2024年春、浜名湖ガーデンパークに全国初の「ガーデンセラピー」を体感できるユニバーサルガーデンが誕生します。草花が織りなす美しい景色といったこれまでのガーデンの芸術的な価値に加え、高齢化社会において健康寿命をサポートし、多様性を積極的に受け止め、人々が求める新たな幸福感にフィットする新時代のガーデン文化が静岡県から発信されます。浜名湖花博20周年記念事業実行委員会(県部会)(事務局:静岡県花博推進室)主催で行われた造園家の阿部容子さんによるプロジェクト・スタートアップセミナーを取材しました。
庭が人へもたらす生理学的作用

画家のクロード・モネは草花を絵の具代わりに、キャンバスの上に絵を描くように庭づくりに没頭し、「生きた美術館」と評される美しい庭を残しました。しかし今、庭は芸術的価値を持った観賞の対象としてだけでなく、私たちの暮らしや心身に好影響をもたらす空間として、新たな価値が見出されつつあります。
緑の血圧正常化作用
緑を見てホッとしたり、美しい風景に癒やされるという感覚は、誰しも経験があるでしょう。これまで体験的なものとして知られてきたこうした感覚に、千葉大学大学院・園芸学研究科の岩崎寛准教授は、血圧の正常化など緑が心身にもたらす生理的作用を発見。緑を見ることで恒常性回路が崩れる要因であるストレス刺激が緩和され、自己治癒力を高める効能があることを解明しました。
緑のストレス減少作用
また、オランダのある市民農園では、読書とガーデニングを比較したストレス値の計測実験が実施され、ガーデニングが優位にストレスホルモンを軽減するという結果が得られました。さらに、東京都市大学総合研究所・環境学部の飯島健太郎教授が行った実験では、ガーデニングをしなくても単に緑との距離が近いほど、ストレスホルモンが減少することが分かっています。このように、これまで「癒やし」という言葉で表現されてきた庭の効果には、生理学的作用があることが科学的な研究によって裏付けされ始めています。
理学療法的効果をもたらすガーデンデザイン
一方、こうした生理的な作用に対し、理学的な療法効果を得られる空間としてガーデン設計を行っているのが造園家の阿部容子さんです。阿部さんはアメリカ園芸療法協会会員として、米国のカンファレンスで学んだ知識や技術を生かした庭設計を行っています。

「理学的な療法効果とは、簡単に言えばリハビリ効果がその一つです」と阿部さんは話します。例えば過去に阿部さんが設計施工した整形外科の屋上ガーデンでは、加齢や事故、病気などさまざまな事情により身体機能が失われた方が、庭を歩くことでリハビリ効果が得られるよう道幅や距離、花壇の高さなどを専門医の意見を取り入れながら設計しました。そうした特別な事情がない場合でも、個人邸ではより使う人の心身の事情に寄り添って、背丈や腕幅、足の昇降高、視力など個人のフィジカルデータを反映した設計をすることで、その人がより快適に過ごせる庭づくりを行っています。「もちろん、美しいというのは大前提。それに加えて、その人にフィットする機能を庭に落とし込むのが私のガーデンデザインの信条です」(阿部容子さん)。
浜名湖ガーデンパークに誕生する「ガーデンセラピー」を体感できるガーデン
こうした庭の生理学的、理学的な療法効果を体感できるのが、浜名湖ガーデンパークに誕生するユニバーサルガーデンです。このプロジェクトは2024年春、浜名湖花博20周年を記念した「浜名湖花博20周年記念事業実行委員会(県部会)」の事業の一環で、阿部容子さんがデザインを担当。ガーデンセラピーを取り入れたデザインが予定されています。
浜名湖花博20周年記念事業は、内閣が提唱する国家戦略とも呼応する「デジタル田園都市(ガーデンシティ)」をテーマとしており、高齢化社会における健康寿命の延長や多様性を理解するための世代間交流など、浜名湖周辺の環境を活かした、自然の癒やしと現代の利便性を体感できるライフスタイルの提案の場として展開されます。

2023年4月24日、ガーデンセラピーという新たな庭の価値観を取り入れたユニバーサルガーデンの設計を担当する阿部容子さんのセミナーが開催されました。セミナーには市内外の造園業者や学生など約35名が参加。ユニバーサルガーデン及びガーデンセラピーの考え方や認知機能に好影響を及ぼす特定の植物を取り入れたガーデン設計アイデア、療法的効果に積極的にアプローチする庭での五感刺激の方策などについて、阿部さんの解説に参加者が熱心にメモを取る姿が見られました。

市民の健康増進に寄与する新しい都市公園の提案

浜名湖ガーデンパークという都市公園において、ガーデンセラピーを体感できるユニバーサルガーデンが展開される意義について阿部さんにお伺いしました。
「庭はこれから向かう超高齢化社会において、さまざまな療法効果を得られる住宅の必須機能として位置付けられていくでしょう。しかし、まだその情報発信は十分ではありませんし、体感できる場所はありません。ですから、今回のユニバーサルガーデンでは、さまざまな庭の療法的効果を体感できる場所であると同時に、市民の皆さんがこのガーデンからさまざまなアイデアを持ち帰って、ご自宅の庭で実践できるセラピーガーデンのモデルガーデン的役割を担う必要があると思っています。訪れて楽しい場所であると同時に、市民生活の向上のための情報発信基地という役目も、浜名湖花博20周年記念事業が掲げる新しい都市公園のあり方として重要なポイントだと考えています」。

公園という不特定多数の人が利用する場所では、誰もが利用しやすいデザインとしてユニバーサルデザインを意識する必要がありますが、今回は「誰もが」という条件に答える一つのデザインに限定しない形を阿部さんは考えています。
「例えば、回遊路を全部、車椅子で通れるスロープにしておけばユニバーサルなのかといったら、そう単純なものではありません。車椅子ユーザーにもさまざまな体格の人がいますし、介助がある方もない方もおられ、お使いの車椅子の機能も異なります。場合によっては長いスロープより、車椅子で上がれる高さにした階段状の道の方が安心な方もいらっしゃいます。また、足腰の弱った方には、高さや手すりのデザインに配慮した階段の方がスロープを歩き続けるより楽なことがありますし、健康な方にとってはスタスタ上がれる階段の方が快適でしょう。
ですから、複数の選択肢を用意することによって、ガーデンを訪れた方がご自身のその時の事情に合わせて園路を選んでこの庭を楽しみ、また色々な方法で楽しむ他の人の姿を目にすることで、他者への相互理解も進み、多様性を自然と受け入れる社会に繋がっていくとも思います。そして、ここを訪れた皆さんが、さまざまなことを体験し、自宅の庭にそのアイデアを持ち帰ってご自身の生活に生かしたいと思った時、今回セミナーに参加してくださったプロの造園業者の方々がセラピーガーデンの設計知識を生かして活躍してくれたら理想的ですよね。そうなれば、県が掲げるデジタル田園都市構想が着実に実現化されていくのではないかと私自身とても楽しみにしています」。
コロナや社会情勢のめまぐるしい変化を受け、私たちの暮らし方や価値観も大きな変革期を迎えてさまざまな模索がされています。浜名湖花博20周年記念事業で推進されるプロジェクトは、新時代の暮らし方への一つの明確な回答として、2024年の春の開幕が大きな期待とともに待たれます。
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