新しい元号「令和」の出典となった万葉集の歌には、梅や蘭といった植物が詠まれています。これを機に、日本の伝統園芸の持つ新鮮な魅力を見つめ直してみませんか? ここでは、梅雨時に咲く艶やかなハナショウブについて、品種のバリエーションや育て方を、ベテランガーデナーの遠藤昭さんに案内していただきます。
目次
見直される日本の伝統園芸
「初春の令月(れいげつ)にして、気淑(よ)く風和(やわら)ぎ、梅は鏡前の粉を披(ひら)き、蘭は珮後(はいご)の香を薫らす」
新しい年号「令和」の出典である万葉集の歌では、「梅」と「蘭」が登場し、令和時代は、日本の古典園芸が見直される予感がする。平成時代は「イングリッシュガーデン」に圧倒されてしまった日本の伝統園芸だが、しかしそこには、西洋の園芸にはない魅力が存在する。それは、日本の気候風土と日本人独特の感性のきめ細やかさ、奥ゆかしさが創り出した芸術的な美しさだ。長い歳月をかけて作出されたさまざまな品種には、文学的な名前が付けられ、詩歌にも歌われて、当時の園芸愛好家たちの知的レベルの高さがうかがえる。
梅雨の煌き ハナショウブ
さて、これから迎える梅雨に咲く花といえば、紫陽花とともに、忘れてはいけないのがハナショウブ。ニホンサクラソウのように、何となく年寄り臭いイメージを持つ人が多いかもしれないが、ニホンサクラソウ同様に奥が深いのだ。これから初夏は、各地の植物園でハナショウブ展が開催されるタイミングなので、ぜひその魅力を再発見してほしい。
定年退職してからの植物園勤務を契機に、ツバキ、サクラソウ、サツキ、ハナショウブ…と、季節とともに伝統園芸の洗礼を受け、そして、日々さまざまな園芸相談も受けているのだが、自分の脳内で、園芸世界が宇宙誕生のビッグバンの如く爆発しているような感覚である。園芸世界は宇宙のように広く果てしない。その宇宙のような世界でも、燦然と一等星のように輝く星の一つが、ハナショウブなのだ。
ハナショウブは梅雨空のもとでも、碧空のような鮮やかな青色系を中心に、華麗優美な花姿を見せてくれる。江戸時代を中心に、日本各地で数多くの品種が育成され、その数は2,000種以上とも、また咲き方や絞り、覆輪の組み合わせを含めると5,000種以上ともいわれるほど。梅雨時のしっとりとした風情と、多彩な花の形や花弁の色・柄のバリエーションが魅力の花だ。
ハナショウブとよく似た花の見分け方
ハナショウブは、よくアヤメやカキツバタ、ショウブ、さらに最近はジャーマンアイリスとも混同されるようだが、それぞれ違いがある。まず、ショウブは菖蒲湯に使用されるもので、花はガマの穂のような形状をしており、観賞に向く花ではない。ハナショウブは、葉がショウブに似ていたので、ハナショウブと呼ばれるようになったとのこと。
花を見て、よく似た花を咲かせるアヤメやカキツバタと見分けるには、花弁の根元に注目するとよい。ハナショウブは花弁の根元に黄色い部分が見える。アヤメは花弁に独特の網目模様が見える。カキツバタは花弁の根元に白い目のような模様が見える。一方、最近、増えているジャーマンアイリスは、花が大きく派手で、ハナショウブの持つ独特な繊細さや、しっとり感がない。
上の3枚はジャーマンアイリス。黒花はカッコいいが、しっとりとした優美さはない。
そして、ハナショウブの花の特徴は、花弁の根元に黄色い部分が見えることだ。
‘勇獅子’という江戸系で垂れ咲きの六英花。花弁の根元が黄色いことが分かる。
種類豊富なハナショウブの系統と品種
ハナショウブの品種は、大きく分けて、花の咲き方と、かつて栽培が盛んだった品種の育成地で分類されることが多い。
花の咲き方は、花弁を基準に、「三英咲き(さんえいざき)」と呼ばれる3枚の花弁が大きく目立つものと、6枚の花弁が広がる「六英咲き(ろくえいざき)」、そして「八重咲き」などがある。
また、品種の育成地によって、「江戸系」、「伊勢系」、「肥後系」の3タイプに大別されるが、これらの交配種もあり、さらに、種間交配によって育成された黄花品種や、アメリカなど海外で育成された品種もある。
江戸系のハナショウブ
江戸中期頃に初のハナショウブ園が葛飾堀切に開園し、歌川広重によって堀切のハナショウブが築山などと共に浮世絵に描かれた。浮世絵を通して、江戸系のハナショウブは屋外で遠目に観賞されていたことが分かり、屋内で観賞する肥後系や伊勢系とは異なる特徴が生まれたと考えられる。こうした観賞方法にも品種改良の方向性が見え、江戸系は色とりどりの多彩な色調で、鉢植えより庭植えにして群生させると映える品種が多いそうだ。
‘相生’。三英咲き(さんえいざき)と呼ばれる3枚の花弁が特徴。
伊勢系のハナショウブ
一方、伊勢系や肥後系は、屋内観賞用に品種改良が重ねられた。伊勢系のハナショウブは花弁が垂れるのが特徴で、伊勢ナデシコ、伊勢ギクと共に、伊勢三花と呼ばれるに至った。花弁が3枚の三英花(さんえいか)が多い。
肥後系のハナショウブ
肥後の国(現在の熊本県)で室内観賞向きに栽培されてきた品種である。肥後熊本藩主細川斉護が、藩士を菖翁のところに弟子入りさせ、満月会によって現在まで栽培・改良が続けられている。門外不出という会則を現在も厳守している点が、他系統には見られない掟である。花が大きく豊潤な印象で、花弁が6枚の六英花(ろくえいか)が多い。
長井古種系のハナショウブ
江戸に持ち込まれる以前の原形を留めたものとされ、江戸後期からの品種改良の影響を受けていない、江戸中期以前の原種に近いものとされている。長井古種系と他系の品種を掛け合わせて作られた新品種を「長井系」としている。
その他の品種
ハナショウブには、日本国内だけでなく、海外で改良された品種もある。下の2つはアメリカで作出された品種だ
ツバキなどと同様に、海外で育種された花は、大ぶりのものが多い印象だ。
ハナショウブの育て方
ハナショウブを育てるにあたっては、次のようなポイントを押さえておこう。
水やり
菖蒲園を見学に行くと、ハナショウブは水に浸かった状態で栽培されているので、ハナショウブは常に水に浸かっていないといけないと考えがちだが、これは主に修景効果のためであって、じつは水に浸けておく必要はなく、鉢植えや花壇で育てることができる。ただし、つぼみを持ってから開花期の間は水分を十分に必要とするので、鉢を腰水につけておくとよい。展示の修景効果とも一致するわけだ。
用土
用土は赤玉7、腐葉土3とする。市販の草花用培養土でもよい。
施肥
植え付け、株分け時には与えないが、根が安定した秋以降の施肥は必要。秋の彼岸頃に株を太らせるために施肥すると、翌年、よい花が咲く。早春の芽が出る頃の芽出し肥、花後のお礼肥も忘れずに。
育て方のポイント
定期的(鉢植えは毎年)な植え替え、施肥、そして、特に花の時期は乾燥に弱いので、十分に水やりをする。
ハナショウブの増やし方
ハナショウブを増やす前に、まず、伝統園芸品種の増やし方の鉄則を覚えておきたい。ニホンサクラソウにしてもハナショウブにしても、品種保存のためには、交雑を避けるために種子繁殖は行わず、株分けで増やすのが基本だ。
株分けの時期は花後の7月。今年咲いた芽には来年は咲かないので、切り捨てる。他の芽を切り分け、7号鉢に3芽ずつ植え付ける。その際、根を切らないように注意する。この時、株の表と裏があるので、葉脈が1本ある表を内側、裏を外側にして、鉢の中心に浅植えにする。元肥は、株分け時には与えなくてよい。植え替え直後は、特に水切れに注意が必要。
株分け作業の手順
株分け作業は次の通り。
- 花後に鉢から株を取り出し、根鉢を崩して棒などで突きながら土を落とす。
- 株を切り分ける。その際、今年咲いた花芽は翌年は咲かないので切り捨て、葉を長さ25cmほどに切り詰める。
- .鉢の表面につける名札が紛失した場合に備え、鉢の底にも名札を入れる(一緒に埋めておけば、万が一名札が紛失しても、掘り起こせば判明するのだ)。そして、その上に鉢底石を入れる。
- 鉢底石の上に、用土を入れる。ハナショウブの表裏を確認し、植え付けの向きを決める。ハナショウブは裏側から芽が出るので、植え付けの際は裏を外側に。表裏は葉の葉脈の有無で見分け、葉脈が1本走っているほうが表。
- 植え付けの向きを確認したら、7号鉢に3芽ずつ、浅めに植え付ける。そして、根が隠れる程度まで用土を足して植え付け終了。葉はまとめて縛っておくとよい。
植え付け後は水切れしないように注意し、しっかりと根付くまで養生させる。
平成時代はガーデニングブームだったが、令和の時代は、万葉から平成の悠久の歳月で培われた、さまざまな日本の園芸文化が進化し、花開くことを願っている。さて、ハナショウブは、みなさんにとっても令和の星になれるのだろうか?
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Credit
写真&文/遠藤 昭
「あざみ野ガーデンプランニング」ガーデンプロデューサー。
30代にメルボルンに駐在し、オーストラリア特有の植物に魅了される。帰国後は、神奈川県の自宅でオーストラリアの植物を中心としたガーデニングに熱中し、100種以上のオージープランツを育てた経験の持ち主。ガーデニングコンテストの受賞歴多数。川崎市緑化センター緑化相談員を8年務める。コンテナガーデン、多肉植物、バラ栽培などの講習会も実施し、園芸文化の普及啓蒙活動をライフワークとする。趣味はバイオリン・ビオラ・ピアノ。著書『庭づくり 困った解決アドバイス Q&A100』(主婦と生活社)。
ブログ「Alex’s Garden Party」http://blog.livedoor.jp/alexgarden/
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