バイエルン州に実る緑の黄金 ビールづくりに欠かせない美しいホップ
夏のドイツで、一際美しく景色を彩るのが、爽やかな緑のつるを伸ばすホップです。また、可愛らしいホップの実は、ビールの醸造に欠かせない原料の一つ。ドイツの暮らしに馴染み深いホップについて、ドイツ出身のガーデナー、エルフリーデ・フジ=ツェルナーさんのストーリーを伺いました。
目次
ドイツの夏を彩る“緑の黄金”
今回ご紹介するテーマはHopfen、つまりホップ。ドイツといえばビールが有名ですが、そのビールを醸造するために欠かせないのが、ホップです。私にとって、ホップはとても思い入れのある植物。私がドイツで暮らしていた故郷の町は、ドイツ南部のバイエルン州に位置し、州都ミュンヘンや、自動車メーカー、アウディの本社・工場があるインゴルシュタット街にほど近く、そしてHALLERTAUと呼ばれる、世界有数のホップの生産地です。
ホップは一度植えれば何年も芽を出す宿根性のつる植物で、長い冬が終わり、春が訪れる3月に成長を始めます。丈夫なホップは病害虫の対処をするくらいで勢いよく成長をし、ワイヤーや木でつくられた棚に、7mにもなるつるを伸ばします。この長く伸びたつるに、ホップが実り始めるのは8月頃。ホップの実を見たことはありますか? グリーンが美しい、可愛らしい実ですよ。実を収穫する前の7~8月頃に町の郊外にある村々を訪れると、あちこちのホップ畑の緑が連なり、美しい緑の絨毯のような景色が生まれています。私の故郷が一年で最も美しくなるのは、ホップの収穫が始まるまでの短いこのシーズン。何度も見た光景なのに、いまだに目にすると呼吸を忘れるほど惹きつけられます。その美しさ、そしてビールの原料としての価値から、ホップはGREEN GOLD、つまり“緑の黄金”とも称されています。
8月半ば頃から収穫が始まり、収穫されたホップは、塔のような専用の施設の中で乾燥させます。このホップの乾燥が始まると、街中にふんわりと独特の香りが漂い、今年も季節が巡ってきたことを実感します。ホップの乾燥は大変な作業で、24時間つきっきりに。収穫から乾燥までの6週間ほどの間、人々は休みなく働きます。収穫の時期に町を訪れると、畑からホップを運び出すトラックの泥の跡が続き、道路が泥だらけになってしまうほどなんですよ。
美しいホップのデコレーション
ホップの爽やかで美しい緑の実や、長く伸びたつる、きれいな緑の葉は、飾りやデコレーションとしても、とても魅力的。秋に咲く花と合わせてブーケにしたり、さまざまな形のリースをつくったり、ドライフラワーにしたり。長く伸びた枝が手に入れば、テーブルや壁を飾ることもできます。湿度が低いドイツでは、ホップのリースを飾っておくと、そのままドライになり、一年を通して美しい姿を保つことができます。
ドライにするときのポイントは、直射日光が当たらない、涼しい日陰で乾燥させること。日向に置いてしまうと赤みがかってしまい、美しい色合いを留めることができません。ただし、少し乾燥した状態では崩れやすくなるため、移動や流通は難しいのです。そのため、フレッシュなホップの切り花は、なかなか手に入りません。デコレーションを楽しめるのは、ホップの生産地ならではの楽しみですね。また、育てやすく、つるを長く伸ばすホップは、目隠しや緑のカーテンとして栽培することもできます。ベランダやバルコニーで、コンテナを用いてホップを育てている人もいます。
飾るだけでも可愛いホップですが、ハーブとしても活用できます。ドライにしたホップのポプリは、衣類の虫除けに。母はホップのポプリをクローゼットに入れていたので、ウールやシルクのような服でも虫のトラブルに遭ったことがありません。また、ホップの実には、気分を落ち着かせたり、リラックスさせたりする効果があるとされ、薬の成分にも含まれていたりします。ホップをハーブティーのようにして飲む人もいますが、私は飲んだことがありません。どんな味がするんでしょうね。
実りの秋とオクトーバーフェスト
前述の通り、私の故郷の町ではホップの栽培が盛ん。地域には地元のビールのブルワリー(醸造所)も20以上あり、70種を超える地ビールを味わうことができます。ブルワリーの多くは100年以上の歴史を持ち、ビール好きにとってはまさに楽園のような町です。ビールを味わうなら、やっぱりアウトドアのビアガーデンで。大きな木の下に友人たちが集ったり、一人で飲んだりしますが、ビアガーデンはとてもカジュアルな場所なので、一人で飲んでいると大抵周りの人々が集まってきて、一緒に飲むことになります。ドイツの人々にとっては、みんなでワイワイとビールを飲み、食事を楽しむのがとても重要な文化なんです。
さて、ビール愛好家にとって、ドイツでの初秋の楽しみといえば、みなさんご存じのOKTOBERFEST、オクトーバーフェスト。近郊のミュンヘンで催されるオクトーバーフェストは、世界最大級のビールフェスティバルです。オクトーバーフェストの他にも、晩夏から秋にかけては、VOLKSFESTやHOPFENFESTなどと名が付いたフェスティバルが、ドイツ各地で数えきれないほど催されます。オクトーバーフェストに比べると小さなお祭りですが、オクトーバーフェストと同様に、大きなテントやビアホールの中で、みんなでビールを楽しみます。地域やフェスティバルによっては、このテントのデコレーションとして、その年に収穫された、7mほどもあるフレッシュなホップのつるが飾られることも。フェスティバルの間は、このようなテントのほか、射的やくじ引き、オートスクーターという子ども用の乗り物など、子ども達が楽しめるテントも開きます。
ドイツのフェスティバルの中でも、オクトーバーフェストは開催期間がとても長く、3週間近くも続きます。他の地域のフェスティバルはもう少し短く、週末だけや1週間だけの開催などさまざま。ですが、どこもワクワクするような活気にあふれた雰囲気であることに変わりはありません。フェスティバルに欠かせないのはもちろんビール、それからチーズとパン。夏の終わりになると、子どもも大人もフェスティバルの始まりを楽しみに待つのです。
我が家のHOPFENGARTEN(ホップガーデン)
私の両親も、以前はホップ農家としてホップを生産していました。畑ではかつて、3万本ものホップを栽培していて、子ども時代の思い出には、ホップガーデンの中で過ごした時間がたくさんあります。ホップガーデンには、やらなければならない作業や仕事もたくさんあり、特に収穫期はとても忙しい季節。家族総出での作業に加え、この時期だけは数人を雇って収穫していたのを覚えています。機械化が進む前は、当然収穫にももっと人手が必要でした。両親から聞いた話では、70年ほど前は、ホップの収穫は100人近くもの人を雇っての作業だったとか。ホップを栽培できない地域から、この季節だけ多くの人々が集まり、ホップの収穫に従事する人のための特別列車も運行されたのだそうです。
私の家では、9月の母の誕生日には毎年、やはりホップを栽培していた叔父が、特別美しい、長いホップのつるを持ってきてくれていました。それをダイニングルームのコーナーに飾り付け、家のデコレーションにするのが習慣だったのです。ホップは乾燥してフレッシュな緑が褪せ、色が変化してもきれいなので、一年中ずっとダイニングに飾られていました。残念ながら、両親はもう何年もホップを育てておらず、叔父も栽培をやめてしまいました。
それで、ドイツにある私たちの家で、もう一度ホップの栽培を始めることにしたのです。ホップを植えた場所はキッチンの窓の正面。すくすくと元気に育ち、夏の間は涼しい日陰をつくってくれています。ドイツで過ごす楽しみが、また一つ増えました。
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Credit
ストーリー/Elfriede Fuji-Zellner
ガーデナー。南ドイツ、バイエルン出身。幼い頃から豊かな自然や動物に囲まれて育つ。プロのガーデナーを志してドイツで“Technician in Horticulture(園芸技術者)”の学位を取得。ベルギー、スイス、アメリカ、日本など、各国で経験を積む。日本原産の植物や日本庭園の魅力に惹かれて20年以上前に日本に移り住み、現在は神奈川県にて暮らしている。ガーデニングや植物、自然を通じたコミュニケーションが大好きで、子ども向けにガーデニングワークショップやスクールガーデンサークルなどで活動中。
Photo/Friedrich Strauss/Stockfood
取材/3and garden
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