かつて作曲家が住んでいた小さな田舎家の周辺から庭づくりが始まったという「ル・ヴァストリヴァル」は、ノルマンディーの珠玉のプラベートガーデンです。花々に囲まれた庭園に一歩足を踏み入れれば、木々や草花のフォルムと色彩が響き合う庭空間の美しさに、思わず息を呑むほど。庭主がいなくなった今でもその遺志をつぐ庭師たちによって守られているプリンセスの庭を、フランス在住の庭園文化研究家、遠藤浩子さんがご案内します。
目次
プリンセスの庭の始まり
前回ご紹介したヴァロンジュヴィル=シュル=メールの近隣に位置するこの庭は、第2次世界大戦後の1950年代に家族と共にフランスに移り住んだモルダヴィア(現モルドバ民主共和国)のプリンセス、グレタ・ストュルザ(Greta Sturdza 1915-2009)によってつくられました。かつて作曲家のアルベール・ラッセルの住居だったという、荒れ放題になっていた小さな家と12ヘクタールの土地を気に入って購入した彼女は、ここを「四季を通じていつでも美しい庭にする」と決意します。
ガーデニング成功のカギ
家の周辺からマツやカシなどが生える林の方に向かって、ぼうぼうの草地を整備するために、プリンセス自ら生い茂ったシダを抜きとるところから始まった庭づくり。まったくの独学ながら、それまでに住んだモルダヴィアとノルウェーでの経験から体得していたことが、彼女の庭づくりの大きな指針となりました。それは、若木の定植を丁寧に行うことと、マルチングを欠かさないこと、この2つです。枯れ葉やコンポストなど、現場にある自然の材料で行うマルチングは、土壌を保護しながら豊かにし、乾燥を抑え、冬には防寒にもなる優れものです。
美しき調和、庭風景の秘密
そして、絵画のような圧倒的な美空間を構成する秘密は、プリンセス・ストュルザが自ら開発したという、高木からグラウンドカバーまでの植物層を明確に分けつつ重ねる構成と、透かし型の剪定です。
雨が多く湿度が比較的高い、また海沿いの強風が吹き付ける土地柄から、庭園での倒木の危険を避け、樹冠に風と光を通すための樹木の剪定は必要不可欠でした。
樹冠部分を十分に透かし、枝の重なりを段々状に整えるような剪定によって樹形が作られます。そのことで、庭の構成に美的なタッチが加わり、さらに生まれるグラウンドカバーから灌木類、中木、高木へときれいな層の重なりのグラデーションが、この庭ならでは。どこから見ても美しい光景を描き出しています。また、しっかり剪定された樹木がある層の下に密に植栽されたグラウンドカバーの植物は、マルチングと併せて、雑草の繁殖を防ぐという意味からも有用です。
四季の美をつかさどる植栽コレクション
植栽の選定もこの庭らしい魅力が現れているポイントです。プリンセス・ストュルザの植物選びは、徹底した自らの審美眼と、自然に寄り添うものでした。庭好きの例に漏れず、彼女の植物へ向けられた情熱には並々ならぬものがありました。シャクナゲ、ツツジ、ビバーナム、アセビ、ミズキ、ウツギ、アジサイ、マグノリアなどは土地柄によく合い、彼女の美意識にもかなって、それぞれたくさんの品種が植えられ、庭園に彩りを加えています。
例えば園内に700本以上が植えられている、大型のものでは10m以上にもなるシャクナゲは、開花時期の異なるさまざまな品種を選ぶことで、12月(Christmas cheer)から翌年9月(Polar Bear)まで次々に咲き継ぎます。花や葉の造形的な美しさとともに芳香も放ち、庭の四季を彩ります。
プリンセス・ストュルザは、気に入った品種はどんどん取り入れ、何年かかけて観察し、必要があれば場所を変え、結果、自分の望む庭のイメージに合わないものは容赦なく撤去するというスタイル(他の庭園愛好家に分けるなどして)で、庭の植物を選定していきました。この地の自然の気候の中でよい状態で生き残る丈夫さを必須条件とし、温室などの設置はしていません。
特定の植物を多品種網羅するという植物学的な意味でのコレクションではなく、野生種も希少な栽培種も含め、あくまで彼女の審美眼に沿って長年選ばれてきたことで、庭のための魅惑的な植物が膨大にコレクションされました。
コレクションには希少な植物が多数含まれていますが、希少性よりも大切なのは、自らの庭のイメージと全体の調和です。オークやシラカバ、ヒイラギなどの自生の樹木は積極的に生かしながら、エキゾチックすぎる竹類やユーカリや木生シダなどは、ノルマンディーらしい風景にならないとして取り入れていません。逆に、冬の庭の見所となる針葉樹類の珍しい品種などは積極的に取り込んでいます。
また、「四季を通じて美しい庭」というコンセプトにとって“冬にも美しい庭”を実現することが特に重要な部分です。落葉樹の葉がすべて落ちた冬季に、開けた空間で何を見どころとするか。それは、常緑樹の姿や装飾的な風合いを持つ樹木の幹の色や形、質感などで、それらが冬の庭を魅力的にするということをフランスでいち早く広めたのも、プリンセス・ストュルザの功績の一つといえるでしょう。
プリンセスの贈り物
ノルマンディーの地での庭づくりに当たっては、95歳で亡くなる2009年まで、庭のコンセプト作り、植栽のプランニングばかりでなく、芝刈りや雑草取り、花がら摘み、樹木の剪定に至るまで、ガーデニング全般をプリンセス自らが率先して行っていました。
また、庭園を公開し始めてからは、見学者の案内も自らが中心となって行ったプリンセス・ス
トュルザ。彼女はお気に入りの植物について熱意を込めて見学者に語り、惜しみなく知識をシェアし、フランスの園芸愛好家たちや造園・園芸界に多大な影響を残すことになります。雇った庭師の数はそう多くなかったといいますが、そこは庭主自らが実際の庭仕事を知るガーデナーだったからこそ。実用的でローコスト・ローメンテナンスのナチュラル・ガーデニングを実現させるための知恵が、そこかしこに組み込まれている庭にもなったのです。
現在は遺族が所有する12ヘクタールのこの庭園は、プリンセス自らが庭仕事をレクチャーした4人の庭師たちによって維持管理が続けられています。ノルマンディーの地にやってきた北方のプリンセスの審美眼と植物への情熱、弛まぬ努力が生んだ、四季を通して美しい珠玉の庭園。機会があれば季節を変えて、何度でも訪れてみたいものです。
Iル・ヴァストリヴァル庭園 (英語) https://vasterival.fr/en/nformation
ル・ヴァストリヴァル庭園
Credit
写真&文 / 遠藤浩子 - フランス在住/庭園文化研究家 -
えんどう・ひろこ/東京出身。慶應義塾大学卒業後、エコール・デュ・ルーヴルで美術史を学ぶ。長年の美術展プロデュース業の後、庭園の世界に魅せられてヴェルサイユ国立高等造園学校及びパリ第一大学歴史文化財庭園修士コースを修了。美と歴史、そして自然豊かなビオ大国フランスから、ガーデン案内&ガーデニング事情をお届けします。田舎で計画中のナチュラリスティック・ガーデン便りもそのうちに。
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