イングリッシュガーデン旅案内【英国】注目のガーデナーが生み出す21世紀のイングリッシュガーデン「マルバリーズ・ガーデンズ」前編

庭好き、花好きが憧れる、海外ガーデンの旅先をご案内する現地取材シリーズ。今回訪ねたのは、英国ハンプシャー州にある新しい庭園、「マルバリーズ・ガーデンズ」です。ここは、オープンガーデンの日程が発表されると、あっという間に予約が埋まるほど、人気の高いガーデン。伝統を踏まえつつも、ダイナミックに進化していく、21世紀のイングリッシュガーデンをご紹介します。
目次
緑の壁に囲まれた美しいガーデンルームの数々

ロンドンから車で西に向かい、1時間半ほど。庭園はハンプシャー州、ニューベリーの町の近くにあって、近隣には、人気のテレビドラマ『ダウントン・アビー』の撮影が行われた、ハイクレア・カースルがあります。
車が敷地内へと進み、まず目に入ってきたのは、真っ赤なポピーがトピアリーの間を埋め尽くす、鮮やかな景色! 目が釘付けになって、庭への期待がぐんと高まります。

車を降りると、ヘッドガーデナーのマット・リースさんが出迎えてくれました。マットさんは、英国王立植物園キューガーデンと、英国王立園芸協会のウィズリーガーデンという、世界最高峰の2つの庭園で経験を積み、その後、20世紀を代表する名ガーデナー、故クリストファー・ロイドの自邸、グレート・ディクスターで7年間修業し、腕を磨きました。生前のロイドから直に庭づくりを学んだという、貴重な経験を持つガーデナーです。

マルバリーズのオーナーがこの地所を購入したのは、2010年のこと。マットさんは、それからまもなくしてヘッドガーデナーを任されました。
「私がここに来た時、敷地の西の端には、以前からのウォールドキッチンガーデンがありましたが、それ以外は、サッカーグラウンドがあるだけでした。そこから、すべてのガーデンを新しくつくったのです。1年目は何もせず(といっても、観察したり、計画したりはしていたのでしょうが)、2年目以降は、そのウォールドキッチンガーデンと、少し離れたところに建つ屋敷を繋げるために、どんな庭をつくるかという課題に取り組みました」

マットさんは、オーナーとともに数々の名園を見て回り、どんな庭をつくるべきか検討を重ねました。さまざまな庭を見るうちに、目指すべき方向性が定まります。それは、「きちんと整った構造物の中で花々が豊かに咲く、イングリッシュフラワーガーデン」でした。マットさんは、オーナーの意向に沿いながら、自ら庭をデザインし、そして、セイヨウイチイの高い生け垣という「整った構造物」で囲われ、それぞれに異なるテーマを持った、魅力溢れるガーデンルームをいくつもつくり上げてきました。その「部屋」に入るたびに、玉手箱を開けるような楽しさがあります。
現在、マルバリーズの庭は、マットさんに加えて、4人の専任ガーデナーと学生さんによって維持されています。敷地の総面積は10エーカーですが、その多くは森や草原(パークランド)で占められています。マットさんが、庭園の各エリアを一緒に巡りながら、丁寧に案内してくれました。
ネプチューンに守られる水の庭

まず最初に入ったのは、コッツウォルドストーンを使った、優美なデザインの石塀に囲まれたエリアです。緑の芝生が広がり、その中央に、細長い池のような窪みが見えます。近づくと、チョロチョロと水の音が聞こえてきます。

窪みの中は細長い水路になっていました。左右から細く噴き出す水が、カーブを描きながらその中に注がれ、静かな水音が、窪みの空間に反響して聞こえてきます。

「この庭は6年前に、何もないところからつくられました。他のガーデンとは異なるスタイルで、植物の数を抑えて、構造物を生かしたウォーターガーデンとなっています。中央の長方形のスペースの下には水が流れていて、この水位を調整すると、反響する音が変わるようになっています」

「海洋の神ネプチューンの彫像と、グロット(少し窪んだ石組みの壁部分)のデザインは、2年前に追加しました。彫像は現代のもので、友人の彫刻家スティーブン・ペティファーが手掛けました」
芝生や木の葉の緑が主体の庭ですが、グロットの壁面や石塀には、‘メグ’や‘ニュー・ドーン’といったバラによって、ささやかな色が添えられています。
「庭のデザインに水を用いるアイデアは、京都に4週間滞在した時に出合った、小さな滝といった、水の音の演出から得ました。静かな空間にさらさらと水が流れる、そのサウンドに惹かれたのです」
マットさんは知日家で、京都をはじめ、日本各地を何度も訪れているそうです。

一方、細長い水路のデザインは、スペインのアルハンブラ宮殿の庭にインスピレーションを得たものだそう。
「いずれ、水辺の両側に植えた樹木は、丈高く、空を隠すくらいまで伸びて、枝葉のトンネルの中に水が流れているような景色になる予定です。これらの樹木は‘白普賢(シロフゲン)’という、日本の八重桜。アーネスト・ウィルソンが1910年に日本から輸入した桜です」

グロットの周辺には多少の色があるものの、緑を基本に構成されたシンプルな庭です。低く仕立てられた木々の下で、繊細に弧を描く水のラインが、緑に引き立ちます。それは、初めて目にする景色でした。サクラが満開の頃や、花散る頃の景色も、きっと幻想的で、美しいのだろうなと、想像が膨らみます。
いつまでも水の音に耳を傾けていたいところですが、次のエリアに進みましょう。
炎の色彩 ホットガーデン

先ほどとはテイストが変わって、こちらは植栽豊かなエリア。長方形の庭の2つの長い辺に沿って、奥行きのある花壇が伸びています。この花壇は、盛夏に向けて、トリトマ、ルピナス、ヘレニウムなど、赤やオレンジの鮮やかな色の花がどんどん咲いていくので、「炎の花壇(フレイム・ボーダー)」と呼ばれているそう。訪れたのは6月で、まだ少しおとなしい色彩でした。夏真っ盛りの様子も見てみたいものですね。
「ここは完全なミックスボーダー(混植花壇)で、樹木もあれば、灌木や宿根草、一年草もあります。そして、このポピーのように、勝手にこぼれ種で生えてくるものもあって、それらも生かしています。花壇を目にした時に面白いと思ってもらえるように、隣り合う植物が対照的な姿になるように計算して。例えば、尖った葉の横には丸い葉を、というように。形も色も対比させて、楽しめるようにしています」

「花壇の植物はどんどん育っていきますから、全体的なバランスが悪くならないように刈り込んでいます。また、花が咲き終わったら、スポットごとに次のシーズンの花へと変えていきます。例えば、ここには4月はチューリップが植わっていましたが、6月の今はルピナスがあって、次はダリアとなります。植え替えをする時は、宿根草でも多年草でも、完全に抜いてしまいます。抜いたものは、株分けすることもあれば、捨ててしまうこともあります」

銅や紫、ライムグリーン、赤……。色や形のさまざまな植物が隣り合って、生き生きと茂っています。

さて、先を見ると、小道が別の庭へと続いていて、奥のほうに置かれた彫像が見えます。

振り返ると、先ほどのウォーターガーデンから通ってきた小径があって、奥にネプチューン像が見えます。

左を見ると、遠くに可愛らしいニワトリ小屋が。

そして、右を見ると、これから向かう、池のある庭があります。
このホットガーデンは、いわば、十字の交差点の上に置かれている庭。四方向に小道が伸びて、それぞれ別の庭へと繋がっています。背の高い生け垣で囲われている庭ですが、四方向にある開口部は遠くまで視線が抜けて、メリハリのあるデザインとなっています。
水面を楽しむポンドガーデン

さて、ホットガーデンから次の庭へ進むと、静かな水面が広がっていました。大きな長方形の池のある、ポンドガーデンです。
「ここも、大きなカシノキ以外は何もない、まっさらな場所でした。この庭の見どころは、池の水に映る影。水面に映り込む、周囲の植物の姿を楽しむ庭です」

池は四方を豊かな植栽で囲まれていて、その変化に富む植栽が水面に映ります。風がなく、艶やかな水面に映る草木のシルエット。ガーデンには静けさが漂います。

池の畔では、水の妖精、ニンフが水面を見つめていました。
さて、ぐるりと池を一周したら、隣のエリアへ向かいましょう。
オーナー夫人好みのクールガーデン

「ここは、清涼感のある寒色でまとめた、クールカラーガーデンです。オーナーは暖色(ホットカラー)が好きで、夫人は寒色(クールカラー)が好き。そういうわけで、先ほど見ていただいたホットガーデンと、このクールガーデンがつくられました」

「ここの花壇も、先ほどと同じように、樹木、灌木、宿根草などが混じり合った、ミックスボーダーです。また、ここでも、このルピナスが終わったら、次はサルビアという風に、植物を植え替えています」。
マットさんは、植え替えの労力を惜しまず、ベストの状態の美しい花壇を保とうとします。その姿勢は、おそらくグレート・ディスクター仕込みでしょう。師匠のクリストファー・ロイドも、美しい植栽を求めて頻繁に植え替え、「実験」を繰り返した人物でした。

株全体が青く染まるエリンジウムやサルビア、ゲラニウム、アリウムなどが青紫の色を添え、優しいトーンでまとまっていました。その他に、この庭では、アイリスやカンパニュラ、デルフィニウム、フロックス、アザミ、ワレモコウの仲間、カラマツソウの仲間などが使われています。

「花壇には、日本のカエデ ‘獅子頭(シシガシラ)’も植わっています。秋になるときれいに色づきますよ」。
心穏やかに、一つ一つの植物をじっくり眺めていたいエリアです。
太古の森のようなスタンプリー

砂利道をしばらく行くと、巨木が葉を伸ばし、濃い影を落としています。小さなウッドランドガーデンへと入っていきます。

進んでいくと、木の切り株がワイルドな雰囲気を醸し出す、スタンプリーがありました。スタンプリーとは、19世紀のヴィクトリア朝時代に生まれた庭園スタイル。切り株(スタンプ)を置いた、いわば「切り株園」で、プラントハンターによって英国に持ち込まれた、シダ類を栽培するのに適していました。

「この切り株には苔が生えていますが、これは屋久島のイメージです」
屋久島まで足を伸ばしたことがあるという、マットさん。ここは、イギリスにいながら、遠い日本での旅の記憶が蘇える場所なのかもしれませんね。このスタンプリーがつくられ始めたのは2015年ですが、もう苔が広がって、太古の森のような、長い時間が経過した雰囲気があります。苔がきれいに生えているのは、ミストシャワーが設置されていて、湿度が適度に保たれているからなのでしょう。

幹や根が折れていたり、曲がっていたり。そのワイルドなフォルムに、クサソテツやシダなどの緑が着生して、エキゾチックなイメージです。シダの中には、マットさん自身がヒマラヤで採取した、貴重なものもあるそうです。
さらに進むと、なんと大きな白い花でしょう。おばけモクレン?

「葉っぱの裏がビロードみたいに美しいね。ホオノキの仲間だよ、ほら見てごらんよ」と、マットさんが木を引き寄せたら、花茎が折れてしまいました。

同行していた、北海道・上野ファームのガーデナー、上野砂由紀さんのお顔より大きな花!
「すごいおっきいね!」日本にはない植物に、庭散策は盛り上がりました。
*『マルバリーズ・ガーデンズ』後編に続きます。
Information
マルバリーズ・ガーデンズ 〈Malverleys Gardens〉
Fullers Lane, East End, Newbury, Hampshire RG20 0AA
http://malverleys.co.uk/
ロンドンから西へ66マイル、車で約1時間30分。ガーデン訪問は団体(最大40名)のみ受け付け、予約が必要(小さな団体でも可)。個人は、慈善団体ナショナル・ガーデンズ・スキーム(The National Gardens Scheme)での一般公開日か、庭園が設けた独自の一般公開日にて訪問可能。オープンガーデンの日時やチケット予約に関しては各ホームページで要確認。
ナショナル・ガーデンズ・スキームHP https://ngs.org.uk/view-garden/33841/
Credit
写真&文 / 3and garden

スリー・アンド・ガーデン/ガーデニングに精通した女性編集者で構成する編集プロダクション。ガーデニング・植物そのものの魅力に加え、女性ならではの視点で花・緑に関連するあらゆる暮らしの楽しみを取材し紹介。「3and garden」の3は植物が健やかに育つために必要な「光」「水」「土」。
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