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大正ロマン~昭和モダンのファッションとバラ

大正ロマン~昭和モダンのファッションとバラ

バラの模様は、テキスタイルやラッピングペーパーなど、あらゆる身近なものに描かれ、私たちの暮らしを華やかに彩っています。日本でこのようにバラの模様が使われ始めたのは、明治から大正にかけて。当時の女性たちにとって、バラは憧れの存在でした。バラ文化と育成方法の研究家で、「日本ローズライフコーディネーター協会」の代表を務める元木はるみさんに、大正ロマン~昭和モダンのファッションとバラについて、自身がコレクションする着物とともに解説していただきます。

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日本の女性たちに愛されるバラ

バラ レディー・マリー・フィッツウィリアム
初期のHTローズ。1882(明治15)年、イギリスのベネットが作出した‘レディー・マリー・フィッツウィリアム’は、多くの交配親となりました。

現在、洋服や着物に、バラの絵柄や模様、刺繍などが日常的にたくさん見られるようになりましたが、これは、それほど人々にとってバラが身近な存在であり、なおかつバラの美しさに対する思いが存在する表れでもあるかと思います。

日本で栽培用のバラが急速に広まっていったのは、明治維新以後のこと。洋の花の一つとして、その美しさと西洋への憧れを伴い、上流階級の人々から徐々に庶民に広がっていきました。

港の見える丘公園
現在多数のバラが植えられ、訪れる人を魅了する横浜「イギリス館」が建つ「港の見える丘公園」。この辺りはかつて、外国人居留地であったため、横浜港の開港後に西洋のバラがいち早く見られた場所でもあったようです。

明治から大正時代には、実際に、バラの苗を自分自身で育てて愛でる人、そして公園や温室、切り花の普及により、自分では育ててはいないけれどもバラの花を愛でられるようになった人など、現代のバラと人々との関係を築く礎が構築された時代でもありました。

モダンローズ‘オフェリア’
日本ではちょうど大正元年となる1912年に、ウィリアム・ポールによって、イギリスで誕生したモダンローズ‘オフェリア’。Johnnie Martin/Shutterstock.com

そして、バラと人々が触れ合う機会が増えたことは、人々のバラへのさまざまな思いが表現されることにもつながりました。今回は、その一例として、大正ロマン~昭和モダンに見られるファッションや、その様子が描かれた雑誌の挿絵などに描かれたバラから、その魅力を探りたいと思います。

大正ロマン・昭和モダンとは

1912年から始まった大正時代の日本は、明治維新後の文明開化と共に進められてきた工業化、産業化が功を成し、また、1914年に起こった第一次世界大戦では、勝利国として列強の仲間入りを果たし、国際連盟の常任理事国となりました。

民間では、印刷技術の向上により新聞や書物が広まり、大正デモクラシーと呼ばれる日本独自の民主主義運動が起こりました。新しい時代の気運の高まりと共に、個人の解放なども相まって、自由や耽美性、ロマンティシズムを表現する文学が登場し、文芸誌、婦人雑誌、少女雑誌、児童雑誌、青年雑誌など、さまざまな雑誌が創刊されました。

また、欧米を中心に流行していたアール・デコ様式、その前のアール・ヌーヴォー様式の影響を受け、建築や芸術、ファッション、暮らしにまで、和洋折衷文化が花開きました。諸説ありますが、これらを称して「大正ロマン」、その後の昭和の戦前までのモダニズムな気運に満ちた時代を「昭和モダン」と呼ぶようです。

大正ロマン・昭和モダンを今に伝える着物

バラが描かれた着物
モダンローズが描かれた着物(大正~昭和初期)。
バラが描かれた着物
モダンで粋なデザインのバラが描かれた羽織(大正~昭和初期)。

開港以後、明治、大正、昭和の戦前は、日本にとって新しい外国からの多様な文化が大量に入ってきましたが、その中には栽培用のバラもありました。また、身近な、着物という当時の日常着に、新しく外国から入ってきた文化を絵柄にしたものが登場し、その中には西洋バラも描かれ、まずは当時の裕福な家庭の主婦や「令嬢」と呼ばれた良家の子女に人気を博しました。百貨店やファッション誌も登場し、徐々に流行に敏感な若い女性たちのファッションに取り込まれていきました。

その若い女性たちが夢中になっていたのが、少女雑誌や婦人雑誌です。その人気をさらに高めていたのが、表紙画や誌面に掲載された抒情詩などに添えられた挿絵でした。

表紙画や挿絵に描かれたバラ

ドイツスズラン
ドイツスズラン。Ernest Rose/Shutterstock.com

当時の挿絵画家としては、竹久夢二、高畠華宵、中原淳一、蕗谷紅児、橘小夢、岩井専太郎ほか、現代にも名を残す画家が活躍し、彼らの描く絵だけでなく、画家自身への憧れや人気も高かったといわれます。その挿絵画家たちが描く世界には、美しい女性と共に、当時、洋の花と呼ばれた西洋バラや洋蘭、ドイツスズラン、チューリップなどが多く見られます。

例えば、少女雑誌『女学生』大正12年4月号は、竹久夢二が描いた「薔薇の露」が表紙を飾りました。そこには、大輪のバラの花に口付けする女学生が描かれています。

バラ マダム・バタフライ
日本では大正時代の1918年、アメリカのヒルが作出した‘マダム・バタフライ’(HT)。「オフェリア」の枝変わりの一種。

また、少女雑誌『少女画報』に掲載された高畠華宵が描いた「(仮)すずらん」(大正末~昭和初期)の挿絵には、当時洋の花の一つであったドイツスズランを手に持つ、欧米で流行していたクロッシェという帽子を被ったショートヘアーの洋装の女性が描かれています。こういったファッションは、当時の日本のモダンガール(モガ)の憧れでした。

少女雑誌は、女学生の間で大変人気ではありましたが、欲しい人全員が購入できた時代ではなく、持っている女学生はごく限られ、回し読みするなど、雑誌自体への憧れも強かったようです。

コミュニケーションツールとして流行した
便箋に描かれたバラ

当時はもちろん携帯もなく、電話もまだ若い女性が、友人との会話に利用するという時代ではありませんでしたので、自分の思いを伝えるには手紙を書くことが一般的でした。

その手紙をしたためる便箋にも、人気の挿絵画家の絵が描かれ、送り手は、その絵に思いを重ね合わせながら便箋選びをしたようです。そのように大切なコミュニケーションツールであった便箋の絵にも、バラが多く登場していました。

バラが描かれた羽織
バラが描かれた銘仙の羽織(大正~昭和初期)。

高畠華宵による便箋表紙絵「真澄の青空」(大正末~昭和初期)には、当時人気であったハイブリッド・ティー・ローズの大輪のバラが描かれた羽織と、ドイツスズランの絵柄の着物を着た女性が描かれています。季節は、背景のススキや紅葉で、秋から冬にかけてであることが分かりますし、それにより、背景に植栽されている白いバラは、四季咲き性のあるバラだと分かります。着物は、絵柄によって季節感を出し、花の時期より少し前に着るのが慣わしになっていましたが、モダンローズとなって四季咲き性が多く作出されるようになったバラは、温室の普及で通年咲くようになった切り花のバラの普及と共に、通年着てもよい絵柄となりました。

以上のように、大正ロマン~昭和モダンを今に伝える着物や、雑誌の表紙絵や挿絵、また大切なコミュニケーションツールであった手紙に使う便箋などには、当時の最先端の文化やファッションが散りばめられ、その中に、バラが存在していたことが分かります。

バラが描かれた訪問着
モダンローズが描かれた訪問着(昭和初期頃)。

そして、その描かれたバラを見ると、日本の自生バラではない、当時の最先端のモダンローズが人気の主流であったこと、庶民にとってバラはだいぶ身近になったとはいえ、まだまだ憧れの花であり、人気の花であり続けたこと、そして、バラに対する美意識の強さがあったことなどが伝わってきます。

つまり、バラは人々の美意識に訴えかける花であり、花形や系統などの流行は時代によって変化しつつも、昔も今も、人々を魅了し続けているということではないでしょうか。

主婦の友の付録
昭和13年5月号『主婦之友』付録「和服美容仕立の秘訣集」。

最後に、昭和13年5月に発行された婦人雑誌『主婦之友』の付録をご紹介します。内容は、まだ一般の普段着であった着物のさまざまな体型に合った仕立て方や、着方の工夫などが、詳細に書かれたファッション実用書となっています。

主婦の友の付録にもバラのイラストが
ページをめくると、ここにもバラの絵柄の着物のイラストが。

左ページの下側には、アールデコ調のバラの絵柄の着物のイラストが見て取れます。しかし、右側に目を移すと、白いバラを手に持った女性の横には、「戦時女性の床しい身嗜み!」と書かれた広告があるように、昭和13年5月といえば、1カ月前に国家総動員法が公布され、戦時体制が本格的に確立されたばかりの時期です。

そして、翌年の昭和14年9月に第二次世界大戦が開戦となり、それ以降、戦火が厳しくなることも知らず、まさか敗戦するに至るなど、誰もが考えも及ばなかった時期ではなかったかと思います。おしゃれやファッションを楽しんでいた多くの女性たちも戦火に巻き込まれ、バラの花も着物も大半が失われてしまうことを、あの時、誰が想像したでしょう。

大正ロマンから続いた昭和モダンのまさに終焉を迎える一歩手前の、最後の華やかなりし時期が、このページから伝わってきます。

バラの着物

今回、ご紹介させていただいた大正ロマン~昭和モダンの時代の着物をはじめ、約30点の古き良き時代の歴史的バラの着物や帯、便箋などを、実際にご覧いただきながら、当時のバラ人気や時代背景をご紹介させていただく講座が4月24日(水)、『家庭画報』他を出版する(株)世界文化社が運営するカルチャースクール「セブンアカデミー」にて開催予定です。

1日講座「着物に描かれたバラの世界~大正ロマン・昭和モダン」

開催日時:2019年4月24日(水)13:30~15:00
会場:セブンアカデミー
所在地:東京都千代田区九段北4-2-29 セブンアネックスビル6F
最寄駅:JR中央・総武線「市ヶ谷駅」より徒歩3分)
ご参加費:3,240円(セブンアカデミー会員) 3,888円(一般)
講師:元木はるみ
お申込み:2/20(水)10:00~
TEL:03-6697-0771(平日10:00~17:00)

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