乙庭 Styleの建築と植栽のリノベーション1【植栽・前編】「6つの小さな離れの家」

撮影/浜田昌樹(KKPO)
分類の垣根を取り去った植物セレクトで話題のボタニカルショップのオーナーで園芸家の太田敦雄さんがお届けする連載「ACID NATURE 乙庭 Style」。2018年に建築賞を受賞した注目の建築家、武田清明さんとのコラボプロジェクトとなった、建築&植栽リノベーションの完成までのプロセスをご紹介します。
目次
建築と植栽のリノベーションプロジェクト「6つの小さな離れの家」

2018年12月、乙庭にうれしい知らせが届きました!
建築家・武田清明さんにお声かけいただき、 ACID NATURE 乙庭 が植栽計画・デザインを担当した、建築と植栽のリノベーションプロジェクト「6つの小さな離れの家」が、「実施を前提とした設計中ないしは施工中の建築作品」を審査対象とする、若手建築家の登竜門ともいえる建築賞「SDレビュー2018」にて、最優秀作品賞に当たる鹿島賞に選ばれました。
武田さん、隈研吾建築都市設計事務所からの独立デビュー作での大賞受賞です!

元からある建物と植物を綿密に読み解いて再解釈し、それらを作り直すというよりも、在り方や役割を大々的に変えることで、空間に新しいストーリーと生命を吹き込んだ作品です。
今回から数回に渡り、植栽家・太田&建築家・武田、それぞれの視点から、受賞作品「6つの小さな離れの家」をご紹介します。
今回は、植栽家である私、太田敦雄による植栽解説・前編です。
「6つの小さな離れの家」プロジェクト概要
「6つの小さな離れの家」は、約10年前まで三代に渡り、通りに面してお惣菜屋さんを営んでいたご一家の、時代を経て現在は使っていない店舗の建物と、その奥側にある母屋、そして敷地全体の植栽の改修計画です。

建築的には、家族構成も変わり古くはなったものの、年の節目節目には親族の皆さんが集う心の拠り所でもある母屋を、現代の住まい方にフィットするように改修します。

そして、敷地内にある井戸や防空壕、通りに面した元店舗とその地下倉庫など、この敷地の記憶に残るような特徴的な要素を、新しい「小さな離れ」として建築化して「外の食器棚」や「外の流し台」といった機能のある小部屋のように庭に点在させています。

生活のいろんなシーンを敷地全体にちりばめて、敷地全体で暮らすイメージです。土地と一家の記憶を改めて見つめ直して再活用するという試みです。

植栽的には、施主ご夫婦が長年かけて集め、可愛がって育ててきたたくさんの庭木がありました。けれど、それぞれの樹が大きく育って過密になり、手入れがしにくくなっていたのです。それら庭木一式を、一本も減らすことなくリソースとして活用。敷地全体にちりばめて移植、再配置しました。

「6つの小さな離れ」でのライフシーンに寄り添い、ご夫婦が育ててきた植木を楽しみながら敷地全体を散策できる回遊動線を巡らし、母屋からみんなで眺められるメインの庭風景をつくりました。

植栽的には新しいものは植えず、「もとから在るものの在り方だけが変わった」のが、このプロジェクトの最大の特徴です。
“断捨離”か、“既存を生かす”かの選択
武田さんから本件の植栽の相談を受けたのは、建築の改修設計がほぼまとまった段階でした。敷地全体に「6つの小さな離れ」が点在する敷地平面図と、敷地内の現状写真、そして、このプロジェクトで何を実現したいかというコンセプト資料を受け取りました。

通りに面した店舗から奥に母屋と庭が広がる変形敷地で、セリが自生するような清い小川が敷地を横切って流れている、とてもポテンシャルを感じる敷地環境です。

そして、母屋の縁側から眺められる敷地の一番奥の開けた場所に、ツツジやナンテンなど、日本家屋では馴染み深い庭木が、密に厚く植わっているのがとても特徴的で、かつ私にとっては「とても手強そう」と思ったのが第一印象でした。

私は普段の植栽では、目を引く珍しい植物をポイントに使ったり、他の植栽家がしないような、変わった植物の組み合わせをする手法で植栽表現をしています。

上写真は、本件と同じ時期に手がけた別案件での私の植栽例。日本の伝統園芸品種であるジャノメマツに、ユーカリやユーフォルビアなどオーナメンタルな洋モノ素材を組み合わせて個性を強調しています。
ですので、日本家屋でよく見られる庭木を使って、新しい空間性を植栽で表現するのは、普段の私の作風から考えるととても難易度が高く感じられました。ネイティブではない言語で痛快な物語を書かなくてはいけないようなイメージです。
一方で、それらの樹木たちは、過密になっているように見えるけれども、キレイに刈り込まれていて、写真からも施主ご夫婦の樹木に対する愛着がとても感じ取れました。むしろ、植物を手入れする生活自体がご夫婦に元気を与えているのではないかと。

これは、古くなった母屋の改修プロジェクトです。おそらく多くのガーデンデザイナーが、ご夫婦の手入れの負担軽減や植栽をスッキリと刷新させるために「増えすぎた樹木を減らしましょう」と、混んだ樹木を間引く断捨離を提案したり、新築の小さい離れの周囲は新しい植物に入れ替えて、新築部分らしいリニューアルを提案するところでしょう。
ここで、私だからできる最良の選択は何か、といろいろ考えました。そもそも、このプロジェクトの趣旨は、親族の皆さんに愛されてきた拠り所となる家を、これからも住みやすく愛される場所であり続けるようにアップデートすることです。

皆が慣れ親しんできた庭の植物たちの景色も、たとえ過密に見えようと、ご一家にとっては心休まる風景であり、それを「スッキリ片付ける」こと自体、ご一家の本意に沿わないのでは、と思えてきました。

混み入った既存の植物を減らし、新築部分にキレイな樹木を植えてスッキリとデザインがまとまったところで、それはご夫婦の心を傷つける行為にしかならないのではないか。

圧倒されるほどたくさん植わっているツツジやモミジ、ナンテンなどの庭木たちは「片付ける対象」などではなく、むしろこの植栽プロジェクトを一番特徴づける「運用すべき資産」だったのです。

大学で建築デザインを学び、現在、植栽家である私だからこそできる植栽計画。私が選んだのは、武田さんが建築で実践している、「家や敷地の記憶を残しつつ、そのポテンシャルを生かして全く新しい住まい方を現代的なデザインで表現する改修計画」と同じ手法でした。この敷地に植えられている既存の樹木や草花を読み解いて、その全てを使って植栽との新しい暮らし方を提案することにしました。
続きは後編にてお話しします。

「独創的とは、何か新しいものを初めて観察することではない。」
(フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ 哲学者 1844 – 1900)
併せて読みたい
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・話題の園芸家・太田敦雄が語る 初の展示ガーデン「火の鳥」1【構想編】
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Credit

写真&文/太田敦雄
「ACID NATURE 乙庭」代表。園芸研究家、植栽デザイナー。立教大学経済学科、および前橋工科大学建築学科卒。趣味で楽しんでいた自庭の植栽や、現代建築とコラボレートした植栽デザインなどが注目され、2011年にWEBデザイナー松島哲雄と「ACID NATURE 乙庭」を設立。著書『刺激的・ガーデンプランツブック』(エフジー武蔵)ほか、掲載・執筆書多数。
「6つの小さな離れの家」(建築設計:武田清明建築設計事務所)の建築・植栽計画が評価され、日本ガーデンセラピー協会 「第1回ガーデンセラピーコンテスト・プロ部門」大賞受賞(2020)。
ガーデンセラピーコーディネーター1級取得者。(公社) 日本アロマ環境協会 アロマテラピーインストラクター、アロマブレンドデザイナー。日本メディカルハーブ協会 シニアハーバルセラピスト。
庭や植物から始まる、自分らしく心身ともに健康で充実したライフスタイルの提案にも活動の幅を広げている。レア植物や新発見のある植物紹介で定評あるオンラインショップも人気。
「ACID NATURE 乙庭」オンラインショップ http://garden0220.ocnk.net
「ACID NATURE 乙庭」WEBサイト http://garden0220.jp

図版&写真提供/武田清明建築設計事務所 武田清明
1982 神奈川県生まれ
2007 イーストロンドン大学大学院 修了
2008~隈研吾建築都市設計事務所 同事務所・設計室長
2018~武田清明建築設計事務所 設立
2018 鹿島賞:SDレビュー2018
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