イランという国について、みなさんはどのような印象をお持ちですか。古くはペルシア帝国として栄え世界遺産の多い国、そして現代では政治的な情勢不安の情報を耳にすることが多いかもしれません。しかし、それはイランのごく一面。女優、サヘル・ローズさんから語られる故郷イランの風景は、花の彩りと香りにあふれた「花の都」の姿でした。花が広く、深く暮らしの中に浸透した、私たちの知らない美しいイランの花文化をサヘルさんが紹介してくれます。
目次
「花に溢れた美しいイランをご紹介します」
みなさん、初めまして。私の名前はサヘル・ローズといいます。この名前は、私の生まれ故郷、イランの母国語のペルシャ語で、「砂浜に咲くバラ」という意味です。私は1985年、イラン・イラク戦争の真っただ中に生まれました。4歳で孤児院に入り、7歳で養母のフローラに引き取られ、8歳のときに日本にやってきて以来、日本で暮らし、今は女優として活動しています。私がイランで過ごした時間は決して平穏なものではありませんでしたが、それでも私は故郷を愛していますし、誇りに思っています。世界に発信されるイランは不穏で混乱した面ばかりですが、一方でイランには日本と同じように四季があり、人々は花を愛し、暮らしの中に美しい花文化が根付いている豊かな国です。
イランはたくさんの春の球根花の故郷
イランの春はたくさんの球根花で彩られるところから始まります。案外知られていませんが、イランはたくさんの球根花の故郷です。みなさんがガーデンに咲かせているクロッカスやムスカリ、ヒヤシンス、フリチラリア、ラナンキュラスなどが自然の中に自生し、なかでもチューリップは最も人々に親しまれている花です。イランの国旗の中央に描かれたシンボルは、剣のほかにチューリップだといわれていますし、織物やタイルなどの文様、文学、神話など、さまざまなシーンでチューリップが登場します。小さな球根の花々が足元で春を知らせると同時に、木々は柔らかな若緑色で覆われ、日本の桜に似たアーモンドの花が咲き出します。ピンクの花で染まったアーモンドの花の谷は、まさに桃源郷のような美しさです。その花が散ると、バラ、アジサイ、ユリというように次々に花があふれ、イランは彩りと香りを増して『花の都』の様相を呈します。
花を贈り合うイランの人々
町中にも花屋さんがとてもたくさんあります。日本に来て花屋が少ないなぁと驚いたほどイランには花屋が多く、人々の暮らしに花は欠かせません。というのも、どんな家でも季節の花を部屋に飾って欠かすことはありませんし、誕生日や記念日はもちろん、何か特別なことがなくても、花をしょっちゅう贈り合う習慣があるからです。友だちや家族の家に遊びに行くとき、空港へ誰かを迎えに行くとき、「あっ、この花、なんだかあの人っぽいな」と何気なく思ったときにも、イランの人は花を贈ります。花のように明るく、花のように笑っていてほしいという願いを込めて、花を贈り合います。
また、イランには『先生の日』というのがあり、生徒一人ひとりが日頃の感謝を込めて先生のために花を贈ります。ですから、その日先生はお花を両手いっぱい抱えて帰ることになるのですが、その姿はとっても微笑ましいものです。そんなわけで、町では常日頃からブーケを持った人とすれ違うことがよくあるのですが、お花を持った人はみんな、どこか幸福そうな顔をしていて、そんな町の風景が私は大好きです。そうそう、そのブーケを作ってくれるお花屋さんは大抵、男性なのですが、一見するととてもイカツイおじさんが、ゴツゴツした手でそれはそれは可愛らしいブーケをサササッと作ってくれるんですよ(笑)。みんなとっても上手ですし、イランの花はとても保ちがいいのも自慢です。
褒め言葉もいろいろな花にたとえるイランの習慣
花を飾ったり、贈ったり、暮らしの中で目に見える形で花を取り入れるだけでなく、花はイランの風土や文化に深く浸透しています。その一つが私の名前、サヘル・ローズ。イランでは花の名が人名にしばしば用いられ、私の母の名前もフローラ・ジャスミンといいます。甘く優しく香り立ちそうな名前ですが、本当に母はそんな人なのです。いつか最愛の母のお話もみなさんにお伝えしたいと思いますが、とにかくイランでは花の名や自然の名称を人の名前につけることが多く、スズランやスイセン、チューリップ、スミレ、タンポポ、ノバラ、ユリ、ザクロ、イトスギ、若葉、つぼみ、春の花などがあります。それは花や植物の美しさ、可愛らしさ、たくましさに対する憧れや敬意の念の表れに他なりません。
名前もそうですし、誰かを褒めるときにも、花を用いた表現が多いのもイラン特有の文化かもしれません。日本にも女性の美しさをバラやシャクヤク、ユリなどにたとえる諺がありますが、イランでは女性に限らず誰かを褒める時にしばしば花が登場します。面白いのは、それが必ずしも絢爛豪華な花ばかりでなく、ビオラやアジサイといった花にもたとえられるところです。例えばアジサイは、小さな花が集まって可愛らしく咲く様子を人への褒め言葉として使います。ペルシャ語ではぴったりくる表現ができるのですが、日本語にするととても難しいものですね。でも、お花が好きな人ならなんとなく分かっていただけるのではないでしょうか。庭のなかですごく主張するわけではないけれど、そこはかとなく気品が漂っていたり、健気に咲く様子に心惹かれてしまう花ってありませんか。そういう花のいろいろな表情や魅力を誰もが知っているからこそ、この褒め言葉がイランでは成立するのです。なかでもバラは最上級の褒め言葉に用いられます。それはバラがイランの国花であり、バラにまつわるいろいろな文化があるからなのですが、それはまた別の機会にお話しすることにしましょう。
さて、私は今、日本で女優として活動しながら母と暮らしていますが、2人ともやっぱり花が大好き。家の中にはいつも花が飾ってあり、母の部屋は花模様にあふれ、母が私に買ってくる服もすべて花柄(笑)。もちろん、室内でも戸外でも花を育てており、仕事から帰ってきて、どんなに疲れていても、まずは植物の水やりをしなければソファに寝転ぶことができません。そんな私のガーデニングライフも、イランの花文化とともに、これからみなさんにお伝えしていきたいと思っています。サヘル・ローズのガーデンストーリー、ぜひ楽しく読んでいただけたら嬉しいです。
そして、遠いイランの地にも美しい花が咲き、その花を皆さんと同じように愛し、癒され、平和を望んでやまない普通の人たちがいることを感じていただけたら、嬉しく思います。
●サヘル・ローズさんが語るガーデニングへの思いについてはこちらのシリーズもご覧ください。
Photo/ 2) Farid Sani/ 3) Artography/ 4) Andrei Zveaghintev/ 5) eFesenko/ 6) astudio/ 7) Tejinder7Singh, Lusine, Marina, diy13/Shutterstock.com
1)albert_sun3/8)3and garden/
取材・まとめ/3 & garden
Credit
話 / サヘル・ローズ - タレント/女優/コメンテーター -
1985年イラン生まれ。7歳までイランの孤児院で過ごし、8歳で養母とともに来日。高校生の時から芸能活動を始め、舞台『恭しき娼婦』では主演を務め、映画『西北西』や主演映画『冷たい床』はさまざまな国際映画祭で正式出品され、イタリア・ミラノ国際映画祭にて最優秀主演女優賞を受賞。映画や舞台、女優としても活動の幅を広げている。また、第9回若者力大賞を受賞。芸能活動以外にも、国際人権NGOの「すべての子どもに家庭を」の活動で親善大使を務めている。世界中を旅しながら難民キャンプや孤児・ストリートチルドレンなど子どもたちに寄り添っている。
YouTube『サヘル・ローズチャンネル』
https://www.youtube.com/channel/UCE3h8QRgs4GS_ClgReaAMVA
記事をシェアする
新着記事
-
ガーデン&ショップ
「第3回 東京パークガーデンアワード 砧公園」 ガーデナー5名の“庭づくり”をレポート!
第3回目となる「東京パークガーデンアワード」が、東京・世田谷区にある都立砧公園でキックオフ! 作庭期間は、2024年12月中旬に5日間設けられ、書類審査で選ばれた5名の入賞者がそれぞれ独自の手法で、植物選びや…
-
宿根草・多年草
花束のような華やかさ! 「ラナンキュラス・ラックス」で贅沢な春を楽しもう【苗予約開始】PR
春の訪れを告げる植物の中でも、近年ガーデンに欠かせない花としてファンが急増中の「ラナンキュラス・ラックス」。咲き進むにつれさまざまな表情を見せてくれて、一度育てると誰しもが虜になる魅力的な花ですが、…
-
ガーデン
都立公園を新たな花の魅力で彩る「第3回 東京パークガーデンアワード」都立砧公園で始動
新しい発想を生かした花壇デザインを競うコンテストとして注目されている「東京パークガーデンアワード」。第3回コンテストが、都立砧公園(東京都世田谷区)を舞台に、いよいよスタートしました。2024年12月には、…