トップへ戻る

初夏の山野草観察散歩・武蔵野の森の愉しい小径

初夏の山野草観察散歩・武蔵野の森の愉しい小径

埼玉県川越市は、今や国内外から年間780万人が訪れる一大観光地──。蔵造りの町並みが続き、江戸時代さながらの情緒が漂う市中心部の一番街は、連日たくさんの人でにぎわっています。一方、市の南部には総面積約200万㎡の広大な森があります。林床に四季折々の植物が生い茂り、樹上では野鳥たちが鳴き交わす大きな森。かつての武蔵野の面影を残すこの森をこよなく愛し、散歩を日課とする二方満里子さんに、森の初夏の様子をレポートしていただきました。

Print Friendly, PDF & Email

雨上がりの森のクサイチゴ

クサイチゴ
Σ64(CC BY 3.0)

関東地方が梅雨入りし、一昼夜雨が降った後、ようやく小止みとなり、青空も見え始めたので森へ行ってみることにした。

わが家から10分ほどのところに、森へ入る小径がある。その両側には私の背丈ほどの草が茂り、確かこのあたりにクサイチゴが赤い実をつけているはず、と目をこらす。すると、「あった!」

1cmくらいの赤い実が一つ二つ、木々の間から降り注ぐ陽射しを受けてツヤツヤと光っている。

このクサイチゴの小さな群落が白い花を点々と咲かせているのを見つけたのは、4月の末だった。その時は、赤い実がたわわに実っている光景を想像し、ひょっとしたらジャムが作れるかも、と、ひそかにニンマリした。

けれども、小鳥が食べてしまったのか、花だけで実をつけなかったのか、いま私の手にあるのはたった2粒のクサイチゴ。私の思惑は見事に外れてしまった。

クサイチゴの花
クサイチゴの花。

【DATA】
■ 学 名:Rubus hirsutus
■ バラ科キイチゴ属
■ 落葉小低木
■ 主な花期:3〜4月 果実:5〜6月
■ 草 丈:20~60cm
■ 日 照:日向

武蔵野の森

森を進んでいくと、雨を含んだ空気がしっとりとやわらかく、甘く芳しい。落ち葉が降り敷いた大地は水を含んではいるが、ぬかるむことはなく、私の傷んだ左足を優しく支えてくれる。

今年の3月末に軽い脳梗塞を発症。その後遺症で左足に痺れが残り、それがずっと私を悩ませている。その痺れが少しでも軽くなるように、そして普通に歩けている現在の状態をずっと維持できるようにと、この春から始めたのが森への散歩。早いもので、季節はもう夏へと変わっている。

ムラサキシキブの花

武蔵野の森

森はいったん、里芋畑とレジャー農園、中学校の校地の前で途切れ、細いでこぼこの農道になる。そこを少し歩いて、再び森に入る。そして散歩する人影をほとんど見ない横道へと折れると、高さ1m50cmくらいの低木の枝に小さなピンク色の花の集まりがあるのを見つけた。

ムラサキシキブ

花の大きさは5mmほど。その中心に黄色い雄しべと長く伸びた雌しべ。緑一色の森の中では、それが小さいけれどもとても目立つ。

何だろう? 初めて見る花だが、新潟に行った時に手に入れた『雪国植物園の花々』という図鑑の中で見たような気がする。

家に帰って、早速図鑑を開いてみると、やはり写真が載っていた。私が見つけたのは「ムラサキシキブ」の花だった。

秋に紫色の実をびっしりつけるこの植物は、私の家にはないけれど、この辺りの家の庭先でよく見かける。紫色の実が美しいので、生け花にもよく利用される。

詳しく調べてみると、ムラサキシキブは日本や韓国の山野に自生し、元は「紫シキミ」と言ったが、それがいつの頃からか源氏物語を著した紫式部の名で呼ばれるようになったのだという。

ムラサキシキブ
森の縁の明るい場所に生えている。

私が見つけたムラサキシキブがこの森の自生種なのか、はたまた誰かの庭から鳥が運んできたものなのか、それは分からないが、いま、目の前にあるピンク色の可憐な花が優雅な紫色の実に変わっていく様子を見守ることができるのは嬉しい。

【DATA】
■ 学 名:Callicarpa japonica
■ シソ科ムラサキシキブ属
■ 落葉小低木
■ 主な花期:6月 実:9〜10月
■ 草 丈:2~3m
■ 日 照:日向

林床のギボウシ

武蔵野の森

森の中はほとんど平らだが、時にゆるやかな傾斜を見せる場所がある。そういう場所を好むのか、ギボウシがたくさん群れている。ほかの場所でも見かけるが、傾斜地が一番数多い。

落ち葉の間から顔を出していた若草色の新芽が、だんだん大きな幅広の葉に成長していくと、つい「美味しそう!」と思い、採りたい気持ちがわいてくる。

もちろん、採りはしないけれど、昔、山形で暮らしていた義母がよくギボウシを送ってくれたことを思い出す。山形ではギボウシの花茎を「うるい」といい、酢味噌和えや胡麻和えにして食べると聞き、私も送ってもらうとよく胡麻和えにするなど、その香りを楽しんだものだ。

ギボウシ

ギボウシは東アジアの原産。現在は世界中で栽培され、「ホスタ」の名で親しまれ、日陰の庭を彩る植物として愛好されている。

日本では20種ほどの野生のギボウシが見られるそうだが、私は山の上の湿原で一度しか見たことがない。それは青空をバックに薄紫色の花を咲かせ、そよ吹く風に揺れていた。

この森の木漏れ日越しに育つギボウシは、どんな色の花を咲かせるのだろう?

【DATA】
■ 学 名:Hosta
■ キジカクシ科ホスタ属
■ 多年草
■ 主な花期:7〜8月
■ 草 丈:15~200cm
■ 日 照:半日陰〜日向

土中の菌と共生する植物

イチヤクソウ

この森で初めて出合った花がある。葉は濃い緑色でテラテラとした光沢があり、丸くて少し分厚い。長さは5cmほど。茎の先には堅い小さな緑色のつぼみがついていた。

やがて茎が20cmほどに伸びると、白い梅の花に似た1cmほどの花を5つ6つ、スズランのように下向きに咲かせる。形は梅の花に似ているが、色は透き通るような乳白色。どこかなまめかしい雰囲気があって、名前を知りたくてたまらなくなった。

葉の様子はイワカガミに似ているが、花が全く違う。

山野草にくわしい知人が身近にいるわけではないので、いろいろな図鑑の春から初夏のページを片っ端から調べていくと、「一薬草(イチヤクソウ)」であることが分かった。

イチヤクソウ
Dalgial(CC BY 3.0)

名前の由来は、花期の全草を乾燥させて民間薬にしたことからきている。一つの薬草で諸病に効くことから「一薬草」の字が当てられたという説もあるらしい。

常緑の多年草で、冬に緑が目立つため、英名は「ウインター・グリーン」。

また、私が最初に葉がイワカガミに似ていると思ったのも道理で、一薬草は「鏡草(カガミグサ)」と呼ばれることもあるのだという。

図鑑の解説によると、一薬草は根毛が発達せず、内生菌根と共生することで栄養をもらう菌根植物。移植して栽培するのは難しいのだという。

【DATA】
■ 学 名:Pyrola japonica
■ ツツジ科イチヤクソウ属
■ 常緑多年草
■ 主な花期:6〜7月
■ 草 丈: 約20cm
■ 日 照:半日陰〜日向

武蔵野の森
落ち葉を集め堆肥を作っている場所が森のところどころにある。

ところで、私が好んで散歩するこの森は、実は人工林。江戸時代に防風林として、また江戸で消費される炭を生産するためにクヌギやナラが植えられ、以来、今日まで大切に守られてきた森だ。落ち葉が深く敷き重なるその林床には、一薬草を育む不思議な菌たちがたくさん棲みついているのだろう。

Information

「森のさんぽ道」

住所/川越市大字今福字旭山1304番1ほか

料金/無料

アクセス/東武東上線新河岸駅から徒歩約20分で森の入り口
*駐車場2カ所あり

https://www.city.kawagoe.saitama.jp/kurashi/sports_koen/koen/morinosanpomichi.html

武蔵野の森

Credit

二方満里子(ふたかたまりこ)
早稲田大学文学部国文科卒業。CM制作会社勤務、専業主婦を経て、現在は日本語学校教師。主に東南アジアや中国からの語学研修生に日本語を教えている。趣味はガーデニング、植物観察、フィギュアスケート観戦。

Print Friendly, PDF & Email

人気の記事

連載・特集

GardenStoryを
フォローする

ビギナーさん向け!基本のHOW TO