吉谷桂子さんのガーデン「the cloud」から学ぶサステナブルな庭づくり⑤ ~ガーデンデザインの指標~

2022年から東京都公園協会が実施しているガーデンコンテスト「東京パークガーデンアワード」とともに話題となっている吉谷桂子さんによるモデルガーデン「the cloud」。2022年冬に着手されたこの庭は、吉谷さんのこれまでの経験と実践、そしてセンスのすべてが注ぎ込まれたモデルガーデンです。持続可能な社会に相応しく『ロングライフ・ローメンテナンス』を目標に掲げながら、実験的要素が含まれた「the cloud」の庭づくりを、連載でご紹介。現代のガーデニングのヒントがたくさん! 第5回の連載最終回は、「the cloud」にも多くの要素が反映されている吉谷さんの『ガーデンデザインの指標』です。
目次
吉谷さんのデザインの原点とは?

「私がデザインにこだわるのは、父がバウハウス(*注)の影響を色濃く受けた近代デザインの建築家であったことが大きかったと思います。両親の仲人をつとめてくださったのは、日本大学芸術学部長だった山脇巖教授ですが、彼はドイツのバウハウスに留学し、ミース・ファン・デル・ローエ氏、ワシリー・カンディンスキー氏らに学んだ日本人で唯一の卒業生。バウハウスの造形理論を教育に導入し、日本のデザイン教育の方向に重要な役割を果たした方です。父が教授に影響を受けたことから、今思うと、食卓で交わされるデザインの良し悪しについての会話も、基本となるものはバウハウス的なスタイルで、我が家の家風になっていたように思います」

*注「バウハウス」とは
第一次世界大戦後の1919年、ドイツ・ワイマールに設立され、「デザインは、シンプルで合理的・機能的であること」という理念のもと、建築・美術・工芸・写真など、デザインの総合的な教育を行った機関のこと。ナチス侵攻による経済情勢、政治的混乱で、1933年に閉鎖を余儀なくされる。短い期間だったにもかかわらず、バウハウスの美学は現在も色あせることなく、建築家やデザイナーをはじめ、芸術家に大きな影響を与え続けている。

「そんな経緯もあって、子どもの頃からバウハウス関連の本のほか近代デザインに関する資料に囲まれて育ち、高校・大学の美術教育もバウハウスの教義が基本になっていたように思います。ヴァルター・グロピウス(ドイツの建築家でバウハウスの創設者)やヨハネス・イッテン(スイスの芸術家、理論家、教育者)、モホリ・ナギ(ハンガリー出身の画家、写真家、造形作家、デザイン教育者)らが書いた造形教育の基礎本は、50年以上経った今も時々読み返すと、さらに理解を深めることができたりするのに驚きます」


「今の私の作風は多要素なので、意外に思われるかもしれませんが、80年代の初めヨーロッパに3カ月間の美術修行に行くまでは、『Less is more(レス イズ モア)』が若い頃の私のキーワードでした。父のもっとも尊敬する20世紀に活躍したドイツ出身の建築家、ミース・ファン・デル・ローエが残した言葉で、『少ないほうが豊かである』ということを意味しています。建築家としての信念『シンプルなデザインを追求することにより、より美しく豊かな空間が生まれる』が表れています。おそらく、ティーンエイジャーの頃から耳にこびりついているのでしょう」

「近年、バウハウスの考えるデザイン“余計な装飾を排除した、シンプルで機能的な美しさ”や、モダンデザインベースの美術からインスピレーションをもらうことがさらに増えています。若い時になんとなく分かっていたことが、今になってしっくりときたり…」
ガーデニングへの生かし方
「バウハウスにおける造形教育の基礎理論のひとつである『‘点・線・面’をいかに美しくコンポジションするか』は、建築や絵画に限らず、ガーデンデザインのビジュアル表現にもいえること。この理論は私の中にずっとあったのですが、ガーデンの構造だけでなく、植物の配置、植栽デザインにもいえることだと思います」
※コンポジションは、もちろん、‘点・線・面’だけではありませんが、平面構成の基礎として、簡潔で分かりやすいので、例にしています。

「20年近く前、オランダのガーデンデザイナーであるピート・アウドルフ氏の本が出版され、彼も同じような考えでガーデンを構成しているのだと思ったとき、おかしな言い方ですが『それなら知ってる!』と、非常に感銘というか同調したのを覚えています。大いに影響を受けた、彼の植物の組み合わせの基本パターンは、私なりの解釈で今も応用しています」

「20世紀のイングリッシュガーデンでは、イギリスの園芸家、ガートルード・ジーキル氏の影響も大きく、特にカラースキームが注目されていました。ジーキル氏の場合は、造形よりも色彩や光を重んじて植栽を絵画的に表現するため、それまで以上に印象派の絵画的な色づかいを庭づくりに取り入れています。ジーキル氏の仕事は、彼女が尊敬したターナーの絵画もそうですが、『造形よりも色彩や光の表現の美しさ』を重視しています。
私はガーデニングをやり始めた当初、それに大きく影響を受けましたが、正解は1つではありません。デザインをする際に、何を重要視するかによって、生まれる作品は異なってくると思いますが、完成度の高い絵画的な感性や、それを理解しようとする美意識が必要だということです」

「実は30年ほど前、イギリスで自宅の庭を作っていた頃の私は、衝動買いした植物を先着順に庭に植えたりして、たくさんの失敗をしてきました。日当たりや水はけ、地面の乾湿問題は重要ですが、それだけを優先した植物の配置や、ただ、手に入った植物を先着順に植えても庭は絵になりませんね」

「21世紀の宿根草ガーデンでは、“植物への視点の多様化”が加わったように思います。以前は季節限りの花の色・形自体を愛でていましたが、現在は植物のあらゆる表情や質感も注目するようになりました。例えば、花後のシードヘッド。その造形美や力強さはとても魅力的です。芽出しから枯れるまで季節ごとに異なる植物の魅力が発見できれば、植物の奥深さに触れることもできるはず。常にピークの状態を維持する必要はないので、持続可能ともいえるでしょう。
デザイナーはエコロジストでもあるべき今の時代、花の満開の時だけでなく、植物のあらゆる魅力をガーデナー各自の視点で発見し、それを個性として多様に表現できればいいと思います」
吉谷さんがデザイン時に意識する、植物のフォルム
植物のハーモニーを考えるとき、それぞれが持っている造形と、組み合わせの基本が分かっていないと、似て非なる植物がぶつかりあって景色がゴチャゴチャしたり、散漫に見えてしまいます。それぞれの植物が持つ美しさで互いを引き立て合うために、下記のことを知っておきましょう。必ずしもすべての植物が当てはまるわけではありませんが、ある程度の座標にしてみると分かりやすいでしょう。
植物のフォルムのハーモニーを楽しむためのフォルムパターン

❶ ボウル:球形
もっともシンボリックな花の形、その大きさでアクセントになり、花の最盛期は庭の眺めの核になる。
❷ アンブレラ:傘形
花の形としては、もっとも彫刻的な造形。眺めに変化を与える。
❸ スパイク:尖塔形
ボウル型の花に対し、もっとも対照的な引き立て役。庭の景色をシュッとした感じに引き締める。直立し、庭が片付いて見える効果をもたらす。
❹ ドット:点
小さな点の集合は多くの場合脇役となる。大きなボウル型やアンブレラ型の花がアクセントプランツとすれば、ドット型の花はフィリング・間を埋める役目に。切り花でも凡庸だがカスミソウがバラの脇役に使われるようなイメージ。
❺ デイジー:菊形(花びらが独立して見える)
大きなボウル型に準ずるが、大型のエキナセアの花のような存在感を持つ。ガーデンのアクセントプランツになるので、眺めの前方に植える場合が多い。
❻ プリュム:羽根のようなフワフワした形
ドット型とも役割が似て、フィリングプランツになる場合が多い。例えば、フィリペンデュラ・ベヌスタのように背が高くふわふわしているものは、写真でボケの効果があるので後方に植える場合が多い。
この6つだけではありませんが、代表的な形で分けています。これらをバランスよく組み合わせて配置していくことは、『‘点・線・面’のコンポジション』の考え方と同じこと。ボリューム・大きさなど効果的な配分で美しく構成していきます。


フォルムの違いを生かした植栽シーンバリエ

背景にスパイク型の高く伸びるカラマグロスティス‘カールフォースター’❸、手前にアンブレラ型のオミナエシ❷を配した、華はないものの野趣あふれるワンシーン。

幻想的に広がるプリュム型のヒヨドリバナ❻とやや形の崩れたアンブレラ型のオミナエシ❷の中に、ルドベキア・マキシマのデイジー型の黒いシードヘッド❺が、ピリリとしたアクセントになっている。

ボウル型のアリウム‘パープルレイン’❶がこの時季の主役。その周りのセントランサス・コキネウス・アルバが、点々と繰り返すドット型❹から、やがて花が咲いてタネができるとふわふわとしたプリュム型❻となり、主役の引き立て役に。

ボリュームたっぷりのヒオウギ❹のドットが、エアリーなプリュム型のディスカンプシア‘ゴールドタウ’❻を手前でどっしり支えつつ、線形の葉が植栽をシャープに引き締めている。

花が咲く位置より下方の枝葉に個性のないエキナセア❺を補うように、手前には、がっちりしたフォルムのハイロテレフィウム(オランダセダム)❹を配置。その背後に奥の景色を透かすようにエアリーなディスカンプシア❻が茂っています。手前にがっつりアクセントを据え、途中に丸い花の彩り、背後にシードヘッドが美しいグラスが風にそよぐという典型的な三段構えの組み合わせ例。
日本のガーデニングは次の時代へ

バウハウスの「造形で造るシンプルな美しさ」を幼いころから肌で感じ、10代で理論を学んだ吉谷さん。世界に共通するデザイン理念を日本のガーデニングに取り入れて実践する第一人者といえるでしょう。デザインにおける指標を先人から受け継ぎ、自身のエッセンスを加えながら新たな世代に指標をつなぐという次のステップへ。
第2回でご紹介したメンテナンスフレンドリーのためのガーデンデザイン法と併せて、ぜひ皆さんも実践してみてください。チャレンジすることから、吉谷さんが行うガーデンデザインの意図を知る一歩になるのではないでしょうか。
今年春から「浜名湖花博2024」が開催される「はままつフラワーパーク」では、“足元から頭上まですっぽりと自然の美に包まれる新感覚・没入体験型”の吉谷さんデザインによるガーデンが披露されます。また、4月6日(土)&7日(日)には、吉谷桂子さんのトーク&ガーデン巡りや、SDG’sな寄せ植え教室も開催されます(ご案内サイトはこちら。お申し込み開始は3月15日から定員になり次第終了)。ぜひ、最新のガーデンを見にお出かけください。
詳しくは、「浜名湖花博2024」ホームページをご覧ください。
Credit
話・写真 / 吉谷桂子 - ガーデンデザイナー -

東京生まれ。日本大学芸術学部デザイン科卒。(株)GKインダストリアルデザイン研究所勤務後、フリーランスのプロダクト、グラフィック・デザイナー、広告美術ディレクターを経て1992年に渡英。帰国後は7年間の英国在住経験を活かしてガーデンライフの提案を続け、ガーデンデザイナーとしてテレビや雑誌、ガーデンショ―と幅広く活躍している。現在デザインを担当するガーデンは、銀河庭園、はままつフラワーパーク、中之条ガーデンズなど。著書に「花に囲まれて暮らす家」(集英社)ほか。
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取材&文 / 井上園子 - ライター/エディター -
いのうえ・そのこ/ガーデニングを専門としたライター、エディター。一級造園施工管理技士。恵泉女学園短期大学園芸生活学科卒。造園会社、園芸店を経て園芸雑誌・書籍の編集者に。ガーデニング以外の他分野のPR等にも携わる。自身もガーデニングを楽しみながら、美術鑑賞や旅行を趣味にする。植物を知っていると、美術も旅も楽しみの幅が広がりますね。
写真 / 3and garden

スリー・アンド・ガーデン/ガーデニングに精通した女性編集者で構成する編集プロダクション。ガーデニング・植物そのものの魅力に加え、女性ならではの視点で花・緑に関連するあらゆる暮らしの楽しみを取材し紹介。「3and garden」の3は植物が健やかに育つために必要な「光」「水」「土」。
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