早咲きのバラをめぐる物語〜その1【写真家・松本路子のルーフバルコニー便り】

都会のマンションの最上階、25㎡のバルコニーがある住まいに移って26年。自らバラで埋め尽くされる場所へと変えたのは、写真家の松本路子さん。「開花や果物の収穫の瞬間のときめき、苦も楽も彩りとなる折々の庭仕事」を綴る松本路子さんのガーデン・ストーリー。今回は、本格的なバラの最盛期を前にいち早く開花する品種とエピソードをご紹介します。
4月に開花するバラたち

わが家のバルコニーのほとんどのバラは5月になってから開花し、5月中旬に最盛期を迎える。だが、4月から花が開き始める早咲きのバラも何株かあり、そのほとんどは野生種か、それに近いバラである。季節を告げるこうしたバラが、わが家にやってきた由来を紐解くと、いくつかの物語が存在することに気づかされる。
ロサ・キネンシス・スポンタネア

ロサ・キネンシス・スポンタネア(Rosa chinensis var. spontanea)がわが家にやってきたのは最近のこと。ネット上でバラのサイトを展開している加藤淳子さんと知り合い、主に原種のバラを育てている彼女から贈られた。到来した3年前は20cmほどの苗だったが、今は1m以上に枝を伸ばし、花数もかなり多くなってきた。開花時期は早く、年によっては4月初旬のこともある。

花色が薄いピンクから徐々に濃い赤に変化する珍しい品種。さらに中国西南部に自生するこのバラの花弁だけが、世界でただ一つ鮮やかな赤色の花色素を持つ、という。かつてヨーロッパには、赤紫色のバラしか存在しなかった。18世紀末に中国からヨーロッパに渡ったチャイナローズが現在の真紅色のバラの元となったということは、まさにこのバラこそがすべての赤いバラのルーツであるといえるのだ。

長い間、「幻のバラ」とされていたが、日本人の植物学者でプラントハンターである荻巣樹徳さんが1983年に中国四川省でこのバラを新たに発見している。そうした功績で、英国王立協会からヴィーチ賞を授けられた。バラの歴史を物語る花として、貴重な存在だ。
ナニワイバラ

ナニワイバラが我が家にやってきたのは、23年前。以来、毎年白い大きな5弁の花を枝いっぱいに咲かせ、優美な姿を見せてくれる。この花は私と友人たちの間では「葉山のバラ」と呼ばれている。葉山に住む友人宅に何人かで遊びに出かけ、散策していた折、一軒の家の垣根にこのバラが一面に咲いているのを見かけた。

あまりの見事さにその家の住人に頼んで、30cmほどの枝をいただいて帰り、挿し木したのが始まりだ。その苗木数本が友人たちの家に行きわたり、旺盛な成長ぶりから「葉山のバラ」として親しまれ、今に至っている。

そのバラの名前は当時あまり知られておらず、父の本棚の古いバラ事典の写真から「ナニワイバラ」という名前を見つけたのは、それから4、5年経ってからだった。中国南部や台湾に自生する原種バラで、江戸時代、浪速の商人が苗木を取り扱ったので、日本ではこの名で呼ばれるようになったという。学名は「ロサ・ラエヴィガータ(Rosa laevigata)」で、花が一回り大きいブータンナニワイバラや、ピンク色の変種ハトヤバラがある。ベルギーのバラ園で、ビルマの名前がついたものを見かけたこともあった。
北アメリカでは野生化し、ネイティブ・アメリカンの部族の名前を冠した「チェロキー・ローズ(Cherokee Rose)」として知られている。日本でも四国、九州地方では野生化したものが見られるそうだ。
モッコウバラ

中国原産のモッコウバラには、白花と黄花があり、多く見られるのは八重咲きの黄モッコウ「ロサ・バンクシアエ・ルテア(Rosa banksiae‘Lutea’)」である。我が家にあるのは一重咲きの黄モッコウ「ロサ・バンクシアエ・ルテスケンス(Rosa banksiae‘Lutescens’)と、八重咲きの白モッコウ「ロサ・バンクシエ・バンクシアエ(Rosa banksiae var. banksiae)」の2種。7年前に『日本のバラ』という本を出版した時、江戸時代に日本に伝来したバラとして紹介した。その折、写真を撮影したお宅からいただいた枝を挿し木したものだ。

中国で最初に発見されたのは白花の八重咲きで、香りが強く「木香」という名がついたという。バラには珍しく棘がなく、園芸ブームに沸く江戸で特に好まれたそうだ。

タカネバラ

タカネバラは日本にのみ分布する原種バラで、主に本州の高山で見られ、学名の「ロサ・ニッポネンシス(Rosa nipponensis)」は、まさに「日本のバラ」を意味する。
『日本のバラ』の本を編集していた頃、千葉にあるバラ園で1輪だけ咲いているのを見つけて撮影することができたが、翌年にはその苗は見当たらなかった。
富士山の5合目付近で自生しているという話を聞き、撮影に出かけたが、そこでもほとんどの木は姿を消していた。私にとってまさに「高嶺の花」だった。

それが本を出版してすぐ、鎌倉に住むエッセイストの甘糟幸子さんのお宅に招かれた時、彼女の庭にタカネバラの苗木が2鉢置かれているのを発見。その出所を聞くと、長野の山中に自生していた苗で、知人から送られてきたものだという。甘糟さんに我が家のバルコニーから彼女が好きそうなバラ‘黒真珠’をお届けしたら、なんとその返礼に「タカネバラ」の鉢が届いた。
高山に自生するバラが、都心のマンションのバルコニーでどれだけ長らえるか心もとないが、以来毎年けなげに花を咲かせて、「高嶺の花」らしい凛としたたたずまいを見せている。
バラの季節を待ちわびて

こうした早咲きのバラたちは、その年によって最初に開花する種類が異なる。今年の一番乗りはどの花かと、毎年蕾の膨らみ具合を見るのが楽しみだ。来たるべきバラの季節に胸弾ませる、至福の時ともいえるだろう。
併せて読みたい
・写真家・松本路子のルーフバルコニー便り「小さなバラ園誕生! 初めの一歩」
・写真家・松本路子のルーフバルコニー便り「ベルギーゆかりのバラたち」
・松本路子のバラの名前・出会いの物語「ダーシー・バッセル」
Credit
写真&文/松本路子
写真家・エッセイスト。世界各地のアーティストの肖像を中心とする写真集『Portraits 女性アーティストの肖像』などのほか、『晴れたらバラ日和』『ヨーロッパ バラの名前をめぐる旅』『日本のバラ』『東京 桜100花』などのフォト&エッセイ集を出版。バルコニーでの庭仕事のほか、各地の庭巡りを楽しんでいる。2018-20年現在は、造形作家ニキ・ド・サンファルのアートフィルムを監督・制作中。
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