マンションで叶える小さなバラ園! 初めの一歩【写真家・松本路子のルーフバルコニー便り】
マンションの最上階、25㎡のバルコニーがある住まいに移って26年。最初は何もなかった空間を、自らバラで埋め尽くされる場所へと変えたのは、写真家の松本路子さん。「開花や果物の収穫の瞬間のときめき、苦も楽も彩りとなる折々の庭仕事」を綴る松本路子さんのガーデン・ストーリー。
第1章
都会のバルコニーでバラを育てて生活が変わった
“バラの園”というにはあまりにささやかな場所だが、60鉢のバラがいっせいに花開く5月。そこは私にとって最高のバラ空間となる。25㎡のバルコニーのあるマンションの最上階に移り住んだのが26年前。何もないがらんとした空間を前にしてひらめいたのが、そこをバラで埋め尽くすこと。
当時、鉢植えのバラは一般的ではなく、特につるバラは「困難」「ノー」というのがおおかたの専門家の意見だった。それでも大きなプランターを運び込んで、10株の苗木を植えたのが、事の始まりである。
圧巻だったのは、2年目の5月だった。つるバラが2mにも成長し、枝一面に花をつけた。初夏の風に吹かれ、花に囲まれたテーブルで好きなミルクティーを味わうひととき。それは至福の時間となった。
実はその頃、学生時代から20年間ともに暮らした連れ合いを突然亡くし、ひっそりと過ごす生活が続いていた。仕事の現場では精力的に動き回っていたが、一人暮らしを始めたその自宅は、電話番号さえ誰にも知らせず、まさに隠れ家だった。
それが写真を撮ってカードをつくったことがきっかけで、親しい友人たちがバラを見に来るようになった。以来、花の最盛期になると「バラの宴」と称して、シャンパンに花びらを浮かべて楽しむ会が今も続いている。
鉢植えのバラ栽培については、それに適した土づくりや、休眠期に行う土替えのタイミングなど、まさに試行錯誤の連続だった。それでも一鉢も枯らさずやってこられたのは、私の生い立ちと無縁ではないだろう。
父の仕事の関係で、伊豆の熱帯植物園の敷地内で育ち、家の庭には数株のバラが植えられていた。特に教わったわけではないが、父の庭仕事を見ていたことや、常に植物が身近にあったことから、植物の声を聞き取る力を得ていたのかもしれないと、今にして思うのだ。
第2章
バラづくりを続けて見えた、次へのステップ
バラを中心に季節の花々の栽培を始めて十数年が経った頃、初めてのエッセイ集『晴れたらバラ日和』を出版した。バラづくりは趣味の領域にとどめるつもりでいたが、新聞のエッセイ連載をきっかけに、私なりのバラ文化へのアプローチができるのでは、と思い始めたのだ。
バルコニーでの交遊録(友人たちとのバラを介しての交流によって私は元気になっていった)、さらに名前にまつわる物語など、それまで綴る人がほとんどいなかった事柄を中心に、私のバルコニー園芸の第2章は始まった。
マンションのバルコニーでは、ほぼ10年に一度の割合で、防水工事が行われる。すべてのコンテナを一度外に運び出して、工事終了後に元の位置に戻すという作業。7m以上にも伸びたつるもあるので、大仕事だ。
すでに2回ほど経験したが、そのタイミングに数鉢の苗を里子に出すことにしている。友人たちの庭にもらってもらうのだ。60以上の鉢は置けないので、ニューフェイスのためのスペースづくり。別れはちょっと淋しいが、友人たちが開花の様子を写真で送ってくれるので、それもまた楽しい。
バルコニーという限られたスペースでの庭仕事は困難もあるが、建物の4階に位置しているので、風通しや陽当たりもよく、害虫・病気が少ないというよい面もある。25年間無農薬で栽培しているので、花びらをシャンパンとともに飲み干したり、バラ風呂などができるのも自家栽培ならでは。
何よりもありがたいのは、季節の花々、レモンやパッション・フルーツの収穫などが、暮らしとともにあることだ。開花や果物の収穫の瞬間のときめき、苦も楽も彩りとなる折々の庭仕事を、写真とともに綴ってみたいと思っている。
*写真は2018年の5月のバルコニーから。
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Credit
写真&文 / 松本路子 - 写真家/エッセイスト -
まつもと・みちこ/世界各地のアーティストの肖像を中心とする写真集『Portraits 女性アーティストの肖像』などのほか、『晴れたらバラ日和』『ヨーロッパ バラの名前をめぐる旅』『日本のバラ』『東京 桜100花』などのフォト&エッセイ集を出版。バルコニーでの庭仕事のほか、各地の庭巡りを楽しんでいる。2023年現在、造形作家ニキ・ド・サンファルのアートフィルムを監督・制作中『秘密のバルコニーガーデン 12カ月の愉しみ方・育て方』(KADOKAWA刊)好評発売中。
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