神奈川・横浜で30坪(約99㎡)の庭を持ち、15年庭づくりをしてきた前田満見さんが、2016年に友人と2人で初めてイギリスを訪ねました。テーマは、憧れのイングリッシュガーデンを巡る旅。湖水地方からコッツウォルズ、ロンドンで訪れた数々のガーデンは、想像と期待を遥かに超えた美しさと、言葉では言い尽くせないほどの感動を与えてくれました。

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イングリッシュガーデンを巡る旅も、いよいよ後半。コッツウォルズ地方のKingham駅から電車で約2時間、ロンドンPaddinton駅に到着しました。そこからタクシーに乗り、Charing Crosse駅へ。この駅は、旅の最後に訪れるシシングハースト・カースル・ガーデンへのアクセスが抜群で、宿泊先のホテルも駅に隣接していました。チェックインをすませると、日が暮れるまでロンドンの美しい街並みを散策しました。

忘れられない出会い

翌日は、いよいよシシングハースト・カースル・ガーデンへ。最寄り駅のStaplehurst駅はCharing Cross駅から電車で1時間ほどで到着しました。ところが、ここで思わぬハプニングが。下調べではこの駅の電話ボックスからタクシーを呼んで、ガーデンへ行く予定でしたが、なぜか電話ボックスが閉まっていたのです。そのうえ、チケット売り場の窓口も閉められ、駅員さんらしい姿も見えません。

困り果ててあたふたしていると、上品ないでたちの男性が、声を掛けてくれました。事情を話すと、その男性は、親切に自分の携帯からタクシーを呼んでくれたのです。何度もお礼を伝えると「シシングハーストは素晴らしいガーデンだよ、楽しんでね!」と、笑顔で立ち去って行きました。まさに、絵に描いたようなイギリス紳士! こんな奇蹟のような出会いも、旅の忘れられない思い出です。

夢のようなホワイトガーデン

Staplehurst駅からタクシーで約20分。ようやく私たちは、憧れのシシングハースト・カースル・ガーデンへ到着しました。この庭園は、1930年に英国の作家、ヴィタ・サックヴィル=ウェストと、夫のハロルド・ニコルソンによってつくられた、世界中のガーデナーが憧れるイングリッシュガーデンの聖地(現在は、ナショナルトラストによって管理されています)。

エントランスを抜けると、目の前に高い塔が現れました。私たちは、この塔に上って庭園を上から見てみることにしました。狭く細い階段を上ると、広大な庭園と、辺りの緑豊かな田園風景が360度見渡せました。言葉では言い尽くせない美しさと開放感。真上から見た庭園は、生け垣やレンガ塀で区切られ、色別に植栽された部屋が幾つもあるように見えました。

塔を降りると、まず初めに向かったのは白い部屋。そう、あの有名なホワイトガーデンです。ここは、シシングハースト・カースル・ガーデンのシンボル。本や雑誌で何度も見た夢のような場所です。緊張と興奮のあまり足がすくみ、頭の中も真っ白に……。そんな私を、アイリスやジギタリス、ボリジ、アストランティア、デルフィニウムなどの白い花々が迎えてくれました。

差し色の淡い黄色のハナビシソウやシャクヤクも、何とも優しげな雰囲気。溢れんばかりの白い花々に囲まれて、いつのまにか緊張もほぐれ清々しい気分になりました。残念ながら、ホワイトガーデンのシンボルローズ、ロサ・ムリガニーはまだつぼみでしたが、そびえ立つ塔を背景に満開の白バラが咲く光景を想像すると、心が浄化されていくようでした。

オールドローズが咲き誇る ロマンチックガーデン

ホワイトガーデンの余韻に浸りながら、次はピンク〜パープル系の部屋へ。入り口には、味わい深い古いレンガの壁を覆い尽くすように、満開のツルアジサイとモンタナ系のクレマチスが絡まり、奥へと誘うように水色の可愛らしいアイアンの扉がありました。

ワクワクしながら中へ入ると、数えきれないほどのバラの花と、濃密な香りに包まれました。思わず、「わあ〜、なんて素敵なの!」と声をあげると、近くにいた女性がこちらを見てにっこり。「So lovely!」と声をかけてくれました。言葉は通じなくても、私のリアクションに共感してくれたようで嬉しくなりました。

淡いピンク〜赤紫色の華やかなバラの足元にも、同じグラデーションのジギタリスやアリウム、シャクヤクなどがバランスよく混植されていて、その完璧なカラーバランスは植栽のお手本。それでいて堅苦しさを感じないのは、バラの支柱やオベリスクに小枝や植物のつるが利用されていたり、誘引や剪定の仕方にも秘密がありそうです。

そよ風にふわりと揺れるバラの花と、その足元に寄り添う多年草の花々。きっと庭主だったヴィタさんも、こんなロマンチックな景色がお好みだったに違いありません。

そう言えば、建物の一角にヴィタさんが好きだったというオールドローズが、ガラスの一輪挿しに並んでいました。一輪一輪、手書きで名前が記されたラベルも添えられて。今は亡き彼女の面影を感じられる心憎い演出に感激しました。

そしてもう一つ、彼女がお気に入りだったイチジクは、何と、レンガの塀に誘引されていました。こんなユニークなイチジクの仕立て方を見たのは初めてだったので、ちょっと驚きましたが、永い時を刻んだ味わい深いレンガ塀に、しっくりと馴染んでいました。イチジクのふくよかな実がなる頃は、どんなにか素敵でしょうね。

明るい木漏れ日のようなイエローガーデン

そして、次は黄色の部屋へ。黄色は、明るく元気をくれる色ですが、黄色の花を植栽する時、配色を一歩間違えると、何となくまとまりのない印象になりがちです。なので、これまで黄色の花をどちらかというと敬遠していました。ところが、この部屋の植栽を見て、黄色い花の印象が変わりました。

レモンイエローのアイリスと黄緑色の葉物の組み合わせは、春の柔らかな陽射しのよう。鮮やかな黄色とオレンジ色のゲウムは、ビビッドな色同士なのに、可憐な小花がチラチラと木漏れ日のように見えました。その中で一際輝いていたのが、赤と黄のバイカラーのオダマキ。個性的でキュートな存在感に目が釘付けになりました。組み合わせる葉物や花の雰囲気で、黄色がこんなにも違った印象に見えるのですね。わが家の庭にも、黄色の花を植えてみたくなりました。

古い建物と植栽の調和

シシングハースト・カースル・ガーデンの見所は、完璧な植栽やカラーバランス、ガーデンデザインなど、書き尽くせないほどありますが、古いレンガの壁や建物もその一つ。ヴィタさん夫妻は、この庭園をつくり始めた時、残存していた古い建物の雰囲気を失わないように、再使用可能な古いレンガや石を使って修復したそうです。

必要以上に美化することなく、植栽は建物との調和を何よりも大切にしたのだとか。だからこそ、この庭園のバラや草花が、より生き生きと自然に見えるのですね。改めて、植栽と建物との調和の大切さを痛感しました。

そして、ヴィタさんとハロルド夫妻の意思やビジョンを失うことなく、150年経った今も庭園を維持し続けている、イギリスの誇るべき文化財保護財団「ナショナル・トラスト」。シシングハースト・カースル・ガーデンは、イングリッシュガーデンの真髄を目の当たりにできる、まさに聖地でした。

Credit

写真&文/前田満見

高知県四万十市出身。マンション暮らしを経て30坪の庭がある神奈川県横浜市に在住し、ガーデニングをスタートして15年。庭では、故郷を思い出す和の植物も育てながら、生け花やリースづくりなどで季節の花を生活に取り入れ、花と緑がそばにある暮らしを楽しむ。小原流いけばな三級家元教授免許。著書に『小さな庭で季節の花あそび』(芸文社)。

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