雨がたっぷり降り、気温も高く、草たちがここぞとばかりに生い茂るシーズン──。この時期は雑草取りが庭仕事のメインとなってしまいます。ジリジリと照りつける太陽の下、汗は目に入るし、腰は痛くなるしで、何とも厄介な雑草取り。「できればやりたくない」「やらなくて済む、いい方法はないものか?」そう思案されている方も多いことでしょう。でも、じつはそんな雑草の中に、英国では「かわいい!」と評される植物も。少し見方を変えてみると、新たな魅力を発見できるかもしれません。
目次
雑草という植物はない
「雑草という植物は存在しない」──これは高名な植物学者、牧野富太郎博士の言葉です。博士は、どんな草にも名前があり、役割があり、人間の都合で邪険に扱うような呼び方をすべきではない、と述べています。
同様の言葉を、長年、植物を研究していた昭和天皇も残されています。
美しい? 美しくない?
「タケニグサ」という植物をご存じですか?
文字通り、竹に似ていて、茎が空洞だからタケニグサ。住宅地をつくるために林の木々が切り倒され、広い空き地が出現すると、必ず生えてきます。草丈2mほどになる茎は、エナメル質の光沢を持つ空色。柏餅に使う柏の葉に似た大きな葉は、裏が白色。茎の先に白い花を穂状にパラパラとつけます。ユニークな姿をしているものの、タケニグサは日本では雑草扱いです。
ところが、英国では違うのです。イングリッシュガーデンの聖地ともいわれるシシングハースト・カースル。美しいホワイトガーデンがあることで有名ですが、そこにタケニグサが植えられているのを見たとき、私は本当に驚きました。何かの間違いで紛れ込んでしまったのかしら? とも思いました。けれども、その後、ヨーロッパではタケニグサをガーデン・アイテムにすることがあると知って、二度びっくりしました。確かにシシングハースト以外の庭でも英国では大型の宿根草として植栽されているのを何度か目にしましたが、庭で存在感を放っていました。
まさに、所変われば人の美意識も変わる、なのです。
ハルジオンとヒメジョオン
タンポポやハナニガナの黄色い花は、春の象徴。そのタンポポやハナニガナが咲き終わると、次に咲き出すのがハルジオンやヒメジョオンの白い花。空き地に草丈50cmほどに生い茂り、可憐な花を風に揺らしているさまは、アメリカの人気テレビドラマ『大草原の小さな家』のワンシーンを彷彿させます。
観賞用が「貧乏草」に
ハルジオン、ヒメジョオンはアメリカ原産で、1920年代に観賞用として日本に輸入されました。ところが、旺盛な繁殖力で庭から道端へ、空き地へ、畑へと進出し、その結果、1960年代には農作物の生育を妨げる雑草として扱われるようになってしまいました。
その上、北関東の一部では「貧乏草」という有難くない俗称まで誕生。その由来は、きれいに手入れされた庭には生えないけれど、手入れの行き届かない貧乏な人の家の庭にはよく生えるから、というのです。
さらには、触ると貧乏になるという、全く根拠のない、まるで言いがかりのような説まで生まれてしまいました。
花としての復権
しかし最近になって、ハルジオン、ヒメジョオンは、花としての地位が復権しつつあるようです。
英国のガーデン巡りを楽しんでいる人たちの話によると、近年はイングリッシュガーデンなどにハルジオン、ヒメジョオンが植えてあるのを見かけることがあるそうです。で、庭のオーナーに日本人が「これは日本では雑草ですよ」と言うと、「雑草だなんて信じられない。こんなに可愛いのに!」という返事だったとのこと。確かに、よく見ればハルジオン、ヒメジョオンの花はとても可憐。つまらない花のように見えるのは、雑草だと思って見るからなのでしょう。
乃木坂46の曲にも
ハルジオン、ヒメジョオンは日本でも復権の兆しがあります。2016年、乃木坂46が「ハルジオンが咲く頃」(秋元康・作詞)という曲をリリースしたのです。乃木坂46を卒業して行く深川麻衣さんをイメージしてつくられたものだそうで、ハルジオンが咲いているのを見ると君を思い出すだろうと、その花の可憐さが歌われています。
見分けるのは難しい?
ハルジオンとヒメジョオンは、花も草姿もとてもよく似ていて、区別がつきません。
唯一の区別の決め手は、茎──。ハルジオンは茎の中が空洞ですが、ヒメジョオンの茎には空洞がありません。また、ハルジオンは4月から6月にかけて咲くのに対し、ヒメジョオンの花期は5月から10月頃まで。そのため、同じ花が4月から10月までずっと咲いているように見えてしまい、区別を難しくしているのです。
雑草取りは、実は「癒やし」
芝生の雑草取りほど、つまらなくて面倒くさいものはない──。
そう思っている方はきっと多いことでしょう。実際、芝生の中には芝の「ふり」をして生える雑草もたくさんあります。目を凝らせば凝らすほど、芝によく似た紛らわしい草ばかり。その代表的なものが、スズメノカタビラ、メヒシバ、オヒシバ──。その他、シロツメクサ、カタバミ、コニシキソウ、ツメクサ、スギナ、タンポポ、ナズナ、ホトケノザ、ノホロギク、オオイヌノフグリ、オオアレチノギク、ハルノノゲシ、カラスノエンドウ、ハマスゲ……等々も生えてきます。まさに枚挙にいとまがありません。
10cm四方の作業を少しずつ
でも、雑草取りには、いい方法があるのです。まあ、だまされたと思ってやってみてください。まず、10cm四方ほどの芝生に生えている雑草を丹念に抜き取っていきます。さらに10cm四方、また10cm四方と順次作業を進めていくと、次第にクリーンな芝生だけの空間が広がっていきます。
それにつれて、不思議な無の境地が雑草取りをする人を包み込んでいきます。日頃のさまざまなイライラ、心配事、不安。例えば、仕事上の面倒な人間関係、夫婦間の気持ちのすれ違い、子どもたちの教育問題、親の介護のことなどが、いつのまにかふっと消えて、心が軽くなっていきます。
その心地よさ!
雑草取りは、まさに「癒やし」なのです。
だからなのでしょう。「雑草取り、嫌いじゃないわ」というガーデナーは意外に多いのです。
雑草研究部
東京のような大都会には、一本の雑草も生えていない──。
そんなイメージを持たれている方も多いと思います。けれども、高速道路の高架橋の足元にポピーのような赤い花が咲いているのを見かけることがあります。
東京砂漠に咲く可憐な一輪! そう思って見ると、ちょっと感動的なのですが、しかし、この赤い花は「ナガミハナゲシ」という植物。繁殖力が旺盛らしく、いまや駐車場などに生える雑草の常連。神社の境内、商店街の街路樹の下などでも見かけるようになりました。
高校生が雑草に夢中?
このナガミハナゲシのように、都会に咲く植物の中には園芸植物ではない種類が結構あります。そうした植物を採集して、名前を同定し、食べられるかどうか、味はどうかなどを研究している高校生の部活動があります。都心にあって、進学校として知られている都立日比谷高校の雑草研究部、通称「雑研」。
部員たちは、学校の校地に一年を通して約170種もの植物が生育していることを突き止めました。卒業生によって、その図鑑も作成されており、最近は新たな図鑑づくりに向けて頑張っているのだそうです。
かなりマニアックな部活動のようですが、厳しい受験勉強に励んでいる高校生たちにとって、雑草と過ごす時間が、少しホッとできる「ゆとり」のひとときになっているのかもしれません。
ドラえもん のび太と緑の巨人伝
子どもたちが大好きな「ドラえもん」。その映画版のシリーズに『のび太と緑の巨人伝』という作品があるのをご存じでしょうか?
このアニメ映画に出てくるドラえもんの秘密道具が「植物自動化液」。それによって動けるようになった植物たちが地上を覆い尽くし、人類を滅亡させようとするのです。
森を覆う葛の大群落
私はある日、その『のび太と緑の巨人伝』を思い浮かべてしまうほど旺盛に繁茂している「葛」の繁みを目にしました。そこは森の入り口──。
春浅い頃には、枯れ草の中で野イチゴが白い小さな花を咲かせていました。ところが、梅雨が終わろうとする頃、葛が森を呑み込まんばかりの勢いでつるを伸ばし、葉を繁らせ始めたのです。
何本ものつるが、一方では森の奥のほうへと向かい、また一方では舗装道路を横断し、近くの住宅を絡め取ろうとするかのように触手を伸ばしています。そのあまりにもすごい勢いは、まるで葛が意思を持って動いているかのようにすら見えてしまいます。
人間がいなかった世界、植物だけの世界を取り戻そうという意思──。
人間は植物のおかげで命を紡いでこられたのに、ある時は美しいともてはやし、ある時は雑草として邪険にする。何と勝手なのでしょう!
「そんな人間はいらない。滅びてしまえ!」
そんな植物たちの高笑いを、私は葛の巨大な繁みを見ながら確かに聞いたような気がしました。そして、どんな植物にもそれなりに尊い価値がある、大切にしなければ……という思いを改めて深くしたのです。
雑草庭園のススメ
ガーデニングを愛する人々が一度は行きたいと願う英国へのガーデンツアー。訪れるガーデンは、そのほとんどが歴史ある城館や邸宅の前、あるいは背後に設けられています。幾何学模様を描く見事なノットガーデン、庭を仕切る高い壁を飾っているつるバラたち。芝生の小径の両側に広がるボーダーは、鮮やかな色彩を誇るタペストリーのようです。
しばし、その光景を堪能し、ふと目を転じると、ガーデンを取り囲んでいる森と草原に気がつきます。
草原、別の言い方をすると「ワイルドガーデン」──。
そこに入って行き、丈高く伸びた草がさわさわと風に揺れている中に立っているのは、本当にいい気分。「あれ? これは月見草。英名はイブニング・プリムローズ」なんて気がついたりもします。
前にも触れたシシングハーストの庭は、高い壁で囲まれたローズガーデンを出ると、そこは草原で、その先は川。草原には、草の一部を刈り取ってバラが植えてありました。所々にベンチが置いてあります。座ると、とてもくつろいだ気分になります。
作り込まれていない、自然な庭。ハルジオンもヒメジョオンも、ドクダミも、そして赤いバラも一緒に咲いている庭が──。
そんな庭があってもいいのではないでしょうか。
Credit
二方満里子(ふたかたまりこ)
早稲田大学文学部国文科卒業。CM制作会社勤務、専業主婦を経て、現在は日本語学校教師。主に東南アジアや中国からの語学研修生に日本語を教えている。趣味はガーデニング、植物観察、フィギュアスケート観戦。
Illustration/1)greenga/Shutterstock.com
写真/3 and garden(表記以外)
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