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多彩な八重桜を楽しむ【松本路子の桜旅便り】

多彩な八重桜を楽しむ【松本路子の桜旅便り】

旬の花との出会いを求めて、国内外の名所・名園を訪ね続ける写真家の松本路子さんによる花旅便り。今回は、‘染井吉野’の花が終わった頃から、桜のシーズンの終盤を飾る八重桜の美しい写真とともに多彩な品種とその由来をご紹介します。

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もう一つの桜の季節に輝く八重桜

‘染井吉野’
‘染井吉野’ 『京都・平安京の桜 その①』より

河津桜、寒桜、‘陽光’と早咲きの桜の開花が続き、‘染井吉野’の季節を迎える。国内の桜の約8割が‘染井吉野’とされるので、その満開時はまさに春爛漫。

新宿御苑の八重桜‘福禄寿’。
東京・新宿御苑で満開の八重桜、‘福禄寿’。

そうした‘染井吉野’の花が終わった頃、もう一つの桜の季節が訪れる。八重桜の登場だ。桜の花弁は基本的に5枚だが、10枚を超えると八重咲きと呼ばれる。八重咲きは雄しべが花弁状に変化したもので、いわば突然変異株なのだが、特に江戸時代にこうした変化が喜ばれ、観賞目的の栽培品種が数多く作出された。

‘妹背’
1つの花に雄しべが2本あり、果実も2個付く‘妹背’。

江戸の園芸愛好家たちは突然変異の結果生み出された変化朝顔を「芸をする花」と称え、その変化ぶりを競った番付表を作っている。それに倣えば、八重桜もまた、桜が芸を見せてくれる姿と言えなくもない。その多彩な芸を楽しんでみるのも一興だ。

関山(かんざん)

‘関山’

街や公園で見かける八重桜の代表的な栽培品種が‘関山’。紅色の花が鮮やかで、病虫害に強いことから広く植栽されている。江戸後期の記録にその名前が残されており、明治時代に78種類の桜が植えられた荒川堤の桜並木から全国に広まった。東京都内の新宿御苑には100本以上の‘関山’が植えられている。桜湯や桜餅にはこの花の塩漬けが用いられることが多い。

一葉(いちよう)

‘一葉’

‘関山’と並んでよく見かけるのが‘一葉’。花色は‘関山’よりやや淡く、満開時は木一面が白に近い色に染まる。雄しべが葉のような形に変化し、花の中心部分から突出する葉化現象が起こることから、この名前が付けられた。

新宿御苑の‘一葉’
東京の新宿御苑に咲く‘一葉’。

江戸後期から関東を中心に広まり、新宿御苑には140本ほど植栽され、多くが10mを超える大木となっている。

八重紅枝垂(やえべにしだれ)

八重紅枝垂れ

「枝垂桜」は野生の桜が突然変異して生まれたもので、平安時代以前から宮中や寺院で栽培されていた。江戸期になると八重の枝垂桜が作られ、「糸桜八重」などの名称で記録が残されている。京都の平安神宮に植栽された八重紅枝垂は、明治時代に仙台で増殖されたものだが、もともとは京都にあった品種なので、<里帰り桜>とも呼ばれている。

楊貴妃(ようきひ)

‘楊貴妃’

村上勉の『櫻守』という小説を読んで、その中に登場する「楊貴妃」という桜の描写に魅了された。いつか見てみたいと思っていたのが叶ったのは、かなり年月が経ってからだ。『東京 桜100花』という本を出版するにあたり、各地の桜を訪ね、京都の平野神社で満開の‘楊貴妃’に出会った。

平野神社の‘楊貴妃’
京都市北区にある平野神社に咲く‘楊貴妃’。平野神社では京都ゆかりの桜を中心に、約60の栽培品種が2カ月にわたり、次々と開花する。

中国・唐の時代に玄宗皇帝に愛された絶世の美女の名前を冠した桜は、古くから奈良にあり、一説には奈良・興福寺の僧玄宗にちなんで名づけられたとされる。その姿は期待に違わず妖艶で、風に揺らぐさまは、はかなく美しい。

泰山府君(たいざんふくん)

‘泰山府君’

中国の泰山に祀られた、寿命を司る神の名前を冠した桜。平安時代の貴族藤原成範(しげのり)が泰山府君に祈り、花の命が21日延びたという故事に由来する。自らを桜町中納言と称し、自邸にたくさんの桜を植えていたこの人物の物語は、世阿弥によって能の演目「泰山府君」となり、広く知られることとなった。

花の命が延びることを祈るのは、ゆく春を惜しむ気持ちからだろう。それとともに開花期間でその年の稲の出来具合を占ったという当時の人々の思いも偲ばれる。

普賢象(ふげんぞう)

‘普賢象’

白色の花弁の中心に葉化した雄しべが2本突き出ているさまを、普賢菩薩が乗る白い象に見立てて命名された。室町時代の文献にその名前が残されているが、現在見られる品種は江戸時代に作出されたものとされる。花と同時に伸びる紫がかった褐色の葉も美しい。

‘普賢象’

妹背(いもせ)

‘妹背’

1つの花に雄しべが2本あり、果実も2個付くことから、夫婦を現す言葉「妹背」と名付けられた。花の中央にもう1つの花ができる2段咲きが見られることもある。

平野神社の‘妹背’。
京都の平野神社に咲く‘妹背’。

原木は京都の平野神社にあり、佐野藤右衛門によって広められた。佐野藤右衛門は親子3代にわたり全国に桜を訪ね、貴重な品種を接ぎ木で増やすなど、絶滅寸前の桜を救う「桜守」として知られる。京都の佐野家の庭には130種約10万本の桜が植えられている。

福禄寿(ふくろくじゅ)

‘福禄寿’

紅色で縁取られた白色の大輪花で、花弁がねじれ大きく波打ち、木全体を覆うように彩るさまは見事。荒川堤から広まり、関東を中心に栽培されてきた。福禄寿は中国の道教で理想とされる幸福、財宝、長寿の三文字を現し、福禄寿尊はこれらのご利益を授ける神様として、広く人々の信仰を集めている。日本では七福神のうちのひとりとして知られる。

御衣黄(ぎょいこう)

‘御衣黄’

黄緑色の桜が一面に咲く光景に初めて出くわした時、ちょっとした衝撃だった。

その名は、平安時代の貴族が着用した衣(御衣)の萌黄色に見立てて付けられた。江戸中期に京都で栽培されていた記録が残るが、それ以前から知られていたようだ。独特の花色が珍重され、荒川堤から全国に広まった。同じ黄緑色の桜‘鬱金’(うこん)と系統的には近縁とされるが、‘御衣黄’は花に緑色の筋が入り、花弁に厚みがある。開花が終期にかかると花弁が紅色を帯びていく。

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