日本の夏の風物詩であるアサガオ(朝顔)は、春にタネを播く一年草で、日本には奈良時代に中国から渡ってきた植物です。日本で最も発達した園芸植物といわれ、英語で「ジャパニーズ・モーニング・グローリー」とも呼ばれています。観賞用の品種は大きく分けて「大輪朝顔」と「変化朝顔」がありますが、ここでは江戸時代に第1次園芸ブームが起き、現代には第4次ブームが到来中の「変化朝顔」について、2019年7月に行われた「江戸の花プロジェクト・園芸文化を守ろうセミナー 未来につなぐ朝顔文化〜SEASON3」(主催:園芸文化協会)の講演内容からダイジェストしてお届けします。
目次
変化朝顔を次世代へ! 愛好家に栽培され続けた普及の歴史
アサガオは、遡ること約1,200年前の奈良時代に中国から渡来し、下剤の効果がある薬として使われながら、観賞用としても栽培が始まりました。それまでは花や葉の変化は数えるほどしかなかったところ、18世紀の中頃、現在の岡山県で「松山朝顔」や「黒白江南花」と呼ばれた絞り咲きのアサガオが出現。それが京都や江戸に広まって、江戸時代後期の文化文政時代(1804〜1830年)には多くの変異が見つかるようになり、第1次栽培ブームが起こりました。
江戸時代の後期には、アサガオには見えないような形も観賞される第2次ブームが到来。その後、一時衰退したかと思われる中、明治30年代には東京を中心として、大阪、京都、名古屋などの都市で愛好会が結成され、それぞれが会報誌を出していました。ここで第三次ブームが到来。今残る当時の会報誌を見ると、実に変化に富んだ変化朝顔が存在していたことが伝わってきます。
上写真は、明治43年に発足した東京朝顔研究会に所属していた絵師、高輪其堂(たかなわ・きどう)が描いた変化朝顔の図です。葉が縮れたり、糸のように細かったり、花びらが細く切れ込んでいたり、細く枝垂れている種など、これがアサガオ? と驚かされる奇抜な形をしています。
園芸文化協会会長の小笠原左衛門尉亮軒さんの解説によると、他の絵師による図と比べ、ご紹介の高輪其堂が描いた変化朝顔は筆が細くとても繊細で、ルーペで見ても描きそこないがなく、見事にその姿を表現しているとのことです。
変化朝顔の名前(見立て名)
左図の青い花は、1段目の花の中央から、さらに上方へ立ち上がって2段目の花が出ています。これは「車咲牡丹(くるまざきぼたん)」と呼ばれる咲き方で、毎年50〜60鉢もの変化朝顔の栽培をする小笠原さんでも、形良く咲かせるのは難しいといいます。
変化朝顔は、各品種を示す名前も独特です。左図に添え書きされている「青雨龍葉納戸鳥甲噴上車咲牡丹」がこの品種の名前で、前半に葉の特徴を、後半では花の特徴を表しています。図の品種は、葉は、青雨龍(あおあまりょう)葉で、花は納戸(なんど=青色)鳥甲噴上車咲牡丹(とりかぶとふきあげくるまざきぼたん)であると示しています。
変化朝顔の花の見頃は8〜9月
九州大学大学院准教授、仁田坂英二さんの解説によると、明治43年には東京朝顔研究会が発足、それまで一般には入手が難しかったタネの会員への配布が始まり、昭和6年に東京の日比谷公園で初めて変化朝顔の展示会が開催されました。上写真右は、穠久会(じょうきゅうかい)という別の変化朝顔の愛好会によって、昭和7年、日比谷公園で行われた展示の様子です。上写真左には、8月18日や9月8日に展示された優秀花の様子があります。このように変化朝顔は大輪朝顔と比べて成長が遅く、8月の終わりから9月が開花のピークになります。
変化朝顔とは?
大輪朝顔も変化朝顔も、種子で増やす一年草ですが、変化朝顔には種子ができるものとできないものがあります。この種子ができるもの(正木)と、種子はできないが花の変化があるもの(出物)を同時に育てて、変化がある花を楽しみながら、変化を隠し持った親株から次世代のタネを採り、翌年播いて維持していくのが変化朝顔の栽培です。
●種子ができる=「正木(まさき)」=花や葉の変化が少ないがタネが採れるので、毎年同じ色や形を育てることができる
●種子ができない=「出物(でもの)」=変異が花や葉、茎などに現れて観賞価値が高い
この観賞用の「出物」を栽培するために、次世代に「出物」が生じる遺伝子を持っている「親木」を育てながらタネを維持し、再び出物を咲かせつつ、出物を隠し持つ親木を維持していくことが変化朝顔の栽培の楽しみの一つです。アサガオの栽培自体は簡単ですが、親木を残す識別作業を行わないと、出物が生じない「出物抜け」になってしまいます。
この識別作業(仕訳/しわけ)をするにあたって、「遺伝学的な原理を理解しておくと、その考え方がどの系統にも応用でき便利である」と解説するのが、アサガオの系統保存と形態形成遺伝子、トランスポゾンの研究を行っている九州大学准教授の仁田坂英二さん。
仁田坂英二さんの近著『変化朝顔図鑑』(化学同人刊)では、変異が生まれる仕組みや変化朝顔のバリエーション、栽培ノウハウなどが解説されています。奥が深い変化朝顔の知識を深めることができる一冊です。
九州大学のアサガオのページでは、教育目的や一般の栽培家に向けてもアサガオの種子の提供をしています。
変化朝顔の育て方1「芽切り作業」
変化朝顔は、発芽と生育に25℃以上の温度を必要とします。大輪朝顔に比べて少し遅い時期からタネ播きを開始しても大丈夫。6月以降、十分暖かくなってから播くとよいでしょう。また、変化朝顔のタネは水を吸いにくいので、発芽させるためにはタネを播く前に種皮にヤスリやナイフなどで傷をつける「芽切り」の作業が必要になります。
セミナー会場で配られたタネは、仁田坂先生の研究室であらかじめレーザー光を当てて「芽切り(発芽処理)」が行われています。上写真をよーく見ると、表皮にXが刻まれています(レーザー光照射による硬実種子の発芽改善方法および発芽改善種子の技術はタキイ種苗の特許技術です)。
1,500系統以上のアサガオの突然変異系統を保存する仁田坂先生が率いる九州大学大学院理化学研究院の生物学部門では、毎年多数のタネを播くため、レーザー光照射技術の使用許諾をタキイ種苗から得て、芽切り作業を時短しています。
変化朝顔の育て方2「植え付けと日頃の手入れ」
植木鉢やプランターに市販の培養土を入れ、種子を深さ1〜15cm程度埋め、土をかぶせて水やりします。発芽までは用土が乾かないように気をつけましょう。
芽が出たら日が当たる場所に置き、朝、夕たっぷり水をやります。日が当たる時間は1時間程度でも大丈夫ですが、短日植物なので、夜に街灯などの明かりが当たらないかも確認するとよいでしょう。つるが伸びてきたら、あんどん型の支柱などに誘引します。つるが伸びすぎたら先端を摘んで、脇芽を伸ばすのも一つの方法です。
肥料は、用土にあらかじめ元肥として固形肥料などを混ぜておくか、週に1回程度、薄めた液肥を水やりと同時に施すのもよいでしょう。
変化朝顔の育て方3「タネ採り」
7月下旬〜8月下旬の間は、花が次々と咲きますが、高温のためタネはほとんどできません。9月になるとタネがつき始めるので、茶色く色づいたらさやごと採取して陰干しします。完全に乾いたら、さやからタネを取り出して封筒などに入れ、乾燥剤の入った瓶や密封容器に入れて、冷蔵庫で保存します。
1〜2年に一度、乾燥剤を交換すれば長期間保存することもできるので、必ずしも翌年にすべてのタネを播かなくても変化朝顔の栽培はできます。変化朝顔研究会副会長の伊藤重和さんによると、乾燥剤を入れて45年保存ができたという例もあるそうです。
江戸の花、朝顔文化を知らせるセミナー
ここでご紹介した内容は、朝顔栽培の旬の季節を迎えた2019年7月6日、東京・日比谷コンベンションホールにて行われた「江戸の花プロジェクト・園芸文化を守ろうセミナー 未来につなぐ朝顔文化〜SEASON3」(主催:園芸文化協会)の講演内容からダイジェストしてお届けしました。
第1部は、小笠原左衛門尉亮軒さんによる「明治の朝顔図の名人、高輪其堂が描いた変化朝顔肉筆画三帖を見尽くす」。第2部は仁田坂英二さんによる「変化朝顔の仕分け」、第3部は、小笠原さん、仁田坂さん、伊藤重和さんの3名によるトークセッション「変化朝顔の育て方 栽培の極意中の極意」。
併せて読みたい
・夏庭に涼を呼ぶ変化朝顔「江戸風情」
・どんな花が咲く? 変化朝顔をタネから育ててみよう
・芸をする朝顔【写真家・松本路子のルーフバルコニー便り】
Credit
文/3and garden
ガーデニングに精通した女性編集者で構成する編集プロダクション。ガーデニング・植物そのものの魅力に加え、女性ならではの視点で花・緑に関連するあらゆる暮らしの楽しみを取材し紹介。「3and garden」の3は植物が健やかに育つために必要な「光」「水」「土」。
取材協力/園芸文化協会
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