宿根草が生い茂るナチュラルな植栽や、草原の中に花々が咲くメドウガーデン。今では当たり前に思われている、そんなイングリッシュガーデンの姿は、19世紀の名ガーデナーで園芸著述家の、ウィリアム・ロビンソンによって形作られました。イギリス人にガーデニングを教えたアイルランド人ガーデナー、と呼ばれるロビンソンは、整形式庭園の全盛期に「ワイルドガーデン」という全く新しい概念の庭づくりを提唱して、園芸界に衝撃を与えました。ロビンソンはイギリスのガーデニングにどのような影響を与えたのでしょうか。彼が暮らし、庭づくりを続けたグレイブタイ・マナーを訪ねます。

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歴史的価値を持つガーデン

グレイブタイ・マナー
16世紀の屋敷を背に植物の生い茂る花壇。

16世紀後半のエリザベス朝時代に建てられたグレイブタイ・マナーは、ロンドンから南に50kmほど、ウェストサセックス州イースト・グリンステッドの近くにあります。19世紀、ヴィクトリア朝時代のガーデナーで園芸著述家のウィリアム・ロビンソン(William Robinson 1838–1935)が所有し、暮らしたことで、イギリス園芸史に残る文化遺産となりました。

グレイブタイ・マナー
フラワーガーデンの芝生。

現在、グレイブタイ・マナーは、美しい庭と田園風景の中でくつろぐことのできる、高級カントリーサイドホテル、そして、ミシュランガイドの一つ星を獲得したレストランとして知られています。屋敷の周りに広がる35エーカー(約14万㎡)のガーデンは、宿泊かレストランのゲストのみ見学ができます。現在見られる庭は。近年の修復作業によって生まれたものですが、そこにはロビンソンの精神が息づいています。

「ワイルドガーデナー」ウィリアム・ロビンソン

グレイブタイ・マナー
遠くに森を見渡すメドウの小道。

ウィリアム・ロビンソンは1838年、ジャガイモ飢饉の貧しさにあえぐアイルランドに生まれました。幼い頃から庭師見習いとして働き、23歳でロンドンに移ると、リージェンツ・パークの植物園で経験を積みます。

彼がロンドンで働き始めた19世紀中ごろ、ヴィクトリア朝中期のイギリスは、産業革命による豊かさの絶頂にありました。当時の園芸は、最新技術で建てられたガラスの温室で、プラントハンターが集めてきた熱帯の植物を育てたり、外来種の一年草を使って整形式花壇を作ったりするのが主流でした。非常にお金のかかった、贅沢な園芸が人気だったのです。

グレイブタイ・マナーのフラワーガーデン
緑の丘陵を見晴らすフラワーガーデン。

ロビンソンは次第に、そのような人為的で、自然を支配するような栽培や植栽の在り方に疑問を持ち、森や草原などの自然の美を生かした庭づくりを考えるようになります。

グレイブタイ・マナーのメドウ
春は外来種の球根花、夏はワイルドフラワーの咲くメドウ。

1866年、彼は29歳で有名なリンネ協会の特別会員に選ばれ、その後、雑誌や新聞に園芸記事を寄稿する著述家として仕事を始め、独立します。そして、1870年、代表作となる “The Wild Garden” を発表し、イギリスの森の外れや草原に、寒さに耐えられる野生種の外来種を植えて帰化させ、外来種と在来種を合わせた「自然で」手のかからない景色をつくることを提言しました。花々で幾何学模様を描く、整形式庭園がもてはやされていた当時、その流れに真っ向から対抗する新しい庭づくりを示したのです。ロビンソンはその後も植物の最新情報を書き加え、改訂を繰り返しました。大反響を呼んだこの本は、今も読み継がれる、園芸本のベストセラーとなっています。

同時代を生きた友 ガートルード・ジーキル

グレイブタイ・マナー
開放感のある屋敷前の芝生。

ロビンソンは翌年から、園芸週刊誌 “The Garden” を編集者として立ち上げ、ワイルドガーデンの考え方を一層広めていきます。週刊誌の寄稿者には、友人の女性ガーデンデザイナー、ガートルード・ジーキル(Gertrude Jekyll 1843-1932)もいました。

グレイブタイ・マナー
屋敷前を彩るピンクのルピナスとバラ。

ジーキルは、昔ながらのコテージガーデンのスタイルを、鮮やかな色彩の植栽に発展させて、富裕層のガーデンシーンに大きな変化をもたらした人物です。2人はコテージガーデン風の自然な植栽というデザインの信条を分かち合い、長年にわたって友人関係を続けました。1883年にロビンソンが発表した著書 “The English Flower Garden” には、ジーキルによる寄稿記事が含まれていますし、また、このグレイブタイ・マナーの庭づくりにもジーキルが協力したといわれます。

グレイブタイ・マナーのミックスボーダー
ナチュラルな雰囲気のミックスボーダー。

早春の森のスノードロップに始まり、公園や草原に咲き広がるクロッカスやラッパズイセン、木立の中のブルーベル、そして、メドウの花々。イギリス各地で季節の移ろいを告げる、英国人にお馴染みの「自然な」花景色は、ロビンソンのワイルドガーデンの考え方から生まれたものと言えます。ロビンソンは、宿根草を使った植栽スタイルやミックスボーダー(混植花壇)を広め、高山植物を使ったロックガーデンも提案しています。一方のジーキルは、さまざまな花が色彩豊かに咲く、ナチュラルな植栽スタイルを生み出しました。現在あるイングリッシュガーデンの姿は、ロビンソンとジーキルの2人によって、大きく形作られたと考えられています。

ガートルード・ジーキルについてはこちらの記事もご覧ください。

ジーキル女史のデザインがよみがえった「マナーハウス、アプトン・グレイ村」

現在のイングリッシュガーデンのイメージを作った庭「ヘスタークーム」【世界のガーデンを探る19】

理想の景色を求めた実験の日々

グレイブタイ・マナー

文筆業の成功で財を成したロビンソンは、1884年にグレイブタイ・マナーの屋敷と庭園、そして、周辺の土地を購入し、翌年から庭を作り始めます。そして、1935年に96歳で亡くなるまでの約50年間をここで暮らし、自らの考えを実践する場として、理想とする景色を求めてガーデニングの実験を続けました。新しい外来植物がイギリスのどんな環境に合うのか、どんな植物同士を合わせるとよいのか、彼は実験の結果を著書や園芸誌で伝え続けました。

グレイブタイ・マナー
ガーデンの高い場所から見渡す周辺の景色。

ロビンソンは周辺の牧草地や雑木林を徐々に買い増し、最終的には1000エーカー(約4㎢)の土地を所有しました。森を守ることは人間にとって大切なことと考え、北米やインド、中国を原産とする、さまざまな広葉樹や針葉樹を植えて、新たに森をつくっています。そして、その森のはずれや、森の中の空き地、メドウ(牧草地)や湖の周りには、自らの考え通りに、耐寒性のある外来種の球根花や植物を植えて帰化させ、在来種とともに、自然で美しい景色を作ることを試みました。

グレイブタイ・マナーの小道
木々の中を抜ける草原の小道。

ハシバミやクリの雑木林では、日本の白いシュウメイギクをはじめ、ユリ、ハアザミ、パンパスグラスを大きな茂みに育て、その下に、ブルーベルやシクラメンのカーペットをつくりました。屋敷近くの湖の周りに、イベリア半島原産の小型のスイセンを10万球も植えたり、北米原産のシロバナマンサクや、ナツツバキ、ヌマミズキなど、姿の美しい樹木や灌木を森に加えたりもしました。

グレイブタイ・マナーのキッチンガーデン
キッチンガーデンに咲く花々。

ロビンソンは、剪定ばさみやホースといった新しい園芸用品も一般に広めました。70歳のころ、彼は背中を痛める怪我を負って車いすの生活になりますが、車いすを押してもらいながら庭を見て回ったといいます。現代のガーデニングに多大な影響を与えたロビンソンは、1935年に96歳でその生涯を閉じました。

美しさを取り戻した現在の庭

グレイブタイ・マナーの屋敷
フラワーガーデンの外れから屋敷を望む。

ロビンソンには後継者がいなかったため、全ての財産は営林に役立ててほしいと、国の林業委員会(フォレストリー・コミッション)に遺贈されました。屋敷や土地の管理のために慈善団体が設立されますが、しかし、その後まもなくして第二次世界大戦が始まり、屋敷はカナダ軍の駐留のため接収されます。この時、兵士が花壇を野菜作りのために掘り起こしてしまったので、ロビンソンの残したものは残念ながら、すべて失われてしまいました。

グレイブタイ・マナーの屋敷
屋敷の壁を伝うつるバラ。

現在、ロビンソンの残した広大な森や牧草地は、ウィリアム・ロビンソン・グレイブタイ・チャリティという慈善団体によって管理されています。敷地の中心にある屋敷と屋敷周りの35エーカーのガーデンは、1958年にピーター・ハーバートに貸し出されて、ホテルとレストランの経営が始められました。ハーバートは2004年に引退するまでの約50年間で、グレイブタイ・マナーを美しい田舎で最高級のサービスを受けられる、カントリーサイドホテルの先駆けとして成功させましたが、彼の引退によってグレイブタイは衰退してしまいます。

グレイブタイ・マナー
屋敷前を彩るミックスボーダーの花々。

しかし、2010年、現オーナーのホスキング夫妻に経営が移ったことで、大規模な改修も行われて、この場所はかつての輝きを取り戻しました。現在のヘッドガーデナー、トム・カワードは、名園グレート・ディクスターで腕を磨いた人物。「ロビンソンにも満足してもらえるような」ダイナミックで実験的なガーデニングを行い、庭をますます美しい姿に変えています。

*『グレイブタイ・マナー』後編で、ガーデン散策の様子をお伝えします。

Information

グレイブタイ・マナー 〈Gravetye Manor〉 
Vowels Lane, West Hoathly, Sussex  RH19 4LJ
https://www.gravetyemanor.co.uk/

ガーデン散策はホテルまたはレストラン使用のお客様のみ、要予約。ロンドンから庭園へは、車で南に34マイル、約1時間半。電車の場合は、ロンドン・ビクトリア駅(London Victoria)からイースト・グリンステッド駅(East Grinstead)まで約1時間。駅からタクシーで約10分(駅にタクシー乗り場あり)。

Credit

写真&文/3and garden
ガーデニングに精通した女性編集者で構成する編集プロダクション。ガーデニング・植物そのものの魅力に加え、女性ならではの視点で花・緑に関連するあらゆる暮らしの楽しみを取材し紹介。「3and garden」の3は植物が健やかに育つために必要な「光」「水」「土」。

参考文献&Web:
橘セツ(2009)、「庭園のなかの野生と異文化 ウィリアム・ロビンソン 『ワイルドガーデン』 (1870) の思想と実践について」 http://www.kobe-yamate.ac.jp/library/journal/pdf/univ/kiyo11/11tachibana.pdf
William Robinson Gravetye Charity  https://wrgc.org.uk/

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