イングリッシュガーデン旅案内【英国】注目のガーデナーが生み出す21世紀のイングリッシュガーデン「マルバリーズ・ガーデンズ」後編
庭好き、花好きが憧れる、海外ガーデンの旅先をご案内する現地取材シリーズ。英国ハンプシャー州にある新しい庭園、「マルバリーズ・ガーデンズ」の後編をお届けします。伝統を踏まえつつも、ダイナミックに進化していく、21世紀のイングリッシュガーデンをご紹介しましょう。
目次
オープンガーデンで大人気
今回訪れているのは、クラシカルなガーデンデザインと表情豊かな植栽で人々を魅了する、マルバリーズ・ガーデンズ。ここは個人邸の庭ですが、英国の慈善団体、ナショナル・ガーデン・スキーム(NGS)のオープンガーデンに参加していて、年に数回、一般公開が行われます。また、庭園独自の一般公開日も設けられていますが、その人気は高く、どちらの日程も発表されるなり、あっという間に予約が埋まってしまうそう。
この大人気の庭園を作り上げたのは、2010年からヘッドガーデナーを務めるマット・リースさんです。彼は、英国王立植物園キューガーデンと、英国王立園芸協会のウィズリーガーデンという、世界最高峰の2つの庭園で経験を積んだ後に、20世紀を代表する名ガーデナー、故クリストファー・ロイドの自邸、グレート・ディクスターで7年間修業したガーデナー。生前のロイドから直に庭づくりを学んだという、貴重な経験を持つ人物です。
「マルバリーズ・ガーデンズ」前編では、マットさんが一から作り上げた、セイヨウイチイの生け垣に囲まれた美しいガーデンルームの数々をご紹介していますので、ぜひご覧ください。
では、庭巡りを続けましょう。
屋敷を彩るテラスボーダー
小さなウッドランドガーデンの木々の間を抜けていくと、アーチの先は明るく開けていました。左奥に屋敷が見え、その脇に、植栽豊かなボーダーが広がっています。
「ここは、先日発売されたガーデン誌〈The English Garden(2019年7月号)〉の表紙になったんですよ。写真は早朝ですね。4月には、別のガーデン誌〈Gardens Illustrated〉でも紹介されました」
屋敷に沿って、敷石の小道と花壇が長く伸びています。石と石の隙間にも緑がのぞいて、ナチュラルな雰囲気。黄色の穂を立ち上げるエルサレムセージ(フロミス・フルティコサ)や、オレンジの花穂のエレムルス、フランネルソウ、ゲラニウム、ユーフォルビアなどが混ざり咲いて、花々の競演は、遠く、奥まで続いています。
イタリア風のレンガ造りの屋敷は、ヴィクトリア朝時代の1870年に建てられたもの。テラスガーデンの植栽が、この屋敷をより美しく見せています。屋敷を背に立つと、花壇の先に芝生があって、その向こうには、パークランド(草原)が遠くまで広がっています。
このテラスボーダーは、マットさんにとって「実験」を行う場。植物の性質を確かめたり、植物同士の組み合わせを試したり、新しいものに挑戦する場所です。たくさんの草花が混じり合う植栽を魅力的に保つためには、頻繁に植え替えを行うなど、こまめなメンテナンスが欠かせませんが、マットさんは労力を惜しみません。さすが、「世界一、忙しい庭」と呼ばれるグレート・ディクスターで修業したガーデナーさんです。
ゲラニウムにジギタリス、バーバスカム、セリンセ、オリエンタルポピー、エリンジウムなど、たくさんの植物が混じり咲くボーダー。それぞれが自由に茂り、ラフな雰囲気が心地よい楽しい一角。左側には、パーゴラがあります。
花壇の中で、オレンジがかった明るい色を添えていたのは、一重のハイブリッドティー、‘ミセス・オークリー・フィッシャー(Mrs. Oakley Fisher)’。これは、マットさんにとって大切なバラなのだそう。なぜなら、名園シシングハースト・カースル・ガーデンを作り上げた、ヴィタ・サックヴィル=ウェストから、マットさんの師匠であるクリストファー・ロイドに贈られ、その後、ロイドからマットさんに贈られたものだから。20世紀を代表する2人の偉大なガーデナーから、新時代を牽引するガーデナーの一人であるマットさんへと託されたバラは、イギリスの庭園史の流れを象徴しているかのように思えます。
マットさんは、師匠ロイドの著書だけでなく、イングリッシュガーデンの基礎を作り上げたウィリアム・ロビンソンや、ロマンチックな植栽を得意としたヴィタ・サックヴィル=ウェストが書き残した本からも、多くを学んできたそうです。
無数の植物がコレクションされたガーデンに圧倒されてしまいますが、まだ他にもガーデンがあるとのことで、次のエリアに向かいます。
対比を楽しむトピアリーメドウ
最初、車で入ってきた時に目にしたトピアリーメドウにやってきました。真っ赤なポピーの咲くメドウに、エレガントなスタイルに刈り込まれたトピアリーがいくつも立っています。赤と緑の色彩が鮮やか! メドウにはワイルドフラワーが咲きますが、時期によっては真っ白な花が咲き広がるなど、色彩が変化するようです。
「ポピーなどが咲く自然なメドウを、人工的なトピアリーと並べることで、対比の面白さを見せているガーデンです。トピアリーの形は、鳥のようにしたいと思っています」
刈り込まれたトピアリーの頂上付近をよく見ると、まだ整形されていないよう。この部分を伸ばして、鳥を形作るのでしょうか。
グレート・ディクスターにも似たスタイルのメドウガーデンがありますが、この庭は師匠のロイドに捧げるオマージュかもしれませんね。
トピアリーメドウの奥には、柵に囲われたニワトリ用のスペースがあって、キュートな小屋が建っています。じつは、これらのニワトリもガーデナーさんたちがお世話しているとのこと。この他に、ヒツジやウシも飼われています。
クラシカルな美しさ ホワイトガーデン
どんどん進んでいくと、レンガ塀でぐるりと囲われた、大きなウォールドガーデンにやってきました。扉の向こうに、ホワイトガーデンが見えます。
このウォールドガーデンの中には、英国の有名なランドスケープデザイナー、トム・スチュワート=スミスが、前オーナーのために作った庭がありました。多年草を取り入れた、モダンな要素のある、個性的なデザインの庭だったそうです。
「しかし、私たちはこの場所を、例えば、ウィリアム・ロビンソンが作ったような、ナチュラルな、イングリッシュガーデンの伝統を感じるものにしたかったので、すべて作り直しました」
ウィリアム・ロビンソンは、19世紀後半に活躍した造園家。整形式庭園全盛期の、人工的な庭園が人気を博していた時代に、植物の自然な姿を生かした庭づくりを提唱し、現代に続くイングリッシュガーデンの基礎を築きました。ミックスボーダーやメドウガーデンなど、植物が思い思いに咲き乱れる、イングリッシュガーデンのナチュラルなイメージは、ロビンソンの時代に生まれたものです。
ホワイトガーデンは作り直してから6~7年経ちますが、3年程前に生け垣を足して、エリアを拡大したそうです。人の背丈以上に伸びた白花のバラや宿根草などが、奥に建つガラス温室を覆い隠すように茂っています。
ガーデンの途中に、再び水音の演出を発見。四角く組まれた石の中心から隙間へと流れ落ちる水が底で反響して、涼しげな音が周囲に響いています。
小さな噴水は、全部で4つ。景色に静かな変化を与えています。
エレガントな雰囲気のキッチンガーデン
ホワイトガーデンの隣には、野菜や果物、切り花を育てるキッチンガーデンがありました。ツゲの低い生け垣に囲まれて、季節の野菜が整然と育っています。2つの白い構造物は、果樹を育てるための大きなフルーツケージ。他の庭園にあるものを参考に、マットさん自身がデザインしたものだそう。装飾性の高い白いケージときれいに刈り込まれた生け垣が、このキッチンガーデンに優美な雰囲気を与えています。
2棟のフルーツケージの中にあるのは、サクランボの木。収穫が2度できるように、早く実る木と、遅く実る木が、それぞれ1本ずつ植えられています。果実が鳥に食べられないように、ケージはぐるりとネットで囲まれています。
訪ねた時は、ちょうど、サクランボが実っていて、足元には、イチゴが広がっていました。2段ベッドのような、効率的な空間の使い方ですね。
「2010年にここをオーナーが買い、その2~3カ月後に私は雇われ、それ以来、すべての植栽やデザインを行ってきました。これまでいろいろ手を加えてきましたが、これからももっと変えていきます。プロジェクトがたくさん待っていますが、まだまだ新しい植栽法にチャレンジして、植え込みも毎年変化させていく予定です。日本は幾度か行きましたが、北海道の庭はまだ見たことがありません。クマに遭遇しないように気をつけながら、いつか行ってみたいと思っています」
マットさんは最後に、未来の庭への思いをそう話してくれました。
ホワイトガーデンとキッチンガーデンが接する地点には、向こうまでずっと続く、緑のトンネルがありました。花は終わっていましたが、キングサリのトンネルのようです。長さを尋ねてみると「80mかな」と、あまり気にしていない様子。黄金色の花が満開の頃、ここにはどんなゴージャスな景色が現れるのでしょう。
マルバリーズ・ガーデンズの庭巡りを終えて、同行した北海道上野ファームのガーデナー、上野砂由紀さんは、このように話していました。
「マルバリーズはインスタグラムで見つけたガーデンで、書籍などでも情報を得ていましたが、これが初訪問となりました。インスタでは分からなかったことも見ることができて、非常に勉強になりました。
日本では、一年草は植え替えることが定着していますが、宿根草については、一度植えたら抜いたり移動したりしてはいけない、という意識が強いですよね。(でも、ここでは宿根草も植え替えていて)イギリスに来る度、マットさんのような、果敢にチャレンジするガーデナーたちの姿を目にして、私も多くの刺激を受けます」
「帰国したらすぐに植え替えたいもののイメージも、もう頭の中にあります。よく、宿根草は植え替えちゃいけないんですか? と訊かれますが、色合わせに失敗したなとか、もう少し色を足したいな、と思う場合は、一年草でも宿根草であっても、根がダメージを受けやすいものを除いて、春や秋のタイミングで植え替えていくのは、庭にとって非常に大切なことです。マットさんも、庭の成長とともに植栽を変えていくことが、いちばん面白いことだと話していました。ガーデン雑誌でもまだ十分に紹介されていない最新のガーデン、見せていただけてよかったです」
イギリスの庭巡り、残念ながら2020年は中止となりましたが、またいつか訪れて、ガーデナーさんたちの交流によって庭が進化していく様子を、ガーデンストーリーでお伝えすることができたらと、強く願っています。
Information
マルバリーズ・ガーデンズ 〈Malverleys Gardens〉
Fullers Lane, East End, Newbury, Hampshire RG20 0AA
http://malverleys.co.uk/
ロンドンから西へ66マイル、車で約1時間30分。ガーデン訪問は団体(最大40名)のみ受け付け、予約が必要(小さな団体でも可)。個人は、慈善団体ナショナル・ガーデンズ・スキーム(The National Gardens Scheme)での一般公開日か、庭園が設けた独自の一般公開日にて訪問可能。オープンガーデンの日時やチケット予約に関しては各ホームページで要確認。
ナショナル・ガーデンズ・スキームHP https://ngs.org.uk/view-garden/33841/
協力:クラブツーリズム(株)
Credit
写真&文 / 3and garden
スリー・アンド・ガーデン/ガーデニングに精通した女性編集者で構成する編集プロダクション。ガーデニング・植物そのものの魅力に加え、女性ならではの視点で花・緑に関連するあらゆる暮らしの楽しみを取材し紹介。「3and garden」の3は植物が健やかに育つために必要な「光」「水」「土」。
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