中世イタリア領主の命を奪った「ジギタリス」の危険な秘密

William Curtisの植物学雑誌Curtis's Botanical Magazine, Volume 47より
植物といえば、花の美しさや緑の木陰など、私たちにとって心地よい面ばかりが注目されがちです。しかし、時に危険な秘密のほうが人を惹きつけるもの。ここでは身近に見られるガーデンプランツの中から、人を死に至らしめるほどの毒性を持つ植物を紹介します。妖しい魅力を放つ毒草の世界を堪能してください。
禁帯出 ガーデン毒草図鑑
ジギタリス

名称:ジギタリス
英名・別名:foxglove、キツネノテブクロ
学名:Digitalis
科:ゴマノハグサ科(APG分類体系:オオバコ科)
有毒部位:全草
有毒成分:強心配糖体(ジギトキシン、ジゴキシンなど)
征服者を死に追いやった植物

1329年7月22日。中世イタリア、トレヴィーゾの地で、ある有力な領主が死を迎えました。その人の名はカングランデ・デッラ・スカーラ。都市国家・ヴェローナの君主にして、周辺諸国にも影響力を持ち、『神曲』を著した詩人ダンテの有力なパトロンでもあった人物です。カングランデはこのときまだ38歳。ヴィチェンツァ、パドヴァ、トレヴィーゾを征服した僅か数日後、絶頂期にある中での突然の死でした。
この死は長く生水に起因した感染症によると考えられてきました。しかし、2015年に遺体を調査したところ、ある植物毒の成分が検出されたのです。そして死の直前に記録されている発熱を伴う嘔吐や下痢といった症状も、その植物による中毒症状と高い一致を示しました。そのため、現在では、致死量の植物毒を摂取したことによる毒殺の疑いが強まっています。では、この征服者を死に追いやった植物とは、いったいなんだったのでしょうか?
バラの下草としても人気のジギタリスとは
この植物こそがジギタリス。そう、一歩ガーデンに出れば無垢な様子で花を咲かせている、あのジギタリスです。美しい花姿からガーデナーに広く愛されているガーデンプランツですが、実は全草にジギトキシンなどの強心作用のある毒性物質を含む危険な有毒植物。口にしてしまった場合、摂取後数時間で嘔吐や胃腸障害、めまい、不整脈などの中毒症状を起こし、最悪の場合は心臓機能が停止して死に至るという恐ろしい猛毒を持っています。近年でも、ジギタリスを口にしたことによる中毒事件は、欧米を中心に発生しており、過去には日本でも、ジギタリスの葉を誤食したことにより心室細動により死亡するというケースが報告されました。
このように毒性の強いジギタリスですが、その葉は長く心臓病の薬として利用されてきた歴史もあります。きれいな姿の下に隠し持つ、人を生かすも殺すもできるほどの毒こそがジギタリスの魅力の根源かもしれません。そして危険な秘密が魅力を生むのは植物も人間も同じ。そんな人、あなたの周りにもいませんか?



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Credit

写真&文/3and garden
ガーデニングに精通した女性編集者で構成する編集プロダクション。ガーデニング・植物そのものの魅力に加え、女性ならではの視点で花・緑に関連するあらゆる暮らしの楽しみを取材し紹介。「3and garden」の3は植物が健やかに育つために必要な「光」「水」「土」。
参考文献/A medieval case of digitalis poisoning: the sudden death of Cangrande della Scala, lord of verona (1291–1329)
『邪悪な植物』エイミー・スチュワート著(山形浩生・守岡 桜訳 朝日出版社刊)
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