「私の庭・私の暮らし」食と香りの楽しみに満ちた庭 新潟・渡辺邸〈Watanabe Garden 蔵〉

新潟県燕市にある〈Watanabe Garden蔵〉は、オーガニック栽培のハーブガーデン&カフェ。オーナーの渡辺公子さんは10年かけて、更地だったこの場所に、和や洋のハーブをはじめ、野菜や果樹など、100種ほどの植物が健やかに育つ庭をつくってきました。庭で収穫される、さまざまな花や葉、果実は、お茶やスイーツとなって、古い蔵を改修したカフェで提供されています。食と香りの楽しみがいっぱいの庭生活をご紹介します。
目次
香りの植物に魅せられて

植物が好きで、中でも香りがある植物が大好きという渡辺さんは、ハーブやアロマテラピー、スパイスについて、長い間学んできました。約200坪の庭は、そんな彼女の、いわば香りのコレクション。和と洋のハーブをはじめ、葉や花の香りを楽しめる、さまざまな植物が植わっています。「食いしん坊だから食べられるものばかり」とご本人が笑うように、果樹や野菜もたくさんあります。

「いろいろ植えても育たず、残らないものもあります。土地と気候に合ったものが生える、自然体の庭です」。その言葉通り、ナチュラルで開放感のある庭には、食べられる植物と観賞用の花々が入り交じって、健やかに茂っています。訪れた6月中旬は、バラが咲き残る中、ハーブティーに使うコモンマロウの花が美しく咲き、ジューンベリーやマルベリーの実が美味しそうに色づいていました。

庭はレンガや枕木を敷いた通路によって、いくつかのゾーンに仕切られています。バラと宿根草、地中海沿岸のハーブ、キッチンガーデン、ベリー類の果樹、アジサイと和のハーブ、蔵カフェ前の和の植栽、といった具合ですが、ゾーンごとに囲っているわけではなく、全体が一つにつながっています。
カフェに来たお客さんは、小道を通って奥に建つ蔵へと向かいますが、歩いていくと、野原のようだったり、森のようだったり、庭は少しずつ表情を変えていきます。

庭の手入れは、頼りになる2人のスタッフと一緒に行っています。それから、渡辺さんの愛犬、パピヨンのレナちゃんも庭仲間。勝手知ったる我が庭、という様子で、あちらこちらに行くレナちゃんは、まるで庭の調子をチェックしているかのようです。

庭の新しいシーズンが始まるのは、雪が解ける3月。近年、新潟の冬は雪が積もったり、積もらなかったりと年ごとに変化がありますが、長く厳しい冬を乗り越えて、植物は芽吹きの時を迎えます。4月になると、青い絨毯をつくるクリーピングタイムや、ジューンベリー、プルーンといった果樹の花が咲き始めて、寂しかった庭が再び彩りを取り戻します。それから、外周のフェンスにぐるりと這わせた白いモッコウバラを皮切りに、バラや宿根草が咲き始め、ハーブ類の茂る7月までが草花の見頃となります。
バラは全体になじむように

バラは、‘春霞(はるがすみ)’、‘粉粧楼(ふんしょうろう)’、‘エブリン’など、20種ほどがありますが、全体の景色に溶け込めばよいという考え方で、品種選びに強いこだわりはありません。つるバラをパーゴラやアーチに絡ませ、花壇ではブッシュローズを白や青系の宿根草と合わせて、優しい雰囲気の景色をつくっています。

収穫を楽しみに育てているのは、香り高いダマスクローズ。花びらを水蒸気で抽出してローズウォーターを作ったり、乾燥させてハーブティーに使ったりします。

渡辺さんの花壇には、オルレアやシャクヤクなど、観賞用の一年草や宿根草に交じって、赤い実が美しいレッドカラントのような小ぶりの果樹や、クローブピンクやフラックスといった可愛らしい花のハーブが交じります。

クローブピンクはクローブのような香りを持つ、カーネーションの古い原種の一つ。英国ではかつて花びらが酒の風味付けに使われ、現在でもエディブルフラワー、ドライフラワーやポプリの材料に使われます。ドライにすると香りが弱くなるので、どう使おうか思案中です。

可憐な青い花は、茎の繊維がリネンの材料となるフラックス。種子の粉は西洋の民間療法で薬として使われ、種子からは亜麻仁油が採れます。
生活に役立つ植物があちこち顔を覗かせる、ハーブに詳しい渡辺さんならではの花セレクションです。
地中海沿岸のイメージで


庭の中央にあるのは、ローズマリーやセージといった、地中海沿岸に生えるハーブを中心にしたゾーンです。中心に、高さをもたらすオリーブとジューンベリーの木々が立ち、その足元にハーブが広がります。

ここは乾燥気味の砂地にしてあり、肥料もほとんど与えていません。料理用に使うコモンセージやコモンタイムの他に、観賞用として、特徴ある黄色い花を咲かせる園芸種のエルサレムセージや、淡いピンクのペンステモンが植わって、彩りを与えます。


楽しみを育てるキッチンガーデン


キッチンガーデンの区画には、ハーブ類や葉物野菜が育ちます。コモンマロウやフェンネルといった背の高いハーブが見上げるほどの高さに育つ一方で、足元ではローマンカモミールが清楚な白い花を咲かせます。

NPO法人ジャパンハーブソサエティーのハーブインストラクターの資格を持ち、ハーブに詳しい渡辺さんですが、「書物から学んだことを参考にしながら、実際に植物を育てて、庭から学ぶのは大切なことですね」と言います。庭づくりを始めて10年。さまざまな経験を積んで、ようやくこの頃、植物の実や葉の使い方を、感覚で判断できるようになってきたそうです。


ここには造形の面白いアーティチョークやアカンサスも生えています。アーティチョークは食用にするためには肥料がたくさん必要なので、あくまで観賞用。これ何? と、訪れた人の目を引く花姿を楽しんでもらっています。


庭には日本に自生する和のハーブもあります。フキ、ドクダミ、ミツバ、ヨモギなど、なんでも生えてくるとか。フキはフキ味噌に、ドクダミはチンキに、ヨモギはお団子に。渡辺さんは、昔ながらの日本の知恵や美味しさも、庭の恵みで楽しんでいます。

庭の脇には、ちょっと珍しいホースラディッシュ(セイヨウワサビ)も。ローストビーフの付け合わせで有名な、根っこを食べる多年草です。栽培が難しいのかと思いきや、意外と増えていきますよ、とのこと。
思いがけず始まった庭づくり
さて、渡辺さんの庭づくりは、11年前、ご主人が営む産婦人科医院に隣接する敷地が売りに出され、声を掛けられたことから始まりました。敷地は料亭が所有していたもので、かなり傷んだ古い蔵も残されていました。隣にアパートが建つのも味気ないし……と、とりあえず購入を決めたご夫妻。ご家族は、畑にでもしたらよいと考えていましたが、渡辺さんの心の中には、ここに庭をつくってみたいという気持ちが湧いていました。

それまでは鉢でハーブやバラを育てていましたが、本格的な庭づくりの夢が思いがけず実現することとなったのです。しかし、その道のりはなかなか大変でした。この土地は元々田んぼで、少し掘ると水が出てきてぬかるんでしまいます。残土を足したら、今度は石がごろごろと交じってしまいました。暗きょをつくるなど、整地や土壌改良には時間がかかりました。

ガーデンのデザインは、プロに依頼するととんでもない額になるというので、自ら挑戦してみることにしました。まず、中心となる通路を決めて、ゾーン分け。レンガ敷きの小道ができてくると植物のおさまりがよくなって、庭らしくなっていきました。

蔵でのカフェ営業も、最初から考えていたわけではありませんでした。庭は未熟だったものの、オープンガーデンを地元紙に紹介してもらったことで来訪者が増え、お茶を飲めるスペースがあればと思って、週2日のペースで始めました。そのうち、食事も出すようになり、現在は、講師を呼んで料理やクラフトの教室も開催。庭や手作りを愛する人々の交流の場として活用されています。
実のなる木の楽しみ


庭には、実のなる木もたくさん生えています。マルベリー(クワ)、プルーン、ブラックベリー、ラズベリー、ブルーベリー、クラブアップル、サンザシ、レッドカラント(フサスグリ)、などなど。カフェでスイーツに添えたり、ジャムにしたりして楽しみます。


プルーンは5年ほど実が生らず、実が生らないなら切っちゃうぞと思い切りよく剪定したら、ばっちり実がつくようになりました。樹木は剪定ができるように、三脚に乗って手が届く程度に大きさを抑えています。

秋に小さなリンゴのような実がつくクラブアップル。そのままでも食べられますが、甘酸っぱいため、渡辺さんはお酢につけて、リンゴ酢にして利用しています。サンザシやレッドカラントなど「何でもお酢に漬けちゃう」と渡辺さん。炭酸水で割ると、爽やかな夏の飲み物になります。
珍しい香りの木々

ゲッケイジュをはじめ、香りの木もいろいろとあります。ニッキは、渡辺さんの香り好きを知っているお友達が、珍しいものがあるよ、とプレゼントしてくれたもの。ニッキやシナモンの類は、香料としては樹皮や細根を使いますが、「じつは葉も香るんですよ」と、渡辺さん。爽やかでフレッシュ、でも、確かにニッキの香りがします。


7月にスミレ色の花を咲かせるのはセイヨウニンジンボクです。女性ホルモンを整える作用のあるハーブとして、西洋では使われてきました。花や葉が香り、実もラベンダーに負けない香り。ブレンドしてポプリにしています。

木をたくさん植えると、庭が混み合って大変なことになると忠告されましたが、いろいろな木が欲しいので、できるだけ小さくコンパクトに仕立てています。カイガラムシがつかないように風通しをよくするため、大きくなるたび剪定します。「剪定は大好き。楽しくて、ハサミを持ちだすと止まらなくなります。年中、飛び出してきたな、混み合ってきたなと、気づいたら切っています」と、渡辺さんは微笑みます。

繊細な花をつけるのは、息子さんの結婚記念にもらったリンデンの木です。結婚式で両親に花束贈呈をしたいと言われ、代わりに、憧れていたリンデンの苗木をリクエストしました。しかし、期待したリンデンフラワーはなぜかいくら待ってもつきません。調べてみると、もらった品種はナツボダイジュ。試しにフユボダイジュも植えてみると、こちらはすぐに甘い香りの花をつけました。

無農薬かつ有機栽培を目指して

多くの食べ物を育てているこの庭で、渡辺さんは、無農薬かつ有機栽培の、循環型の庭づくりに挑戦しています。抜いた雑草は、庭の隅にある堆肥コーナーの箱に入れて2年寝かせて庭に撒き、これだけでは養分が足りないので、燕市で無料配布している剪定堆肥や、牛糞堆肥で補います。化成肥料は使わず、有機肥料を使うのがポリシーです。

病気が出ても薬剤は使用しません。年に数回、米ぬかを撒いていますが、そうするとうどん粉病にかかりにくくなります。急な変化が起きるわけではありませんが、じわじわと植物が丈夫になる実感があるそうです。
生まれ変わった蔵のカフェ

古い蔵は、専門の職人さんによって1年がかりで改修が行われ、立派に蘇りました。新潟の伝統的な安田瓦を使って、広い下屋(げや、1階部分の小屋根)を新たに付けたことで印象ががらりと変わり、また軒下で作業ができるという利便性も高まりました。


蔵の前は、新潟市内の以前の家から運んだ、モミジの老木と大きな石を中心に、和風の植栽となっています。蔵とハーブガーデンがどうしたら馴染むのかと、しばらく悩みましたが、モミジと石の周りにギボウシ、ツバキ、ハギ、サカキなどを置いた植栽が、うまくつなぎの役割を果たしています。明るい葉色のフウチソウと、暗い紫の葉のディアボロがコントラストを生んで、よいアクセントとなっています。


「バラだけではなく、果樹などの実ものも多く、四季の変化が楽しい庭です。新緑が元気に育つ時、花や葉がきれいな時、秋の収穫、どの季節も嬉しいけれど、新潟の長い冬を乗り越えて、春の芽吹きを見つける時がやっぱり嬉しいですね。3月は最も寂しい時期ですが、何もなかった地面に新芽が出てきて、みんなまた元気に出てきたね、と再会する瞬間に、庭づくりをしていて一番の幸せを感じます。それが、新潟ならではかしら」。
植物を丁寧に育て、さまざまな恵みを得て楽しむ。渡辺さんの庭生活は続きます。

【Information】
Watanabe Garden 蔵
〒959-0235 新潟県燕市吉田旭町1-7-3(渡辺医院駐車場脇に入口) TEL:0256-78-7785
http://www.cl-watanabe.com/watanabegarden_kura.html
営業月 4~11月まで (12月~3月は教室開催のみで、通常営業は休み)
営業日 火~金、第2土曜、第4土曜 (祝日は休み)
営業時間 10:00~16:00
Credit
取材&文/ 萩尾昌美 (Masami Hagio)
早稲田大学第一文学部英文学専修卒業。ガーデン及びガーデニングを専門分野に、英日翻訳と執筆に携わる。世界の庭情報をお届けすべく、日々勉強中。20代の頃、ロンドンで働き、暮らすうちに、英国の田舎と庭めぐり、お茶の時間をこよなく愛するように。神奈川生まれ、2児の母。
写真/3and garden
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