英国の名園巡り 大邸宅のスケールを楽しむ「ブリックリング・エステート」

©National Trust Images/Chris Lacey
赤レンガ造りの壮麗な屋敷を背景に広がる、緑の大空間。中世の時代から、貴族や時の有力者の住まいだったブリックリング・エステートの魅力は、なんといっても、そのスケールの大きさにあります。美しく広々とした屋敷をバックに庭を散策すれば、歴史を動かした英国貴族の気分が味わえます。
120年前のこと、英国の慈善団体ナショナル・トラストは、開発で失われていく自然や、歴史ある建物や庭といった文化的遺産を守り、後世に残そうと、活動を始めました。多くのボランティアの力によって守り継がれる、その素晴らしい庭の数々を訪ねます。

英国史の舞台となった屋敷

ブリックリングの歴史は古く、11世紀には、ヘイスティングスの戦いでウィリアム1世に敗れた、イングランド王ハロルド2世の領主館がありました。16世紀には、ヘンリー8世の妻となったアン・ブーリンの父親が所有しており、アンはここで生まれたともいわれています。王室に近い貴族や主教など、ブリックリングは時の有力者の手に次々と渡ってきました。
現在見られるジャコビアン様式の赤レンガ造りの屋敷は、法律家で准男爵のヘンリー・ホバートによって、1619年から建てられたもので、ヘンリーの死後、地所はホバート家の親族によって受け継がれてきました。そして1940年、ブリックリングの最後の主であり、2つの世界大戦の間に政治家、外交官として活躍したフィリップ・カー、第11代ロージアン侯爵によって、ナショナル・トラストに遺贈されました。

ブリックリングの風景でまず目を引くのは、赤レンガの屋敷とシックなコントラストを見せる、堂々たるイチイの生け垣です。エントランスの生け垣は17世紀初めに屋敷が建てられて以来、400年にわたって引き継がれているもの。長い時の流れが感じられます。そして、庭園にチェスの駒のように点在するトピアリーも印象的です。遠目では可愛らしく見えますが、じつは大人が見上げるほどの大きさ。これほど立派なトピアリーには英国でもそうそうお目にかかれません。
ノラ・リンゼイが設計したパーテア

館の東側には、美しいパーテア(植物で幾何学模様を描く整形式庭園)が広がっています。19世紀後半には、大小80の花壇とトピアリーによって凝った模様が描かれていましたが、現在見られるデザインは、第11代ロージアン侯爵の依頼を受けて、1932年にガーデンデザイナーのノラ・リンゼイによって再設計されたものです。

ノラ・リンゼイは上流階級の出身で、独学で園芸知識を身に着けてデザインセンスを磨き、20世紀を代表するガーデンデザイナーとして活躍しました。彼女の友人には、名園ヒドコートをつくったローレンス・ジョンストンや、シシングハーストのヴィタ・サックヴィル=ウェストがいます。

ノラは、噴水を中心に、4つの大きな正方形の宿根草花壇を配置するという、ごくシンプルなデザインに変え、花壇をピンク、ブルー、藤色、白の花々で埋めました。時代の先端をだったその植栽デザインは、今でも古さを感じさせません。
咲き広がる春のスイセン

ブリックリングの敷地には広い草地や農場があり、その総面積は2,000万㎡に及びます。屋敷から少し離れた野原のエリアは、春は黄色いスイセンで埋め尽くされ、人々が散策を楽しむ憩いの場となります。

小さな谷のエリアでは、冬はヘレボレス、初夏にはジギタリスが咲き広がって、人々を出迎えます。5月にブルーベルが咲く森もあって、一年を通じて、英国らしい季節の移ろいが楽しめます。
英国ナショナル・トラストでは、会員になって年間パスポートを手にすれば、何度でも庭園に入場することができます。こんなに美しい場所をいつでも楽しめるなんて、地域に暮らす人々が羨ましいですね。

取材協力
英国ナショナル・トラスト(英語) https://www.nationaltrust.org.uk/
ナショナル・トラスト(日本語) http://www.ntejc.jp/
Information
〈The National Trust〉Blickling Estate ブリックリング・エステート
ブリックリング・エステートへは、ロンドンから車で約3時間半。電車では、ロンドン・リバプール・ストリート駅からノリッジ駅(Norwich)まで約2時間。ノリッジ駅から庭園まではタクシーで約35分。もしくは、ノリッジ駅からアイルシャム(Aylsham)の町までバスで約35分、町から庭園へは車で約5分、徒歩なら約30分。12月24、25日を除いて通年開園(11:00~16:00、3月6日から10月29日の間は10:00~17:30)。
住所:Blickling, Aylsham, Norfolk, NR11 6NF
電話:+44 (0)1263 738030
https://www.nationaltrust.org.uk/blickling-estate
Credit
文 / 萩尾昌美

はぎお・まさみ/ガーデン及びガーデニングを専門分野に、英日翻訳と執筆に携わる。世界の庭情報をお届けすべく、日々勉強中。20代の頃、ロンドンで働き、暮らすうちに、英国の田舎と庭めぐり、お茶の時間をこよなく愛するように。早稲田大学第一文学部卒。神奈川生まれ、2児の母。
全国の花ファン・ガーデニング
ファンが集う会員制度です。
新着記事
-
育て方
シーズン到来! クリスマスローズ最新・人気品種&今やっておきたいお手入れ公開!PR
古くから茶花として親しまれてきたクリスマスローズは年々進化が止まらず、今年も新品種や人気品種が入手できる時期が到来しました! また、1株で何十輪という花を早春に咲かせる感動的な株に育て上げるためには、…
-
植物の効能
年末はウコン(ターメリック)が大活躍! 二日酔いのない犬も、ターメリックライスを一緒に!
年末シーズンに入ると、コマーシャルなどで目にする機会が増えるのが、ウコンです。肝臓を守り、二日酔いを予防する作用が期待できるウコンはまた、ターメリックという名でカレーなどに欠かせないスパイスとしても…
-
アレンジ
庭のバラとローズヒップの恵みで彩るクリスマス
今年のクリスマスシーズンは、どんな飾りを楽しみますか? 今年の秋は比較的ゆっくり季節が進んでいるので、庭のバラもまだ花を咲かせているというローズライフコーディネーターの元木はるみさんの自宅の庭では、…