれども、今はせいぜい7〜8kg。それではソバ会を1〜2回程度しか開けないのだという。
なぜ収穫量がそこまで激減したのか?
緑ケ丘ソバ会の会員はいう。
「花は咲くんだけど、ソバの実ができないんだよ。つまり、受粉が行われていないんだね」
受粉が行われない……。
その理由については「蜂が少なくなっているからではないか」と、この会員はいう。
ソバの実ができない緑ケ丘のソバ畑、レッドカラントの真っ赤な実がならなくなった坊主山の私の庭──。どちらの現象も、やはり蜂がどこかに消えてしまったことによるものなのだろうか?

蜂は世界中では10万種以上、日本には約4,500種いるのだという。
近年は原因不明の異変も報告されている。例えばミツバチの巣から働き蜂が女王蜂だけを残して大量に失踪してしまうという事件。これは20世紀に入ってから見られるようになった現象らしい。
また、ニコチノイドという農薬が蜂の帰巣本能を狂わせてしまうのではないかという研究もあるのだという。
ところで、自然の美しさを歌い続けた米国の詩人エミリー・ディキンソンには、こんな素敵な詩がある。
草原をつくるには
クローバーと蜜蜂がいる
クローバーが一つ 蜜蜂が一匹
そして夢もいる
もし蜜蜂がいないなら
夢だけでもいい
(中島完 訳)
エミリーはマサチューセッツ州の静かな美しい町アマーストに生まれ、目の治療などで2度ほど州都ボストンに出かけたのを除けば、ほとんど自宅に閉じこもって詩を書き、物思いにふける生活を送り、1886(明治19)年、生涯独身のまま55歳で亡くなった。
川のほとりにひっそりと花咲き、やがてはかなく散った野の花のような人生だった。
エミリーは詩人だから、蜜蜂がいなくても夢があれば草原はつくれるという。だが、私たち凡人はそんなわけにはいかない。
花の受粉を助けてくれる蜂がいなければ、趣味で花や野菜づくりをしている私のような人間だけではなく、果樹農家や養蜂家の人たちも困ってしまう。

緑ケ丘のソバ畑とレッドカラントが繁る坊主山の私の庭に、来年こそはたくさんの蜂が戻ってきてくれることを、切に願わずにはいられない。
Credit
文/岡崎英生(文筆家・園芸家)
早稲田大学文学部フランス文学科卒業。編集者から漫画の原作者、文筆家へ。1996年より長野県松本市内四賀地区にあるクラインガルテン(滞在型市民農園)に通い、この地域に古くから伝わる有機栽培法を学びながら畑づくりを楽しむ。ラベンダーにも造詣が深く、著書に『芳香の大地 ラベンダーと北海道』(ラベンダークラブ刊)、訳書に『ラベンダーとラバンジン』(クリスティアーヌ・ムニエ著、フレグランスジャーナル社刊)など。
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