吉谷桂子さんのガーデン「the cloud」から学ぶ“ナチュラリスティックな庭づくり”① 〜1年の移り変わり〜
2022年から東京都公園協会が実施しているガーデンコンテスト「東京パークガーデンアワード」とともに話題となっている吉谷桂子さんによるモデルガーデン「the cloud」。都立代々木公園を舞台に2022年冬に着手されたこの庭は、吉谷さんのこれまでの経験と実践、そしてセンスのすべてが注ぎ込まれたモデルガーデンです。持続可能な社会に相応しく『ロングライフ・ローメンテナンス』を目標に掲げながら、実験的要素が含まれた「the cloud」の庭づくりを、連載でご紹介。現代のガーデニングのヒントがたくさん! 第1回は『ガーデンの1年の移り変わり』を紐解きます。
目次
吉谷さんが牽引する「宿根草を中心に考えた植栽による21世紀のガーデンづくり」大々的にスタート!
「東京パークガーデンアワード」は、「持続可能(サステナブル)なガーデンへの配慮がなされているか」「メンテナンスしやすいか」を考慮することが条件となっている画期的なコンテスト。モデルガーデンである「the cloud」も同様に、宿根草をメインに植栽設計がされました。ハイメンテナンス、ハイインプットになりがちな“花の満開時が見どころ”の観光ガーデンとは大きく趣旨が異なります。
持続可能で新たな宿根草の世界に触れることができる『New Prennial Plants Movement(新宿根草主義)』。植物の植生の仕組みを理解した上で、自然の風景を手本とするこのスタイルは、特にオランダのピート・アウドルフ氏による「ナチュラリスティックガーデン」により近年注目されるようになり、欧米で主流になっています。
そしてこれが今、地球沸騰ともいわれる気候変動などを抱えた私たちを癒やしてくれる新たなソリューションとして大いに期待されています。
「干ばつがひどいイギリスでもサステナブル、エコフレンドリーであることが主流となっていますが、植物は丈夫で長もちであることが核ですね」
けれど、長もちの植物を集めただけではなく、アートフォルム(デザイン性)もなくてはと吉谷さん。
「ここ代々木が、アウドルフさんが手がけたニューヨークにある高架線路跡をリノベーションした公園『ハイライン』のようになればと思っています。映える場所が好きな若い人たちや洗練された大人、そして子どもたち皆が楽しめる場所を目指しています。レアな植物が植わっていなくてもいいんです。来るのが楽しみになるガーデンになれば」
花も満開だけに注力しない、芽出しから枯れるまでのプロセスが楽しめる植栽となっています。
「the cloud」と名付けられた理由とこの形になった理由
ユニークな形をしている花壇ですが、これは吉谷さんがこの場所に初めて立ったとき、夏空に浮かぶ雲や背景の明治神宮に広がるモクモクとした森を見て、直感的に‘雲’と連想したもの。ガーデンデザインは、背景と庭が調和して一体化することを目標としていることからも、ぴったりだったと言います。
くねくねと入り組んだ形は、植物をいろいろな角度からよく観賞できるほか、手入れもしやすいという利点があります。
【ナチュラリスティックガーデン「the cloud」の6つのメソッド】
1. 自然な雰囲気、季節ごとの変化を感じられる庭。エコロジカルな機能性にデザインの創造性を感じさせるデザインですが、基本的にローメンテナンスを目指した設計です。
2. 生物多様性に柔軟な植物構成(農薬不使用、チョウの好む品種などを中心にして昆虫も共存)。
3. ローインプット(丈夫で長生きな宿根草や球根植物を選び、季節ごとの植え替えをせず、主に植えっぱなしの宿根草で、異なる季節の花の開花があること)を目指しています。
4. 猛暑・大雨、逆に雨が降らず極度な乾燥の冬にも耐えうる植物の選択。対処し得る花壇の構造を設計し、21世紀の日本における存続可能な草花選び(日本原産や身近な植物にも着目)をしています。同時に装飾性も感じられる庭。庭の一部には写真映えするスポットがあり注目の草花が咲くことにも配慮していますが、それは、桜の頃やゴールデンウィーク、夏休みといった集客時期に合わせた開花品種を選んでいます。冬の枯れ姿も味わいある眺めとしたい。
5. 宿根草により完成された根張りの植物コミュニティを形成(雑草が生えにくくなる)するには、通常3年ほどかかりますが、期間が限定されるため、初年度はなるべく土の余白を残さず、雑草の入り込む余地を与えないためと、ある程度の華やかさを補足するため、まめな花がら摘みを必要としない一年草も設計に加えています。
6. モデルガーデン「the cloud」は、地面から10〜30cm上げたレイズドベッド(盛り土花壇)であり、水はけや風通しを確保しながら、草丈の低い植物の見栄えもよい構造です。また、花壇に個性を与えるために雲海のような膨らみの強弱のあるデザインになっていますが、これは一般のボランティアスタッフにとっても、作業・維持管理がしやすいよう配慮されたもの。花壇の幅は浅く、土に踏み込まなくても手入れがしやすい形なのです。
【「the cloud」の植栽プラン】
東側に明治神宮の森、西側に野原が広がる代々木公園の隅に位置する「the cloud」。約40×15mの敷地の中にモクモクとした雲形の花壇が7つ設けられ、吉谷さん厳選の植物たちが配植されました。アートフォーム(デザイン性)がありつつ公園や明治神宮の森に調和し、四季折々の楽しみを提供するような植栽設計となっています。
モデルガーデン「the cloud」の初年度12カ月
【冬】例年どおりの気温で、積もる降雪はなし
11月 植え付け当日。著名なガーデンデザイナーなどメンバー8人の力を借りて、4日間で施工。土壌改良(連載第4回参照)、アイアンの仕切りを設置した後、数千株の苗を植栽。球根を植えたところに棒を立てて目印をつけている。
2月 植え込みから2カ月経ったが、まだまだ大きな変化は見られない。寒さにあたってアガパンサスの葉が黄色く、ベルゲニアが赤くなっているが、どれも順調に元気に育っている。小さな黄色いスイセン‘テタテート’が咲き始めた。
【春】例年どおりの気温、降雨
3月 まだまだ色彩の寂しい植栽に、黄色いスイセン‘テタテート’とイフェイオン‘アルバートキャスティロ’が愛らしい彩りをプラス。
4月 イフェイオンは、全部でなんと5,000球。丈夫で冬の干ばつにも耐え毎年よく花をつける小球根を植えることで、花の少ない時期の花壇がにぎやかになる。
5月 まぶしい新緑の花壇の中で、アリウム‘パープルレイン’の花穂がファンタジックな風景を描いている。
【夏】梅雨がほとんどなく、かつてない酷暑・干ばつに加え、突発的なゲリラ豪雨が数回あり
6月 ストケシアやモナルダなどが咲き始め、にぎやかさが増してきた。
7月 全体的に緑が深くなってきて、あちこちに植えたアガパンサスが満開に。
8月 干ばつのような暑さのなかでも元気に育つ、生命力あふれるたくましいガーデン。背が高くなる宿根草も少なくないが、頭が重くならず向こうが透けて見えるような品種を選んでいる。
【秋】いつまでも気温が高かったが、10月末に冬日となる日が数日あり。夏からずっと台風の到来はなし
9月 さまざまなグラスの穂が、それまでとは異なる趣を見せ始めた。
10月 秋風に揺れる、暑さを乗り越えたたくましい植物たち。
11月 晩秋はミューレンベルギア・カピラリスがピンク色に。銅葉のペンステモンもアクセントに。
「the cloud」作庭から1年を経て
吉谷さんならではの緻密な計算と抜群のセンスがぎっしりと詰め込まれた「the cloud」。
「春先の気温が高かったため、1年で予想以上に大きく育ち慌てる場面もありましたが、ライトプランツ・ライトプレイス、適地適草を見極めて、来春はもっと安定的に宿根草が楽しめるようにしていきたいです」と吉谷さん。
次回は、この美しい風景づくりに用いられた、吉谷さんによる『植栽デザイン』についてご紹介します。
Credit
話 / 吉谷桂子 - ガーデンデザイナー -
東京生まれ。日本大学芸術学部デザイン科卒。(株)GKインダストリアルデザイン研究所勤務後、フリーランスのプロダクト、グラフィック・デザイナー、広告美術ディレクターを経て1992年に渡英。帰国後は7年間の英国在住経験を活かしてガーデンライフの提案を続け、ガーデンデザイナーとしてテレビや雑誌、ガーデンショ―と幅広く活躍している。現在デザインを担当するガーデンは、銀河庭園、はままつフラワーパーク、中之条ガーデンズなど。著書に「花に囲まれて暮らす家」(集英社)ほか。
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文 / 井上園子 - ライター/エディター -
いのうえ・そのこ/ガーデニングを専門としたライター、エディター。一級造園施工管理技士。恵泉女学園短期大学園芸生活学科卒。造園会社、園芸店を経て園芸雑誌・書籍の編集者に。おもな担当書に『リーフハンドブック(監修:荻原範雄)』『刺激的ガーデンプランツブック(著:太田敦雄)』『GARDEN SOILの庭づくり&植物図鑑(著:田口勇・片岡邦子)』、近著に『簡単で素敵な寄せ植えづくり』など。自身もガーデニングを楽しみながら、美術鑑賞や旅行を趣味にする。植物を知っていると、美術も旅も楽しみの幅が広がりますね。
写真 / 3and garden
スリー・アンド・ガーデン/ガーデニングに精通した女性編集者で構成する編集プロダクション。ガーデニング・植物そのものの魅力に加え、女性ならではの視点で花・緑に関連するあらゆる暮らしの楽しみを取材し紹介。「3and garden」の3は植物が健やかに育つために必要な「光」「水」「土」。
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