トロピカルな植物から懐かしい素材、ナチュラルな宿根草など、分類の垣根を取り去った植物セレクトで話題のボタニカルショップのオーナーで園芸家の太田敦雄さんが注目する庭巡りシリーズ第1回。今回は、鳥取の庭をレポート。植物選びに“マンネリ“しているあなたへ、庭の面白さや植物の可能性のアンテナを刺激する、新たな世界観をお届けします。

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乙庭Styleの庭巡り

これまでの本連載「ACID NATURE 乙庭Style」では、私 太田敦雄の視点で選んだ植物や自身で手掛けたデザイン案件をご紹介してきました。今記事からスタートする新企画「乙庭Styleの庭巡り」では、個人・公共問わず、私以外の方がつくった「これはっ!」と思う刺激的なお庭をご紹介します。

鳥取・いなばや邸「蚊園」
今回紹介するいなばやさんのお庭「蚊園」の初夏の見どころ オオヒレアザミ(2013年撮影)。

お花いっぱいの洗練された美しいお庭の紹介とは視点を変えて、「好奇心と独創性あふれる」刺激的で興味深いお庭をご紹介していきたいと思います。

第1回は、鳥取県のいなばやさんご夫妻の庭

第1弾は、私の20年来の園芸友達でもある、鳥取県のいなばやさんご夫妻の庭(本名でなく、親しみと敬意を込めて、あえてハンドルネームで呼ばせていただきます)を、キャラクターの異なる2つのエリアに分けて、2回シリーズで紹介します。

鳥取・いなばや邸「蚊園」
可憐なガーデニング花材ばかりでなく、ディクソニアのようなコゴミのダイナミックはシダ葉、花モノとして対等に扱われるツバキやヤマブキ、果ては銅葉のカラシ菜(中央右)や迷彩柄に樹皮が剥離するカリンの幹(左上)までも鑑賞射程に入れる「引き出しの多い」植栽(2003年撮影)。

本記事の写真は、特記ない限り、いなばやさん撮影の画像をお借りしています。

前編は、私が勝手に「日本のグレートディクスターガーデン」と敬愛している、「蚊園」と呼ばれるいなばやさん自邸前庭。

鳥取・いなばや邸「蚊園」
少し「空間の歪み」を感じさせるリアルアンティークな雰囲気満点の納屋と、前景の生命力溢れる植栽のコントラストが英国の唯一無二の名園「グレートディクスター」を感じさせます(2014年 撮影: 太田敦雄)。

次回後編は、オーナメンタルグラスを積極的に活用した、現在進行形の実験的なボーダーガーデン「畑のへりガーデン」を紹介します。

鳥取・いなばや邸「蚊園」
多彩なグラスと宿根草使いへと進化した「畑のへりガーデン」の植栽(2019年11月撮影)。

どちらも、いなばやさんの止まるところのない好奇心と行動力と植物愛が存分に発揮された、カオティックで楽しい、唯一無二の独創性に満ちたお庭です。

私といなばやさんは、毎年、植物の交換などもしてお互いを刺激し合ってきたので、いなばやさんのお庭にもいなばやさんテイストに読み替えられた「乙庭っぽい要素」があると思いますし、乙庭の植栽もいなばやさんからたくさんの影響を受けています。

鳥取・いなばや邸「蚊園」
「グレートディクスター」のエキゾチックガーデンを彷彿とさせる「蚊園」のトロピカル植栽(2013年撮影)。乙庭由来の銅葉のカンナ ‘オーストラリア’ と煤っぽい紺色のコロカシア ‘コールマイナー’ 、そして私が知る限り、「蚊園」の植栽が日本でのブレイクのきっかけになった、濃銅葉のリキヌス ‘ニュージーランドパープル’ (左上)の素晴らしい共演シーン。

そういった面も含めて「乙庭Styleの庭巡り」第1回にふさわしいゲストと思います。1980年代を輝き抜けた夭逝のファッションデザイナー、熊谷登紀夫さんの言葉「混ざり合っているものほど強い」を地で行っているようないなばやさんの庭。こうして私が紹介できることをとても嬉しく思います。

「蚊園」への記憶

いなばやさんのお庭を語るにあたり、この20年程度の私といなばやさんとの関わりについて触れたほうが分かりやすいでしょう。

私がweb経由でいなばやさんと知り合ったのは、2001年のこと。今は昔、折しもイングリッシュガーデンブーム全盛、ネット掲示板が賑わっていた頃でした。

当時からリーフプランツや植物による新しい言語的な表現を見つけたいと思って、いろいろな植物を実験的に植えて試していた私は、パロット咲きチューリップ‘ロココ’の頽廃美とか、植物が演じる舞台劇のようなドラマティックな一瞬を写真におさめ、それに短い言葉を添えて細々と発信していました。

チューリップ ロココ
旧・乙庭でのチューリップ ‘ロココ’ 。写真タイトルは「美食家」 (2003年撮影:太田敦雄)。

バラやジギタリスなどが咲き乱れる華やかな庭を志向している大勢の園芸家の方から見ると、当時としては結構アウトローあるいは異端的な存在だったように思います。正直、孤独な趣味の園芸家駆け出し時代でした。

紫キャベツやセリンセなど
旧・乙庭での紫キャベツのつぼみやセリンセなどの植栽 。写真タイトルは「祝祭」 (2003年撮影:太田敦雄)。

そんな中、いなばやさんをはじめ、決して数は多くはないのですが、私の植物観に興味を抱いてくださった園芸家の方がいらっしゃり、そういった方々との交流を経て、初心者趣味園芸だった私は多くの勇気をいただき、植栽家としての現在の私があるのだと思います。

イングリッシュローズのつぼみ
(2003年撮影:太田敦雄)

あるとき、私が掲載した、当時の日本ではほとんど見ることのなかったオオヒレアザミ(Onopordum acanthium)と、それに怯えるようなイングリッシュローズのつぼみの画像(写真上)をいばなやさんが気に入ってくださり、いなばやさんにオオヒレアザミの種子をお送りしたのが初期の交流でした。

鳥取・いなばや邸「蚊園」 オオヒレアザミ
「蚊園」でのオオヒレアザミの雄姿。お手本にしたい、まさに「完成形」ですね。

もともと農業を営んでいて、私よりも植物栽培が上手ないなばやさんのもとで、その後オオヒレアザミはいなばやさん独自の組み合わせで発信され、個性的なアーキテクチュラルプランツとして市民権を得ていきました。今や、いなばやさんの庭の代名詞のような植物です。

「蚊園」と呼ばれるいなばやさん自邸の前庭。「蚊」って、園芸家にとっては、どちらかといえばネガティブなワードですよね。そこを自分の庭の一要素として逆手にとらえてしまうのも面白いところ。庭の名付け方一つ取ってみてもユーモアにセンスを感じます。

鳥取・いなばや邸「蚊園」
葉柄が食用に利用される コロカシア・ギガンテア(=ハスイモ)Colocasia gigantea

植物選びにしても、食用のハスイモを観葉植物のクワズイモのように見立てたり、オーナメンタルグラス見立てで粉やビール用の麦を使ったり、雑草のチカラシバから美しい白緑穂の個体を選りすぐって使っていたり、その一方で美麗なバラやトロピカルなオーナメンタルプランツや日本の山野草も分け隔てなく組み合わせてしまう、引き出しの多さと自由奔放さ!

鳥取・いなばや邸「蚊園」オオムギ
オオムギのオーナメンタルグラス使いなんて普通なかなか思いつきませんよね。しかも2005年頃にはそれを実践してて、まさに先駆的!

一見カオスのようにいろんな植物が植えられた庭なのですが、それが全く不自然でも窮屈でもなくて、それぞれの植物が元気に、自由に生きてるように見えるんですね。

鳥取・いなばや邸「蚊園」
(2007年撮影)

お行儀よい見た目のよさにはとらわれず、何かもっと大胆かつ大らかな上位概念で導かれた、「人と植物による新しい植生」とでもいうような、底知れぬ創造の業が感じられるんです。

植物や、園芸の楽しさを庭を通して伝えることができる、真の園芸愛好家だと思います。

「蚊園」の記録

では、いなばやさん撮影による「蚊園」名場面と、念願叶って私が「蚊園」を拝見させていただいた2014年6月の写真で、いなばやさん邸 前庭「蚊園」をレトロスペクティブしてみましょう。

位置関係から説明しますと、道路から入って左手すぐのカラッと日当たりのよい場所は、比較的水やりの手のかからない乾燥に強めの植物を用いてメドウ風の植栽がなされています。

鳥取・いなばや邸「蚊園」
敷地入り口付近のメドウ風植栽。日本でも野生化しているムシトリナデシコ(Silene armeria)や当時だととても珍しかったメリアンサス・マヨール(Melianthus major)などがさりげなく、分け隔てなく植えられているところに「新しい植生」的な審美眼を感じますね(2007年撮影)。

そのメドウを背にして反対側には、とても象徴的なリアルアンティークな納屋があり、その手前には宿根草やカラーリーフ樹木を使った曲線的なボーダーガーデンがあります。

鳥取・いなばや邸「蚊園」
(2014年撮影: 太田敦雄)

斑入りダンチクなど大型のグラス類なども用いたワイルドでダイナミックな植栽と、納屋とのコンビネーションがとても印象的です。小洒落たガーデンシェッドではないところに「オーセンティックな風格」を感じますね。

メドウから進んだ先に、いなばやさん自邸の母屋があり、その母屋の前庭が「蚊園」のメインステージになります。

鳥取・いなばや邸「蚊園」
2007年春の蚊園。チューリップなどが咲きつつも、傍にはマニアックなユーフォルビアや刺々しい珍アザミコレクションが鎮座し、見れば見るほど「ただならない」雰囲気。

遠路が巡らされていて、上写真奥のイロハカエデのあたり、言い換えるとメドー植栽の奥に当たる道路寄りのエリアは、樹木が木陰をつくるシェードゾーン。母屋側の日当たりのよいエリアは、いなばやさんの果敢な植栽実験が行われる、もっとも蚊園らしいゾーンとなります。

このシェードゾーンも、いなばやさんならでは「懐の深さ」を感じさせるエリアです。いなばやさん自身の選抜による、ほぼアルビノに近い斑入りイタドリ(Fallopia japonica  ‘Variegata’  下写真)や、

鳥取・いなばや邸「蚊園」
(2014年撮影:太田敦雄)

爬虫類の皮革のような葉模様が目を引く珍しいハッカクレンの仲間(下写真)などなど

鳥取・いなばや邸「蚊園」
(2014年撮影:太田敦雄)

個人庭の植栽ではなかなか見られないとても珍しいものもあれば、日本の山で普通に見られるようなコゴミやオシダなどもあり、それらが何の区別もなく、さりげなく同列に扱われ植えられているんですね。

知らない人ならふと通り過ぎてしまうほど自然だし、植物を知っている人ほど、一つひとつの植物に釘付けになってしまうようなディープな植栽。「珍しい植物がある」というよりも「植物のあり方自体が珍しい」というオリジナリティの領域です。

鳥取・いなばや邸「蚊園」
(2014年 撮影:太田敦雄)

上写真、園路を挟んで右側と奥はシェードゾーン、左が母屋側の日向ゾーンになります。環境を読んで明確に植物を使い分けているのが分かりますね。

「蚊園」の日向ゾーンは、いなばやさんの植栽のメインステージ。毎年大きく手が加えられ、その時々のいなばやさんが感じられる場所でした。

下写真は2005年夏。雑穀の「モチ粟」に派手縞柄のカンナ ‘ダーバン’ や赤×黒のハゲイトウなどを合わせています。

鳥取・いなばや邸「蚊園」もち粟

「モチ粟っ?」、オーナメンタルグラスの認知度が高まっている2020年代においても、世界的に見てこの発想を持てる人はなかなかいないでしょう。ましてや2005年ですから。発想の創造性が突き抜けています。モチ粟、ボリューム感のある穂で、アバンギャルドなだけでなく、審美的にもイケてますよね。

続いて、「蚊園」の代名詞の一つ。豪棘のアザミ類。

鳥取・いなばや邸「蚊園」アザミ類
(2005年撮影)

上写真中央がオオヒレアザミ(Onopordum acanthium)。左手前の花が咲いているものがガラクティテス・トメントーサ(Galactites tomentosa)、写真左上がマリアザミの白花品種 ‘アドリアナ’(Silybum marianum ‘Adriana’)。3種とも独特の個性が際立ったオーナメンタルリーフプランツですね。

乙庭から渡ったオオヒレアザミをはじめ、ガラクティテス、マリアアザミも、当時交流のあった各地の庭友達からの種子が「蚊園」に集結し、いなばやさんのもとで一堂に会しました。3種ともほぼ一年草扱いの植物ですが、長年経った今でも維持されていて、この組み合わせを見るにつけ、2000年代初頭の園芸仲間との交流を思い出します。

鳥取・いなばや邸「蚊園」
(2013年撮影)

2013年頃には、熱帯的植物がもたらす未視感とオーナメンタルグラスや宿根草のワイルドな「野」っぽさとの融合が見られるようになってきました。「自然界ではあり得ないのだけれど、今日の日本の環境であれば、比較的持続可能なギリギリライン」を攻めた植栽ですね。私も同じような植物観の変遷を経ているのでとても共感する部分です。ヨーロッパ発のオーナメンタルグラス&ペレニアルプランツのムーブメントをそのまま受け入れるのではなく、環境に合ったアプローチの模索といえるでしょう。とても装飾的に見えながら、より日本の気候に馴染んでナチュラルなんて、批評性に富んでいますよね。

鳥取・いなばや邸「蚊園」
(2013年撮影)

上写真のチカラシバ(Pennisetum alopecuroides)の白緑穂個体も、いなばやさんが自身で見つけ出してきたもの。チカラシバは、日本でも自生しており、見方によっては「雑草」ですよね。それを、「日本の環境に合ったオーナメンタルグラスの美麗選抜個体」という風に見方自体を転換できるところが、とてもイノベイティブだと思うんですね。

組み合わせを見ても、「あっ、いなばやさんの庭だ」と分からせる象徴的なリキヌス(トウゴマ) ‘ニュージーランドパープル’ と、日本の昭和期の園芸を彷彿させるオオケタデ(Persicaria orientalis 上写真左上)をヨーロッパの植栽でよく見られるペルシカリア・アンプレキシカウリスの巨大版のように見立ててあり、独創的かつ大胆かつ緻密。人真似では成し得ない思慮深さが感じられます。

鳥取・いなばや邸「蚊園」
2005年には、オオケタデはサルビアやルドベキアなどの花モノと一緒に使われていました。同じボキャブラリーを使っていろいろなことを伝える多彩な表現力がありますね。
鳥取・いなばや邸「蚊園」
(2017年撮影)

2017年頃からはさらに「植物的観賞も含めたトロピカルフルーツ」への憧憬モードも加わってきて、耐寒性のバナナや、パパイア(Carica papaya 上写真左上)、南米アンデス地域原産のトマト近縁のフルーツ タマリロ(Solanum betaceum 下写真)なども新メンバーとして加わり、さらなる「未知の庭」への進化実験が続けられています。

鳥取・いなばや邸「蚊園」
(2020年1月撮影)

こだわりがありつつも、凝り固まらずに常にオープンエンド。好奇心全開で変化・進化し続ける、私が知る限りでも、日本で最も前衛的で園芸を楽しむマインドを持った、尊敬すべき園芸家です。

鳥取・いなばや邸「蚊園」

この「蚊園」と呼ばれるいなばやさん邸前庭は、前面道路の拡張工事で縮小される予定で、現在はあまり手を入れていないとのこと。ここ数年は、オーナメンタルグラスや宿根草への飽くなき・深き探究心から、「畑のへりガーデン」と呼ばれるロングボーダーガーデンへと、いなばやさんの植栽の舞台が移行しつつあります。

次回は、その「畑のへりガーデン」について、乙庭視点で解説をしていきます。お楽しみに! 

鳥取・いなばや邸「蚊園」

「好奇心は力強い知性の最も永久的な特性の一つである。」
(サミュエル・ジョンソン 詩人・文学者 1709 – 1784)

Credit


写真&文/太田敦雄
「ACID NATURE 乙庭」代表。園芸研究家、植栽デザイナー。立教大学経済学科卒業後、前橋工科大学で建築デザインを学ぶ。趣味で楽しんでいた自庭の植栽が注目され、建築家とのコラボレーションワークなどを経て、2011年にWEBデザイナー松島哲雄と「ACID NATURE 乙庭」を設立。著書に『刺激的・ガーデンプランツブック』(エフジー武蔵)。オンラインショップでは、レア植物や新発見のある植物紹介でファンを増やしている。
「ACID NATURE 乙庭」オンラインショップ http://garden0220.ocnk.net
「ACID NATURE 乙庭」WEBサイト http://garden0220.jp
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