飽くなき好奇心が生み出すカオス楽しい庭。鳥取県・いなばや邸 畑のへりガーデン編【乙庭Styleの庭巡り2】
トロピカルな植物から懐かしい素材、ナチュラルな宿根草など、分類の垣根を取り去った植物セレクトで話題のボタニカルショップのオーナーで園芸家の太田敦雄さんが注目する庭巡りシリーズ第2回。今回は、鳥取の実験的ボーダー植栽をレポートします。植物選びに“マンネリ”しているあなたへ、庭の面白さや植物の可能性のアンテナを刺激する、新たな世界観をお届けします。
目次
いなばやさんご夫妻の新しい実験的ボーダー植栽、「畑のへりガーデン」
私が「日本で最も面白い庭の一つ」と思い崇敬している、鳥取県のいなばやさんのお庭レポート。前回記事「前庭 蚊園編」に続き、2回目は、現在進行形で、いなばやさんの新しい植栽実験が行われているボーダー植栽、「畑のへりガーデン」を、いなばやさんご自身の撮影による写真とともにご紹介します。
オーナメンタルグラスや宿根草を使った植栽を志向されている園芸家の皆さんに、多くの刺激と励みを与えてくれることでしょう。
「蚊園」から「畑のへりガーデン」へ
いなばやさん邸の前庭「蚊園」は、前面道路の拡幅工事に伴い、残念ながら将来的に敷地が縮小予定とのことで、蚊園の変遷と回顧も含めて前編記事でご紹介しました。
ここ数年で、いなばやさんの植栽は、オーナメンタルグラスや宿根草を組み合わせた、よりダイナミックなランドスケープ観へと向かっています。そして植栽のメインステージも、前庭の「蚊園」から、農業を営んでいるいなばやさんの畑の縁(へり)を利用した長大なボーダー植栽「畑のへりガーデン」へと移行しつつあります。
「蚊園」が英国のグレート・ディクスターやベス・チャトー・ガーデンなど、偉大な独創性と持続可能な植生的視点を併せ持った庭からのインスピレーションを反映した庭であるのに対し、「畑のへり」は、世界の注目を集める植栽家、ピート・アウドルフ(Piet Oudolf)さんに代表されるような、オーナメンタルグラスと宿根草を中心としたナチュラリスティックなペレニアル植栽手法への傾倒が見て取れるのが大きな特徴。
ヨーロッパと比較して年間降水量が多く、夏の高温多湿も厳しい日本では、欧米でよく植栽に使われる宿根草でも、同じようには育てにくいものも多いです。「畑のへりガーデン」では、日本の気候にも合う植物が、いなばやさんの高い栽培経験値で選りすぐられ、日本でも持続可能な宿根草ボーダーガーデン、あるいは新しい植生のような植栽空間が作られています。
また、ヨーロッパの植栽を追いかけるにとどまらず、「蚊園」から引き継がれる従来のいなばやさん独自の個性的な植物セレクトも色濃く反映されており、もはやヨーロッパ人デザイナーには真似のできない、日本の気候にカスタマイズされた、オリジナリティと実験性溢れるボーダーガーデンとなっています。
ピート・アウドルフさんの植栽に見られるような、冬季落葉性の宿根草やグラス類を用いて、四季の中での植物の動的な成長変化や、秋冬のオーナメンタルな枯れ姿も含めて観賞対象とする植栽。この流れは「ナチュラリステック・プランティング(Naturalistic Planting)」とも呼ばれ、世界的な広がりを見せています。
しかし、ヨーロッパと大きく気候が異なる日本では、ヨーロッパの植栽をそのまま再現するのはとても難しいことです。そして、いかに新しい・美しい植栽をお手本にしても、トレンドをそのまま真似していては、流行の後追いで面白くないですよね。
「畑のへりガーデン」では、現代ヨーロッパの植栽シーンに刺激を受けつつも、魅力的な植物が日本の気候下で持続的に栽培可能かという検証に加え、日本の気候でも元気に育つ宿根草やグラスも組み込んで、ヨーロッパにはない新しい植栽の試みも同時に行われています。
たとえば上写真では、自生のチカラシバの白緑穂個体から特に美しいものを選抜したり、昭和の農家の庭先植栽を彷彿させるオオケタデ(左上奥)、リキヌス ‘ニュージーランドパープル’ の掌状の巨大銅葉など、日本の植生や昭和園芸へのノスタルジー、コンテンポラリーなカラーリーフまで織り交ぜつつ、独自の言語体系で現代ヨーロッパのナチュラリスティックな植栽トレンドにも相通じる風景を生み出しています。
「畑のへりガーデン」でくり広げられている実験的な植栽は、日本における真の意味でのナチュラリステックプランティングの最前線を見ているようで、個性と探求心がもたらしてくれる園芸の楽しさを感じさせてくれます。
では、季節に沿って「畑のへりガーデン」の変化と見どころを観賞していきましょう。
冬 12~1月
セピアや黒褐色に乾いていくグラスの穂や宿根草のシードヘッドなど、オーナメンタルな枯れ姿のシルエットや造形美、微妙な枯れ色のニュアンスを楽しむ季節。
グラスの穂も、秋の「咲いている」生の状態から初冬にかけての「枯れゆく」過程、そして冬のドライな枯れ姿とでは、ニュアンスが確実に違います。種子が稔ってもすぐには刈り詰めずに、枯れ姿のオーナメンタルさをポジティブな美と捉えて観賞するのは、ベス・チャトーさんやピート・アウドルフさんの植栽がもたらした大きな植物観賞価値の転換ですよね。
植物図鑑などを見ても、植物が生き生きしている生育期や開花期の写真しかありません。
冬を植物の枯れ姿で演出する。じつは、それぞれを育てて、植物の一生の姿を知っている園芸家でないと、なかなか創り出せない手法、光景なんですよね。
それぞれの植物の枯れ姿の静物的なシルエットや微妙な枯れ色の違いを楽しむ冬の庭。散りゆく紅葉の動的な儚さとはまた異なる、枯れ野のような静寂感に浸れます。
冬の間も緑や花を絶やさないようにすると、園芸作業が年間通じて忙しいものになってしまいますよね。しかし、枯れ姿をポジティブに楽しんでしまおうと思えば、年末年始の慌ただしい時期に園芸作業に追われなくて済みますし、観賞と休養の両立ができます。なにかと忙しい現代人にとっては、メリハリがあって合理的な園芸の楽しみ方ではないでしょうか。
真冬~早春 2~3月
この頃になってくると、幾度かの積雪や寒風によって、宿根草たちの枯れ姿にも乱れが目立ってきますので、グラスや宿根草の枯れた地上部を短く刈り戻していきます。
春に向けてスパッと気分を切り替えて、一年をリセットするイメージですね。刈り込んでスッキリと作業しやすい状態にした上で、株分けや施肥をして春に備えます。比較的、他の園芸作業がヒマな時期に春の準備をチャチャッと済ませてしまう、ヨーロッパのナチュラリスティックな宿根草植栽で、しばしば用いられる合理的な手法です。
園芸をしていると、とかく年間通して観賞できる庭を目指してしまいがちかもしれません。「畑のへりガーデン」では、主な観賞期間を晩春~冬と限定することで、細々した園芸作業の手間を大幅に省力化しています。こういった大胆な割り切りも、身の丈で長く園芸を楽しむための省力化としては重要ではないでしょうか。
春 4~5月中旬
冬季落葉性の宿根草は、秋植えの球根類や一年草などと比べて芽吹きが遅めで、開花も晩春から初夏あたりからが見頃となってきます。
「畑のへりガーデン」でも、一般的に「園芸シーズン」といわれる4~5月中旬の時期は「他人に見せる」という観点からすると、植物たちが芽吹きたてで、比較的花も少なく、まだシーズン前の状態です。
しかし、庭主のいなばやさんにとっては、4月の芽吹きや5月の新緑、ジャーマンアイリスやオリエンタルポピーといった早咲きの花など、春は生命の息吹きを感じられる歓喜のシーズンであることに変わりはありません。庭主が独占で浸ることができるプレビュー期間ですね。
初夏以降は、植物同士がひしめきあって圧倒的なボリューム感で迫ってくる「畑のへりガーデン」の植栽。園芸家目線で見ると、芽吹きたての春は、各植物の植え付け株間の取り方などが分かり、とても勉強になる時期でもありますね。
初夏 5月下旬~6月
春バラのハイシーズンが過ぎた5月下旬~6月にかけて、多くの宿根草が開花ラッシュを迎え、「畑のへりガーデン」の最初の見頃が到来します。
それぞれの植物の花が少しずつ時期をずらして開花が進んでいくため、毎日が違った風景となり、一年で最も日々の変化に富んだ、美しく、楽しい時期です。
キク科の植物やグラス類など、一見「野」の雰囲気を感じさせる植物も多いですが、エキナセアのような「ボタン状」の花、ベロニカストラムのような「スパイク状」の花など、花序のシルエットをバラエティ豊富に展開することで、散漫にならず語彙力の深い植栽を作っています。
グラス類も「尾状」、「針状」、「糸状」など、さまざまなシルエットの穂が宿根草の花と巧みに組み合わされています。
一見「野」的ではあるけれど、見るほどに「人が脚本を書き、自然の懐で植物が演じる世界」が作られているのを感じさせられます。
それぞれの植物のキャラクターが際立ちつつも、総体としても美しく、そして複雑に融合した植栽風景が、写真ではなく時間軸を持った映画のように展開されていきます。
ピート・アウドルフさんが自身のドキュメント映画「FIVE SEASONS」の中で語る「これは自然の中で見たいけど、決して見られない景色なんだ」というセリフを地で行くような植栽風景です。
夏 7~9月中旬
初夏の宿根草開花ラッシュからバトンタッチするように、暑さの中でぐんぐんと勢いを増していくカンナなどの大型プランツが、見事なフォーカルポイントになっていきます。
初夏と秋冬の「畑のへりガーデン」にピート・アウドルフさんのイメージが重なるのと対照的に、夏の「畑のへりガーデン」は、グレート・ディクスターのエキゾチックガーデンを彷彿とさせる「芸術は爆発」的な、人の脚本を超えた、植物の計り知れない役者力が感じられますね。
通常の宿根草ガーデンだと、真夏には花が少なく緑ばかりになって風景が平坦になり、そして植物も暑さ疲れして見どころが少なくなりがちです。
「畑のへりガーデン」では、むしろ夏に元気になる植物を多く組み込むことで、初夏からのシーン転換が上手に図られていますね。
また、夏を元気に越せる丈夫な植物の中から、個性の際立ったものを慎重にセレクトすることで、酷暑期に植物が枯れてしまう心理的負担も少なく、作業の手間も大幅に軽減することに成功しています。
美観と省力化の両立。園芸を長く続けていく上での大きなヒントを与えてくれますね。
秋 9月下旬~11月
グラス類の穂、ノゲイトウ、アスターなど、晩夏から秋咲きの花が揃い、初夏とはまた違った宿根草の見頃シーズンとなります。
「畑のへりガーデン」の秋の風景には、秋咲きの花や穂だけでなく、初夏~夏に咲いたルドベキアなどのドライオーナメンタルな花がらや、盛夏を越して巨大に育ったカンナやリキヌスなどのエキゾチックさも加わります。
初夏~秋のモチーフが重層化されることで、季節を多重録画したような複雑なハーモニーに。
そして秋の深まりとともに、風景は次第にセピアみを増し、生きた庭からドライオーナメンタルな庭へと遷移していきます。
そして、最初の静的な初冬のシーンへと回帰しますが、次にやってくる冬は、去年とは違う冬。庭のありようは、成長したり進化を遂げたりしています。
いなばやさんのお庭を見ていると、つくづく、庭は生き物であり、そして完成のない人生のアートだと感じます。一瞬のシーンでは捉えられない変化や動きに真の見どころがある、常に二度と訪れない、代えがたい体験を与えてくれる庭。
実際の庭は、絵ではなく、時間とともに変化していく植物と光の諸相なんだと実感させてくれます。
一生をともにできる庭というのは、そういうものではないでしょうか。これからのいなばやさんの庭の動向からも目が離せませんね。
「季節を通して何かが起こっていないといけない。庭は変化をしていくものだから。」
(ピート・アウドルフ 植栽家 1944 – )
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Credit
写真協力/いなばや
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