1970年代のアメリカで「オールドノリタケ」と呼ばれ、収集家たちに注目された陶磁器のなかには、バラが描かれているものも数多くあり、花好きな人にも一目置かれるテーブルウェアの一つです。自宅で数々のバラを育てる「日本ローズライフコーディネーター協会」の代表を務める元木はるみさんも、「オールドノリタケ」を愛用する一人。今回は、元木さんのコレクションとともに、その魅力と使い方をご紹介。また、横浜「そごう美術館」にて9月10日から開催される「オールドノリタケ」を中心とした展覧会についてもご案内します。
目次
オールドノリタケとは

「オールドノリタケ」とは、明治中期から第二次世界大戦期にかけて、森村組と日本陶器(現・株式会社ノリタケカンパニーリミテド)が製造販売した陶磁器です。アメリカの現地販売拠点であったモリムラブラザーズは、当時の欧米の顧客ニーズ情報をいち早く取り入れ、新しいデザインの陶磁器を次々と生み出していきました。そして1970年代になると、これらの陶磁器はアメリカの収集家たちによって「オールドノリタケ」と呼ばれるようになりました。
私とオールドノリタケとの出会い

十数年前にアンティークショップで出会った、とあるティーセット。手に取り、どこの洋食器かと思いバックスタンプ(裏印)を見ると、自宅でいつも愛用しているNoritakeの文字が。
小ぶりなカップに細やかなバラや草花の繊細な絵が描かれ、洋食器ではあるもののどこか優し気な雰囲気に惹かれて購入したこのティーセットが、今思えばオールドノリタケとの初めての出会いでした。
こちらは、かつてイギリスに輸出され、その後、理由は不明ですが、日本に戻ってきたもので、「里帰り品」と呼ばれているものです。

オールドノリタケのバックスタンプは、その歴史を物語るように、さまざまなものが存在します。日本陶器の元副社長・渡辺勝彦氏によって始められたそうです。
こちらのティーセットのバックスタンプは、「マルキ印」と呼ばれ、1911~1941年(明治44年~昭和16年)頃に、日本で商標登録されたイギリス向け輸出品に付けられました。
中央の「マルキ印」は、明治維新後の外国との商いが困難だった時代、「その困難を打破する」という思いが込められ、中央に矢が刺さったような絵柄になっています。そして「最後には無事に丸くおさまりますように」という願いが込められ、丸で囲まれているといいます。

このような、戦前の日本における近代産業の興隆と海外貿易を志した当時の人々の思いを知り、また海を渡った日本産の食器が、海外の食卓に彩りを添えていたかと思うと、とても興味が湧きました。それ以来、オールドノリタケについて学びながら、少しずつですが、気に入ったもの、特にバラが描かれているものを中心に集めていくようになりました。
バラが描かれたオールドノリタケのコレクション
少数ですが、コレクションの一部をご紹介したいと思います。
(*アンティークの性質上、本物と聞いて購入しておりますが、偽物が含まれている可能性もあることはご容赦ください)
「金彩小窓薔薇図両手付きクッキー入れ」

美しい金彩盛りが施されています。器のちょうど中央にロココ調の窓があり、その中にバラの枝が上方から枝垂れるように描かれています。アメリカからの里帰り品とのことです。

バックスタンプは、「M-NIPPON印」と呼ばれる、1911~1921年頃のアメリカ向け輸出品に付けられたものだそうです。
JAPANと書くものを、誤ってNIPPONとローマ字で書いてしまったとのこと。1921年以降は、JAPANに訂正されました。森村家の家紋「下がり藤」が、事業の発展の思いを込めて、上向きに描かれています。
「金彩小窓薔薇図花瓶」

最近、インターネットで、先にご紹介したクッキー入れとまるでお揃いのような花瓶を見つけました。

バックスタンプも、クッキー入れと同じものでしたので、同じ頃に製造されたものではないかと推測できます。


花瓶の口(写真左)は、複雑に折れ曲がった意匠です。実際にバラを活けてみると、花瓶の口の複雑な意匠が花茎を固定し、とっても活けやすいことに感動しました。
「金彩薔薇図飾り大皿」

自然に咲いているバラの姿を切り取ったような、上品な絵柄が美しい大皿です。葉の部分は、ぼかし技法が用いられています。アメリカからの里帰り品とのことです。

縁側には、金彩による細かなバラが無数に描かれています。

バックスタンプは、「サクラ印」と呼ばれるもので、1924~1935年頃のアメリカ向け輸出品に付けられたもののようです。

白地に金彩、バラ図のもので統一したオールドノリタケとバラを部屋に飾って。いつもは、キャビネットなどにしまいがちなオールドノリタケですが、時には花器として、バラを活けて活用しています。
「金彩薔薇図チョコレートカップ」

名称にあるように、チョコレート(ココア)を入れて飲むには憚られる美しいカップは、イギリスからの里帰り品とのことです。細やかな手作業で作られた金彩やバラの絵が、当時の技術力を物語っています。

バックスタンプは、「マルキ印」の中でも初期のもので、1900~1910年頃のイギリス向け輸出品に付けられました。蜘蛛に形が似ていることから、税関や船会社の間では「スパイダー・マーク」という愛称で呼ばれていたそうです。

花瓶代わりに、よく一輪のバラや小ぶりのバラを活けて飾っています。
「金彩薔薇図リーフ型ナッツディッシュ」

葉を思わせるフォルムのナッツディッシュ(おつまみ入れ)は、アメリカからの里帰り品とのことで、グリーンに金彩が映え、愛らしいバラが描かれています。

バックスタンプは、「ロイヤル・クロッキー印」と呼ばれ、1906~1921年頃のアメリカ向け輸出品に付けられました。
「RC」は、「Royal Crockey」の略で、高級磁器という意味。ヨーロッパからアメリカに輸入されていた焼き物の高級品のほとんどに、王室の許可を得てRoyalが付けられていたので、日本陶器も採用したとのことです。

水を張ったナッツディッシュには、バラを浮かべて活用しています。
「金彩薔薇ジュールグレイビーソース入れ&ディッシュ」

金彩のバラがいくつもあしらわれ、縁側には、ビーディング(金点盛り)、ジュール(エナメル盛り)も施されています。欧米では、ジュールは「まるで宝石のよう」と讃えられ好評を博したようです。



バラを浮かべたり、活けたり、花器として大活躍してくれています。
「金彩薔薇図ジュール花瓶」

濃いピンクの大輪剣弁咲きの美しいバラの絵に惹かれて購入を決めました。横浜の開港を機に、海外から入ってきた当時のモダンローズのような気品と優雅さを感じます。
花瓶の形も、当時欧米を中心に流行していたアールヌーヴォーの、流れるような曲線です。バラの絵も写実的で、その上に金彩が施され、色とりどりのジュールが散りばめられて、とても美しい逸品です。

バックスタンプは、「メープルリーフ印」と呼ばれ、1891~1915年頃の最も古いものといわれています。アメリカ向け輸出品に付けられたそうです。
「ラスター彩薔薇図両手付き花器&ディッシュ」

こちらは、これまでご覧いただいたオールドノリタケの雰囲気とはガラリと違い、デザインが抽象的、かつ直線的になっています。アールヌーヴォーに続いて流行したアールデコ様式で表現されています。このように、当時、欧米を中心に流行していたものを、いち早く商品開発に取り入れ、尽力なさった姿勢が見て取れます。
「ラスター彩」とは、アールデコの作品に多く採用された彩色の方法で、真珠状の虹彩や金属状の光沢などが表面に現れます。

バックスタンプは、1921~1941年頃の「M-JAPAN印」で、アメリカ向け輸出品に付けられました。
「アールヌーヴォーからアールデコに咲いたデザイン
オールドノリタケ×若林コレクション」展
さて、ご紹介しましたようなオールドノリタケの実物を観ることができる展覧会が、この秋(2022年9月10日~10月16日)に横浜の「そごう美術館」にて開催されます。この機会に、ぜひ、お近くでご覧いただきたいと思います。

本展では、オールドノリタケの陶磁器やデザイン画などが展示されます。アールヌーヴォーの華麗な絵付けを施された作品や、アールデコの可憐なモチーフが儚く咲いた作品など、欧米に学びながらも独創性を開花させた意匠、技法、器種を網羅する若林コレクションから、オールドノリタケのさまざまに咲いた色彩とデザインをお楽しみください。

展覧会の見どころポイント
◆ オールドノリタケの優れた技巧をご覧いただけます
明治工芸の細密描写は、近年大きな注目を集めています。明治輸出工芸の流れをくむオールドノリタケの職人たちは、欧米に学びながら、さまざまな技法を探求・駆使し、陶磁器を生み出していきました。本展では、オールドノリタケを構成する優れた技巧を、解説と共にご覧いただけます。
◆ オールドノリタケを4 つの観点から読み解きます
本展では、制作技法はじめ、作品に描かれたモチーフ、デザインの様式、陶磁器の器種と、4 つの観点(モチーフ/スタイル/テクニック/ファンクション)からオールドノリタケが紹介・解説されます。
◆ 華やかなオールドノリタケのテーブルセッティング
オールドノリタケの作品をコーディネートし、展示室内に華やかなアフタヌーンティーのテーブルが再現されます。テーブルセッティングは、横浜市在住のテーブルコーディネーター・竹内薫氏が担当。
◆「横浜」とオールドノリタケ
オールドノリタケには、横浜にゆかりある2人の人物が関わっています。森村市左衛門と大倉孫兵衛です。横浜で商売を行っていた2人は意気投合し、やがて義兄弟となりました。
2人の出会いと活躍は、オールドノリタケの発展に大きく貢献していくこととなります。
森村市左衛門(1839-1919)/森村組・日本陶器の創始者です。武具商に生まれましたが貿易商を志し、横浜において、舶来品を仕入れ、武家に販売する商いを始めます。こののち、アメリカに渡った弟・豊と共に、陶磁器の製造・輸出・販売を行っていくこととなります。
大倉孫兵衛(1843-1921)/江戸・日本橋の絵草子屋に生まれます。横浜では、外国人を相手に錦絵の販売などを行っていました。美術に関する優れた感性を生かして、主にデザインの面で手腕をふるいました。のちに、息子・和親とともに大倉陶園を創始します。
開催概要
会期:2022年9月10日(土)〜2022年10月16日(日)
会場:そごう美術館
住所:神奈川県横浜市西区高島2-18-1 そごう横浜店 6階 Google Map
時間:10:00〜20:00 【 事前予約不要 】
※入館は閉館の 30 分前まで。
※そごう横浜店の営業時間に準じ、変更になる場合がございます。
休館日:会期中無休
観覧料:一般1,200(1,000)円、大学・高校生1,000(800)円、中学生以下無料
※消費税含む。
※( )内は、前売および以下をご提示の方の料金です。[クラブ・オン/ミレニアムカード、クラブ・オン/ミレニアム アプリ、セブンカード・プラス、セブンカード]
※障がい者手帳各種をお持ちの方、およびご同伴者1名さまは無料でご入館いただけます。
※前売券は、9月9日(金)まで、そごう美術館またはセブンチケット、ローソンチケット、イープラス、チケットぴあにてお取り扱いしております。
TEL:045-465-5515
【そごう美術館 公式サイト|展覧会情報ページ】
https://www.sogo-seibu.jp/common/museum/archives/22/noritake/
主催:そごう美術館、東京新聞
後援:神奈川県教育委員会、横浜市教育委員会
協賛:株式会社そごう・西武
Credit
写真&文 / 元木はるみ - 「日本ローズライフコーディネーター協会」代表 -

神奈川の庭でバラを育てながら、バラ文化と育成方法の研究を続ける。近著に『薔薇ごよみ365日 育てる、愛でる、語る』(誠文堂新光社)、『アフターガーデニングを楽しむバラ庭づくり』(家の光協会刊)、『ときめく薔薇図鑑』(山と渓谷社)著、『バラの物語 いにしえから続く花の女王の運命』、『ちいさな手のひら事典 バラ』(グラフィック社)監修など。TBSテレビ「マツコの知らない世界」で「美しく優雅~バラの世界」を紹介。
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