トップへ戻る

早春の「ポタジェ・デュ・ロワ(王の菜園)」を訪ねて【フランス庭便り】

早春の「ポタジェ・デュ・ロワ(王の菜園)」を訪ねて【フランス庭便り】

園路を縁取るのはチャイブの花、ポタジェらしく、オーナメンタルにもエディブルな植物を使っています。

フランスのヴェルサイユ宮殿とともに、世界遺産として登録されているヴェルサイユの庭園。その一部に、「ポタジェ・デュ・ロワ(王の菜園)」と呼ばれるポタジェ(フランス語で菜園)があるのをご存じでしょうか。ここは、ルイ14世のためにフランス整形式庭園(フォーマル・ガーデン)の典型的なスタイルでつくられ、17世紀の姿を今に伝える、世界的にも大変珍しいポタジェです。この菜園に何度も通っている庭園文化研究家、遠藤浩子さんが、春の芽吹き直前の「ポタジェ・デュ・ロワ」を解説します。2022年4月14日(木)には、ポタジェ・デュ・ロワと中継をつなぐオンラインサロンも開催しました。

Print Friendly, PDF & Email

ヴェルサイユの隠れた憩いの場

Potager du Roi à Versailles
Potager du Roi à Versailles Photo/Français [CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons] 端正な幾何学的なデザインで構成されたポタジェの全景。
ルイ14世は美食家であり、野菜や果樹の栽培への関心も高かったことから、王自らが宮殿から馬に乗ってポタジェまで散策に出ていたのだそうで、「王の門」と呼ばれる立派な鋳造の門が現在も残っています。王にとって、公の場である宮廷を離れてほっと一息つく、憩いの場であったのかもしれません。古の「ポタジェ・デュ・ロワ」は王家の食卓に上がる多種多様な野菜や果実が栽培されていましたが、もちろん単なる菜園・果樹園ではありません。王の散策の場にもふさわしい美観を備えつつ、王家の食卓ならではの贅沢を満足させるスペシャルな菜園だったのです。

ポタジェらしからぬゴージャスさの「王の門」。ルイ14世のために設けられたポタジェへの入り口。

フレンチ・フォーマルなスタイル

ポタジェ・デュ・ロワ(王の菜園)
しっかりパースペクティブが一直線に通ったポタジェの中央、グラン・カレ。

ポタジェを訪れてまず驚くのが、徹底的なフォーマル・ガーデン・スタイルの構成です。9ヘクタールの敷地全体が壁で囲われた沈床型のウォールド・ガーデンになっています。グラン・カレと呼ばれる正方形の中央区画には、円形の噴水を中心に、エスパリエ仕立てのリンゴや洋ナシなどの果樹で仕切られた、野菜栽培のスペースが整然と並びます。その周りには、伝統品種や新品種などバラエティに富んだ果樹が、さまざまなエスパリエ仕立ての独特な樹形で栽培されています。

ポタジェ・デュ・ロワ(王の菜園)のエスパリエ仕立て
エスパリエ仕立ての古木。

エスパリエ仕立てとは、フランスの果樹栽培のための伝統的な剪定方法。現在でもリンゴや洋ナシを中心に4,000本ほどを栽培するポタジェ・デュ・ロワは、これだけの規模でその様子が見られる、世界でも唯一の貴重な場所です。

ウォールド・ガーデンとエスパリエ仕立ての効用

ポタジェ・デュ・ロワ(王の菜園)の果樹
壁に囲まれたポタジェ、さらに沈床になった果樹園コーナー。エスパリエ仕立てのリンゴや洋梨が並びます。

ところで、沈床型のウォールド・ガーデンをぐるりと囲む厚い土壁にも、壁に沿わせるエスパリエ仕立ての剪定にも、じつはスペシャルな果樹栽培のための理由がありました。土壁は果樹が外部からの冷風に直接晒されるのを防ぐとともに、日中の太陽の熱を蓄え、夜間の急激な温度の降下を抑えて、果樹栽培に好都合の微気候を作り出します。また、平面的なエスパリエ仕立てには、果実に満遍なく日光が当たるように、また収穫がしやすいようにという配慮から生まれたものです。

ポタジェ・デュ・ロワ(王の菜園)の果樹
こちらもエスパリエ仕立ての果樹、夏は緑がモサモサです。

17世紀にも野菜の促成栽培

ポタジェ・デュ・ロワ(王の菜園)
ポタジェの端のほうは、開けた緑地になっていて、半分は市民に開放、もう半分はヒツジの放牧に使われます。手前は近隣の学校の子どもたちのための花壇。

贅を尽くした王宮の食卓には、例えば3月にイチゴ、6月にイチジク、12~1月にアスパラガスが並んだといいます(ちなみにイチゴもイチジクもルイ14世の大好物だったそうです)。現代であれば何ら驚きもないのですが、ハウス栽培などなかった時代です。通常の露地栽培の収穫期に大幅に先駆けて現れるこれらの野菜や果実は、まさにミラクル。宮廷人たちにとっても大変な贅沢でした。

ポタジェ・デュ・ロワ(王の菜園)
ポタジェの中央近くに立つ創設者ラ・カンティニの像。剪定鋏を手にポタジェを見守っています。

では、どうやって実現したのか?  ルイ14世の命を受け、ポタジェの造園と管理を行ったのは、庭師で果樹栽培の専門家として名高かったラ・カンティニ。彼は当時最新の栽培技術の開発に余念がなく、宮殿の厩舎から出る馬糞を用いた堆肥の発熱を利用した促成栽培術で宮廷を驚かせ、称賛を集めたのでした。

伝統そして革新

ポタジェ・デュ・ロワ(王の菜園)
壁沿いに巡るリンゴの木に実がなっている様子。

創始者ラ・カンティニのイノベーション精神は後世に受け継がれ、フランス革命などさまざまな時代の変遷を経て現在に至ります。「ポタジェ・デュ・ロワ」のモットーは、歴史の伝承とともに常に革新的であること。世界的にも希少な17世紀のフレンチ・フォーマル・ガーデンの姿を留めたポタジェでは、フランスの昔ながらの固有種を多く栽培し、また伝統的な園芸技術であるエスパリエ仕立ての剪定など、技術の伝承が行われています。そうした伝統の継承を自らの使命として大切にする一方で、今の時代に対応する新たな試みが次々と行われているのも、このポタジェの大切な側面です。

アグロエコロジーへ

ポタジェ・デュ・ロワ(王の菜園)
バラの時期のポタジェ、遠景に見えるのはサン・ルイ大聖堂。ヴェルサイユの街の歴史地区に位置するアーバンガーデンでもあります。

フランスでは、オーガニックの食材が一般化しているだけでなく、2016年から公共の緑地での薬剤散布が法律で禁止されるなど、人の健康や環境保護が社会的に重大なテーマになっています。先駆精神に富んだこのポタジェでは、2000年代には無農薬の自然農法への切り替えが始まり、パーマカルチャーの手法を取り入れるなどして、できる限り無農薬、栽培品種によっては完全無農薬栽培へと移行してきました。

ポタジェ・デュ・ロワ(王の菜園)
冬の間も青々とした草地。葉を落とした果樹のグラフィカルなシルエットが面白い。

特に土壌や生態系といった自然環境を保護しつつ、サステナブルな方法で人間と自然の共存を目指す未来の農業、アグロエコロジーへの取り組みが積極的に進められています。また、一般の来場者の見学に門戸を開き、園芸講座や各種イベントが行われ、歴史的庭園の姿やサステナブルな都市農業のあり方を人々に伝える教育普及も現在のポタジェの大事な役割です。

春を待つポタジェの魅力

ポタジェ・デュ・ロワ(王の菜園)
3月下旬、モモの花が咲き始めました。

庭園を訪れる際には、どの季節が見頃なのか、という問いが常にありますが、「ポタジェ・デュ・ロワ」は年間通じて見学が可能です。春にはモモやリンゴの花が咲き、夏は緑が溢れ、秋には黄葉とともに、カボチャ類など秋の収穫物がコロコロと畑を彩る…と季節による変化を追うのも、興味深く楽しいものです。

ポタジェ・デュ・ロワ(王の菜園)

冬の間は果樹類の葉っぱも落ちて、若干寂しいのではと思われがちですが、じつは自慢のエスパリエ仕立ての木々のグラフィックな魅力を十二分に堪能できる、特別な時期でもあります。この機会に、変化に富んだポタジェの四季の表情を皆様に楽しんでいただけたら嬉しいです。

遠藤浩子さんが案内する「ポタジェ・デュ・ロワ」オンラインサロン開催※終了しました

記事でご紹介したフランスの「ポタジェ・デュ・ロワ」と中継をつなぎ、この時期しか見られない春のポタジェの様子を、庭園文化研究家、遠藤浩子さんがご案内するサロン。開催は、2022年4月14日(木)18:30スタート(フランス時間11:30)。 

サロンへのご参加には、ガーデンストーリークラブへのご入会が必要です。

Print Friendly, PDF & Email

人気の記事

連載・特集

GardenStoryを
フォローする

ビギナーさん向け!基本のHOW TO