マンションで叶える野菜&果実・夏の収穫【写真家・松本路子のルーフバルコニー便り】
マンションの最上階、25㎡のバルコニーがある住まいに移って26年。最初は何もなかった空間を、自らバラで埋め尽くされる場所へと変えたのは、写真家の松本路子さん。「開花や果物の収穫の瞬間のときめき、苦も楽も彩りとなる折々の庭仕事」を綴る松本路子さんのガーデン・ストーリー。
目次
8月のバルコニーで思うこと
盛夏のバルコニーでも、バラは少しずつだが開花を続けている。9月に入ったら木バラの軽い剪定を行い、肥料を施して秋バラの開花に備える予定。あまりまめに手入れをしない私だが、いくつかの外せない庭仕事は、心に留めている。
四季咲きのバラは、1月から3月の休眠期を除いてほぼ一年中、その花姿を楽しませてくれるのだ。
夏の収穫その1「ゴーヤ」
東に面したバルコニーでは、バラ以外の植物の生育が盛んだ。例年寝室の日除け用に植えるゴーヤは、つるを這わせ葉を繁らせる。初めてゴーヤを植えた年、枝に突然真っ赤な物体を発見した時は「何が起こったのか」と目を見張った。実が完熟し破裂して、タネがあらわになっただけだと分かったが、ゴーヤの青い実しか知らない身には強烈な印象だった。
収穫期をのがした実の赤いタネはこぼれ落ち、翌年発芽して、その生命力にも驚かされた。熟した黄色い実もタネの周りのゼリー状の部分も食用になると聞いたが、なんだか気おくれして、まだ試してはいない。
夏の収穫その2「パッションフルーツ」
子どもの頃、伊豆の熱帯植物園の敷地内で育った私にとって、パッションフルーツは最高のおやつだった。国内ではまだ栽培化されていない時代で、実験的につくられていた。当時は“果物時計草”と呼ばれていた。
雄しべが時計の針に似ており、その花の形から時計草と名付けられた。パッションフルーツという名を知ってからは、長い間パッションは「情熱」だと思っていた。だがある時、パッションはキリストの受難を意味すると知った。
十字架や釘のほかに、花弁にも象徴する意味があるという。それからはトロピカルな花の形が、なんだか別の顔を持って現れたような気がする。
実ははじめ青く、やがて紫色に色づくと食べごろの合図。表面が少しシワシワになれば、完熟の証だ。実を2つに割って、スプーンでタネごとすくって食する。その甘酸っぱい味は、伊豆で過ごした子ども時代の記憶を呼び覚ます。幼い頃は母がガーゼで絞り、ジュースにするのをじっと待っていた。
夏の収穫その3「ストロベリー・グアバ」
これも子どもの頃の思い出の味。植物園ではこの木がいたる所に露地植えされていたので、毎日口いっぱいにその実をほおばって歩いた。今バルコニーでは、2mほどのストロベリー・グアバの木が3本育っている。1本は父の庭から挿し木した苗で、2本は自宅近くの花屋で7年前に手に入れたもの。花屋の店先で見つけた時には信じがたい思いだった。植物園でしか見たことがなかったが、今はどこかで栽培、商品化されているのだろう。
グアバといっても、その実は2㎝ほどの小粒で、青から黄色くなると食べ頃だ。南国の果物特有の濃厚な甘さが口の中に広がる。味の記憶は鮮明だが、その花を見たのはバルコニーが最初だった。多分どこかで見ていたのだろうが、覚えていなかったのだ。白い花が一斉に開いたときは、ちょっとした感動だった。
ハワイでは赤い実が一般的で、黄色はイエロー・ストロベリー・グアバと呼ばれているらしい。
こうした収穫は、バルコニーでの鉢植え栽培なので、ほんの少し、数えるほどの量に過ぎない。だが居室から手を伸ばせば届くところで、花が開き、小さな実が育っていくのを見るのは、ベランダ園芸の醍醐味の一つではないか、と思えるのだ。
併せて読みたい
・写真家・松本路子のルーフバルコニー便り「小さなバラ園誕生! 初めの一歩」
・写真家・松本路子のルーフバルコニー便り「芸をする朝顔」
・写真家・松本路子のルーフバルコニー便り「バルコニーとリビングを結ぶ観葉植物たち」
Credit
写真&文 / 松本路子 - 写真家/エッセイスト -
まつもと・みちこ/世界各地のアーティストの肖像を中心とする写真集『Portraits 女性アーティストの肖像』などのほか、『晴れたらバラ日和』『ヨーロッパ バラの名前をめぐる旅』『日本のバラ』『東京 桜100花』などのフォト&エッセイ集を出版。バルコニーでの庭仕事のほか、各地の庭巡りを楽しんでいる。2023年現在、造形作家ニキ・ド・サンファルのアートフィルムを監督・制作中『秘密のバルコニーガーデン 12カ月の愉しみ方・育て方』(KADOKAWA刊)好評発売中。
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