都内のマンションで母と一緒にガーデニングを楽しむサヘル・ローズさん。庭の植物たちを「あの子たち」と呼んでかわいがり、野菜や果実など季節の実りが食卓を彩る充実したガーデンライフをおくります。2人が丹精する都会の小さなバラ園は、地域の人たちとの交流の場にもなり、花の季節を心待ちにする人も大勢。そして、バラを育てるなかで、二人に生まれた大きな目標があります。今回は、サヘルさんのガーデニングライフと、庭から生まれた大きな夢のお話です。
目次
植物とのおしゃべりから始まる私の一日
私の一日はバルコニーの植物たちに、「おはよう」って声をかけるところから始まります。フジやジャスミン、クレマチスなどのつる植物を窓辺に這わせているのですが、つる植物はイランでも好まれ、カーテンの代わりに窓を覆っているのをよく見ます。そのつる植物ですが、我が家の子たちは朝一番に、とっても美しい風景で私を起こしてくれます。葉っぱたちは朝日に照らされて、切り絵のような葉影模様を室内に描いてくれるんです。風が吹いてその模様がそよそよと動くと、まるで草花が話しかけてきてくれているように感じます。そんな植物たちのささやきに耳を傾けながら迎える朝は、とても気持ちのいい一日の始まりです。
それからバルコニーでは、木苺、ブラックベリー、イチゴなどのベリー類も育てています。夏に実ったころには毎朝、水をあげながらベリーを摘んで食べます。とっても美味しいですよ! それに季節の野菜。自分で栽培した野菜はとびきり美味しいですね。レモンの木も随分大きくなりました。レモンは柑橘なので冬に実るのですが、焼いたお魚に自家製レモンを添えていただくのも、我が家の定番メニューです。考えてみると、結構、食べられるものがいっぱいですね(笑)。
あとは私の好きな緑の子たち。観葉植物です。最近ハマったのが、ビルベルギア ‘ダース・ベイダー’。黒い葉に斑が入ってすごくカッコいい! それに‘断崖の女王’。すっごくふわふわして気持ちがいい! 一目惚れして3つも買いました。どちらも名前が面白いじゃないですか。‘断崖の女王’って、すごい名前ですけど、本当に素敵な可愛い花を咲かせるんですよ。仕事から帰ってくると、私はまずそのバルコニーへ行き、植物の手入れをします。疲れたから今日は植物の手入れをしない、という日はないですね。私がどんなにお腹が空いていようが、庭のあの子たちに先にゴハンを食べさせないと、と思います。葉っぱに触れたり水をあげたりしていると、疲れがスーッと抜けていきます。植物を育てたことがない人は、可愛いなと思った植物をまずはそばに置いてみるといいと思います。そうすると、相手は生き物ですから、きっと興味が湧いて育て方などを調べてみたりするようになるものです。そして失敗しても、自分には向いてないなどと思わないでください。どんなに優れた園芸家だって、失敗したことがないなんて人は一人もいないのです。
庭を家族の一員にしてみませんか?
植物や庭は、愛情をかけて育てていれば家族の一員になってくれます。忙しくて自分で水やりできないときは、「お母さん、ちょっと水あげておいて」とお願いすればいいのです。こんなことも家族の会話のきっかけになるのですから。それに一緒に庭仕事をしていると、普段口に出せなかったことが話せたりします。土や草花をいじりながら、「そういえばね、こないだこんなことがあってね」というふうに。不思議と面と向かっているときよりも、ガーデニングの最中のほうが話しやすかったりするものです。庭があると草むしりが面倒という声を聞くこともありますが、私は結構好き。雑草を抜いていると、最初はいろんなことが頭に浮かんだりするのですが、そのうちそれが消えていって、「無」の状態というか、一種の瞑想状態になります。気がついたら3時間くらい経っていたりして、頭の中が本当にスッキリしているんです。ただ、立ち上がった瞬間、「イタタタ…」ってなりますけどね(笑)。だから、庭があるとちょっとした悩みを家族で話せたり、まあいっか、って自分で思えたり、ガーデニングをしているうちに自然に解決していたってことがしばしばあります。
もちろん、一人暮らしの人にもガーデニングはオススメです。家と会社の行き来だけでは心がだんだん疲れてきてしまいますが、自分で育てた花をたった一輪室内に飾るだけで、なんだかとても充実した気持ちになりますよ。都会生活の人こそ、花を家に飾ってほしいなと思います。実は私の家は花瓶だらけ。イランでは花を飾らない家は見たことがありませんでした。結婚すると必ず花瓶を買ったり贈ったりするほど、家の中に花を飾るのはイランでは当たり前のことなのです。日本に来てからも、母は家に花を絶やしたことがありません。花が買えない貧しい頃も、母は道端で摘んだ草花をジャムの空き瓶に飾っていました。立派な花瓶でなくても、それで十分可愛かったし、花が家を彩っていると、辛い状況にあってもホッとしました。花を飾る母に、「きれいだね」って言うだけで、張り詰めた空気が緩んだものです。
母にプレゼントした庭は都会の小さなバラ園に
バラはすべて、1階の地面の庭におろしました。この庭は、私が母にプレゼントしたものです。当初は数えるほどだったバラが、いつの間にか増えて、今では100種類以上。もう、数えられません(笑)。もう植えるスペースはないよって私は言うのですが、母はバラの本をめくりながら、「次はこれがいい」といつも目を輝かせて話し、天気のよい日には、ほとんど一日中この庭にいます。私は庭で母の笑顔をたくさん見られるようになったのが、嬉しくて仕方がありません。
母はイランの裕福な家庭に生まれ、良家の子女として大学へ通い、ボランティアとして活動している最中に孤児になった私と出会いました。そのままずっとイランにいれば、明日の食べ物に困るような暮らしをすることはなかったはずです。だけど、彼女は安定し約束された未来ではなく、私を施設から引き取り、母として生きる道を選んでくれました。以来、母はまさしく身を削って私を大学まで出してくれました。そんな母がずっと望んでいたこと。それが、花を育てることでした。
だから私はそんな母に恩返しがしたくて、仕事を始めて自分で収入を得られるようになったときに、庭をプレゼントしました。母はこの庭でガーデニングを始めてから、とても生き生きし始めました。20代そこそこで母になり、異国の地で苦労を重ねながら働き、子育てをしてきた母は、本当の年齢より年老いてしまっていましたが、庭を始めてから本当に若返りました。バラの手入れをしていると話しかけられることも多く、母にとってはこの庭がいろいろな人との交流の場にもなっているようです。
母は私のように日本語が堪能ではないので、コミュニケーションの範囲がどうしても限られてしまい、私が仕事で家を空けることがあると、とても寂しい思いをさせてきました。でも、今ではバラが咲く頃になると、バラの花を通してたくさんの人とお話をする機会があります。実はこの庭のバラを家に飾りたいという方がいらして、花を切って差し上げたことがあったのです。そしたらそういう方が一人、二人とだんだん増えて、今では何十人というリストができているくらい! 我が家の庭のバラの花待ちリスト(笑)。自分たちが手をかけて大切に育てた花を、そんな風に心待ちにして楽しんでくれる人がたくさんいるということが、母も私もとても幸せです。
母はとにかくバラが好き。部屋の中もバラ模様にあふれています。絨毯もバラ、カーテンもバラ、時計もバラ、本棚もバラの本だらけ。放っておくと家がバラだらけになってしまうので、私の部屋だけはなんとか守っています(笑)。
この間も母が1カ月ほどイランへ帰国していて日本へ電話をかけてきたときも、まず聞くのはバラの様子です。娘じゃなくて、バラが心配なのねって内心思いましたけど(笑)。でも、そんな風に夢中になっている母を見るのが、私は嬉しいのです。
母と私の大きな夢
「サヘル・ローズ」というバラを子どもたちに
そんな母の夢が「サヘル・ローズ」という名前のバラをつくることです。「砂浜に咲くバラ」という名前のバラをつくるのが、生きる目標だと話しています。私はそれを聞いて、もしも本当にそういうバラができるなら、日本にあるすべての児童養護施設に、「サヘル・ローズ」を植えようという新たな目標ができました。私はチャリティー活動をするなかで、いろんな施設を訪れていますが、残念なことに花が植えられているところはほとんどありません。私は自分と同じ境遇の子どもたちに、花を見せてあげたいし、育ててほしいと思うのです。かつて私が土に触れて癒されてきたように、辛いことを乗り越えていけるように。そして、植物を育てることで、目には見えないものや、しゃべらない生き物に対しても、心を寄せられるように。園芸は植物を育てながら、人の心も育ててくれるから。
日本には600以上の施設がありますが、その全ての施設に「サヘル・ローズ」を寄贈するのが30代になってできた私の夢です。イメージは白バラです。子どもたちが何色にでもなれるように。最初はみんな真っ白、無色。そこから自分の色を見つけられるように。当の母は「赤がいい!」なんて言ってますけどね(笑)。
「サヘル・ローズ」というバラをつくること。そして、そのバラを子どもたちに贈ること。それが今の母と私の、大きな大きな目標です。
Photo/3) ch_ch/ 4) Deborah Lee Rossiter/ 5) Nonchanon/ 7)kay roxby/ 11)Vicky Jirayu/ 12)Nadya Lukic/Shutterstock.com Photo/1、8〜10)albert_sun3
取材・まとめ・写真(上記以外)/3 and garden
Credit
話 / サヘル・ローズ - タレント/女優/コメンテーター -
1985年イラン生まれ。7歳までイランの孤児院で過ごし、8歳で養母とともに来日。高校生の時から芸能活動を始め、舞台『恭しき娼婦』では主演を務め、映画『西北西』や主演映画『冷たい床』はさまざまな国際映画祭で正式出品され、イタリア・ミラノ国際映画祭にて最優秀主演女優賞を受賞。映画や舞台、女優としても活動の幅を広げている。また、第9回若者力大賞を受賞。芸能活動以外にも、国際人権NGOの「すべての子どもに家庭を」の活動で親善大使を務めている。世界中を旅しながら難民キャンプや孤児・ストリートチルドレンなど子どもたちに寄り添っている。
YouTube『サヘル・ローズチャンネル』
https://www.youtube.com/channel/UCE3h8QRgs4GS_ClgReaAMVA
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