バラは美しく妖艶な魔法使い──。あでやかな花の色で人の心を虜にし、甘い香りで夢心地へと誘う。そして咲いては散り、散っては咲いて、バラに恋焦がれる人を身悶えさせる……。今回は、幼い頃、バラに魔法をかけられ、バラとともに一生を送ることになった一人の幸福な男の物語──。

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運命の赤いバラ

父親が庭で育てていた一株の赤いバラ。それが彼の生涯を決定する花となった。

鈴木省三(1913〜2000)──。

世界的なバラの育種家となり、“ミスター・ローズ”と呼ばれた彼は、数多くの新種のバラを作出したが、その中でもとりわけ香りがよく、今も多くの人に愛されているバラがある。

資生堂のオードパルファムになった芳香バラ‘芳純’がそれだ。

父も母も花が好き

鈴木省三は大正の初期、東京の小石川で幼年時代を送った。父は陸軍省の技術本部で大砲の弾道の研究をしている技術者。大の植物好きで、家族を月1度、近くの東京帝大付属小石川植物園に連れていくのを趣味としていた。母もまた園芸好きで、縁日があるたびにいろいろな草花を買い込んできては庭に植えて楽しんでいた。

その庭にあったのが、父が大切にしていた四季咲きの赤いバラ──。省三は後年、次のように回想している。

「そのバラはわが家の女王だった。花が咲く時期になると、家族みんなが幸福感を味わった」

鈴木省三(1913〜2000年)

バラ園を開設

花の好きな両親の影響を強く受けた省三は、東京府立園芸学校(現・都立園芸高校)に入学。造園・果樹・育種学などを学んだが、とくに心惹かれたのが育種学だった。

卒業後は数年間の修業時代を経て、1937年、弱冠24歳で世田谷の奥沢に「とどろきばらえん」を開設する。

太平洋戦争が始まると、海軍衛生兵として出征。戦局が悪化し、食糧不足が深刻化する中、全ての土地の農地への転用命令が出され、「とどろきばらえん」の土地も危機に瀕したが、妻の晴世が近所の農家から野菜を買って国に供出し、省三のバラのコレクションを必死になって守った。

焼け跡のバラ展示会

戦地から帰還した省三は、1948年、新宿御苑の福羽発三、佐々木尚友、小石川植物園の松崎直枝らに働きかけ、銀座の資生堂ギャラリーで「第1回バラ展示会」を開催した。

敗戦から3年。誰もが生きるのに精一杯で、花を愛でる余裕などあるはずもないと思われていた時代だった。

だが、意外にもバラ展示会は大反響を呼び、省三のもとには感謝の手紙が殺到する。

戦災の爪痕がまだあちこちに残っている中で開かれたバラ展。それは戦後の困難な生活と懸命に闘っていた人々に、大きな希望と勇気を与えたのだった。

バラを志す者は

現在の京成バラ園。

1959年、省三は京成バラ園芸の初代研究所所長に就任。

「バラを志す者は、絵と音楽に親しまなければならない」

と語り、クラシック音楽の演奏会のチケットを買っては研究所の職員たちに配った。自身も演奏会やオペラの公演によく出かけ、美術展にもしばしば足を運んだ。

「英語はできて当たり前。そのほかに何かもう一つ外国語を知っておいたほうがいい」

というのも持論だった。

省三は米国人から3年間、個人授業を受け、欧米の育種家やバラのコレクターと直接話せるくらいの英語力を身につけていた。

“ミスター・ローズ”

ハンブルクのバラ・コンクールで第3位を獲得した‘天の川’。

省三は「とどろき」時代に、すでに20種の新種のバラを作出していたが、その中の一つ‘天の川’が、1962年、ハンブルクのバラ・コンクールで第3位を獲得した。これは国際コンクールへの日本からの初参加で初受賞という快挙だった。

さらに1972年には、京成バラ園芸に移ってから作出した‘聖火’がニュージーランドの国際バラ・コンクールで南太平洋特別金星賞を受賞したほか、‘乾杯’や‘希望’もコンクールで相次いで受賞。省三はバラの育種家として世界的に有名になり、海外のメディアからは“ミスター・ローズ”と呼ばれるようになった。

‘希望’
‘聖火’

オードパルファム『芳純』

そんなある日、資生堂の調香師・中村祥二、香り分析担当の蓬田勝之らからなる研究チームが省三のもとを訪ねてきた。

当時、資生堂はブルガリア産やトルコ産の濃厚でむせかえるような香りのバラではなく、さわやかで軽やかな甘さを持った、上品な香りのバラを使った化粧品をつくろうとしていた。

省三と資生堂チームの共同研究が始まり、約1,000種のバラから香りのいいバラ200種を選抜。それを7種類まで絞り込んだ。

そして結局、最終的に選ばれたのが、省三が1981年に作出した‘芳純’だった。

その後、試験栽培と香りの分析研究が行われ、資生堂は1986年、オードパルファム『芳純』の発売にこぎつけた。

香水との違いは?

香水とオードパルファムの違いは、香料の含有量の差で、香水は15〜30%。それに対し、オードパルファムは15〜18%。香料の含有量が少ない分だけ、価格は手頃。しかし、香りの持続時間は香水よりやや短くなる。

省三は自分の作出したバラがフレグランス製品になったことがよほど嬉しかったらしく、資生堂が商品をリリースしてからしばらくの間は、会う人ごとにオードパルファム‘芳純’をプレゼントしたという。

資生堂ばら園シリーズ「オードパルファム RX」。天然の香り成分が含まれている。

バラとともに歩んだ生涯

省三は1990年、多花性で甘い香りがある淡いピンク色のバラを作出。長年自分を支えてくれた妻への感謝をこめて‘晴世’と命名した。

折しも二人は結婚50年。金婚式を心待ちにしている妻・晴世への何よりの贈り物となった。

バラをこよなく愛し、全生涯をバラに捧げて生きた鈴木省三。“ミスター・ローズ”は京成バラ園芸研究所所長から顧問に退き、2000年1月に他界した。86歳だった。

バラ‘芳純’

バラ‘芳純’は前述したように、1981年、鈴木省三による作出。四季咲き性で、素晴らしい香りのあるサーモンピンクを帯びたローズ色の花が咲く。花径約14㎝。早咲きで花つきがよい。生育は旺盛。樹形がコンパクトなので鉢植えにも向いている。

宮沢賢治が愛したバラ

‘グルス・アン・テプリッツ’

ちなみに、省三が幼い頃に見て感激した庭の赤いバラは、1897年にハンガリーで作出された‘グルス・アン・テプリッツ’(和名「日光」)。宮沢賢治が栽培していたことで知られている。

省三は京成バラ園芸時代、賢治の故郷・岩手県花巻市から、この思い出のバラをプレゼントされた。

Credit

文/岡崎英生=文筆家、園芸家

記事協力/京成バラ園芸
ご紹介した品種中、「芳純」「乾杯」「希望」「聖火」のバラ苗は、京成バラ園芸にてお買い求めいただけます。
http://www.keiseirose.co.jp/

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