幻のような建築へ。乙庭新社屋「覆(おおい)」設計・制作ドキュメント その2 ついに新社屋へ引っ越し
分類の垣根を取り払った植物セレクトで話題のボタニカルショップ「ACID NATURE 乙庭」。その新店舗とオフィスをつくるにあたり、オーナーで園芸家の太田敦雄さんと、建築家の藤野高志さんがタッグを組んだ、まるで幻のような空間をつくる挑戦的なフルリノベーションプロジェクトが進行中です。そのプロジェクトの裏側を太田さんが語るドキュメントレポート、第2回は引っ越し編をお届けします。
目次
慣れ親しんだ高崎市の乙庭SHOPから新社屋へ
私の実家をフルリノベーションして乙庭の新しい店舗とオフィス、私の住まいとして再活用する乙庭新社屋プロジェクト(建築作品としての名称「覆(おおい)」)。施主であり協働設計者でもある私 太田敦雄による設計・制作ドキュメントシリーズ第2回です。
今回は、リアルタイムでの工事進捗状況をお知らせしますね。ぜひ本記事の最後にある、建築雑誌掲載のお知らせもチェックしてください。
これまでの経緯については、シリーズ第1回 序章編も併せてお読みいただければと思います。
2011年の開業から慣れ親しんできた群馬県高崎市の店舗からも、2019年6月末で退居予定。7月からは高崎市のお隣、前橋市の新社屋に完全に業務を移転することとなりました。
現在、新社屋オフィスで通常業務を開始しつつ、並行して、退居日に向けて高崎店から植物や荷物を運び出し、引っ越し作業で大忙しな日々を過ごしています。
ここ数日で高崎の店舗植栽も一気に片付き「ここを去るんだなぁ」という実感がにわかに湧いてきました。新社屋の方はというと、工期が延びに延びてまだ絶賛工事中ですが、日々、着実に面白い感じに進化しつつあります。
乙庭新社屋では外壁・外構工事が進行中!
前回記事の2019年3月の時点では、まだ屋内の工事にとどまっていましたが、それ以降の大きな進捗としては、前面道路に面した西側外壁が一面銀色に塗装され、2019年6月末現在、植栽スペースをつくる外構工事が進行中です。
新規の窓を3カ所開けて一面を銀色に塗装するだけの工事規模に対し、半年以上もの長い期間にわたって建物前面にかかっていた足場も、ようやく外れました。ホッとひと息です。
限りなく素っ気ない銀色で塗装された道路側の外壁面は、それ自体が表情をもたない仮面のような見立てです。
目や口のように開いた開口部のガラス面からは、屋内の彩色の反映や照明や人影が見え、外壁の銀面には空の色や前面道路の車の往来や前庭の植栽がぼんやりと抽象化されて映り込みます。無表情な銀色のお面に、屋内外のさまざまな環境要素の組み合わせで絶え間なく変わる微表情が浮かび上がるストーリーです。
また、乙庭新社屋では、既存のコンクリート駐車場を半分壊して土を入れ、地植えの植栽スペースができます。高崎店ではすべてがアスファルトの上に鉢を置くという植栽法だったので、樹木などの成長に限界があったのですが、今後はカラーリーフの樹木類なども、地に根を張り、よりダイナミックに楽しめる見本植栽になる予定です。
ほんのチラッとお見せすると、建物の前に上写真のように鋭いエッジラインで切り分けられた植栽帯などができます。まったく「優しい」「ナチュラル」「癒される」感じとは違う店頭植栽になりそうで、皮肉と攻め感が効いていて、我ながらなかなか乙庭らしいと思います。
植栽帯のフレームや隣地との境界フェンスなどの外構工事がひと通り終わってからの植栽作業となります。また乙庭のポリシーとしては、「植物を育てる」ことに重きを置いているので、一部のシンボルツリーを除いては、完成された大きな個体を植えるのではなく、主に苗で植栽を行います。
高崎店時代に大きく育て上げてきた植物も多いので、最初からそれなりにボリュームが出るとは思いますが、植栽が馴染んでそれなりの完成形になるには、まだ先は長そうです。そもそも庭は常に育ち変わっていくものなので、終わりや完成はないのですけれどね。
植物が育っていく、風景の進化の過程も含めて毎日を愛で、楽しんでいきたいと思っています。
日々、彩りを増している「玉虫色」の屋内空間
私の住居部分もすでに引っ越しをしており、仕事の合間を縫って、住みながら自邸のインテリアの彩色塗装を進めています。
前回記事では塗装が進行中だった3階の寝室・クローゼット部分は塗装が完了し、2019年3~6月に開催されていた建築展「GA HOUSES PROJECT 2019」でも上写真をパネルとして出展しました。
3階東側に位置する寝室は「夜を過ごす部屋」というよりは「朝が訪れる部屋」。日の出とともに床に塗られた黄金色が銀色の室内に反射して、屋内が金色に輝き始めます。
乙庭新社屋のインテリアは、建物内部をすべて銀色に塗り込めてから、床にたゆたうように移り変わる彩色を施していきます。その色面に日光や照明の光が反射して、壁や天井に、時事刻々と移ろう「玉虫色」の幻のような反映が浮かび上がります。「この部屋は何色」というはっきりした塗り分けではなく、「何色ともなく空間の見え様が常に変わる」無限の変容性が、この玉虫色の概念のポイントです。
私が趣味で学んでいるピアノが置いてあるリビングの床も、前回記事では、ピアノの引っ越し時期に間に合わせるために必要最低限の一部分の床だけ着彩していました。そしてその後、塗装された範囲も広がり、色の移り変わりも表現できてきて、上写真に見られるように、天井に美しいグラデーションの反映も現れるようになりました。
赤いソファ前に置かれた黄金色のコーヒーテーブルは、この家にもともとあった枕木を再利用したもの。当初、廃棄予定でしたが、上写真のようなジャンクな感じから、金塊のような真逆なイメージに転換することで、全く別物に生まれ変わりました。
このように、あえて物事を単純化せず(ここでは玉虫色の着彩)、割り切れない複雑さを発生させる仕掛けにした理由は、「この家の過去に対する私の複雑な感情」と「これから訪れる時間、すなわち未来は不確実なものでしかないが、そこに人は美しい色と光を見出すことはできる」という両義性が込められています。
極論すれば、住む家に対して生活機能以外に必要なものはないのかもしれません。ましてや色を塗る必要性なんて、ないといえばないです。
ですが、居住空間を通して何か自分の「想い」を表現することができれば、それは「建設業者につくってもらった家」ではなく「より自分らしい、自分のための空間」になるのではないでしょうか。
多くの人にとって、家は一生のうちで最も大きな買い物の一つですよね。それを、より自分仕様にカスタマイズできれば、人生がもっと心豊かに、充実したものになるように思うのです。
もう少し引いて考えてみれば、園芸やガーデニングも、そういう「生きていく上では必要以上」のものの中に見出される人生の豊かさへの追求といえるでしょう。
「覆」にまつわる三楽章
乙庭新社屋のプロジェクト「覆(おおい)」は、改築のフェイズとしては、内装、外壁、植栽の3つに大別されます。そして、それら3区分で、それぞれ違った意味合い・手法により「何かを覆い隠す」ということを表現します。
そして、まるで三楽章形式の音楽のように、性格の異なる3つの楽章(ムーブメント)が揃うことで一つの大きなテーマに結びつく構成の作品です。
建築家の藤野高志さんとの協働で、私も立案から設計・施工まで大きく関わり、建築・インテリア・植栽を一つの主題のもとにまとめ上げていく果敢な試みです。
建築プロジェクトといえども、建築家・建設業者に完全お任せではなく、乙庭によるプロデュースの視点や最終的には感性的な手描き作業により仕上がる部分も多い、総合芸術的な含みを持った案件でもあります。
完成へのプロセスも含めて楽しみつつ、引き続き邁進していきます。
さて、ここまで読んで、さらに疑問を深めた方も多いかもしれません。「なぜ覆うのか?」「何を覆い隠すの?」ということですよね。この「覆(veil = ヴェール)」という主題はどんな意味を持っているのか、どうしてこの主題にたどり着いたのか、ということを、次回以降で書こうと思います。
また、以下でお知らせする建築雑誌の記事でも、建築家の藤野高志さんと私 太田敦雄による「覆」プロジェクトについて深く掘り下げた対談が掲載されております。
建築雑誌『GA JAPAN』159号に対談記事が掲載されます
乙庭新社屋(建築作品としての名称「覆」)についての、私 太田敦雄と建築家 藤野高志さんとの対談記事が、建築雑誌 『GA JAPAN』159号の特集「MOVIE/建築」の中で、5ページにわたり掲載されます。
映画・映像的なイメージやアプローチから思考された建築についての特集です。私どもの対談以外に、映画監督と建築家の対談を含め、映像作家、文化人類学者、建築家など、多分野にわたる全9組をフィーチャーし、建築の新しいビジョン・動向を考察する興味深い特集です。
ぜひ誌面でも、多くの方にご覧いただけたら幸いです。
【雑誌掲載情報】
掲載誌:『GA JAPAN』159号(2019年7月1日刊行予定)
特集:MOVIE/建築
映像のプロや人類学者、植栽家、建築家が紡ぐ、MOVIEと建築を巡る九つのはなし
「『他人とそっくりになること』や『世間の求める姿になること』などは、人生の本当の意味ではない。」
(ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ 詩人・劇作家 1749 – 1832)
Credit
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