来年2018年は、明治維新からちょうど150周年の年となります。維新を境に、バラの苗も外国からたくさん輸入されるようになり、それ以後日本でもバラ人気が急増したといわれます。当時の様子を詳しく知りたくて、都内の古本屋さんへと足を向けた日に、偶然、明治時代に書かれたバラの古書と巡り合うことができました。バラ文化と育成方法研究家で「日本ローズライフコーディネーター協会」の代表を務める元木はるみさんに、この貴重な古書3冊をご紹介していただきます。
目次
~明治初期の薔薇栽培書~
この2冊は、どちらも米国人が著者であり、当時英語が理解できた日本人によって翻訳されたものです。明治8年の同じ時期に、唯一種の植物の栽培法が記された本が、2冊も日本国内で発行されたということは、当時の日本におけるバラという植物への興味の強さを表しているのではないでしょうか。また、原本の著者の国アメリカでもバラが人気であったことや、それぞれの米国人著者が影響を受けたフランスやイギリスでのバラ人気という背景も同時にうかがい知ることができるかと思います。
『ヘンデルソン氏薔薇培養法』
著者である米国人ヘンデルソン(ヘンダーソン)氏とは、Peter Henderson(1822~1890年)であり、スコットランド生まれで、21歳の時にアメリカ、サウスカロライナでバラ園のデザインをしていた兄を頼って渡米、兄弟で園芸会社を設立し、アメリカの環境に合った花や野菜販売、種子のカタログ販売をニューヨークで成功させ、「園芸の父」とも呼ばれた人物でした。その彼が記した『Practical Floriculture』(1869年)(Orange Judd Company)の第15章を、水品梅處が翻訳して記したものが、こちらの『ヘンデルソン氏薔薇培養法』です。
水品梅處(本名:水品楽太郎)は、幕末期の1861年、1865年に、遣欧使節団の一員として渡欧しています。本の内容は、バラの栽培方法が中心で、挿し木や接芽(つぎめ)での増殖法、根について、バラの冬の管理方法などが詳しく記されています。また、バラを一季、四季、月季に分け、月季の種は、周年絶え間なく咲き続ける「ノワゼット」「ティ」「ベンガル」「ブルボン」などであり、特に「ノワゼット」は、<勢いよく茂り、毬の如く花を開き、寒地でも痛むことなく~>と記されています。
『図入り薔薇栽培法 上下』
こちらも著者は、Samuel Bowne Parsons(1819~1906年)という、アメリカ生まれの米国人です。やはり兄と共に園芸会社を設立し、果物やバラなどの生産販売を行いながら、バラの本『The Rose : its History, Poetry, Culture and Classifications 』(1847年)
(Wiley&Putnam)を記し、1869年に『Parsons on the Rose, Treatise on the Propagation, Culture, and History of the Rose』と本のタイトルを改めて出版しました。
この本を日本語に翻訳したのは、1847年生まれの安井真八郎で、幕末の幕府留学生として英国で学びました。
上巻には、四季薔薇、二季薔薇、二季スコッチ薔薇、二季苔薔薇、ブルボン薔薇、中国薔薇、ノワゼット薔薇、茶薔薇、一季薔薇では苔薔薇、スコッチ薔薇、刺薔薇他の品種が紹介されています。品種名はカタカナのみで表記され、その横に特徴が記されています。
下巻には、挿枝法、芽接法、移植、温室他、栽培法他が詳しく記されています。
~日本人による薔薇栽培書~『薔薇栽培新書』
上記2冊の出版から間を置いて、明治35(1902)年に発行されたこちらの本は、表紙に厚紙が使われ、当時世界的に流行したアールヌーボー調のモダンな絵が描かれています。右から左に書かれた「薔薇栽培新書」というタイトルも棘のデザイン文字で、当時の最先端を表すようなモダンな印象です。ですが、上記2冊との大きな違いは、なんといっても、著者が日本人であるということです。
とうとう、日本という国土、風土の中で、バラを育てた実践から、どうしたらバラをよりよく育てられるのかということを導き出し、栽培法や繁殖法を伝えるために記された本が登場しました。また、そればかりでなく、植物分類学上のバラ、日本産のバラの種類、中国の書籍に記された種類、日本の当時までのバラの沿革及び種類、一季咲き、三季咲き、四季咲きの種類、詩、俳句、花言葉、バラ祭り、そして応用として、バラの薬用、香料、食品への利用法にさまざまな情報が整理して記されていますので、現在手にとっても大変読み応えのある本だと思います。
残念ながら著者の賀集久太郎は、本の完成を待たず、明治33年に40歳で亡くなってしまいます。生前、『芍薬花譜』『朝顔培養全書』を記し、バラに関しても、明治30年代頃から盛んに行われるようになった品評会についての記事を「日本園藝會雜誌」に記していました。賀集久太郎の死後、遺族から遺稿を託された友人で京都博物館員でもあった小山源治が編集し、賀集久太郎が園主であった京都の朝陽園からこの本は発行されました。
本文中には、京都の平安植家が明治10年に発行した花銘表「各国薔薇花競」が転載されています。花銘表は75品種のバラの和名とその特徴を記したものですが、この本ではさらに明治22、3年頃に栽培されていた品種、明治24、5年~明治35年1月に栽培されていた品種の和名と特徴、また、同じ品種であるのに、違う和名が付けられていたバラ(異名同品種)に関しても、和名の横に異名が記されています。
明治の初期~中期には、ハイブリッド・ティー・ローズ、ティーローズ、ハイブリッド・パーペチュアルローズ、ブルボンローズ、ノワゼットローズ、ベンガルと当時呼ばれたチャイナローズ、そして原種のバラに至るまで、さまざまなバラが輸入されていました。
~「薔薇は文明の花なり」~
最後に、何故、バラが明治時代に日本で大人気となったのか、それには当時の時代背景が大きく作用していることを示す文章がありました。
以下、『薔薇栽培新書』より抜粋いたします。
社会の進歩、一国の文明、何れも植物の培養が伴っております。単純な自然の野生植物よりも、培養して進化した艶麗な植物を鑑賞するのが世界一般の有様で、国の文明の程度が花卉栽培によって知られるということは、一面の真理であります。その培養植物の中でも特に、薔薇は、文明国中の花の中の王として栽培されています。その王というべき理由は、花色の艶麗であり、香りであり、他に比較すべきものがない程、優雅で周年において鑑賞できることです。我が国においても、維新以来、文明進歩の状態に伴って、薔薇鑑賞の程度が上がるばかりで、薔薇は文明の花なり、と称しまする。
<薔薇は文明の花なり>という言葉が、とても心に響きました。
Credit
写真&文 / 元木はるみ - 「日本ローズライフコーディネーター協会」代表 -
神奈川の庭でバラを育てながら、バラ文化と育成方法の研究を続ける。近著に『薔薇ごよみ365日 育てる、愛でる、語る』(誠文堂新光社)、『アフターガーデニングを楽しむバラ庭づくり』(家の光協会刊)、『ときめく薔薇図鑑』(山と渓谷社)著、『バラの物語 いにしえから続く花の女王の運命』、『ちいさな手のひら事典 バラ』(グラフィック社)監修など。TBSテレビ「マツコの知らない世界」で「美しく優雅~バラの世界」を紹介。
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