庭の植物を眺めていると、ハッとする美しさに心ときめく瞬間はありませんか? いつまでも忘れがたい愛おしい瞬間です。私たち同様、多くの芸術家たちも身近な自然の美しさに魅せられ、花・鳥・虫をモチーフに作品を作ってきました。ガラス工芸家として知られているルネ・ラリック(René Lalique 1860-1945)もその一人。今回は、19~20世紀を華やかに彩った彼の麗しき作品を観に、神奈川県「箱根ラリック美術館」を訪れました。ラリックとその作品をご紹介します。
ガラス工芸家ルネ・ラリック

洗練されたジュエリーやガラス工芸で知られるルネ・ラリック。19~20世紀の装飾美術工芸史のなかで、アール・ヌーヴォー、アール・デコの両時代にわたり活躍しました。日本では、アール・デコ様式の旧朝香宮邸・現東京都庭園美術館の正面玄関のガラスレリーフ扉やシャンデリアなどを手掛けています。

ラリックは1860年、シャンパーニュ地方マルヌ県の小さな村アイに生まれ、ブドウ畑が広がる自然豊かな地方で育ちました。16歳のときに母の勧めで、パリの宝飾職人に弟子入りすると同時に美術学校に進学。パリではオペラ座が建てられるなど、華やかな時代で、ラリックの自然を注意深く観察して培われた感覚は、日本美術(ジャポニスム)や古代ギリシア・ローマのエキゾチックな雰囲気などに刺激され、どんどん磨かれていきました。
装飾柵「蝶の女」(左)/木版画「ラリックのウィンドウ:万国博覧会Ⅲ(フェリックス・ヴァロットン作)」(右)

着実に実力をつけたラリックは、1882年からパリでカルティエ社やブシュロン社などの高級宝飾メーカーのジュエリーデザインの下請けも手がけるようになります。1885年には自分の工房を持つ宝飾作家として独立。大女優サラ・ベルナールも顧客に名を連ねるほどの成功を収めたラリックは、1900年のパリ万博に出品(「装飾柵・蝶の女」など)。東洋やオリエンタル文化の影響を多大に受けつつ、自然をモチーフとした斬新なデザインで訪れた人々をあっと驚かせ、彼の展示ブースは多くの人でごった返しました。
コサージュ「バラ」

ジュエリーにはもっぱら高価なダイヤモンドやルビーが使われていた時代、ラリックは自分が持つイメージを形にするために、エマイユ(七宝)、獣角、ガラスなどの価値は低いが加工のしやすい素材を積極的に用いて、モチーフである植物や昆虫などをリアルに再現。蝶やトンボの羽の薄さ、花の質感や女性の肌の透明感など、精緻な技術による豊かな表現は、パリ中に絶賛されました。柔軟かつ斬新な発想で今までの概念を大きく覆し、‘モダンジュエリー’のスタイルを確立したのです。
チョーカーヘッド「オリーブ」

かつては上流階級層が文化の中心となっていましたが、列車が走るようになったこの頃から一般大衆が活躍する時代に突入。多くの人が豊かな文化を享受できるようになったため、各業界はスピード感と量産が必要となりました。ビジネスの感覚をしっかり持ち合わせていたラリックも、多くの女性に自分の作品を届けるために、時代に合わせた作品づくりに舵を切ります。
香水瓶「四つの太陽」

ラリックは1910年頃からガラス作品の制作に力を注ぎ始めます。それまでのジュエリー制作は一点一点の手作りでしたが、機械を導入してのプレス成形や型吹き成形により量産ができるガラス作品制作は、時代に合わせつつも、彼の高い芸術意欲を叶えるものでした。
香水瓶「シクラメン」

ラリックの表現力を高く評価した化粧品ブランド「コティ」に香水瓶の制作を依頼されたことをきっかけに、以後さまざまなブランドの香水瓶などを手掛けるようになりました。ブランドから依頼されたものは、その会社のカラーが色濃く反映されていますが、自身の「ラリック」ブランドは、多少手間のかかる手法も取り入れ、自由度の高い作品を制作しました。
花器「バッカスの巫女たち」

その後、ラリックは花器などの小品から照明、ガラスのウォールなど建築のための大作までを手がけました。時代はアール・ヌーヴォーからアール・デコに入り、1925年のアール・デコ博覧会では、ガラスの噴水塔「フランスの水源」をメイン会場に制作したり、自社のパヴィリオンを出展するなど、時代を代表するガラス工芸家としての絶対的な地位を築いたのです。
装飾パネル「花束」

そのほかの魅力的な
ラリックの作品をご紹介!
ブローチ「シルフィード(風の精)、あるいは羽のあるシレーヌ」

ベッドサイドランプ「日本の林檎の木」

香水瓶「香水A(または香水N)」

ペンダント・ブローチ「ユリの女」

ペンダント・ブローチ「冬景色」

カーマスコット「孔雀の頭」(左)/「トンボ」(右)

灰皿「鈴蘭」(左)/「雀」(右)

自然豊かな「箱根ラリック美術館」で約230点の作品に触れる

アール・ヌーヴォーからアール・デコにわたって一世を風靡したラリック。そのしなやかな感性が生み出した、数々のアクセサリーやガラス工芸。眺めているだけで、フランスの優雅な文化と時代の香りに浸ることができます。ラリックの作品約230点の作品を所蔵する「箱根ラリック美術館」で、ぜひこれらの作品を鑑賞してください。庭の池の周りには、さまざまな草花が咲きこぼれています。カジュアルフレンチ料理が楽しめるカフェ・レストランも併設されているので、箱根の自然と季節の味を満喫しながら芸術に触れてみませんか。
Information

箱根ラリック美術館
所在地:神奈川県足柄下郡箱根町仙石原186番1
TEL:0460-84-2255
開館時間: 9:00~17:00(美術館入館は16:30まで)/2021年12月1日より9:00~16:00(美術館入館は15:30まで)
休館日:2021年12月1日より毎月第3木曜日(但し8月は除く)
駐車場:無料(80台)
取材・写真協力:箱根ラリック美術館
Credit
写真&文/井上園子
ガーデニングを専門としたライター、エディター。一級造園施工管理技士。恵泉女学園短期大学園芸生活学科卒。造園会社、園芸店を経て園芸雑誌・書籍の編集者に。おもな担当書に『リーフハンドブック(監修:荻原範雄)』『刺激的ガーデンプランツブック(著:太田敦雄)』『GARDEN SOILの庭づくり&植物図鑑(著:田口勇・片岡邦子)』など。自身もガーデニングを楽しみながら、美術鑑賞や旅行を趣味にする。植物を知っていると、美術も旅も楽しみの幅が広がりますね。
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