【デビッド・オースチン・ロージズ史 Vol.2】逆境から栄光への道とデビッド・オースチン・ファミリーの力
1940年代後半、デビッド・C.H.・オースチンは、アマチュアのバラ育種家として自宅でビジネスを開始し、1969年には「デビッド・オースチン・ロージズ社」を創立。以来、同社は英国シュロップシャーを拠点とした国際企業として発展を続け、現在、イングリッシュ・ローズを約50ヵ国で販売しています。今回は、デビッドの育種における苦労や、ファミリーの絆で導いた社の発展について、同社ゼネラルマネジャーのロブ・シャープルズさんにご紹介いただきます。
目次
「花となる」〜イングリッシュ・ローズが光を浴びるまで〜
デビッド・C.H・オースチンの生涯や、イングリッシュ・ローズの歴史については、前回の記事、「優美で香り高いバラ『イングリッシュ・ローズ』を生んだデビッド・オースチン・ロージズ社の歴史」でご紹介していますので、ぜひお読みください。
1969年、デビッドは、育種プロセスに磨きをかけることにより、世界初の画期的な四季咲き性品種シリーズをスタートさせました。そして、それは「イングリッシュ・ローズ」と名付けられました。フランス人には「ガリカ・ローズ」があり、スコットランド人には「スコッツ・ローズ」がある。では、イングランド人にも、自身のバラ、特にイングランドの文化と歴史に絡み合った独自のバラがあってもよいのではないか、とデビッドは考えたのです。
当初、彼は他のナーセリーと競おうとしていたので、大変な苦労をしました。というのも、当時のトレンドは、最新のハイブリッドティー(バラの系統の一つでモダンローズ)。一方、彼が目指していたのは、「オールドローズ」の豊かな花弁と香り、優美な花姿を併せ持つ新しいバラであったため、「時代遅れ」ともいわれました。
しかし、妻のパットの支えと、彼のバラの「オールドローズの優美さと香りを兼ね備え、四季咲き性などモダンローズの利点を持つ」というユニークな魅力で、イングリッシュ・ローズの人気は次第に高まり、その“オールドローズ・スタイル”がついに復活。その後、今に至るまで、その人気は長く続くことになったのです。
1983年、デビッドは、世界中のバラ愛好家から崇拝される園芸家で、彼の良き友人であり指導者でもあったグラハム・トーマスにちなんで名付けた黄色のバラ‘グラハム・トーマス(Ausmas)’を含む、非常に優れたイングリッシュ・ローズ3品種を英国王立園芸協会(RHS)チェルシー・フラワー・ショーで発表しました。これが、デビッドにとって最初の躍進を体感するきっかけとなります。プレスだけでなく、一般の人々からも、‘グラハム・トーマス’は圧倒的な反響と評価を得ました。イングリッシュ・ローズの認知を広げ、成功に導くのに最も貢献した出来事だと、デビッドは語っています。
翌年、デビッド・オースチンはチェルシー・フラワー・ショーで金メダルを受賞し、この年から現在まで、毎年受賞を続けています。今日に至るまで、デビッド・オースチンのガーデンは来場者にとって、ショーのハイライトの一つとなっているのです。
イングリッシュ・ローズの人気が高まるにつれ、会社のナーセリー事業も成長していき、錆びついて隙間風が入ってきていた古い納屋は、近代的な梱包出荷倉庫に生まれ変わり、崩れかけた育種用温室は、もっと大きく広々としたものに(まだ中古のものでしたが)再生されていきました。当時できたばかりだったローズ・ガーデンは、今では広く大きくなり、世界で最も美しいローズ・ガーデンの一つとして知られるまでになっています。
「育種の技」〜努力は数々の栄光へとつながった〜
収入の増大は、彼の情熱をますます膨らます手助けをし、今日では世界最大規模となる「育種プログラム」を展開するに至りました。
デビッドは毎年、3品種もしくはそれ以上の新品種を発表していました。交配から販売まで、新しいバラを作り出すための全工程は9年を要します。その裏側では、未知の可能性を持った12万ものバラが育てられ、その中から選び抜かれた、たった3種だけが新品種として美しい名前を与えられ、日の目を見ることができるのです。その工程は、並々ならぬ根気と忍耐、献身、そしてノウハウが必要でした。
「これまでに誰も見たことがない35万本(※)の苗木を育てること以外に、ワクワクするようなことは何もありません」David C. H. Austin
※毎年、35万本の実生から育種プログラムを始めています
彼の育種への努力は、園芸への奉仕として認められ、2007年には、彼が最も誇りに思っていたOBE(大英帝国勲章)を受章、そのほかにも数々の賞を受賞するという結果に実りました。
これについて彼は、
「毎日、バラの育種で生計を立てることができている自分の幸運に驚いています。私のバラが私に、“世界中のガーデナーやバラ愛好家の喜ぶ姿を見る機会”を与えてくれること、それが私の最大の満足です」
と述べています。
彼はまた、英国王立園芸協会からヴィクトリア名誉メダルを受賞、イースト・ロンドン大学より名誉学位を授与され、さらには英国王立バラ協会よりディーン・ホール勲章を受章しました。
彼の生み出したバラたちも、世界中でさまざまな賞を受賞しています。2009年に‘グラハム・トーマス(Ausmas)’が世界バラ協会連合(WFRS)によって「世界中で愛されている名花」に選ばれ、‘ガートルード・ジェキル(Ausbord)’が「イギリスのお気に入り」に2回評決されました。英国王立園芸協会からは、28品種が名誉あるガーデン・メリット賞を受賞しています。
また、デビッド・オースチンと、彼のイングリッシュ・ローズ両方の故郷であるオルブライトンには、イングリッシュ・ローズのナショナル・コレクションを持つガーデンがあり、2015年にWFRSからガーデンエクセレンス賞を受賞しました。
「世代を超えて」〜共に歩み、切り開いた未来〜
デビッド(以下デビッド・シニア)は、1990年に長男のデビッド・JC・オースチン(以下デビッド・ジュニア)をビジネスに迎え入れました。彼らは共に、デビッド・オースチン・ロージズを世界規模の事業に発展させ、英国での事業をヨーロッパに広げ、そして近年では、米国と日本にオフィスを持つまでに導きました。
これまで培ってきたことに満足せず、1992年にはデビッド・ジュニアが持つ推進力に支えられ、デビッド・シニアは育種プログラムで全く新しい面での取り組みを開始することを決心しました。彼のガーデン・ローズで既に確立されていた“美しさ・香り・魅力”を保ちつつ、カット・ローズ(切り花)市場に特化し、花屋で年中購入可能な品種の開発を目指したのです。
2004年、カット・ローズとして初めてのグループがリリースされましたが、彼のガーデン・ローズがはじめそうであったように、当時の現状からかけ離れた提案は、受け入れられるまでに時間を要しました。
というのも、イングリッシュ・ローズの魅力は、その豊かな香りにあります。ところが、意外かもしれませんが、これまでの切り花のバラは香りがないものがほとんど。それは流通に際して花弁に傷みが出ないよう品種改良されてきた結果で、花弁はしっかりと厚く、茎は真っ直ぐ太く、香りがないのが花き業界での切り花のバラの常識だったのです。しかし、デビッド・オースチン・ロージズは、カット・ローズにおいても全ての品種で豊かな香りを実現し、イングリッシュ・ローズらしい優美な花姿もそのまま残しながら流通に耐えうるよう改良に成功。今日では香り豊かな、希少なカット・ローズとして花屋さんに並んでいます。
さらに、デビッド・オースチンのカット・ローズは、世界で最も名声と人気を得たバラとして、プライベートなシーンから、王室のウエディングという非常に名誉ある世界的なステージでまで、さまざまな場で使用されています。
このように、何十年にもわたり、デビッド・オースチン・ロージズは著しい成長を続けてきてましたが、その中心には、“ファミリービジネス”というベースがありました。3世代目で、デビッド・シニアの孫にあたるリチャード・オースチンは、父や祖父の情熱と生涯をかけた任務を引き継ぐべく、2010年にデビッド・オースチン・ロージズに入社しました。
彼らを支えているのは、勤続15年以上にわたる多くのスタッフから成り立つ忠実なチーム。例えばバラ育種マネージャーのカール・ベネットもその一人で、彼は30年ほど勤務しています。会社が成長するにつれ、デビッド・シニアを愛情を込めて単に「Mr. A」と呼ぶ、より多くのデビッド・オースチン・ファミリーが増え続けています。
「作家として詩人として」〜デビッド・CH・オースチンのもう一つの顔〜
バラへの情熱とは別に、デビッド・シニアは文学を非常に愛し、彼の居間には、多種多様な本でいっぱいになった本棚がいくつも並んでいます。
彼が書いた最初の本は1988年に出版された「The Heritage of the Rose」。1993年には、「The English Roses」の第1版を出版し、世界中の批評家から盛大な称賛を得るに至りました。
彼は特に詩を愛し、彼自身の人生と経験、そして自然への愛を綴った「The Breathing Earth」と題された詩集を、2014年に出版しています。
Olfactory wonderland (不思議の国「嗅覚」)〜ロブ・シャープルズからのメッセージ〜
年々この傾向は大きくなってきているのですが、私は当社の育種部門から送り出される新品種たちの香りを嗅ぐことが楽しみでたまらないのです(7年もしくはそれ以上、そんな香りを嗅ぎ続けてきたなんて、育種部門の人たちは幸運ですよね!)。
バラの香りを嗅げば嗅ぐほど、とてもユニークで個性的な香りの中に、それぞれの香りの奥行きと、微妙な香りの差を感じることができます。
ここ最近、私がとても気に入っている品種は、‘ロアルド・ダール’。その色と形にピッタリな、ピーチのような非常によいアロマを放ちます。
‘トッタリング・バイ・ジェントリー’は、鼻をグッと近づけて確かめる必要がありますが、素晴らしいムスクの香りを持っています。香りを嗅ぐときに間違って花に集まった虫を吸い込んでしまうリスクもありますが(笑)、しっかり香りを確かめる価値はありますよ!
そして、‘ザ・ミル・オン・ザ・フロス’も最近のお気に入り。生産部門にいる私の「ワルなパートナー」中川さんが、この品種は「とても強いキャンディーの香りがする」と気づかせてくれたのですが、後日、デビッド・ジュニアからは、品種名にあるフロス(注:flossは綿を意味する)は、むしろ綿菓子(candy floss)のような甘い香りに由来するとしたほうがよいのではないか、とツッコミをもらいました。
当社のビジネスにとって、香りは非常に重要な要素です。個人によってそれぞれ感じ方は違いますが、香りは、特別な瞬間の思い出で、私たち全員を結び合わせてくれるのです。
日本の気候においては、バラに香りをまとわせるのは容易ではないかもしれません。それぞれの品種が持つ本来の微妙で繊細な香りの全てを楽しむには、“適切な時期・時間”と、“完璧に咲いた花”という要素の組み合わせが必要ですが、それを体験したら、二度と忘れることはできないでしょう!
Credit
文/ロブ・シャープルズ
デビッド・オースチン・ロージズ株式会社 ゼネラルマネジャー
www.davidaustinroses.co.jp
訳/平田晶俊(同社卸営業マネージャー)
画像提供:デビッド・オースチン・ロージズ株式会社
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